第一王子と長女2
それから勉強の合間に彼女の姿を探したが、彼女に会えることはなかった。
それでもいつか彼女に再会した時に、また笑ってほしくて、それまで以上に魔法の訓練に身を入れた。
だから、母上から婚約者が決まったとその名を聞いた時はすごく驚いた。
久しぶりに会った彼女は淑女教育を受けて以前より凛としていたが、会いたかった彼女そのままだった。
幼い彼女に向けたその感情は恋と呼ぶには早すぎたけれど、家族に対するものとは違う特別な感情であることには変わりなかった。
クルミと時を重ねて、彼女が魔法学園の初等部に上がる少し前、二人だけでお茶をしていると、唐突に聞かれたことがあった。
「リアム様は国王になりたいですか?」
その脈絡のない質問に驚いて、意味を呑み込むまでに時間がかかった。
「突然どうしたの?」
「あ、えっと……」
思わず問い返すとクルミは気まずそうに目を伏せてしまった。
僕たちは幼い時から婚約者で僕の将来は決められたようなものだったし、それを彼女も言い聞かせられてきただろうから、それまで特に僕たちの将来に関して、言葉を交わしたことはなかった。
僕自身、そこに自分の意思は存在しなかったので、正直彼女にどう答えていいのか分からなかった。
クルミがどちらを答えて欲しいのかも読めず、彼女の真意が探るために曖昧に応えることにした。
「どうだろう……どちらでもいいかな」
僕の言葉を聞いたクルミは「どちらでもいい……」と独り言のように呟いて何かを考えているようだった。
「それで?どうしたの?」
「いえ、何でもないんです……ただ、ちょっと聞いてみたくなって……」
その彼女の様子を不思議に思って理由を尋ねたが、何やらすごく言いづらそうにしているようなので、出来るだけ優しく諭すように問いかけた。
「言ってごらん、君に何を言われても大丈夫だよ」
「……本当ですか?」
「僕が君に怒ったことある?」
「それはないですけど…」
クルミはまた僕から視線を外して、うーんと唸ったり百面相をしたりしてしばらく葛藤した後、ぽつりと小さな声で呟いた。
「私…魔法省で働いてみたくて…」
魔法省…と心の中で彼女の言葉を反芻しながらも今まで彼女からそんなことを聞いたことがなかったので、言葉を失って驚いていると、慌てて彼女が続けた。
「もちろん、リアム様が王になられるのなら王妃になります!リアム様の婚約者を辞めたいとかそういうことじゃなくて」
何も言わない僕が否定的な感情を抱いていると思ったのか、こちらを見上げて必死に訴える彼女に我に返った。
「あ、ごめん、驚いていただけだよ」
僕の言葉に安心したようにほっと胸を撫で下ろした彼女に「なんでまた魔法省?」と問いかけると、クルミは真っ直ぐ僕の目を見て静かに話し始めた。
「……私、魔法が好きなんです。
皆、魔力を持って産まれますが、魔力があっても十分な教育を受けていなかったり、生まれつき魔力が弱かったり、色んな理由で魔法が使えない人がたくさんいます。
そういう人を少しでも減らしたいんです。
魔法が素晴らしいってこと、みんなにも知って欲しい。
そのために魔法省で働きたくて。
未だ私に何ができるのか分からないですし、人から聞きかじった浅い知識ですけど、あそこだと国の研究や教育に直接関われるんです。
だから……」
そこでクルミが言葉を切った。
凛として話す彼女に僕が出会った頃のいたいけで泣き虫な女の子ではもうないんだと改めて思った。
彼女から感じた強い意志は周りに将来を委ねている僕にはないものだったから少し情けなく思いながらも、何がそんなに彼女を突き動かしたのかが気になって、答えを促すように口にした。
「君がそんなに魔法が好きだったなんて知らなかったよ」
僕の言葉に視線を落としたクルミは「きっかけは本当に些細なことなんですが」と今度は悄然として続けた。
「小さい頃の記憶なんて曖昧なんですけど、一つだけずっと頭に残っていることがあって……
目を開けると、視界いっぱいにたくさんの花びらが舞ってるんです。
それを見せてくれた方は魔法を使ったんだって教えてくれました。
その方が誰だったのか、そこがどこだったのかも思い出せないんですけど、相当心が動いたんだと思います。
その時の感動が忘れられなくて、今でもその光景を思い出すだけで魔法ってなんて素晴らしいものなんだろうって心が弾むんです」
その時のことを思い出しているのか視線を落としたまま、ふわりと微笑むクルミの姿を見て、何だか無性に泣きたくなった。
彼女もあの時のことを覚えていてくれたんだとか、僕の魔法に夢を見てくれたんだとか、色んな思いが湧いてきて、胸がいっぱいになったからだ。
何より僕の大切な想い出が彼女にとっても同じものだったことが嬉しかった。
「あの?」
少し視線を落として声が出せずにいる僕の顔をクルミが不安そうに覗き込んだので、情けない顔を咄嗟に繕って、精一杯笑みを浮かべて伝えた。
「応援するよ」
「え」
クルミは僕の返答を予想していなかったのか、目を丸くして小さく声を出した。
「それを聞いて安心した。僕も正直王位になんてつきたくなかったんだよ」
「本当ですか!」
「うん、本当」
僕の言葉に目をキラキラ輝かせた姿はいつか見た彼女と重なった。
その時、僕はもう周りが僕に望む将来や地位なんてどうでも良くなった。
ただ、目の前にいる彼女と彼女が抱くその夢を一緒に叶えたいと強く思った。
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