次女と第三王子と夏休み4

 ノア様に身を預けながら、二人と猫だけの穏やかな時間が過ぎる。

しばらく静かにノア様と湖を眺めた後、ノア様が口を開いた。



「将来こんなところで暮らすのもいいな」


 突然の言葉にきょとんとしていると、ノア様が「お前の夢だろう」と静かに続けた。


「知っていたんですね」

「アプリコットから教えてもらったんだ」


 ああ、だからクッキーを焼いてほしいなんて言ったのかな。


 頰が緩まるのを感じながら「ノア様は騎士団の副団長でしょう」と少し意地悪く返すと、ノア様が口を噤んで考えた後に「騎士団ごと移すか」と言った。



 ノア様らしからぬ冗談にくすくす声を立てて笑ってしまった。

 すると、ノア様は私の頭を優しく一回撫でて、申し訳なさそうな声でぽつりと呟いた。



「すまない、叶えてやれなくて」


 いつから知っていたんだろうか、と少し考えて、教会でノア様に言われたことを思い出した。


 お菓子を作っている姿をみて、いい奥さんになりそうなんて褒めてくれたのは私の夢を知っていたからなのかもしれない。

 真面目なノア様のことだから色々考えてくれてたのだろう。



 ただ、ノア様の言葉を聞いた私の中には、夢を叶えられない悲しさや悔しさなんて微塵もなかった。


 それよりもノア様が将来も私の隣にいるのだと当たり前のように考えてくれていることが嬉しくて、胸がいっぱいになっていた。


 小さい頃から約束された関係なのだから今更なのだけど、と自分で思いながら微笑んでいると、ノア様が私の顔を見て、不思議そうに「サヨ?」と呼びかける。


 そんなノア様に、私は僅かに頰を擦りよせ、目を閉じながら、小さな声で柄にもなく答えていた。


「いいんです、ノア様がいればどこでも」




 しばらく沈黙に包まれた後、ノア様の温もりを頬に感じて微睡んでいると「サヨ」と不意に呼ばれた。


 重たい瞼を僅かに開けて、その呼びかけに「はい」と呟くように返事をすると、ノア様は横たわる私に覆いかぶさるように身を屈めて、私の唇にそっと口付けた。


 咄嗟にノア様の方を見上げると、「寝ている時は卑怯だろう」とふっと微笑んでいうノア様に「もう」と赤くなった顔で口を尖らせながらも、この人の隣でずっとお菓子を作っていたいなと思った。

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