第16話 ルゼアの夢
「ふぅー、なんとか逃げ切れたな」
「中々スリリングじゃった」
ユウトは森を抜け、草原をバイクで颯爽と駆け抜けていく。
その後ろでルゼアが風を気持ちよさそうに浴びている。
魔王城周辺の停滞した気候を抜けたのか、空には青々とした空間と辺りを照らす太陽がサンサンと輝いていた。
そんな日差しの中、ユウトは若干疲れたような顔でため息を吐いた。
それはもはや言うまでもなく原因は自分が現在乗っているバイクだ。
元の世界でも運転しなかったそれをまさか異世界で運転するとは思わなかった。
もっと言えば、それを敵が乗ってるということ自体。
「なあ、やっぱりこれって異世界人が広めたのか?」
「そうじゃな。少なくともわらわはそう認識しておる。
銃が流行ったのは最速で攻撃が出来、威力もそこそこでほぼ真っ直ぐ飛ぶということから剣技や射撃に恵まれなかった者が好み、バイクは魔力さえあれば馬よりもずっと走るということから商人に好まれたというところじゃの」
「まあ、利点があるから流行るんだろうけど......ルゼアは知らないようだけど、絶対どっかで車とかありそうだよな。あったら、いよいよおかしな世界観になってくるな」
「とはいえ、それはお主ら異世界人がこの世界に広めた知識であるぞ?
恨むなら自分を恨めとまでは言わんが、もしかしたらお主がその第一人者になってた可能性だってある。
あまりそれについては言わぬ方が吉だと思うのじゃ」
「そうなんだけどな~、ただ少しだけは言いたい。『何やってんだよ異世界人ー』って」
「まあ、この乗り物が普及してから随分とわらわの世界の文明レベルは向上したしの。もっとも空を飛べる者にとっては関係ないが」
「そういえば、ルゼアは竜人なんだろ? 竜に変身したりできないのか?」
ユウトは興味本位でそう聞いた。
それについて、ルゼアは少しだけ悲しそうな声で返答する。
「できるぞ......わらわ以外はな」
「嫌なことに触れたのならごめん」
「いや、そういうわけではない。仕方ないことなのじゃ。
わらわは竜人族の巫女。特別な力を得れると同時に空を自由に飛ぶことが許されぬ身じゃ」
「仕方ない」と言いつつも、ユウトの後ろから聞こえる声はやや物悲しい。
しかし、その声色を一蹴するように明るい口調で告げた。
「とはいえ、全く飛べるようになるわけではない。『8つの羽を揃えし時、汝は黄金のウロコを身にまといて、世界を滑る天空の覇者とならん』という巫女に伝わる特別な言葉があるんじゃが、それを叶えればわらわは自由にこの空を飛ぶことが出来る」
ルゼアは流れていく空の雲を目で追いながら、そこで飛ぶ鳥を見て羨ましそうな顔をする。
あんな風に飛べたらどんなに気持ちいいだろうか。
もう何百年と立ちながら未だに叶えられない夢がそこにはある。
もうどこか諦めていて、それでも消えずに燻っていた夢が見える範囲にある。
それは嬉しいことでもあり、同時に辛い事でもあった。
はなから飛ぶことを知らない人族とは違い、竜人族は飛ぶ楽しさや喜びを知っている。
生まれて間もなくして、赤ん坊が立つことを学ぶように竜人族は空を飛ぶことを学ぶ。
そして、その空中での楽しさや喜びを知り、邪魔することのない自由な遊び場でもって空中制御を勝手に学んでいく。
しかし、ルゼアは違った。ルゼアは特別であった。
竜人族の巫女。それは竜神を守るために存在する
巫女の役割は竜人族の国を守る竜神の祠を守ること。ただそれだけだ。
そして、巫女を守るために空を飛べる竜人が守護をする。
故に、空を飛んで余計な危険に脅かされないために巫女の羽は無くなった。
それはある意味国を守るための進化であると同時に特別な存在の象徴でもった。
しかし、その特別を当然疎む者もいる。巫女は特別であるがゆえに重宝されるからだ。
言ってしまえば、願いがほぼなんでも叶えられるということ。
故に、羽をもつ竜人族はそんな自分達にはない裕福さを羨ましく思う。
だが、それは巫女であるルゼアも一緒であった。
どれだけ裕福であろうとどれだけ願いが叶えられようと心は全く満たされない。
羽をもつ竜人が巫女を羨むように巫女もまた羨んでいるからだ。
その理由はもはや言うまででもない。
「隣の芝生は青く見える」とはよく言ったものだ。
どんなに望んだって手に入らないものはある。しかし、諦めきれずに泥水すすって立ち上がりまた進む。
それを何度繰り返しただろうか。だけど、まだ望みがあるとすればどうする?
もし願いが本当の意味で叶うのなら、その願いはただ一つ。
自由に空が飛びたい。
その時、ユウトは思わずバイクを止めた。そのことにルゼアは思わず尋ねる。
「どうした? 何かいたのか?」
「いや、そうじゃない。ただ......なあ、もしおせっかいじゃなければ、そのルゼアの夢を手伝わせてくれないか?」
「どうしたんじゃ急に」
ルゼアは軽く笑いながら答えたが、軽く後ろを振り向くユウトの目はどこか真剣であった。
故に、ルゼアは心の底から嬉しさを感じながらも、それとは逆の言葉を告げる。
「気にするでない。お主はお主の目的だけに集中してればいよい。
わらわがお主を手伝っているのは......人族である短い人生しか歩めぬお主と少しでも一緒にいたいという自分のわがままなだけじゃ」
「なら、そのわがままを俺がしちゃダメなのか?」
「......」
ルゼアは次の言葉が思い浮かばなかった。
ユウトは自分だって相手のためにわがままを言ってもいいだろうと言いたいのだろ。
その行動をしたのが何よりも自分だから。
しかし、自分の願いなんてユウトの一生を見届けた後でもどうにでもなる。
だが、ユウトの妹の命は違う。
故に、その誤った言葉を訂正して欲しかった。なのに、ユウトの言葉を否定する言葉が出てこなかった。
心の中ではそのわがままを押し通してほしいと思っているのか。
なんというわがままか。まさか好きなものを与えられてきた人生がこんな所でも影響するとは。
「ルゼア、一旦バイクから降りてくれないか?」
「?......わかった」
ルゼアは突然ユウトに指示された通りに動いていく。
すると、ユウトはそのバイクを<箱庭のバングル>へとしまっていく。
その行動に「歩いて進むのか?」と思ったルゼアだが、その行動がすぐに非効率的な行動だと気づく。
それ故に、ユウトがどうしてこんな行動に出たかわからなかった。
「ちょっと失礼するぞ」
「お主、急に何を!?」
ユウトは突然ルゼアを抱きかかえた。そのことにルゼアは慌てふためく。
しかし、ユウトはそんなことを気にすることもなく、足元から炎をジェット噴射させて空中に浮いた。
「それでは空の旅にご案内いたします」
「ほぇ!?」
そのまま一気に空中を横に飛び始めた。
ルゼアはユウトの言葉に可愛らしい声を出しながら、ユウトと一緒に勢いよく空中を飛んでいく。
移動に伴う風が真正面から襲ってくる。
その度にルゼアの髪は揺れ、尻尾は風と踊る。
しかし、そのルゼアの瞳には光が灯ったような感じがした。
「良かった。どうやら成功のようだな」
「お主は一体何を......」
ユウトがすぐ近くにあるルゼアの顔を見ると嬉しそうに笑う。
ルゼアはユウトが何か意図をもってやったことはすぐに理解した。
しかし、それが何かわからなかったのでそう尋ねるとユウトは答える。
「ルゼアが迷っていたみたいだったから、実際に体感してみたら気持ちが定まるんじゃないかって思ってさ。
でも、ぶっちゃけ賭けだった。人によっては憧れの一旦に触れれば再点火する人もいれば、それで満足しちゃったり、大きさに圧倒されて諦めちゃったりする人もいるからさ。
だから、賭けてみた。でも、なんとなく成功するような気はした」
「お主、そこまで......」
「だって、俺達は
「......」
「それに、ルゼアが俺の目的のためにそこまでやってくれるってならさ、俺もルゼアのために何かしてあげたいと思うんだ。
そうしないともどかしいというか、一方的な恩をもらってばっかで、こうでもしないと返せない気がしたから」
その後、ユウトは少し困り眉をしながら答える。
「まあ、あと少し打算的なことがあるとすれば、妹の情報を集める際にいろんな場所に訪れることになるだろうし、ルゼアの夢の何かも手伝えるんじゃないかと思って」
「......お主は無意識にわらわのツボを心得てるから恐ろしく、また愛おしいの」
ルゼアはぼそりと呟く。その声は流れゆく風の音でかき消されてユウトには届くことはなかった。
ただ一つ言えることがあるとすれば、それは......
「お主はどうやらわらわのスイッチを入れるためにそうしたのじゃろうが、同時に違うスイッチも入ってしまったようじゃぞ?」
「......そ、それは是非とも遠慮願いたいですね~」
「無理じゃな。少なからず、その熱がわらわの夢とともに燻ってるうちは」
「え~」
ユウトは思わず困り果てた表情をする。その表情を見てしてやったりとルゼアは笑った。
そして、しばらく他愛もない会話を続けながら飛んでいるとルゼアは「もうよい」と告げた。
それから、ユウトが地上にルゼアを降ろすと思わずユウトはふらついた。
「おっとっと」
「お主よ、飛ばし過ぎじゃ。わらわよりはしゃいでどうする?」
「いや、俺も空を飛べる機会なんて一生ないと思ってたから思わず楽しくなっちゃって。
でも、さすがに燃費が悪いな。魔力がゴリゴリ減ってってるのを感じる。長距離移動にはやっぱりバイクの方が良いな」
「まあ、そうじゃろうな。魔道具は基本長期的に使われることを前提として魔力回路の効率化がなされておるからの。
『唯一効率化されていないの人種だけだ』みたいなどこぞの偉い賢者の言葉があるぐらいじゃしな。
それにこれ以上飛んでいたら、いろいろと満足してしまう可能性もあるからの」
「俺的には一つじゃないその言い草が気になるんだけど......」
「気になるなら試してみるか? その身でもって」
「やめておきます。あれ、実際すげー疲れるから」
「といっても、いざその時になれば随分と乗り気なくせして」
「そういうのホントいいから!」
ルゼアの相変わらずからかい癖。毎度毎度困らされたものだ。
とはいえ、こんな調子という事は機嫌が良いということで、ユウトの咄嗟の行動も成功したという事でもある。
その何とも言えない気持ちにユウトは困った顔をしつつも、どこか嬉しそうな口元は隠せていない。
「それじゃあ、そろそろ移動するぞ」とユウトがバイクを取り出す。
そして、ユウトがバイクにまたがるとルゼアはユウトにぴったりと密着するように乗った。
相変わらずの動きずらさだが、今のルゼアに何を言っても一蹴されてくっついたままだろう。
ユウトは仕方なくため息を吐くとバイクを走らせた。
「そういえば、ルゼアはどこか向かいたい場所とかあるか? 今のところ俺にはないから、ルゼアの希望優先でいいんだけど」
「あると言えばあるが......ここからじゃ距離がかなり遠い。それに先ほどの町で買い物したとはいえ、出来たのは食料のみじゃ。
だから、一先ず今向かっている方向で一番近い街を探す感じでいいじゃろうな」
「その場所の方向とかわかるか?」
「先ほど空中から見えていたけどな」
「実のところ、あの時ほとんどの意識が俺の足元に集中してたから、周り見る余裕はあんまなかった」
「そのくせにはしゃいでいたと?」
「......はい」
「ククク、面白いやつじゃの。まあ、年齢相応の童という事じゃ」
「いや、俺って初代魔王曰く一応成人してるっぽいんだけど?」
「なーに、わらわから見ればお主らが100年生きようと童じゃよ」
「スケールでけー」
他愛もない会話をしながら、ルゼアの指示の元にユウトは移動していく。
走っていた草原に途中から馬車が通って出来たような
それから、数日の時が立つとようやく街道にやってきたようで辺りを森で囲まれながら、補正されたような砂利道の坂を見つける。
そして、グイグイ進んでいったその時、正面に何かを見つけた。
それは片輪が壊れた馬車にその馬車から引きずり出される男性や少女。
その周りにはバンダナを巻いた粗悪な服を着た男たちが乗ってきたであろうバイクで周囲を取り囲み、馬車に群がっている。
その光景を見たユウトは思わずつぶやいた。
「ここは世紀末かよ」
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