三女と第三王子と夏休み1
「あれ、アプちゃんたちもお出かけ?」
昼食後、レオと邸宅を出ると、馬車を待っているのか、リアム様と並んでロータリーの前に立っていたクルミお姉様が私たちに気づいて、声をかけてきた。
「うん、市街地の近くに大きな公園があるみたいで」と答えると「いいね、楽しそう」とお姉様がにこりと微笑んだ。
「お前たちは?」
「私たちは市街地に買い物に行こうと思って」
隣から問い返すレオに向かって答えるお姉様に「買い過ぎないようにね」とにやりと笑いながら揶揄うようにいうと、「分かってる」とお姉様がむっと拗ねたように口を結んだ。
その姿にふふと笑っている私を見て、リアム様がすかさず「アプリコットも食べ過ぎないようにね」と満面の笑みで向けてきたので、私もお姉様と同じように口を尖らせた。
「あれ」
私の顔を見ていたリアム様が何かに気づいたように声を出して、「普段あまり見ないものをつけているね」と続けた。
リアム様の視線が私の左耳辺りに向いていることに、バレッタのことを指しているのだと気づいて、それに手を翳しながら「あ、これはレオが」とまで答えて、はっと言葉を切った。
それを聞いたリアム様がレオをおもちゃにするのが目に見えていたからだ。
しまった、と冷や汗をかいて、どう誤魔化そうか頭を回転させていると、隣から声が聞こえた。
「似合ってるだろ」
咄嗟に見上げたレオは表情を変えずにリアム様に視線を向けていた。
それからレオは、レオの言葉にきょとんとした顔をしているリアム様を置いて、「行くぞ」と私の手首を掴むと、いつの間にかロータリーに止まっていた馬車に向かって歩き出した。
馬車に乗り込む私たちの後ろでは、「…僕の教育のたまもの?」というリアム様に「違うと思うな」とお姉様がくすくす笑っていた。
馬車に揺られて、市街地近くの公園まで足を運んだ私とレオはボートの上に乗っていた。
広々とした園内には、陽に照らされた青々とした芝生が広がり、その上では集まって談笑したり、体を横たわらせて読書をしたりと、多くの人がゆったりとした時間を過ごしていた。
公園を囲むように続く道には、若葉が萌える木々が立ち並ぶ。
しばらく木漏れ日に照らされるその道を肩を並べて歩いていたところ、開けた視界の先に晴天を写した池が広がっていて、水面にゆらゆら浮かぶボートに二人で目を輝かせた。
「ボートに乗るなんていつぶりだろう」
「昔一緒に乗ったよな」
レオが少し思案するように呟いた後、「あ、学園の遠征だ」と思い出したように声を上げた。それを聞いて、学園で催される魔法訓練と称した遠征のことを思い出して、苦笑を漏らした。
「あれはもうさー」
「だな」
物々しい雰囲気の深い森に連れて行かれた私たちは複数の班に分かれてボードに乗り、森の中で水面に生える薬草を採取してくるミッションを遂行するよう言い渡された。
学園の授業であるため、もちろん危険な魔物は出てこないし、先生も同行していたのだが、地上での経験も少ない中、水上での戦闘を余儀なくされて、生徒たちは大騒ぎだった。
同じ班だった私とレオも例に漏れず、大した成果をあげることもできず、同行した先生の後ろに震えながら隠れていた。
今のような陽の光に明るく照らされながら静かに揺れる穏やかな時間とはかけ離れた恐怖の記憶として私たちの頭に刻み込まれているのである。
他にボートに乗ったことなかったかな、と思い出していると、ふと記憶が蘇った。
「思い出した、その前は確かじいじの家に行った時だ」
小さい頃、郊外にあるエステート公爵家の別邸に住む祖父母のところにレオと遊びに行った時に、ボートに乗せてもらったことがある。
私の言葉を聞いたレオも「ああ、あったな。邸宅近くの湖で遊んだな」と当時の光景を思い出すように目を細めて微笑んだ。
あの時さ、と二人で昔の出来事を心に浮かべていると、改めてレオと過ごしてきた時間の長さを実感した。
些細な記憶を思い返してみても、私の隣には必ずレオがいたことがなんだか嬉しくて、思わず口元が緩んだ。
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