長女と第一王子3
次の日、私はセオと書庫の整理をしていた。
書庫には過去の研究結果の洋綴本や魔法に関する書物が乱雑に積み重なっていたり、種類がバラバラに棚に並んでいる。
そろそろ片付けないと毎度本を見つけることに時間がかかっているため、重い腰を上げたところだった。
「クルミさん、この分野どこ置きますか?」とセオが尋ねてくるのを、それはあっち、それはこっちと指示を出しながら片付けていく。
置き場がある程度決まって、セオからも質問されなくなってきたので、さて、と自分も未だ手をつけていない書物の棚の整理をしようした時にふと「魔力の制御方法」という本が目に入った。
思わず昨夜の出来事が頭を過ぎって、本を手にとってパラパラめくる。
もちろん魔力の制御は学園でも散々学んできたつもりだが、現にできていないため、一度基本に立ち返ることも必要なのかもしれないな…と思いながら、研究結果から知らないことを探そうと少し読み込んでいた。
「クルミさん?どうかしました?」
動かなくなった私を不思議に思ったセオの足音がぱたぱたと近づいてくるのが聞こえた。
「うーん」
視線を落としたまま適当な返事してから、セオの方を振り返ろうと顔を後ろに向ける。
すると、唇に何かが触れた。
一瞬時が止まったように感じたが、それがセオの唇だと気づくと彼も同じタイミングで目を見開いた。
「わー!」
大きな声をあげながら後ずさって、後ろの棚に張り付いているセオの顔がみるみる内に赤くなって「ごめんなさい!」と頭を下げた。
どうやらセオも私が読んでいる本を覗き込もうと近くに寄っていたようで、それに気づかず私が振り向いてしまったらしい。
なんだ、このロマンス小説みたいな展開は……と意外に冷静な自分に驚く。
「セオ、大丈夫だから顔上げて」
申し訳なさそうに視線を落としているセオに「急に振り返ってごめんね。事故だから、気にしない気にしない」と出来るだけ明るく続けた。
「あ、それとももしかして、ファーストキスだった?」
「そ、そんなわけないでしょう!」
この妙な空気をどうにかしようとおどけて見せると、セオがぽっと顔を赤くして語気を強めた。
それに声を出して笑う私に釣られてふっと笑った彼をみて、ほっと肩の力を抜くと「さ、片付け続けて!」と本を閉じながら声を上げた。
セオが「はい」と返事をして片付け始めたのを確認して「私、後でこの本の続き読みたいから一度デスクに置いてくる」と理由をつけて書庫を後にした。
書庫から自分のデスクがある居室までの道をとぼとぼ歩きながら、先ほどの出来事を思い出していた。
事故、そう、ただの事故とセオに言ったことを繰り返しながらも、思わず唇に手を当てながら、ファーストキスだったな、と心の中で言葉にしてみると、鼻の奥がツンとした。
リアム様の顔が頭によぎる。
リアム様、ファーストキスにこだわるかな。
女たらしだし、リアム様もそれなりに経験あるだろうし、そんなこと気にしないかな。
ファーストキスだなんてこんな年齢になってまで子供染みているのかもしれない。
あ、でも意外と独占欲は強いからな、そういう意味だと怒るかもしれない。
セオになんかしたら困るしね。
なんてぐるぐる考えて「リアム様にはバレないようにしないと」という呟きが口から溢れでた時。
「僕に隠し事?」
頭の中を占めていた張本人の声が後ろから聞こえて、勢いよく振り返る。
そこには、リアム様がにこりと笑って立っていた。
その表情を見て、ひやりと背筋が凍ったのを感じる。
「さっきから何回も呼んだのに」
「ごめんなさい、ちょっと考え事してて!リアム様こそ、こんなところでどうしたんです?サボってたらまたエリオットさんに怒られますよ」
声を裏返しながら、なんとか取り繕ろうと饒舌に言葉を続けながら、あははとから笑いを上げた。
「大丈夫だよ、エリオットにされた頼まれごとだから」
リアム様がいつものように微笑んだ。
私は「なら良かったです」と言いながら、彼のその表情に胸を撫で下ろしたが、「で?」とリアム様がいつもより低い声で口にした。
「え」
声をあげてもう一度彼に視線を向けると、やはり目が笑ってなかった。
「僕に何をバレないようにだって?」
近づいてきたリアム様に、思わず後退りをする。まずい……。
逃げないと、と近づいてきたリアム様の横を抜けようと体を素早く動かしたが、パシッと手を取られた。
「僕に隠し事なんてできないの知ってるでしょう」
そう、リアム様には隠し事はできない。
それは彼が人の感情を読むことに長けているのではなく、魔法を使って心の中を読めるからだ。
闇の魔力を持っている者は人の記憶や感情に触れることができる。
考えていることを読めるなんて高等な魔法を使えるのはおそらくこの国にも両手で数える程しかいないが、相手はその頂点に君臨する魔法使だ。
手を取られた時点で私の考えていることはリアム様に筒抜けなのである。
終わった…と脱力しながら、観念してじっと反応を待った。
すると少しの沈黙の後、「へえ」とリアム様が短く声を出した。
恐る恐る顔を見上げると、初めてみるその表情に目を見張った。
怒っている。
リアム様とは長い年月ずっと一緒にいるが、常に穏やかで拗ねることはあっても怒ったことは見たことがなかった気がする。
見たことはないけれど、彼の顔から表情が落ち、その赤い目が揺れているのを見て、とてつもなく怒っているのが分かった。
「リアム様…」
その顔を見つめた瞬間、取られていた手が引っ張られて壁に押し付けられると、音を立てて壁と自分がぶつかったことに驚く間も無く、リアム様の顔が近づいてきて唇を塞がれた。
一瞬唇が離れた瞬間に「まっ」と抗議の声を出すが、すぐに塞がれてしまう。
しばらく乱暴に塞がれて、息ができなくて涙目になりながらリアム様の胸を力なく叩くとようやく唇が離れた。
肩で息しながら「リアム様…」と再度呟くと、今度は掴んでいた手を解放され、腰に回った腕でぎゅっと抱きしめられた。
「ごめん……
ファーストキスを奪われたなんて聞いたら……僕は我慢してたのに……」
小さく切なそうに続けるリアム様に心臓が締め付けられた。
「……ごめんなさい」
こみ上げてきた涙が出てこないように目をかたく閉じながら、リアム様の胸に顔を押し付けた。
少しして、体を離したリアム様が「泣かないで」と私の目の端を指の甲拭ってから、頭を優しく撫でた。
私もリアム様の顔を見ようと視線を上げると、彼の頭上にあるそれに目を丸くした。
「何これ」
思わず私の口から溢れた言葉に「我慢してたと言ったでしょう」とリアム様が答えた。
答えになっていない回答に、頭に疑問符を浮かべながら、巨大なそれをまじまじとみると、風が大量の水を閉じ込めて水風船を作っている。
あれ、そういえば、私の魔法……と考えたところでリアム様がぱちっと指を鳴らした。
その瞬間、水風船から一瞬だけ炎が上がって、水蒸気となって消えた。
その様子を見て、私の魔法をリアム様が防いでいたことを理解した。
「僕が君の魔法を防げないわけないじゃないか」とすごく屈辱的なことを言われたが少しも怒る気にはなれなかった。
出来るのにずっとそうしなかったのは、本当に私の準備ができるのを待っていてくれていたからだと、リアム様の優しさで胸がいっぱいだったからだ。
私はリアム様の胸元を掴みながら背伸びをして、彼の唇に軽くちゅっと口付けた。
リアム様は一瞬驚いた顔になったが、すぐ目尻を下げながら甘く微笑んだ。
もう私の理不尽な魔法は発動しないようになっていた。
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