三姉妹と三王子と学園祭2

 アプちゃん考案の美味しいパンケーキやガレットでお腹いっぱいになった私たちはサヨちゃんの元に向かっていた。


 彼女のクラスは演劇だ。白雪姫をやるらしい。


 そして、なんと私の妹は主役の白雪姫。

 姉としては誇らしい気持ちなのだが、当の本人は昨夜から胃が痛いと今にも逃げ出しそうだった。


 劇の開場まではもう少し時間があるため、彼女の緊張を少しでもほぐそうと舞台裏に顔を見に行くことにした。




 リアム様が劇場の控え室から出てきた女の子に気づいて、笑顔で声をかける。


「サヨいたら呼んでもらえる?」

「は、はい…!」


 話しかけられた女の子は声の主に視線を合わせると、ぼんと音を立てたように顔を赤くして、勢いよく控え室に戻っていった。


 あの子は劇に出るんだろうか。だとしたら、リアム様が見にきていることを知って気が気じゃないだろうから、とても可哀想。


 思わず、「リアム様が女の子に話しかけるから…」と眉を落とすと、その呟きに気づいたリアム様が嬉しそうに「何、ヤキモチ?」と腰を引き寄せ、顔を近づけてきたので、慌てて「違います」と動揺を隠すように語気を強めた。



 戻ってきた彼女に連れられて部屋から出てきたサヨちゃんは既に白雪姫の衣装を纏っていた。


 普段は胸の下まである長い髪を黒いショートカットのウィッグに仕舞い、パフスリーブが可愛いワンピースを着ている。


 上下は色で区切られていて、上は紺色で袖が水色、丈の長いスカートは鮮やかな黄色だ。


 唇に引いた真っ赤なルージュは彼女の色の白さを引き立たせていて、とても綺麗だった。


 「お姉様」とぱたぱた寄ってきたいつもとは違う雰囲気の彼女に頬を緩めた。


「サヨちゃん、衣装とっても似合ってる。ね?ノア」


 隣に声をかけると、少し呆然とサヨちゃんを見ていたノアが我に返って、「…ああ、すごく綺麗だ」と目を細めた。


 彼女は目を少し見開いた後、「ありがとうございます」とぽっと頬を染めて、伏し目がちに呟いた。



「サヨ、緊張してる?」

「はい、とっても」


 リアム様が尋ねると、サヨちゃんが眉を八の字に寄せて不安げに答えた。


「大丈夫よ、たくさん練習してたでしょう」


 彼女しばらく屋敷に帰ってくるのが遅かった。放課後も遅くまで残って練習してたのだろう。

 家に帰ってからも時折アプちゃんに読み合わせを頼んでいるようだった。


 「でも…」と心配そうに小さく呟くサヨちゃんの姿にどうしたものかと考えていると、不意にノアが彼女に近づいた。



「お前なら大丈夫だよ」


 ノアは安心させるように微笑みながら、サヨちゃんの髪を優しく撫でた。


 そんな彼の言葉と表情に肩の力が抜けたのか、サヨちゃんはノアのことを見上げながら「はい」と表情を緩めた。

 そのまま見つめ合いながら会話を続ける、昔より仲睦まじい二人の姿に思わず頰が緩んだ。



 劇が始まると、サヨちゃんは先ほどの不安が嘘のように堂々と演技をしていた。

 その姿は魅力的で他の見物客も彼女に見惚れているようだった。


 物語もクライマックスになり、花が敷き詰められた棺桶に眠っている彼女の元に、王子様が現れた。

 毒林檎を食べてしまった白雪姫を王子様がキスで起こすシーンだ。


 王子様役の男の子が白雪姫のサヨちゃんに口付けようと覆い被さるように身を屈めた。



 その瞬間、隣に座っていたノアが、がたっと音を立てて立ち上がった。


 突然の出来事にぎょっとしていると、その音に気づいた周りの人々も驚いたようにノアに視線を向けているのに気が付いて、慌てて「ちょっと、ノア!」と小声で声を上げながら、彼の左腕を席に座るように引っ張った。


 席について「悪い…」と俯きがちに答えるノアに「もう」と小さく呟いて苦笑する。


 ふと左隣に目を向けると、リアム様が肩を震わせて笑っていた。

 それから大人しくなったノアだったが、お姫様と王子様の幸せそうに寄り添う演技を見ないように片手で頭を抱えていた。



 無事、劇が大盛況に終わって、再びサヨちゃんの元を訪れた。


「サヨちゃん女優さんみたいに演技上手だったよ」

「うん、サヨが一番輝いていたよ」


 口々に褒める私とリアム様に恥ずかしそうに微笑んでいたサヨちゃんだったが、ふと何も言わないノアに気が付いて、その顔を覗き込みながら「ノア様?」と不安そうに尋ねた。


「…悪い、とても良かった」


 ノアの言葉と見合わないその様子にサヨちゃんは頭に疑問符を浮かべて困っていて、そんな二人に私とリアム様は顔を見合わせて、笑ってしまった。

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