第23話 ダンジョン調査開始

「はあ、全く誰と組むかと思いきやお前らか」


「なんという偶然。というか、この屋敷の方と面識あったんですね」


「まあ、いろいろとな」


 ユウトとルゼアは茨姫一団ことケイのパーティと向かい合ってソファに座っている。

 面識は昨日十分にあるのだが、少しケイが話をしたいということでレースに部屋の一室を借りさせてもらっているのだ。


 そして、レースはというとユウト達のことを気遣ってか現在同じ部屋にいない。

 すると、ケイは机に置かれている紅茶を一杯飲むと話し始めた。


「それで? お前らがここにいるということは昨日のお前らの会話は全部このための前フリだったってことか?」


「前フリ......じゃないけど、なんか結果的にそうなってしまったというか。

 俺達も全く知らなかったんだよ。昨日レースからダンジョンに行かせてもらう許可が下りて、でも俺達だけだとダメでケイさん達パーティと一緒ならいいと」


「はぁ.....」


 ケイはユウトの言葉を聞いて思わずため息を吐いた。そして、ソファの背もたれに寄り掛かり頭をだらんとさせる。その代わりか、ネオが話しかけてくる。


「実は私達もユウトさん達が帰られた後、ギルド役員の方から聞かされたんです。『実はもう二人、ダンジョン調査に参加するかもしれないです』って。

 そしたら、急にケイちゃんが嫌な顔をして、なんだと思った翌日にはこうと。正直、私もびっくりですよ」


「ともかく、そういう事じゃ。よろしく頼むの。にしても、有名なお主達が出張るほどのダンジョンということは、それだけ危険ということなんじゃな?」


「ああ、そういうことだ」


 ケイが態勢を戻すと相変わらず鋭い眼光で二人を見ながら言葉を続けていく。


「オレは遠慮というのが出来ないからハッキリ言わせてもらうが、正直ダンジョンに入ったことすらねぇだろうお前らが来ることは甚だしく邪魔だ。

 そもそもダンジョンによく立ち居る奴らでも消息を絶っているという危険な場所だ。そんなところにずぶな素人を二人も送り込むなんて正気の沙汰じゃねぇ」


「じゃが、わらわ達は腕が立つぞ?」


「そこに関しては心配してねぇ。だが、強ければいいてもんじゃねぇ。ダンジョンのマッピング能力、索敵能力、罠感知能力、その場の咄嗟の状況判断に加え、食料問題だってある。

 だから、いくら腕っぷしがよくても危機管理ができねぇ奴にダンジョンなんて行かせられねぇ。ダンジョンの魔物に殺されなくてもその他の要因で死ぬ」


 ケイは強い口調で言い放った。しかし、それらの言葉は全くもって嫌みで言ったわけではなく、ほんとうにただのアドバイス的な意見であるとユウトは理解した。


 確かに、ルゼアはどうかわからないがユウトは完全なるずぶの素人だ。ダンジョンにすら全く言ったことない。


 なので、辛辣にも聞こえる口の悪さであるが、その言葉を真面目に一つ一つ理解していた。

 要するにゲームでやるようなことなのだろうが、この世界はゲームではない。それは身をもって体験している。


 この世界に来てステータス画面も出なければ、魔力の使い方すらロクにわからなかった。

 そして、弱ければいつでも死と隣り合わせな危険な世界。いつかどこかで夢見たファンタジーもただの表層だけをすくったものだと理解した。


 なので、そんなゲーム知識で言われなくても知っているようなことでもユウトは脳内に刻み付けるようにメモを取る。

 ただし、自分の意志を曲げることはないで。


「つーことで、ハッキリ言ってお前らは邪魔だ。ここで大人しくしてろ」


「......と、いうことらしいが、お主はどう考えてるんじゃ?」


 腕を組んで依然とした態度のルゼアが隣に座るユウトに話しかけてくる。

 すると、ユウトは「そうだな」と呟き、ケイに優しく言葉をかけた。


「とりあえず、ケイが見た目に反して優しい人柄だとわかったって感じかな?」


「......はぁ?」


 その言葉にケイは思わず唖然とした様子で言葉を漏らす。その反応にもかかわらず、ユウトは言葉を続けていく。


「だって、要するに仲良くなった俺達に死んでほしくないからだろ? 普通どうでもよかったら、止める説得すらしないと思うし」


「買いかぶり過ぎだ。確かにまあ、知り合った奴が死ぬつーのは寝ざめが悪いことになりそうだから嫌なのは認めるが、オレはオレの仲間以外は誰だって止める」


「なら、ケイさんはもっといい奴ってことだな。犠牲者を増やさないように自分達が解決するために危険を冒すってことなんだから」


「お前の脳内はお花畑か! だから、そういうことじゃねぇって言ってんだろ!」


 ケイはガっと立ち上がると猛抗議してきた。しかし、その顔はほんのり薄紅色に染まっており、その時点で説得力は半減以下だ。


 そして、その言葉に反応したのはケイだけではない。


「まあまあ、そんな声を荒げて批判することないのにねぇ。ごめんなさいねぇ、うちのケイちゃんがこんなにも荒々しくなっちゃって。

 昔っからどうにも素直に好意を受け取れない感じで。でも、実は結構照れていたりするんですよ?」


「て、照れてねぇし! ざけんな! それになんだその言い方は! お前はオレの母親か何かか!」


「でも、ぶっちゃけ団長って優しいっすよね」


「なっ!? ヤス、お前まで!」


「ええ、そうですね。なので、私としては冒険者稼業から離れて早く幸せになってくれても良かったり」


「カイゼルまで.....!」


 ケイは左右に座っているネオやヤス、カイゼルを交互に見ると拳を握りながらぷるぷるしていた。

 そして、その顔をよく見ると先ほどよりも羞恥心が高まっているのか顔が真っ赤であろる。

 しかし、何も言わずに少し拗ねたようにドカッとソファに座ると気を取り直してユウトに聞いた。


「で、お前の答えを聞かせろ。あくまで“お前の”答えだ」


 それは要するにユウトの率直な気持ち。ケイにああ言われたからではなく、元から持っていた自分の意志。

 

 とはいえ、ケイの言葉を受け入れたのであれば、もちろんそれも「自分が行かないと決めた」意志として答えろということでもある。


 要するに一緒についてくるか来ないかという判断だ。その判断をケイはユウトの目を真っ直ぐ見ながら答えを待っている。

 それに対し、ユウトは端的に答えた。


「行くよ、俺は。その先に俺の希望があると信じてるから」


「お主よ。“俺は”じゃのうて“俺達は”じゃろ?」


「そうだったな。“俺達”は行くよ」


「......はあ、そうか。なら、仕方ねぇ。さすがに腕っぷしもなかったら、脅してでも止めただろうが、お前らには脅しも効かねぇだろうからな」


 ケイはため息を吐きながら再びだらしなくソファの背もたれに寄り掛かった。

 そして、数秒ほど天井を見つめると再びため息を吐いて体を起こす。


「そんじゃあ、基本的に経験者であるオレ達が先行して進む。その後ろを任せた。いいな?」


「ああ、わかった」


「なら、出発は明日だ。今日は準備だけに専念する」


 そして、ケイが立ち上がるとそこで今回の話は終わり、今日は解散.....となりかけたところでネオが口を開く。


「ねえねえそれじゃあさ、皆でパーッと食事をしましょうよ? そっちの方が楽しいですし、明日のための士気も上がると思いますし」


「いい案っすね、それ。ぜひやりましょうっす」


「それはお前らが楽しみてぇだけなんじゃねぇのか?」


「まあまあ、団長はお酒の席は苦手かも知りませんが、これも一期一会の出会いですし一緒に行きましょう。皆さんもいかがですか?」


 カイゼルの提案にユウトはふとルゼアに聞いてみる。すると、ルゼアは「お主の好きにせい」というので、ここは遠慮なく参加させてもらうことにした。


 そして、ケイを除く5人は勝手に盛り上がりだし、それを後ろから眺めていたケイは大きなため息を吐きつつも「仕方ねぇな」と少しまんざらでもない顔でついていった。


*****


――――翌日


 ユウト達はケイ達の案内のもと目的のダンジョンに向かって来ていた。

 そこは平らな地面に対してぷっくりと膨らんだような感じで存在しており、洞窟のような入り口の両端には女神像が置いてあった。恐らく安全と生還を祈ったオブジェクトであろう。


 一応今回は「ダンジョンの調査団」という名目でやって来ているので、リーダーはベテラン冒険者であるケイが務めてていて、ダンジョンのマッピングをネオ、魔物の種類調査記録係をカイゼル、罠探知及び種類別記録をヤスが務めている。残りのユウトとルゼアはその調査団の護衛役だ。


「それじゃあ、準備はいいか?」


「問題ないっス」


「万全の準備です」


「昨日飲みすぎて少しお腹が気持ち悪いです......」


「それはお前が悪い。それで、二人は?」


「大丈夫だ」


「わらわも問題ない」


 全員(ネオを除く)の体調と気力が万全であることを確かめると「気を引き締めて行くぞ」と声をかけながらダンジョンの中へ入っていった。


 ダンジョン調査開始である。


 ダンジョンの中はホラースポットのトンネルのように暗かった。

 少しでも入り口から遠い場所に来てしまえば、ほぼ一寸先は闇といった状態。

 なので、予め持ってきていたランプをケイが持って照らしながら、その少し前をヤスが罠がないか警戒しながら歩いていく。


 しばらく歩いたが、魔物一匹すら出てこない。そのことにケイは少しだけ目を細める。

 すると、同じく疑問に思ったルゼアがケイ達に話しかけた。


「お主達よ、ダンジョンというのはここまで魔物の気配がおらなんだ?」


「いや、普通ならとっくに低級の魔物なら襲い掛かって来ずとも見かけてもいいはずだ。にもかかわらず、一匹たりとも見かけることがない」


「それに周囲に索敵魔法をかけてるが、少なくとも下の階層の魔物の気配もしないんだが」


「え!? ユウトさん、今サラっとものすごい発言しましたよね!? 下の階層の魔物の気配も確認できるんですか?」


「まあ、俺とというよりも俺の持っているアーティファクトが、とも言えるけどな。とはいえ、反応からすれば全くないと言える」


「なら、しばらく私は暇になりそうですね。団長、ランプを持ちましょうか」


「ああ、悪いな」


 ケイはカイゼルにランプを渡すとふと壁に指を触れさせたまま歩き始めた。

 そして、その指で土壁の感触を確かめながら、目視でもその壁と反対側の壁を含めて確認していく。

 ユウトはその行動の意味を少し考えると理解して、ケイに対して反対側の壁で同じようなことをし始めた。


 二人がやっているのは簡単に言えば痕跡を探しているのだ。魔物が残した爪痕とかマーキングなどの跡を。


 その痕跡を見れば少なからずどのくらい前からこの階層に魔物がいなくなったかが理解できるというわけだ。


 そして、二人はしばらく間そのようなことをしているとユウトが触れている壁に僅かな三本の溝を見つけた。

 そこでユウトは全員を一旦呼び、情報を共有する。


「なあ、これって魔物の三本線であってるよな?


「そうだな......ああ、魔物の爪痕の三本線で間違いない。しかし、この溝の浅さや風化具合から見たら少なくとも一週間以上は確実にこの階層から魔物がいなくなったと言えるかもしれないな」


「一週間ってここはまだ1階層っすよ!? 下の階に移動したとかじゃないんすか?」


「さあな。とりあえず、この情報から言えることはその情報ということだ」


「ってことは、この先に行けば必ず真実があるということじゃな。そう言えば、このダンジョンは『人食いダンジョン』という恐ろし気な二つ名があったの。

 お主らはこのダンジョンに最後に入ったパーティの情報は調べ上げているのじゃろう?」


「はい、調べてありますよ。確か......」


 そう言って、ネオはショルダーバッグから事前に調べ上げていた資料を手元に持つとそれをカルロスに照らしてもらいながら読み上げた。


「ギルドは一応誰が何時に出発して帰ってきたかを毎日記録してるみたいなんですよね。

 その情報から言うと前回は私達の代わりに一つのパーティが調査団としてこのダンジョンに潜ってますね。

 それは今から大体1週間ほど前になります。さすがに3か月間もお金の循環機構であるダンジョンを封鎖状態のままにしておけなかったんでしょうね」


「じゃが、結果は帰って来なかったと。それで最後の頼みがお主達か」


「みてぇだな」


 ケイは壁に近づけていた顔を放すと進むべき道の方に目を向けた。


「ともかく、人食いダンジョンってのは魔物が人を殺しまくってるって意味じゃねぇ。ダンジョンそのものが人を殺しまくってるってことだ。

 ダンジョン自体が変形することは時々あったりするが、人を飲み込むなんて聞いたことがねぇ。だから、これからそれを確かめに行くぞ。あるとしたら、更に下の階層だろうからな」


 そう言って、ヤスが罠を警戒しながらケイの指示のもと歩き始めた。

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