第一王子と長女1
僕がグレース国宰相の長女クルミ・エステートと初めて会ったのは7歳の時だ。
クルミは僕たち兄弟と一堂に会した日が初対面だと思っているが、それは違う。
彼女は覚えていないが、僕たちはあの日の前に顔を合わせている。
僕が初めてクルミに会ったのは彼女がまだ2歳の時だった。
当時の僕はよく言えば大人びた、悪く言えば無邪気さがなく、ひねくれた子どもだったと思う。
その大きな原因は生まれ持ったこの人並み外れた強大な魔力にあった。
魔力の強さは王族であれば国の、貴族であれば家の繁栄に大きく影響するため、高位の者は皆、生まれた時にどのくらいの魔力を持っているかを専門の魔法使いによって推し量られる。
僕を担当した魔法使いはその魔力を確認した瞬間、彼の計測できる範囲を優に超えたために白目を向いて卒倒してしまったそうだ。
それだけではない。
周りの大人は僕の持つ属性を確認して、想定外の事態に騒然とした。
人間は基本的に一種類の魔属性を持って生まれる。
ごく稀に二種の属性を生まれた者もいるが、百年に一人いるかという程度だ。
そのため、三種類の属性が確認された時、魔法使いの計測誤りであることを疑われて、国の有能な魔法使いが数十人集められた。
属性が三種類あることが誤りでないことが確認されると、王族は諸手を挙げて大喜びした。
ただ同時に、彼らは国を滅ぼすだけの力を持った幼い僕に期待しながらも恐れ慄いていた。
もし魔力が暴走でもしたら抑えられる人は誰もいない。
日常的に僕の世話をする乳母も使用人も僕を怒らせたりしないように腫れ物に触れるような扱いだった。
両親はそれでも無償の愛を注いでくれたが、二人とも国王と王妃という立場に日々責務に追われていたため、一ヶ月に一回会えたら良い方だった。
言葉を話せるようになると、触れた者の思考や感情を読めるようになった。
幼い僕はそれが異常なことだとは分からなかったから、質問をされる前に答えを口にしていたり、相手の言葉の真意が分からない時は躊躇なく、触れて思考や感情を読んでいた。
その時に必ずと言って良いほど流れてくるのは、僕に対する嫌悪や恐怖といった負の感情で、それを繰り返していく内に僕の無垢な心は次第に荒んでいった。
僕は僅か7歳だったが、周りが僕に望む振る舞いや行動、目指すべき地位も理解していた。
毎日続く王になるための勉強も当然のこととして受け入れていたし、自分の将来が決められていることに疑問を抱いたこともなかった。
その日もいつも通り家庭教師から教育を受けていた休憩時間、気分展開に宮殿の中を当てもなく歩いていると、テラスに母上と彼女の友人の姿が見えた。
確か宰相の奥方だ。
久しぶりに見た母上の姿に少し立ち止まってその様子を見ていると、エステート夫人の隣にふわふわとした金髪に淡い水色の瞳をした女の子が大人たちの話につまらなそうに足を揺らしているのが分かった。
可愛らしい子だなとは思ったが、その時は特にそれ以上の感情は抱かなかった。
次の休み時間、僕はまた部屋を出て、外の空気でも吸おうと庭園に足を向けていた。
ふと泣き声が聞こえたと思ったら、宮殿から庭園に続く入り口の横に先ほど見た女の子が身を屈めて静かに泣きじゃくっている。
母上たちと一緒にいたはずだが、広い宮殿で迷ってしまったのだろうか。
とりあえず彼女たちの元に連れて行かないと、と女の子に近づくと、こちらの気配に気付いたその子は勢いよく駆け寄って、僕の体に抱きついてきた。
今まで僕の体に躊躇なく触れてきた人はいなかったため、思わず目を見張った。
先程よりも声をあげて泣く彼女からは心細さや寂しさといった感情が流れ込んできた。
それから彼女の思考からテラスから猫を見かけて追いかけてしまったために帰り道が分からなくなってしまったのだと理解した。
僕の頭ひとつ分小さい女の子に対して、とりあえずよしよしと母上にされるように頭を撫でてやると、しばらくして落ち着いたが、僕の裾を握ったまま不安そうに目線を下げていた。
なんだかそのいじらしい姿に心がくすぐられて、彼女の笑顔が見てみたいと思った。
僕はどうしたら笑ってもらえるか思案した後、彼女の手を引いて庭園に連れ出した。
庭園内の花が咲く木々が植えてある一角に着いて、よしと心の中で呟いた後、彼女の手を離した。
「少し目をつぶっててね」
不思議そうにこちらを見上げる彼女の目を後ろから両手で軽く塞いで、目を閉じて魔力を込める。
立ち並ぶ樹々がさわさわと音を立てたあと、一層強い風を吹いてから、彼女から手を離す。
「うわあ…!」
風に吹かれた木に咲く花々が一斉に宙を漂い、色とりどりの花びらがフラワーシャワーのように降り注いだ。
地面につかないように花びらを舞わせていると、彼女は「すごい!」と声を上げた後、そのままの勢いで僕にしがみ付いてきた。
その瞬間、彼女の感動、興奮、喜び、驚きの強い気持ちが流れ込んできて、感じたことがない程、心がふるえた。
疎まれ恐れられていた僕の魔法に対して、初めて向けられた一番純粋で真っ直ぐな感情だった。
今まで経験したことがない衝動に声が出ない僕に彼女は「もういっかい!」と顔を輝かせた。
そんな小さな彼女の期待に応えるために僕は一層強く魔力を込めた。
それから僕は初めて勉強をさぼって、噴水の水で虹を作って見せたり、彼女自身をふわふわ浮かせて見たり、彼女を笑顔にするために一生懸命魔法を使った。
その度に彼女は感嘆を漏らして、目をキラキラさせていた。
「魔法って言うんだよ」
「マホウ?」
「うん、魔法」
首を傾げる彼女に言い聞かせるように繰り返した。
「クルミもやりたい!」
「うーん、クルミちゃんにはちょっと早いかも」
「クルミできないの?」
「今はね。でも絶対できるようになるよ」
「ほんと?」
「うん、ほんと」
嬉しさにぴょんぴょん跳ねる彼女に思わず頰を緩ませていると、「クルミー!」と彼女の名前を呼ぶ声が聞こえて、声の方に彼女の手を引いて行った。
「もう!びっくりするじゃない!だめでしょう、勝手にいなくなっちゃ」
駆け寄ってきたエステート夫人が眉を八の字に寄せて怒っているのに、彼女は「クルミ、マホウする!」と笑顔で答えていて、彼女の母親と一緒にいた僕の母親は首を傾げていた。
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