第26話 分断
ユウト達は動くダンジョンによって眼下に広がる大きな穴に飛び出していた。
しかし、その場所は本来出れば何十体もの
それがまるで空間ごと切り取られたかのように存在していない。そして、広がるはどこまで深く続いているのかわからない奈落の底。
ユウトは咄嗟に<箱庭のバングル>から先が猫の手のようになっているフックショットを取り出した。
それを近くにいたルゼアへと飛ばす。すると、飛び出した猫の手はルゼアの体に巻き付くとそのまま一周して次に近くにいたヤスのところへ向かっていく。
それを繰り返していき、カイゼル、ケイ、ネオと残りのメンバーも捕らえるとその猫の手はネオの体にピタっと張り付き止まった。
ユウトはそれを確認して手に持っていたスイッチを押すとその猫の手の位置までユウトは引っ張られていく。
その道中で猫の手によって捕らえられたメンバーを回収していくと今度は<炎竜神の指輪>を利用して足元から一気に炎をジェット噴射した。
その行動により多少なりとも落下スピードは軽減した。これによって、自由落下による地面への直撃は無くなったようだ。
ちなみに、ユウトが使ったアーティファクトは<猫手の綱>というもので、使用者が認知したものを自動的に捕獲して目的地まで伸びていくお助けアイテム的魔道具の一つである。
「何が起きたんですか......?」
「お前か?」
「まあな。とはいえ、これは飛んでるわけじゃないから落ちるのは時間の問題だし、それに魔力消費が大きいからあまり持たないと思ってくれ」
そう言う残りのメンバーを綱で近くに手繰り寄せているだけのユウトの体はそれでもそこそこの速さで下へ落ちている。
それはメンバー全員の総重量に対して、炎出すと数分で枯渇してすぐさま真っ逆さまに落ちてしまうからだ。
加えて、メンバーの重心位置も考えて炎を出さないとすぐに体が一回転して、奈落へと
今はこれで良いともいえるが、こんな状況で
――――ゴゴゴゴゴ
周囲の壁が揺れ始めたように地鳴りが響き、天井から僅かな砂やレキが降り注いでくる。
ユウト達が思わず天井を見ると天井はぷっくりと膨らみを帯びてきて、それが二つの山に分かれるとそれが鋭く伸びていく。
伸びていったその山はそれぞれ更に五つの山に分かれたかと思うとそれは指であり、巨大な二つの手がせり出てきたのだ。
そして、その手は更に伸びて腕を出現させ、その両腕の間には更に大きな山が膨らんでは伸びていく。
その山は巨大な一つ目を開眼させるとそれ以外に部位はなく、頭、首、上半身と浮かび上がらせていく。
やがて見えてきた全体像は天井からぶら下がる巨人の上半身であり、それらは全て岩でできていて、顔には目しかない。
某ゲームキャラクターの名前を借りれてユウトは思わず呟いた。
「ギガンテス......」
その天井を覆いつくす大きさに他のメンバーも思わず苦笑いを浮かべる。
下は奈落でユウトが抑えてくれているからこそ落下スピードは遅いものそれも時間の問題であり、そもそもその状態を天井の“それ”が許すかどうかも怪しい。
するとその時、ケイは突然ユウトに言葉を告げた。
「ユウト、この拘束を外せ」
「!......だけど、それだと落ちるぞ?」
「ああ、だからそのための工夫をするだけさ」
ケイはじっとユウトを見る。その目を信じユウトは<猫手の綱>の拘束を外すとケイは自身の服の襟もとに手を突っ込み、緑色のペンダントを取り出した。
その緑色のペンダントには緑色の宝石がくっついており、その宝石を囲むように金色のドラゴンがくっついている。
そのフォルムは<炎竜神の指輪>にどこか似ているようで......とユウトが思っているとそれを確信に変えるようにルゼアが反応した。
「お主、それを一体どこで!?」
「やっぱり、これを知ってみてぇだな。まあ、昔にとある貴族からくすねてきたものさ。
魔道具的価値があると思っていたが、オレにはサッパリ使えない。だから、ユウト。お前が使え」
「いいのか?」
「ああ、構わねぇ。そして、俺の予想が正しければ――――」
ユウトは投げられたペンダントをキャッチするとそれを首に括り付け魔力を流す。
その瞬間、ユウトの中にそのペンダントの情報が流れ込み、それを理解したユウトは皆より下に落ちると天井を向いて両手をセットした。
「それは風を生む」
ケイの言葉と同時にユウトが手のひらから緑色の魔法陣を浮かび上がらせ、風を生み出した。
その風はユウト以外の全員を浮かび上がらせるような強風で、その場にとどまることを可能とさせた。
「全員、戦闘態勢!」
ケイの怒号にも似た声にユウト以外の全員が風を足場として天井にいる敵に対して武器を構える。
すると、天井の敵も敵意を感じ取ったのか口もないのに叫び声を上げて巨大な右拳を振りかぶった。
そして、その拳を思いっきり振り下ろしてきた。突風のような風を拳に纏わせてユウト達を襲う。
「雷鳴剣」
「蒼流破」
ケイが引き抜いた剣を両手に持ち天井の敵に向かって思いっきり振り抜くと雷の斬撃が高速で接近し、ネオが魔法銃を構えて打ち出したのは高水圧でカッターと化した水の砲撃。
その二つの高火力の攻撃は迫ってきた右こぶしを破壊した。しかし、天井の敵はすぐに左手を振り抜いてくる。
「わらわ達もいくぞ! 竜閃」
「炎柱」
「嵐嶽」
ルゼアは右拳を腰の近くにセットして、その拳に魔力を込めると天井に向かって振り上げた。すると、その拳から空気の壁のような衝撃波が放たれる。
ヤスは剣を頭上に抱えるとその剣に炎を纏わせて、まさに火柱とも言うべき炎の本流を打ち上げた。
また、カイゼルも杖を敵の左拳に向けると嵐のように渦巻く風を球体状に圧縮して放つ。すると、その球体は次第に膨張していき、敵の左手に当たると破裂して激しい乱気流が左手をゴリゴリと削っていった。
その3つの攻撃によって左手も破壊され、残るは正面の大目玉のみ。
そして、ケイ達が揃って攻撃を仕掛けようとした瞬間、足場となっていた風が消えた。いや、ユウトが消したのだ。
その突然のことに疑問に思っているとユウトは落下していく皆を通り過ぎ、天井の敵の正面に立って両手を掲げた。
「風壁」
ユウトがその言葉を告げた直後にドンッという鈍い音が響き渡った。
何かが殴られたわけでも、破壊されたわけでもない。強いていうのであれば、天井の敵が大目玉から打ち出した衝撃波をユウトが風の壁で受け止めただけだ。
しかし、衝撃波は空気の揺れ。同じ空気である風では威力を抑えることしか叶わない。だが、それでも強靭な体のユウトであれば耐えられる。
「いい加減にしろよ。この野郎!」
ユウトは少しイラッとした様子で衝撃波を耐え抜くと風を操って浮遊し、大目玉へと近づいていく。
そして、ホルスターから魔法銃を取り出してその銃口を大目玉に向けると乱気流が圧縮された銃弾を撃ち放った。
それが大目玉に着弾した瞬間、大目玉だけではなく顔全体がバラバラに裁断されていった。これがこのペンダントの十全な力。言うなれば<風竜神の首飾り>というべきか。
しかし、今の敵は魔物という感じがしなかった。破壊されたのは全てただの岩。まるでゴーレムをバラバラにしただけのようで、先ほどの大目玉からは魔力の核が感じ取れなかった。
ユウトはそのことに疑問を抱きつつも、真下に目を向ける。そこは暗い闇に覆われていて、仲間の姿は既に見えなくなっている。
その仲間を追って風を操って真下に加速しながら落ちていく。魔力反応からは5人の魔力が確認.....出来た次の瞬間には4人しか反応できなくなった。
その反応は1人また1人と消えていき、その突然の反応の消失にユウトは焦りを募らせる。
そして、今度は2人の反応が横に移動し始めた。
先ほどの3人も横に移動してある程度したら突然反応が消えている。
もしかすると壁の中に取り込んでいるのか? もし敵の狙いが最高の
ならば、壁に取り込んでいくのは捕まえて利用しようとするためであって、まだ死んだとは限らない。
それにまだ2人が助かるならば、助けてそれから残りも助けに行った方がいい。
ユウトは努めて冷静に思考させるとその二つの魔力反応へと向かった。
そして、穴の中へぐんぐんと進んでいくと穴の横壁から飛び出している手に掴まれているネオの姿とそのネオの手を掴んでいるケイの姿があった。
ユウトはケイの両脇に腕を通すとそのまま引っ張ろうとする。しかし、さすがのユウトの力でも魔力によって動いている手の方が力が強いらしく、ネオの体がどんどんと壁に吸い込まれていく。
ユウトが辿り着いた時にはすでに足元が飲み込まれていたネオの体がもう下半身は飲み込まれ、左肩もすでに壁の中。
ネオは泣きそうな顔で必死に笑顔を作りながら、ケイに告げる。
「もういいよ、ケイちゃん。ケイちゃんだけでも生きて」
「ざけんな! そんな勝手はオレは認めねぇぞ!」
「なら、ユウトさん。お願いします。ケイちゃん、頑固で不器用なところもありますけどいい子で実は弱い子なんで」
「ああ、わかった。後、言っておくがまだ諦めたわけじゃねぇから。勝手に諦めんなよ」
「......わかりました」
「おい! ユウト! 放しやがれ! このままだとネオが、ネオが!」
ネオの上半身のほとんどが飲まれ、残すは口に顔の右半面と伸ばした右手のみ。
そして、ネオが「しばしのお別れだから」と告げるとネオはケイの手をパッと放し、そのまま壁に飲み込まれていった。
その衝撃にケイは脱力したようになり、ユウトはそのことに思うことがありつつも、一先ず穴の最深部へと落ちていった。
穴の最深部へと落ちていくと広がっているのは暗闇でなく光であった。
人工的に取り付けられたようなランプが壁に設置されており、明らかに人が通るための道ともいえる場所である。
その場所の周囲に魔力反応がないことを確認するとユウトは抱えていたケイを降ろした。
すると、ケイは拳をプルプルと振るわせてユウトの方へと振る変えるとその拳をユウトに向かって振り上げた。
しかし、その拳はユウトの顔の前で止まり、ユウトもそれが分かっていたようにその場から微動だにしていなかった。
とはいえ、ケイの怒りは収まらないようでそのまま突き出した拳でユウトの胸倉を掴むと睨みつけて告げた。
「なんでオレを助けた!」
「それがネオの願いだったからだ」
鬼気迫るケイの言葉にユウトは冷静に返した。しかし、それが逆に火に油だったようでケイは更に声を荒げる。
「オレはそんなこと願ってもねぇ! それにお前の魔法だったら助けられたかもしれねぇだろ!」
「助けること自体は出来る。だけど、あの手を壊すにはそこそこの高火力が必要だった。もしそれを使えば、ネオの体がどうなるかわからない。だから、俺は使わなかった」
「......クソッ!」
ケイはユウトの胸倉を投げやりに放すと顔を俯かせたまま肩を震わせる。そして、見えない顔から地面に向かっていくつもの滴が落ちていく。
それを見かねたユウトはケイの顔を両手で持つと強制的に目を合わせた。
「聞け。恐らくまだあいつらは生きている」
「どうしてそんなことが言えんだよ!」
「死んだ事実を認めたくないからだ」
「......!」
ユウトの目は言葉以上の説得力を持っており、その目にケイは思わず釘付けになる。
そして、ユウトは言葉を続ける。優しい口調でもって。
「前にも言ったよな。俺は妹が魔族に攫われたって。攫われた期間だけで言えばかなり立っている。でも、俺は生きてると信じてる。ケイはどうなんだ?」
「オレだってそんなこと認めてねぇ。でも、もう......仲間を失うのは嫌なんだ......」
ケイは何かを思い出すように涙を溢れださせる。そして、ユウトの胸に顔を押し付けてはより一層涙で顔を濡らす。
「俺達は似た者同士かもな。自分の弱さを呪って、強くなって、でもまだ自分の弱さの根本が解決できたわけじゃなくて。だけど、それでも生きている。俺達が生きている限り希望はある。それを信じて待ってくれている仲間もいる。もう何を信じるかわかるよな?」
ユウトはそっとケイの背中に手を回すと優しく抱きしめる。どういう過去かは知らない。それでも似たような部分がある。
だから、ユウトはまるで昔の自分を慰めるようにそっと泣き終わるまでケイを抱きしめ続けていた。
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