秋
三姉妹と三王子と学園祭1
今日はサヨとアプリコット、レオが通う王立魔法学園の学園祭。
私とリアム様とノアは、可愛い弟妹の晴れ姿を見るために学園を訪れていた。
グレース国一の学園で開催される盛大な祭りには、毎年各地から多くの人が集まる。
入り口に立てられた大きなアーチを潜ると、学園内には出店が立ち並び、生徒たちと来場客で賑わっていた。
「懐かしいね」
「ああ」
目を細めるリアム様に、ノアが短く答えた。
私たちもこの学園の卒業生だ。
久しぶりに訪れた学舎に学生時代のことを思い出しながら、視線を彷徨わせていると、すれ違う人々から注目を集めていることに気づいた。
もちろん視線の先は私ではない。
リアム様と一緒にいる時も常に女の子たちから注目を集めているが、今日はノアも連れているのでより一層強く感じる。
二人は気づいていないのか、慣れているのか特に気にした様子もなく、私だけが居心地悪く感じているようだった。
ただ、生徒たちが看板やチラシを片手に各出し物の宣伝を行っているが、王子二人に声をかけるのは勇気がいるようで、あまり足止めをされるようなことはない。
時折、勇気を出した生徒が声をかけてくるが、「また後で行くよ」と微笑むリアム様に悩殺されてそのまま戦意を喪失している。
彼の傷つけまいとする断り文句なのだけど、あの女の子たちは今日一日お店でリアム様を待つのだろうと思うと、我が婚約者ながら罪な男である。
「それで最初はどこに行く?」
後ろから私が広げるパンフレットを覗き込みながら尋ねるリアム様に場所を指差しながら「アプちゃんとレオのお店が近いみたいです」と答える。
「そこから行くか」というノアの言葉に、私たちは二人の元に足を向けた。
アプちゃんとレオのクラスの出し物は定番のメイド執事カフェ。
私たちは案内してくれた生徒にどうぞ、と椅子を引かれて、席に着いた。
白いクロスがかかった丸テーブルが十席程度置かれていて、メイド服や執事服に身を包んだ学生たちが配膳をしていた。
カフェのメニューはアプちゃんが考案したらしく、学園祭前、数人の友人と共に、屋敷の調理場で試作品作りに励んでいるのをみかけた。
二人はどこだろう、と視線を巡らせると、トレイを持ったアプちゃんの後ろ姿を見つけた。
「アプちゃん」と呼びかけると、振り返った彼女が私たちを見つけて笑顔で駆け寄ってきた。
「皆、来てくれたんだね!」
にこにこと嬉しそうに伝えるアプちゃんはメイド服姿だ。
白の丸い襟がついた淡い水色のワンピースはふわりと広がっていて、膝より少し短い丈からは白いフリルが覗いている。
その上には縁どるようにフリルがあしらわれた白いエプロンがつけられ、腰まである桃色の髪がふわふわと広がっていた。
そして、その頭にはなんと白色のうさぎの耳。
私は妹のあまりの愛らしさにうっとりしてしまった。
「アプちゃん、可愛い!」
「うん、とっても可愛い」
「よく似合ってる」
思わず両手を前に合わせながら声をあげる私にリアム様とノアが続いて、えへと照れたように笑った。
「うさぎの耳、いいね!」
「ふふ、これ、かわいいでしょう」
うんうんと満足げに頷いていると、カチューシャに手を添えながら可愛らしく笑ったアプちゃんの後ろから「似合ってねーよ」と声がした。
彼女の背後に視線を向けると、むすっと顔を顰めた執事姿のレオが近づいてきた。
グレーのベストの上に後ろの裾が長くなっている黒のジャケットを羽織り、黒のスラックスに黒のネクタイを締めている。
明るい金に近い茶色の髪はいつもよりきっちりと纏められていた。
アプちゃんが横に並んで見下ろすレオの顔をきっと睨んでからこちらに向き直る。
「お姉様どう思う?自分が執事姿にきゃーきゃー言われてるからって良い気になってるの」
膨れっ面でいうアプちゃんに、レオに視線を向けながら「レオ…」と言いながら眉を下げる。
「いいから、早く取れって」
「なんでよ」
「似合ってねーんだよ」
「…ほんとひどい、もう知らない」
語気を強めたレオからつんと顔を反らせた後、「どれも美味しくできたから決まったら教えてね」とアプちゃんがこちらににこりと笑って、踵を返した。
「あ、おい!」
レオが咄嗟に呼び止めたが、アプちゃんはお客さんに声をかけられて注文を取りに行ってしまった。
「レオ、素直にならないと嫌われるよ」
「そんなんじゃねえよ…」
リアム様が笑顔で言うと、レオが拗ねたように小声で呟いた。
そんなレオを見上げて、気を取り直すように「レオも似合ってるよ」と伝えると、「ありがとう」と僅かに口の端を上げた。
レオも例に漏れず、周りからの視線を集めている。
テーブルにつく女の子たちからだけでなく、レオを見に来たのだろう、時折廊下からこちらを覗く生徒たちからも黄色い声が上がっているのだ。
相変わらず人気者だなと思っていると、大切なことを思い出した。
「あ、ねえ、二人の姿を一緒に撮らせて欲しいの。いつか空いてる時間ある?」
私はバッグからそれを取り出しながらレオに問いかけた。
妹と弟の一生に一度の姿を保存するために、魔法省からその時の光景を映像に閉じ込められる魔法具を拝借してきていたのだ。
一般には出回っていない代物のため、バレたら怒られるが、共犯者が罰する立場のトップのため、無敵である。
「なんだ、それ」
「映像を収める魔法具よ」
私の回答に、「ふーん」と不思議そうに口にした後、「それなら午後休憩あるから…」とまで答えて、ふと私たちから視線を外した。
「…またあいつ」とレオが遠くを見ながら眉を潜めた。
彼の視線を辿ると、どうやらアプちゃんが少し離れたテーブル席で男性客に話しかけられているようだった。
特に何かをされているようではないが、レオは「ごめん、行かなきゃ」とそちらに駆けて行った。
「もうレオったら」
その様子を見て、苦笑しながら肩を竦める。
「僕だったら他の男に見せたくないって素直に言うけどな」とくすくす笑うリアム様に、「それは私も言える気がしないな…」とノアが自信なさげに呟いた。
その後も、レオはアプちゃんが男性がいる席に料理を持って行こうとするとトレイを奪い、彼女のことを見ている男性がいれば、睨みを利かせて猫のように威嚇していた。
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