三女と第三王子3
会場を後にした私は宮殿内にある庭園のベンチにいた。
王族お抱えの庭師によって毎日念入りに手入れされているだろうこの庭園には多種多様な花々が生き生きと咲き誇っている。
小さい頃から花が好きだった私は宮殿に遊びに来てはこの庭園に入り浸っていた。
久しぶりに来たけど、相変わらず立派だなーと思いながら視線を巡らせる。
バラ、アネモネ、百合、キキョウ…私は王族の庭師と趣味が合うようで、ここにある花は好きな花ばかりだ。
「どうしたものかな…」
先程のことを思い出して、小さくため息をついた。
レオと私が初めて会ったのは0歳の時でもちろん記憶に残っていない。
気付いたらレオはいつも隣にいたし、婚約者がどういうものか分からない時から婚約者だった。
最近顔を合わせて口を開けば悪態ばかりだが、昔はあんな感じじゃなかった気がする。
いや、昔もそうだったかな。
初等部の時は、私をからかって泣かせてはクルミお姉様に水を頭からかぶせられたり、サヨお姉様に空中で逆さまのまま放置されたりと上二人に痛い目を見せられていた。
でもレオに何回も泣かされたはずなのに、レオが嫌いじゃないのは同じくらいレオが私を助けてくれていたからだと思う。
初等部の頃、魔法の授業は本当に憂鬱だった。私の魔属性は光。
光属性は回復の役割が主で、当時は光属性の攻撃魔法は存在しなかった。
初等部の授業で危険なことはさせられないし、怪我人の手当てなんて発生しない。
つまり授業では光属性は魔力がないに等しくて、同じ班になった子にはあからさまに嫌な顔をされ、役立たずと後ろ指をさされた。
そんな空気に耐えられなくて、授業を抜け出したことがあった。校舎の陰に隠れて体育座りで泣いていると、レオが追いかけてきた。
しばらく黙って側に座っていたレオに、泣きながら、誰からも必要とされてないのが辛いと漏らすと、レオは「俺はお前が必要だよ、俺は怪我したら魔法使えないし、お前は俺が守るからお前が俺を守れよな!」と力強く言った。
だから初等部の授業でそんなシチュエーションはないと冷静になると思うけど、レオに胸を張ってそう言われた時は、嘘のように心が軽くなって、気付いたら涙は止まっていた。
それからレオは事あるごとに治せ!治せ!と、ささくれや小さな擦り傷を差し出してきた。
私は必要とされることが嬉しくて、一生懸命回復魔法を勉強した。
後から聞いたが、次第にクラスメイトから何も言われなくなったのもレオが私の悪口を言った子に片っ端から喧嘩を売っていたからだった。
そんなこんなで、昔から私のレオに対するイメージはいじめっ子なんかじゃなく、むしろヒーローだった。
ただ、中等部に上がって二人でいることが周りにからかわれ始めてから今のような関係になってしまった気がする。
根はいい子なんだけどな…と想いを巡らせていると、突然目の前にピンクのリボンが結ばれた赤い薔薇の花が一輪差し出された。
花の枝を辿って隣を見上げると、レオが罰悪そうに立っていた。
「くれるの?」
「うん…」
私がレオの手から受け取ると、レオはベンチの隣にどかっと腰をかけて、両手で顔を覆った。
しばらく沈黙が続いて、くるくると手元の花を回して暇を潰していると、ようやくレオが口を開いた。
「あのさ……本当なんだ」
「え?」
「リアムがさっき言ってたことだよ。お前が半年前にいつか食べてみたいって雑誌見せてきて……」
「ああ」
先ほど食べ損ねたそれを思い出した。
「喜ぶと思ったんだ……」
小さな声で呟いたレオは顔を見られたくないらしく、手で顔を覆ったままだ。
どんな顔してるのか見てみたい気持ちもあるが、拗ねられても困るからレオの方をなるべく見ないようにした。
「うん、知ってる」
手元のバラを見下ろしながらと言うと、「は?」と両手を顔から離し、レオがこちらに顔を向けた。
「そこまで鈍感じゃないよ」
「…そうか…」
レオは私から視線を外して、それから目の前の花壇を目を向けながら驚くべきことを口にした。
「この庭園もさ、お前が好きな花を植えさせたんだ」
「え!?」
「10年前くらいかな、お前が花好きだったから」
「そ、それは知らなかった…」
庭師と趣味が合うんじゃなかったんだ、というか、宮殿の庭園を王子の一存で変えていいのかと唖然としてると、レオは「向こうに池あるだろ、お前が睡蓮好きだっていうから作らせたんだ」ともっと怖いことを口にした。
当時はまだ子供だっただろうに、一国の王子恐るべしとレオの顔をまじまじと見てると、今度はレオが恥ずかしそうに口尖らせて、「お前を喜ばせたくて」と呟いた。
「……ありがとう」
なんだかすごくくすぐったい気持ちになって、それ以上何も言えずにいると、レオも同じなのかまたしばらく沈黙が続いた。
でも不思議と嫌な沈黙じゃなくて、事件のことももうどうでも良くなっていた。
「今度お詫びさせてくれ」
「いいよ、お詫びなんて」
「怒ってないのか?」
「うん、でも流石に雌豚は傷ついたかも」
「それは…ごめん……」
レオは人差しで頰をかきながら申し訳なさそうに目線を下げて、「お前は……て、天使だ」と続けた。
「なにそれ、極端すぎだよ」と吹き出すと、レオはまた居心地が悪そうに「豚界の天使だ……」と呟いた。
この男、まだ懲りてないらしい。
「またそうやって」と嗜めると、「悪い…豚なんて思ってない…」とまた項垂れている。難しいお年頃なのか、レオは色々葛藤しているようだけど、そんな姿もやっぱり嫌いじゃなくて、ふふふと声を出して笑ってしまった。
レオもそんな私の方を見て、目を細めて優しく笑った。
「さて、戻るか」
ベンチから立ち上がったレオに続き、こくりと頷いて、腰を上げる。
「お前に食べて欲しいんだ」と素直になったレオに手を引かれて、私は会場に戻ったのだった。
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