三女と第三王子1
「うるせえ!勝手に食ってろ、雌豚!」
広いパーティ会場に響き渡ったその言葉はどろどろの三角関係を描いた主婦層向けロマンス小説で悪役ヒロインが吐き捨てそうなセリフだが、私は誰かの恋路を邪魔したり、婚約者のいる男性に手を出したり、雌豚呼ばわりされるようなことは決してしていない。
しかもそのおぞましいセリフを口にしたのは、真っ赤な唇に瞳の釣り上がった悪役ヒロインではなく、陶器のように美しい顔を歪ませた由緒正しきグレース国王族の第三王子である。
この未曾有の雌豚事件の発端は僅か10分前に遡る。
今日は宮殿でレオの17歳の誕生日パーティーが催されていた。
もちろん王族のパーティとなれば、レオの学友だけでささやかになんてことはあり得ず、貴族の爵位を持った者が一堂に会する豪華絢爛で盛大な催しである。
私たちエステート公爵家も例に漏れず、かつ、三姉妹全員が王子の婚約者であるため、家族全員で参加していた。
「クルミお姉様!サヨお姉様!宝よ!宝の山があるわ!」
目の前の豪華で煌びやかで魅力的なその光景に胸の高鳴りを抑えきれず、つい声を上げてしまった。
「アプちゃん、良かったね」
「食べすぎてはダメよ、またお腹壊すから」
そう、私の目の前に広がるのは宝という名の食料の山である。
私はこの日を楽しみにしていた、リアム様の半年前の誕生日からずっと楽しみにしていたのだ。
王族のパーティでは、この国で名を成したシェフたちがグレース王国の名の下に集められ、各国から取り揃えた最高級品を使って腕を振るうのである。
出来上がった料理の数々は芸術品と言っても過言ではない。
王族ばんざい!と心の中で欲にまみれた軽薄な賛美を示して、プレートに美味しそうな料理を盛っていく。
貴族のパーティの良いところは、「パーティではあまり料理に手をつけない」という暗黙のルールがあって、この宝の山にはみんな近付かないのである。
全くもって理解不能だ。
両手で持ったハーブチキンに食らいつく。
もごもご口を動かしながら、次は何を食べようかなと料理が並んだテーブルに視線を彷徨わせていると、一番奥に思わぬものを見つけて目を見開いたところで後ろから声をかけられた。
「おい、主役に挨拶くらいしろよ」
「レオ」
振り返るといつも以上に煌びやかな格好をしたレオが立っていた。
さすが主役。
お金がかかっている。
「レオ、お誕生日おめでとう」
口の中のお肉をごくりと飲み込んでハーブチキン片手に言うと、「それ言う前に食べ物かよ」と責められた。
「だって、レオ囲まれてたから」
先ほどまでレオはいつものように貴族の御令嬢たちに囲まれていて近づけなかったのだ。
どうやって抜け出してきたのだろう。
学園にいる時もそうだが、その恋愛小説から抜け出したような見た目と親しみやすい性格で、貴族の華やかな御令嬢たちによく囲まれている。
本人は全然嬉しそうじゃないので気の毒で仕方ない。
「お前、俺の婚約者だろ」とレオが小言を続ける。
が、今の私の関心の対象は主役のレオではない。
早くそれを確認したくて慌てて「そんなことより!」と言葉を被せた。
レオの横を通り過ぎて、先ほど見つけた思わぬものに駆け寄る。
近づいて確信を得たそれを指差しながら「ダブルチーズバーガー!」とその名前を口にした。
そう、ダブルチーズバーガー。
きつね色に色づいたふっくらと焼き上げられたパンの間に、肉汁が染み出した厚いハンバーグが贅沢に二枚も重ねられ、その間からはとろりと黄色いチーズが溶け出している。
私も初めて本物を見たのだが、その食欲をそそる見た目に思わず感嘆が口から漏れた。
半年前に東の雑誌に載っていた写実画を見てずっと食べたかったものだ。
「ああ、それはお前が」
後ろからレオが何かを言いかけたところで、クルミお姉様とお姉様の腰を抱いたリアム様が近づいてきた。
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