長女と第一王子と夏休み1

 妹二人とレオの学園が夏休みの間に、私とリアム様、ノアが合わせて仕事の休みを取って、みんなで王族が所有する私邸へ遊びにきていた。



 丘の上に位置するカントリーハウスは豊かな自然に囲まれているが、夏になると多くの貴族が訪れる避暑地であるため、近くには盛んな市街地もあり、退屈せずに過ごせる。


 エステート公爵家よりも立派な邸宅で過ごせる夏休みに、この時ばっかりは王子様の婚約者で良かったと現金にも思ってしまう。


 レオとアプちゃんから誘われた時は、忙しいリアム様がまとまった休みを取れるなんて思ってもみなくて、リアム様も一緒だと知った時はすごく驚いた。


 夏休み前、リアム様と魔法省ですれ違った時に、「よくお休みいただけましたね」と声をかけたら、「君と行けるのだから当たり前だよ」とにこりと笑っていたが、その後ろに立っていたエリオットさんの目が据わっていた。


 彼の様子に全てを悟ったが、私もリアム様と過ごせる夏休みを楽しみにしていたので、心の中で謝りつつも見なかったことにした。




 そんな夏休みの一日、私とリアム様は馬車に乗って市街地に向かい、装飾品店や洋服店が立ち並ぶ一画を歩いていた。


 私は両脇に続くおしゃれなショーウィンドウにうっとりしながら目移りさせていると、無意識にリアム様を彼の腕においた手で引っ張っていたようで、リアム様はくすくす笑いながら「付き合うよ」と声をかけてくれた。


 お言葉に甘えて「じゃああそこに…」と先程から目を奪われていた化粧品店に連れて行ってもらうことにした。





「きれい…」


 色とりどりの石が埋め込まれて、キラキラ輝くケースに包まれる小さなコスメたちを見て、思わず呟いた。


 目の前の光景に心を奪われてぼうっとしている私に、目ざとく気づいた店主は「こちらは近くの鉱山で取れた天然石を埋め込んだオリジナルケースでこの店舗でしか買えないんですよ」とすかさず声をかけてきた。


 紹介される商品はどれも綺麗で、すっかり鴨にされてしまった私はうんうんと頷きながら話を聞く。


「こちらなんてお似合いになるのでは」


 店主から淡いピンク色の口紅を差し出されて、店主の手から受け取ろうとした時、隣にいたリアム様が声をかけてきた。


「クルミ、こっち向いて」


 店主の手元から視線を上げてリアム様の方を見ると、片手で顎を掴まれた。


 そのまま少しだけ上にあげられた瞬間、人前で何をする気だろうと顔を強張らせて緊張すると、リアム様が私の唇をなぞるように、細くて長い人差し指を這わせた。


「うん、やっぱり」


 下唇から上唇をなで、優しく数回繰り返すと、満足気に微笑んで、「ほら」と掴んだ私の顎を鏡の方に向けた。



 朝とは違う深いローズ色に染まった自分の唇を見て、リアム様に口紅を塗られたことに気づくと、鏡に映る私の顔はみるみる内に赤く色づいた唇のように染まっていった。


 鏡を見て唖然とする私を置いて、リアム様が指をハンカチで拭いながら「これ、お願いします」と店主に微笑む。


 慌てて「リアム様!」と声を上げたが、「僕が選んだ色をつけてほしいんだよ」と耳元で低く囁かれたリアム様の言葉に何も言えなくなり、意味がないことを知りながら、ぱたぱたと両手で顔を仰いだ。

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