三女と第三王子4
イケメン俳優がお姫様に優しく口付けるシーンを思い出しながら、「あんなことされてみたいなー」と両手で頬杖をつきながら呟く。
誕生日パーティが催された翌週の日曜日、お詫びということで演劇を見に連れて行ってもらった後、私とレオは遅めの昼食にレストランに入っていた。
私がリョウという人気俳優が出演する今話題の演劇を見に行きたいとリクエストしたのだ。
王族の特権で中央の一番良い席で見せてもらえて大満足である。
イケメン好きの母親の血をしっかり受け継いでいるのか、基本的に食い気より色気な私もイケメン俳優のチェックは欠かさない。
もちろんどんなに格好いいと噂の俳優でも、目の前でメニューに視線を落としているレオや兄二人の美貌とは比べものにならないのだけど。
ただ、残念なことに、案外本物の王子様は小説の中に出てくる王子様みたいなことはしてくれないのである。
いや、リアム様は例外か。
でもリアム様からいつもお姫様扱いをされているクルミお姉様に言わせてみれば、「されすぎても有り難みがない」らしい。
と言いつつ、実際はリアム様を前にすると、顔を真っ赤にして頰を緩ませているから、お姉様のただの強がりかもしれないけれど。
まあどちらにしても、「レオは絶対できないよね」とレオの顔を見ながらふっと鼻で笑うと、レオはメニューから視線を上げて私を一瞥した後、何を言われたのか理解して、むすっと拗ねた顔になった。
「リョウかっこよかったなー相手のお姫様が羨ましいなー」
また例のシーンを思い出しながらうっとりと繰り返すと、レオが口を尖らせたまま「俺だってできる」と小さな声で呟いた。
あまりよく聞こえなくて「え?」と返すと、「それよりさっさと選べよ!」とレオが語気を強めてメニューを差し出してきた。
レオからメニューを受け取って視線を落とすと美味しそうな料理の数々に既に演劇のことは頭の片隅に追いやられていた。
「ここはローストビーフが美味しいんだってさ、お前牛肉好きだろう」
目を輝かせる私の顔を見ながらレオが微笑んだ。
「そうなんだ、じゃあそれにする」と微笑み返すと、小さく頷いたレオが店員に目配せをした後、近づいてきた店員にローストビーフと他に何品か注文して私の方に向き直る。
「近くにりんご飴の美味しいお店があるらしいんだ、そこにも行こうな」
レオがにこりと笑いながら声を弾ませた。
そんな素直なレオが珍しくて、思わず「何か企んでる?」と口にすると、「なんだよ、急に」と眉をひそめてしまった。
「いや、やけに素直だから」
「お前なあ…」
「この後、大雨でも降る?自分で雷落としちゃう?」
「ほんっと失礼なやつだな」
おどけて笑うと、レオも眉を下げながらふっと笑った。
「あの日さ、俺も結構反省したんだよ」
少し視線を下げると、「母上にもこっぴどく叱られたしな…」と続けた。
レオが雌豚と叫んだ時、会場中の注目を集めていたので、王妃様にも見られていたに違いない。
雌豚呼ばわりされた後、会場を立ち去る私の姿はどんなふうに見えたんだろうか…と遠い目をしていると、レオがまたばつが悪そうに呟いた。
「お前の母親には…なぜか褒められた…」
「だろうね」
そうなのだ。
あの日、もちろんあの会場には私の両親もいて、娘が王子様に雌豚にされる事件は二人の目にもばっちり映されていた。
普通の親であれば、相手が王族とはいえ、娘が公衆の面前で罵倒されるのだから、黙っていないはずである。
顔を真っ赤にして激怒してもおかしくない。
普通の親であれば。
会場に残ったお姉様から聞いたのだが、私が会場を立ち去った後、話題はやはり私とレオのことで持ちきりでひそひそと噂話をする声で周囲が包まれる中、リアム様ともう一人の笑い声だけが不自然に響いていたらしい。
そう、もう一人の声の主とは私の母親である。
リアム様と同じように「雌豚だって」と息ができないくらい笑うお母様にお父様が困った顔をしていたそうな。
次の朝、私は既にレオと仲直りしていたから雌豚事件のことも忘れ去っていたのだが、朝食のフルーツが乗ったパンケーキを見ながら「美味しそう!」と声を上げると、「うるせえ、勝手に食ってろ、雌豚」と後ろから声が聞こえて、この時ばかりは実母に手を上げそうになってしまった。
まあ私が何かする前に、隣にいたサヨお姉様からごうっと音を立てながら風が舞って、それを見たお母様が「わーごめん!うそうそ!冗談!サヨちゃん怒らないで!」と必死に許しを請いていたので、怒る気も失せてしまったのだけど。
お母様の奇行をレオに話すと、「なんかごめんな…」と申し訳なさそうに眉を寄せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます