三女と第三王子5

 レストランで美味しいローストビーフを堪能した後、私とレオはつやつやとしたまあるいりんご飴を片手に市場を歩いていた。


 休日の市場は人と活気で溢れている。レオはパーティの時の煌びやかな格好とは違って、シンプルな白いシャツと黒のスラックス姿だ。

 一応お忍びのため、出来るだけシンプルな装いをしているのだろうが、何の意味もなしていないように思う。


 何も特別な格好はしていないのに、レオ本体の煌びやかさは何を着ても変わらないため、先ほどから横を通る女性がレオを見つけては頬を染めて色めき立っている。

 大の男が可愛いりんご飴を舐めている姿もなぜか様になるのだから規格外のイケメンは得である。



 私はレオの方をちらちら見ていると、レオが私の視線に気づいたようで「なんだよ」と怪訝な顔をして、こちらを見てきた。


 「別にー」と言いながらレオから視線を外すと、美味しそうな匂いが漂ってきていることに気づいた。


 鼻をきかせて、こっちだ!と匂いのする方向に人波に逆らって駆け出した。


 「おい!」というレオの焦ったような声が後ろから聞こえた気がした。




 こ、これは…!匂いの元に着いて見つけたのは、炭火の上でもくもくと煙を上げている牛串だった。

 一口よりも大きな肉の塊が竹串に隙間なく詰められていて、牛肉から染み出した肉汁が網から下に滴りおちては、じゅっと音を立てていた。

 焼きあがった牛串には店主がタレを塗っていて、タレが塗られた牛肉はつやつやと輝いて見えた。



 宝石だ!肉の宝石がある!生唾を飲みながら「レオ!」と勢いよく後ろを振り返る。


 そこにはレオの姿はなく、人の往来だけが忙しなく流れていた。





 私は人が多い市場から抜けた広場にある噴水の前に腰掛けて、小さくなったりんご飴を舐めていた。


 今回は完全に自分が悪い。レオなら追いかけてきてくれるだろうと安心しきっていた。


 レオの身体能力を見誤ったか、と失礼なことを考えていると、目の前に人が近づいてきて、自分に影が落ちた。

顔を上げると、二人の男性が声をかけてきた。


「すみません、ラ・ヴィエイユというお店知りませんか?」

「ごめんなさい、この辺あまり詳しくなくて…」


 ラ・ヴィエイユ、聞いたことはある気がする、どこで聞いたんだっけ…と思案していると、一人の男性が地図を広げて「ここなんですけど」と指をさした。


 見たところで分からないのは明白だったが、一応立ち上がって一緒に地図を覗き込んで、うーんと唸ってから「やっぱり分からないです、ごめんなさい」と答えた。

 親切なポーズは大切である。



 すると、もう一人の男性が「お一人ですか?」と尋ねてきた。


 「いえ、一人じゃないんですけど、逸れてしまって…」と答えたところで、なぜか二人が互いにちらっと視線を合わせてから、「僕たちもこのお店探したいですし、一緒にお連れの方探しに行きませんか?」と誘われた。



 まあ確かに一人で探すよりは目が多いけど…でも市場に戻ると人が多くてなおさらレオが私を見つけにくいだろうし…と考えたところで、「いえ、大丈夫です」と断りを入れて、しばらくこの場所で待つことに決めた。



 しかし、断ったところで二人はずっと身を近づけてきた。


 「いやいや、探さないと」「待ってるだけじゃ日が暮れちゃいますよ」といきなり勢いを増した誘いに、ああそういうことだったのかと巧妙な手口に他人事のように感心していると、一人の男の人に無理やり手首を引っ張られた。



 反動で手に持っていたりんご飴が地面に落ちたのを見て、「ちょ」と声を出したところで、胸から肩にかけて手が伸びてきて、ぐっと体が後ろにひかれた。



「離せよ」



 驚いて目をパチクリさせていると、後ろから片手で私を抱いたレオが私の手を握っている男性に向かって、低く呟いた。



 レオがどんな顔をしているか私からは見えないが、目の前の二人は焦った顔になって「行こうぜ」とそそくさと去っていった。



「お前…急に走り出すなよな…」


 私は急な出来事に走り去っていた彼らを呆然と見つめていると、レオは後ろから私の頭に額を寄せながら、呟いた。


 背中に感じるレオの肩が上下に揺れているのを感じて、息が切れる程、走ってきてくれたんだと分かった。


 「焦ったー…」と長く息を吐き出すレオに、なんだか申し訳なさがこみ上げてきて、「ごめん…」と小さく呟く。


 ぎゅっと一度力を入れて抱きしめてから、レオが手を離した。


 ゆっくり振り返って「ごめんね」と繰り返すと、眉をはの字に曲げて、困ったように笑ったレオに「ったく」と軽く指の甲でおでこを小突かれた。


 「もう俺から離れるなよ」と語気を強めた彼は私がこくんと小さく頷くのを確認すると、左手を掴んで「行くぞ」と引っ張った。


 私の少し前を歩くレオの背中がいつもよりたくましく見えて、やっぱりヒーローだ、と心の中で思った。


 今後は逸れないように固く手を繋がれたまま、私とレオは市場の雑貨屋が立ち並ぶ一画を物色していた。



 レオは先ほどから変な帽子を見つけては私に被せて、けらけら笑ってくるので、私も負けじと香水を見つける度にレオに振りまいてやったら、4個目辺りで隣からすごい臭いがしてきて、「レオの隣つらい」と鼻をつまんだ。

 そんな私を見てレオが「ばか、お前のせいだろ」と吹き出したので、私も可笑しくて、二人で顔を見合わせて笑った。




 辺りがオレンジ色に染まった頃、私たちは帰路に着いた。


 遊び疲れたせいか珍しく馬車の中は静寂に包まれていたが、しばらく馬車に揺られていると、レオが「そういえば」とシャツの小さなポケットから小包を出した。



「何それ」


 レオが包みを開ける手元に視線を落とすと、中から小さな白い花と青い宝石が綺麗に細工されたバレッタが出てきた。


 正面から腰を上げて、私の隣に座ったレオを不思議そうに視線で追っていると、レオがそれを私の髪にかざして、「うん、似合う」と目を細めながら優しく微笑んだ。


 至近距離にあるレオの顔はいつもと同じはずなのに、二人の間のなんだかいつもと違う雰囲気に、頰が赤くなっていくのを感じた。


 じっと見つめてくる瞳から逃れたくて視線を下に落とすと、「お前の瞳と同じ色だったから」と呟いた。


「いつの間に…」

「誰かさんが迷子になってた時」


 再びレオに視線を向けながらというと、ふっと笑った。レオの手からそっとバレッタを取って、自分の左耳の横にパチリとつける。

「似合う?」と少し首を傾げて尋ねると、レオが「うん」と瞳だけで笑った。


 窓から差し込む夕日に照らされたレオの顔が今まで見たことないくらい大人びて見えて、視線をそらせずにいると、レオがバレッタとは反対の耳に私の髪をかけるように手を沿わせた。


 少しくすぐったくて、身を僅かに縮めると、レオの顔がふっと近づいてきた。


 唇を掠めた一瞬の感覚に、目を見開いて何も考えられなくなっている私の額に、レオが自分の額をこつんと当てた。



「俺だってできるよ」


 レオはおでこをくっつけたまま、視線を落として小さく囁いた。



 私はレオが意図していることに気がついて、そんなこと気にしてたんだ、と頰を緩ませながら、「うん、知ってる」と答えた。

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