第25話 蟲毒

 ユウト達ダンジョン調査団はようやく犯人の仕業であろう合成獣キメラの死体を発見した。


 そして、調査団としてダンジョンに潜る前に得ていた情報と照らし合わせて、この合成獣キメラを魔族が作り出したものと推測して、奥へと進んでいる。


 その道中でユウトは先ほどの会話からとある情報を思い出し、その確認のためにルゼアに話しかけた。


「なあ、ルゼア。さっきの合成獣キメラの話で気になったことがあるんだけど少し確認していいか?」


「奇遇じゃな。実はわらわもお主に確認したいことがあった」


 その返答にユウトはなんとなく「同じ記憶を思い出しているんだろうな」と思いながらも、ルゼアに告げた。


「俺達が魔王城を出てから情報収集のために向かった酒場でマスターが言ってたことがあったよな?」


「あったの。確か、昔に人族との戦いのおいて多くの人造魔物を率いて英雄的働きをした人物がいたとか」


「そう。名前はえーっと......ドクターカルトロス。そして、一番引っかかった“人造”の部分だけど、それってやっぱり合成獣キメラのことだよな?」


「まあ、十中八九そうじゃろうな。人造なんぞ生き物を死んでまで冒涜するような決して許されん行為じゃ。

 しかも、それを今も続けているとなれば、いつその人造魔物を率いて人族に襲いくるか分かったものではないな」


「それを避けるためにはここでそいつを必ず仕留めておかなければいけないってことか。まあ、わかりやすくて何よりだ。それに......」


 ユウトはそう呟くとふと顔を暗くさせ、そして僅かに憎しみの表情を浮かべ口元を歪める。

 不意に思い出してしまったのだ、自分が召喚されたときの記憶を。

 そして、その時に自分のことをまるで実験モルモットのように言っていた老人がいた。


 恐らくそいつがドクターカルトロスだろう。

 その時の記憶が今でも鮮明に思い出せるユウトは当然そのドクターカルトロスイカれクソじじいの顔もしっかりと覚えている。


 となれば、今回はユウトにとって一石二鳥の好機とも言えるだろう。

 ダンジョンの地形を変形させるほどの恐らくアーティファクトであろう魔道具の存在と憎き魔王の臣下が一人このダンジョンの奥にいるかもしれないのだから。


 ユウトは理解している。これは妹を救う旅であるとともに、妹を攫って行った魔王及び臣下達への復讐の旅であることも。


 故に、今回の敵がドクターカルトロスであるとするならば、その相手を殺すのは自分以外にいない。


 その時、ユウトの手にそっと小さな手が重ねられる。柔らかく、そして温かいルゼアの手はそっと怒りを鎮めるようであった。

 そして、そのままにユウトの目を見て告げる。


「お主よ、復讐の炎に身を焦がすのは仕方ないことじゃと思ってる。しかし、心までは焦がしてはならない。

 心がある限り、お主はいつでも戻って来れる」


 ルゼアはどこか母性を感じさせる柔らかい笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「その手助けが必要ならば、わらわはいつだって思う存分かしてやろうぞ。じゃから、一人で抱え込みすぎるな。

 わらわがお主のそばにいるのはそういう意味でもあり、そしてお主の誤った行動を正すためにいる」


「ありがとう。そう言ってもらえると俺は安心して前を向ける気がするよ」


「お主はただ目的のために突っ走っていけばよい。わらわとて伊達に長生きはしとらん」


「だからかわからないけど、どこか母親感がする」


「なーに、お主の頑張り次第では“母親”になるかもしれんがな」


「お、お手柔らかにお願いします.....」


 ルゼアのニヤッとした笑みで「ククク」と笑う表情にユウトは「またどこかのタイミングで捕食される」と思いながら苦笑い。


 そして、ふと前を見ると先行して歩いていたネオがニヤニヤした表情でこちらを見ており、ヤスとカイゼルもチラッとこちらを見ていた。


 一人ケイだけは真面目に探索中かと思えば、よく見ると耳がほんのり赤い。

 そこまで刺激が強い話ではなかったはずだが、まあルゼアの言い方の解釈を変えればかなりストレートな表現にもなるので、恐らくそう解釈したのだろうとユウトは判断した。


 するとその時、前方から多数の魔力反応をユウトのアーティファクトが感知した。

 その魔力は大小さまざまが無数にも近いほど点在していたが、弱い魔力反応がことごとく大きい反応によって消されていってるのがわかった。


 その様子に違和感を感じたユウトは思わず止まった。すると、ルゼアがそのユウトの様子を怪訝に思い、その二人に気付いたケイ達も止まった。


「何か反応があったのか?」


「ああ、かなり多くの」


「だが、その様子だと何かが腑に落ちてねぇみたいだが?」


「ああ、少しだけ時間をくれないか? 今は索敵に集中してたから見えなかったけど、魔力を集中させれば魔力反応を持っているやつがどんな個体か見えるんだよ」


「へぇ~、そもそも索敵魔法を付与できる魔術師なんていませんし、やっぱりすごいんですね~」


 ネオの言葉を半分聞き流しながら、ユウトは目を閉じてその魔力を感知した方向へと魔力量を増やし、意識を傾ける。


 まるでストリートビューでもしているように魔力反応に向かってダンジョンの複雑な道筋を辿りながらも向かっていく。


 そして、その魔力反応がだんだん強くなっていくと同時に、開かれた空間に視界が出た。

 するとそこに映っていたのは、多くの気持ち悪い見た目をした魔物、上半身と下半身が別々なのは当たり前で、体の五体が全て違う魔物、人の手のようなものを付けた魔物。


 まさに改造された生と言っていいほどの、これまで見てきた魔物とは大きく違った姿をしていたものがであった。


 一番分かりやすいのが、先ほどのオオカミの頭にライオンの胴体と虎の胴体を組み合わせた合成獣キメラもとい魔物であろう。


 しかし、中にはそれが可愛く見える魔物も存在する。

 そして、今ユウトにとって一番重要な情報がその魔物がということだ。


 体格差や筋力さによって弱い魔力反応の魔物がそれらが勝る魔物によって殺されている。

 それから、殺された魔物は食い散らかされ、その血肉は強者の血肉へと変わっていく。

 しかし、その魔物はさらに強い魔物によって殺されていく。


 その広い空間では凄惨な殺し合いが続けられており、どの魔物も狂暴かつ残忍なのか逃げずにたとえ自分より強者であろうと立ち向かっている。


 そこに死という概念は存在しているようには見えず、いやむしろ“一度”死んでいるからこそ無謀とも思える戦い挑んでいくのだろう。


 それはまるで見えない檻に囲まれているようなもので、そしてその光景はユウトに一つの言葉を過らせた。


 ユウトの視界意識がケイ達の居る場所に戻ってくると右腕が軽くふるふると動かされた。


「大丈夫か? 少しだけ顔色が悪いぞ?」


「ああ、大丈夫。少し胸糞悪いものを見ただけだから」


「なら、何を見たかを共有しろ。言葉を柔らかくする必要はない。ありのままだけを言え」


「......わかった」


 そして、ユウトは自分が見たものを事細かく何も隠すことなく伝えた。

 その内容に誰一人として表情を崩すことはなかった。てっきりネオ辺りは表情を歪めるものと思っていたが、やはりケイ率いるパーティの一人でもあるということか。


 しかし、ユウトの言葉を聞くとケイ達は揃いもそろって重たい息を吐いた。いくら表情に出さなかろうと聞いて気分が悪くなったということは変わりないようだ。


合成獣キメラが複数いるということは想定していたが、それほどの数がいたとな」


合成獣キメラが普通の魔物より倒すのが大変なのは一度しんでるからなんすよね」


「ええ、死後に生き物は本来リミットされていた力が解放されて以前よりパワーアップして帰ってきますからね」


「だから、ネクロマンサーとかの戦いの時は苦労したんですよね~。とはいえ、この合成獣キメラを作った人たちはせっかく作ったキメラを戦わせて一体何がしたかったんでしょうか?」


 ケイ、ヤス、カイゼルに続けて感想を述べたネオはふと誰しもが疑問に思いそうな箇所について言葉を漏らした。


 しかし、その言葉に対してすぐに答える者はいなかった。まだそこの疑問に対する答えの推測の目途が立っていないのだろう。


 だが、たった一人その推測が立っている人物――――ユウトはあえて全員の発言のタイミングを見ながら、誰も答えないとわかったところで発言した。


「なあ、皆は“蟲毒”って言葉は知ってるか?」


「......いや、知らぬな」


 ユウトの質問にルゼアは少し考えたもののやはりわからずにそう告げた。すると、その言葉に同意するようにケイ達も首を横に振る。


 それを理解したところで、ユウトは簡単に説明した。


「まあ、知らないのも無理はないかもしれないな。『蟲毒』ってのは簡単に言えば、一つのツボに毒を持った昆虫をこれでもかってくらい入れた後にツボにふたをして放置するんだ」


「そんなことして何になるんですか?」


「呪いに使う媒体とするんだよ。この世界.....ここでは基本的に魔法で全てが行われる。それは呪いも例外じゃない。

 しかし、その『蟲毒』ってのは魔力が足りなくて呪いの魔法を使えない人でも使える呪いの類ってわけ」


「ちなみに、そのツボに入れた虫はどうなるんだ?」


「ツボの中では壮絶な殺し合いが始まってる。それこそさっき俺が見てきたような光景がな。

 その昆虫は生きるために必死で、自分が持っている毒をもって他の昆虫を殺していく。

 そして、最後には1匹の昆虫が生き残るわけだが、その昆虫は一番強い毒を持っているということであり、さらに殺された昆虫の怨念も纏っている」


「その昆虫を呪いの儀式に用いるというわけじゃな?」


「その『蟲毒』っていう呪いの話ではな。まださっきの光景がその呪いの方法に関することかはわからないけど、ただ1つのことは確かに言えることがあるんだ」


「一番強い合成獣キメラってことか」


「恐らくな」


 ケイの静かな怒りを持ったような返答にユウトはうなづきながら返答した。

 ケイの表情はあまり変わらない。少しだけ眉間にしわが寄っているように見えるだけだ。

 しかし、その表情とは違って握った拳はプルプルと微振動していた。


 そして、キリッとした目つきでユウトを見るとケイは端的に告げた。


「その場所はどこだ?」


 その言葉はもはや「その場所までさっさと案内しろ」と言っているような気迫さえある。

 しかし、それは当然ユウトに向かっての怒りではなく、死んだ魔物が殺されてもなお殺し殺されることに対しての発言。


 ユウトは「こっちだ」と走り出そうとした瞬間、猛烈な魔力の塊が後方から勢いよく迫ってきていることに気付いた。


 ユウトは走り出そうとした足を咄嗟に止めると後方を見る。その行動にケイは思わず尋ねた。


「どうした?」


「後ろから魔力の塊みたいなのが向かって来る」


合成獣キメラか!?」


「いや、違うこれは......んだ!」


 ユウトは「走れ!」と全員に告げると走り出した。そのあまりにも必死な声に全員が後ろを確認することなく走り出す。


 すると、ユウト以外の全員は後方から聞こえてくるゴゴゴゴゴゴゴと地面を削りこすっているような音が聞こえてきた。


 耳が痛くなるほどの音に気になったケイが出来るだけスピードを殺さず振り返るとユウトの言葉通り、後方にあった通路は消えていて道をなくしていくように壁が迫ってきている。


「な、何ですかあれー!」


「壁が、壁が向かって来るっす!」


「これが人食いダンジョンてやつか」


「まさか本当にダンジョンそのものがこうも迫ってくるとはの」


「なんでそんな冷静なんですか!?」


 テンパっているネオをしり目にカイゼルはユウトに質問した。


「ユウトさん、ずっと一本道ですけど大丈夫なんですか?」


「......」


 しかし、ユウトからの返答はない。それにネオが思わず叫ぶ。


「ユウトさん、返事をしてくださいよ!」


「なら、するが......もう既に道がこの道しかなく、さらに言えば行き止まりになってる」


「えええええ!?」


「ハッ、確かに殺しくいに来てるなぁ!」


「このままいけば確実に圧死じゃの」


「冷静に言わないで下さいよおおおおお!」


 完全にさっきのまだ落ち着いていた雰囲気をぶち壊して大絶叫するネオの声を聞きながらも、「確かにこのままだとまとめて圧死する」と思ったユウトは少し思考する。


 アーティファクトは相当な魔力を持ったものにしか操れない。

 そして、わざわざように後ろから襲ってきている。

 殺そうと思えば、天井からの圧死でまとめて殺せたかもしれないのに。


 しかし、そうしないということはどこかに誘導している可能性がある。

 その上である行き止まりの壁は恐らく薄い。これで死ねばその程度、生き残れば利用価値があるという判断のもとかもしれない。


 上手く踊らされている可能性もあるが、それを踏まえたとしても生きるためには道は一つ。


「全員、何があっても走るのを止めるなよ!」


 そう言って、ユウトは右手に<炎竜神の指輪>に魔力を込めると正面に見えた壁に向かって炎の渦を放った。


 すると、ユウトの予想通りに壁は壊れ、砂ぼこりで視界が悪くなりながらもその壁を抜けるとそこには―――


「で、でけぇ......」


「でかすぎですよおおおおお!」


 直径100メートルはありそうな巨大な穴が待っていた。

 壁から飛び出したユウト達は底が見えない暗闇という言葉がピッタシな奈落に落ちていく。それと同時にユウト達が跳びだした穴は後ろから追いかけてきた壁に寄ってふたがされる。


 そして、その空間に響いたとのはネオの絶叫だけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る