第24話 犯人の影

「そろそろ休憩にしませんか? 歩き続けて少し疲れちゃいました」


「まあ、そうだな。お前らもそれでいいか?」


「リーダーがそう言うなら別に俺達も異論はねぇぞ」


「うむ、休むことも大事じゃからな」


 ネオの提案で一同は一旦その場で休憩することにした。

 現在調査を開始してから軽く3時間は立とうとしていて、階層は21階層。

 このダンジョンは全50階層であるためにもうじき半分というかなり早いペースでやって来ていた。


「しっかし、ここまで魔物の“ま”の字すら見ないなんておかしな場所ですね。逃げ出したとかじゃないので僅かな獣臭すらしませんもん」


 ネオはそう言いながら水筒を一口飲んでいく。

 ネオの言った通り本来なら現在の階層に来るまでに早くても1日以上はかかるところにたった3時間出来ているのだ。


 それもそのはず、1階層から歩いてきて現在まで魔物の一匹すら出会っていないのだ。

 ダンジョンと魔物はワンセット。それがこの世界の冒険者の常識であるはずなのに、それが根底から覆されたかのようにただ迷路道を進むのみ。


 順調と言えば順調な進み具合であるが、それ以上に魔物があまりにも存在しないことが不気味すぎるのである。


 しかし、その手掛かりになりそうなものは何もなし。

 途中途中で魔物の痕跡である爪痕を見つけるばかりで、それ以外に目立った情報を仕入れることが出来なかった。


 故に、進んでいるもののてっきりもう少し戦うことがあると思った一同にとっては拍子抜けであり、また同時に不気味なのである。


「にしても、おかしな話じゃな。魔物はいない、トラップもない。にもかかわらず、ここを訪れた冒険者は次々と消えているというのじゃから」


 ルゼアは腕を組んで考えるような姿勢を見せるものの、やはり情報が少ないのか首をかしげることが多い。

 その言葉に対して、ヤスが反応した。


「やっぱりダンジョンがその人達を食ってるんじゃないっすか?」


「例の冒険者の噂ですね。ですが、それを認めてしまうとそもそもダンジョン自体が魔物であるということになり、私達のこれまでの行動は魔物の体内に入って冒険気取ってたみたいになりますけど」


「うわぁ~それは嫌です~」


 ヤスの言葉を受け取ったカイゼルがそう言うとネオが途端に嫌な顔をして身を震わせる。きっと想像してしまったのだろう。

 しかし、その言葉にケイが反論する。


「それは考え過ぎだ。第一、このダンジョンが魔物だとすればこれまで一向に食われたなかった方がおかしい。それに魔物であれば特有の生体反応が出るはずだ。それはオレと一緒に冒険してきたお前ならわかるはずだ」


「そう......ですね。確かに考えすぎでした」


 カイゼルは自分の考えを反省するようにしょんぼりした顔で静かになる。

 ちょっと空気が居心地づらい感じになりそうだったので、ユウトがすかさず話題を変えた。


「それに、このダンジョンに魔道具が使われてる可能性があるし、まだ実態を見てみないから何も判断できないから仕方ないよ。

 俺は全然そういう推測アリだと思いますよ」


「なら、お前は魔道具――――いや、アーティファクトが絡んでると考えてるのか?」


「可能性としてはなくはないはず」


「確かになくはない。ただそれだとその魔道具を使える物が必ずいるということになる。

 だが、それが本当に実在するとすれば、魔物に扱えるわけがないし、人型の魔物であってもそれを起動させるために膨大な魔力量がないから起動することは出来ない。

 その可能性を考慮した上で言うならば、それを扱える奴は少なからず“人”出なければならない」


「ああ、俺はそう言ってる」


「正気か? なら、誰がいるってんだ?」


「魔族だ」


 ユウトの言葉にその場は静かになった。とはいえ、ユウトはその言葉を本気で言ったわけではない。

 ただの候補の一つだ。若干だけ私怨も混じっているが、明確な根拠を上げるとすればユウトが体験してきたこの世界に来て一番初めのこと。


 人を実験モルモットのようにしか見ておらず、ユウト自身に至ってはただの犬のエサとなり果てた。

 しかも、そのような残虐思想を持っていたのは国のトップたる魔王なのである。ならば、魔王の部下も残虐性を持ち合わせてる可能性を否定できない。


 その可能性があるからそう告げたのだ。現にここを訪れた冒険者が魔族のなんらかの被検体と考えれば割に辻褄が合いそうなものだ。


 ユウトはいつも通りの顔をしているが、その顔をルゼアは僅かに悲しそうな眼を向けた。

 きっと見抜かれているのだろう、ユウトの胸の内を。「そうであって欲しい」という復讐の炎に焼かれている心を。


 だから、ユウトはルゼアの頭にそっと手を乗せると「大丈夫だから」と優しく声をかけていく。

 行動でも表したのはよりその言葉に説得力を持たせるため。こんな炎では自分の道を見失わないと示すため。


 すると、ユウトの言葉に口元を手で覆うようにして考えるケイはしばらくの沈黙の後に返答した。


「確かに.....なくはねぇな。今のところ魔族とは事実上の停戦状態だが、どっかでは魔族を殺したのだ、魔族に殺されたのだと情報が流れてくる。

 そして、魔族は人族をとても恨んでいる。過激派の魔族がここのダンジョンの最深部を根城にして知らずに入り込んできた冒険者を連れ去ってる可能性もある」


 すると、そのケイの言葉に付け足すようにネオも思い出した情報を告げた。


「そういえばですけど、一時ダンジョンがひどく動いた時があったとかありましたよね」


「それはあれかの? ダンジョンが下層に行く道を塞いだり、突如として落とし穴に嵌めたりとかじゃな?」


「そうですそうです。で、それが魔族であれば魔道具の試運転とかで説明できるんですよ。一応は辻褄が合うというか」


「とはいえ、決定的な証拠がない以上は結局ただの推論に成り下がってしまうのが悲しいところじゃの」


「まあ、そうですけど.....」


 その気持ちは全員が同じだ。現段階で割り出せる情報がこれだけで、あとはその情報をもとにして動いていくぐらいしか対策がない。


 仮にここがもし本当に魔族の根城になっているとして、現状は手のひらの上で転がされてるようなものだ。

 相手が本当にダンジョンを操れるのだとすれば、何かをきっかけに握りつぶされる可能性だってある。


「つっても、そんなのを考えたら冒険者やれてねぇしな。命張ってなんぼがこの職業だろ」


 そういって、ケイは立ち上がる。そして、軽く砂埃を払うと進む道を見つめた。

 とはいえ、結局ケイの言う通りなのである。この先何があるかわからない。果てしなく未知が続いている。


 故に、“冒険”者なのであり、仕事を受けた以上は簡単には戻ってこれない。

 それはケイ達のプライドの問題であり、同時に冒険者としてのプライドでもある。

 命を張らなきゃ見えてこないし、それがなきゃ冒険したとも言えない。


「ほら、お前ら。そろそろ行くぞ」


 その言葉に残りの全員が立ち上がる。そして、再びヤスとケイが先頭になって先へと進んでいく。

 そしてしばらくすると、ルゼアの鼻が何かを捉えた。


「む? この先から僅かに獣臭がしよるな。若干の腐敗も進んでおるようじゃ」


「腐敗? ってことは死んでるのか。だが、ここでようやく貴重な情報源だな。ナイスだ、ルゼア」


「よしお前ら、すぐにその場に向かうぞ!」


 一同はルゼアの指示に従ってうねりくねった道を進んでいく。そして、ルゼア以外も腐敗のニオイに気付くと辺りを警戒しながらその根源に近づいていく。


 それから、見つけたのはガリガリにやせこけたオオカミであった。

 体毛はなく、スフィンクスと呼ばれる猫種に近いような感じだ。ただし、オオカミと判断したのは


「何がどうなってやがる......」


 一同の気持ちを代弁したかのようにケイが思わず呟いた。

 それは一同が見つけたオオカミは頭がオオカミ、体の半分がトラのような感じで、もう半分がライオンのような感じであったからだ。

 そうそれは一言で表すのであれば......


合成獣キメラ......」


 ユウトは思わず息を飲んだ。それは相手が魔族である可能性がグッと大きくなったからだ。

 根拠は当然地面に横たわって死んでいる魔物だ。

 人を人とも思わないのであれば、魔物はもはやそれ以下かもしれない。それを象徴づけるようなものがそれなのだ。


 すると、ケイが何かに気付いてその魔物に近づく。そして、しゃがみ込むと魔物の頭を傾けて首筋がよく見えるようにした。

 そこには大きな二つの穴が開いていた。恐らく死因はこの穴を開けられたことによる刺殺もしくは.....


「失血死ってところか?」


「わかるのか?」


「その穴を見たのとガリガリな魔物の特徴からな」


 ユウトの言葉に少しだけケイは驚きつつも、同じ考えに至っていたのかすぐにキリッとした目つきに変える。

 しかしその一方で、わからない代表のネオが二人に質問した。


「え? どうしてそう言えるんですか? だって、失血死だったら周囲に血だまりが出来てもおかしくないはずで、それにこの腐敗から見て日数はあまり立っていないはずですし、むしろ新しいともいえる。

 仮に血液が蒸発したとしてもさすがにそこら辺の周囲一帯は地面が変色してるはずですよね?」


「まあ、そうだろうな。それに死体は放置していれば勝手に腐って今のようにガリガリになるとも言える。

 でも、今自分で『新しい』って言ってたよな? そう新しいんだよ。不自然なほどにな」


「にもかかわらず、こいつは腐敗速度よりも早くにガリガリ担ってやがる。

 もちろん、もともと何らかでガリガリになっていたとしても、こいつを殺すためになぜわざわざ首筋を狙う必要がある?」


「それは確実に仕留めるためで......」


「なら、その仕留めた相手は? ここに最近行った調査団と言っても一週間前だ。仮にそいつらが仕留めたとしても、それだと腐敗速度で矛盾が生じてくる。

 そう考えるとおのずと残りが見えてくるはずだ」


 「なるほどな。しばらくこの世界の情勢を見てなかったから忘れておったが、お主らの言いたいことがわかったのじゃ。要するに血を奪える同じ合成獣キメラがおったということじゃろ?」


「......あ!」


「ま、そういうことだ」


 ルゼアの言葉にネオも理解したのか思わず言葉を漏らした。すると、カイゼルが思わず口を挟む。


「待ってください!合成獣キメラという存在は文字通り魔物と魔物のいい場所をくっつけたような存在です! そんな存在が他にもいるなんてさすがにおかしい!」


「だけど、カイゼルさん。考えられない話じゃないよ。仮に魔物のいい場所を集めた一体の合成獣キメラを作ったとする。

 しかし、その合成獣キメラがどのくらいの性能を図るかわからない。ならば、わかる相手を作ってしまえばいい。そうは考えられません?」


「そ、それじゃあ、合成獣キメラは他にもいると......? ただでさえ合成獣キメラは厄介なのに」


 そう言うカイゼルの顔は普段の優しい笑みから一変して怯えたような表情になっていた。

 恐らく過去にどこかで合成獣キメラと戦ったことがあるのだろう。


 確かに、仮に劣る部分を繋ぎ合わせて出来た魔物であっても、複数の性質を持っているとすればそれだけで厄介だ。

 カイゼルが言いたいことは恐らくそういうこと。


 ユウトの言葉に同意するようにケイはオオカミの合成獣キメラからゆっくり立ち上がりながら言葉を続ける。


「一体の魔物を作るのに頭、上半身、下半身と3体の魔物を使うのなら、使わなかった部分を継ぎ合わせれば出来上がる魔物は2体。簡単な数合わせだ。

 とはいえ、それをやるかどうかと聞かれれば全くの別問題」


 ケイはオオカミの死体に手をかざすとそのまま黄色い魔法陣を浮かび上がらせ、電撃を放った。

 それは死体蹴りしてるようなものではなく、どちらかというと火葬に近い。

 そう判断できるのはオオカミを焼いた後のケイの振り返った表情。

 その目は悲しみと怒りの両方が混在していた。


「少なからずオレが知ってる限りで言えば、自然を愛するエルフは同じ自然的存在だと思っている魔物を自分達の必要な分だけしかからないし、怪我すれば保護するほどだ」


「他に代表的な種を上げるとすればドワーフじゃな。しかし、あやつらは魔物狩るよりもそっちのけで作ってる方が好きな奴らじゃ。それこそ“酒より鍛冶場”とな」


 「それは花より団子的な意味合いだろうか」とユウトは少しだけ思った。

 すると、ケイはオオカミに軽く手を合わせると避けて歩き出した。

 そして、背中からも伝わるような覇気を伴って告げる。


「残すは魔族となるが......まあ、今更何か言うこともねぇだろ。

 奴らは過去にも一度そんな魔物を作り出したことがある。つまりは、今回の首謀者は恐らく魔族で決まりだ」

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