第27話 研究所

「落ち着いたか?」


「ああ、すまねぇな......っ!」


 落ち着きを取り戻したケイは自分が置かれてる状況に気付いた。

 そして、顔を真っ赤にして咄嗟にユウトを突き飛ばすと距離を取る。僅かに心音が早まっているのはきっと先ほどのことで感情が安定してないせいだ。


 その一方で、ユウトは一先ず安堵の息を吐くと周囲を確認する。

 人工的な明かりが周囲の壁に取り付けられていて、どこかの地下施設という雰囲気もなくはない。

 いや、むしろそういう呈で行った方がいいのか。なんせ合成獣キメラを作り出すぐらいであるから。


 周囲から魔力反応は感じ取れない。いや、この表現は正確ではない。正確に言えば、魔力反応が感じ取れ過ぎて、逆に識別が難しいという感じだ。


 見渡す限り周囲の壁からは魔力反応を全面的に感じる。それは先ほど戦った天井の敵と同じような感じで、より一層強く感じる魔力の核を感じ取れない。


 となれば、考えられることはこの壁自体がすでに魔力操作管理下に置かれているということで、いつでも先ほどのということになる。


 しかし、そうしないということはやはり......


 ユウトは自分の思考をまとめつつ、ケイの様子を見た。

 ケイは何度か大きく深呼吸して自分の感情の起伏を落ち着かせているようであった。

 そして、ケイがある程度落ち着いたところで、ユウトは話しかける。


「なぁ、さっき俺が『仲間はまだ死んでない』って言った言葉覚えてるか?」


「ああ、覚えてる。死んだ事実を認めたくないからこその言葉ってことだろ?」


「それもあるけど、一応他にも根拠らしい理由をもっていった言葉でもあるんだ」


「根拠らしい? ちょっと待ってろ。少し考える」


 ケイはユウトに「待った」をかけるように手を向けるともう片方の手で口元を覆ってぼんやりと地面を見始めた。


 そして、冷静さを取り戻した思考でこれまでの情報を整理していく。単純なことか複雑なことまで事細かく。


 少しして、ケイは何かがわかったように軽くうなづくとユウトに向かって告げた。


「とりあえず、移動しよう。話は移動しながらでいいか?」


「いいよ」


 ユウトとケイは左右に分かれた道をとりあえず右側に沿って横並びに歩いていく。

 そして、ケイは先ほどまとめたことを話し始めた。


「お前がその理由に対して一番根拠にしてることばって、“どうしてすぐに俺達を殺さなかったのか?”ってことだろ?」


「そうだな。まず普通に考えてダンジョン自体が魔物であるならば、それはその自体でダンジョンとしての機能を果たしていないってことになるし、何よりそう仮定してもこれまでは冒険者が好き勝手体内で暴れまわっても無反応だったってのが腑に落ちないしな」


「だから、ダンジョンが動くのはダンジョン自体のものでも、魔物でもなく、人による所業って思ったわけだ。

 だが、人にも扱える量がある。それは魔力量や魔法の才能でも変わるし、使用している魔道具でも変化してくる。

 よく聞く基準としては、国仕えの魔術師――――つまるところ魔術師の最高ランクに位置する宮廷魔導士でも土魔法に関して扱える範囲は面積で400平方メートルって感じだからな。しかも、そばに術者がいる状態で」


「なら、遠隔操作で軽く100メートルぐらいは壁を動かせて、さらに天井にでかいゴーレムのようなものを作り出している一方で、穴の壁からいくつもの手を増やすという時点でかなりおかしいというわけだ」


 ユウトは思わずため息を吐いた。そんなことが出来るイカれた存在がこのダンジョンの地下にいるということは、事実上この場所は敵の手のひらの上ということになる。


 その犯人に近づくためには必ず自ずから手のひらの上に乗らないといけないにしても、正直気が進まないのは常であった。もう今更であるが、今の状況みたいに分断されてしまうから。


 ケイはチラッとユウトを見るとサッとすぐに顔を逸らす。そして、心を落ち着かせ一度咳払いすると話を続けた。


「だが、結局のところ俺達を殺そうとはしなかった。相手からしてみればやろうとすれば天井を下げたり、地面を上げたりしてぺしゃんこに出来たはずなのにな。

 その根拠の確信に当たるのが、お前が言った『蟲毒』という言葉にオレはあると思う」


「ああ、俺もそう思う。そして、俺もケイと考えてることは一緒だと分かった。

 まあもっと細分化すると、犯人は“俺達を殺そうとはしなかったけど、殺してしまうような試しをした”って感じだろうな」


「直接的な即死をさせるようなことをせず、まるでその危機迫る状況下でどのような判断を下すのか。どのようにして危機を乗り越えるのか。

 『蟲毒』の根源は一番強い生物を決めることだ。つまり相手側は自分の作り出した人造生物を強くすることに強いこだわりを持っている」


「要するに、俺達に試練を与えて死んだらそれまでだけど、生きていたらいたで優秀な被検体として利用価値があるかどうかを確かめたかったんじゃないか?

 その被検体として仲間を連れ去った。また同時に、俺達を釣れなかったとしても、大事な人質として俺達を呼び寄せる理由にはなる」


 結局のところ、ユウト達が向かうべきは犯人の居場所しかない。たとえここで一度戻って、大勢で帰って来ても大量に犬死させるのが関の山。


 そのことを二人とも理解していたからこそ、あえて口に出すことはなかった。

 ここを抜け出すにはこの状況を作り出す犯人を倒すことがもっとも安全な脱出と言えるからだ。


 ユウトとケイはそれから少しの間、会話をせずに周囲の探索だけを続けた。

 一本道のような通路の壁には点々と明かりが壁に並ぶだけで、これといって目立つものはない。


 しかし、歩いていると遠くに扉が見えてきた。鉄製の人工的な扉だ。

 ユウトはケイにアイコンタクトを取るとケイがうなづいたのを確認して、ドアノブを捻り中に侵入した。


 中に入ると先ほどの地面を掘って出来た洞窟のような造りではなく、金属製でできた壁に覆われた場所だった。


 まさに地下施設という言葉が正しいほどにある意味異質なその空間は、ユウトにとっては僅かになじみがあっても、ケイには無機質なその空間が通常よりも戸惑いに拍車をかける。


「なんだここは.....?」


「まあ、ありていに言えば研究施設って感じかな」


 もっともそれはユウト達の居た世界に近い施設構造をしているが。

 ケイはこの世界の研究施設を見たことないのか、「そうなのか」とユウトの言葉を鵜呑みにすると施設内を散策し始めた。


 いくつも入り組んだ通路があり、どこから進んだらいいか迷いそうになる空間だ。

 しかし、まるで人や魔物の気配は感じ取れず、おかしなほどに物静かな空間であった。


 ユウト達はとりあえず手当たり次第に移動しながら、施設内の地図とかがないか探していく。

 そして少しすると、静かな空間に耐えかねたのかケイが口火を切った。


「なあ、お前はオレの一人称について気にならなかったのか?」


「一人称? ああ、それって――――」


「いや、言わなくていい。その反応の時点で気にしてないのはわかったから。しかしまあ、普通は気になったりしないのか? こっちじゃ、オレが有名になったとしても“女として”その一人称はどうなんだって言われてるぐらいだぜ?」


「そうなのか? 別に特にその一人称について意識したことはないけど」


 なぜなら、もとの世界で「僕っ娘」とかあったしなとユウトは一人でに納得していた。

 すると、ケイは「おかしな奴だな」と思わず失笑すると自分の過去を放し始めた。


「オレさ、実は親の顔をまともに思い出せねぇんだ。いわゆるスラム出身でよ。子供ながらでも明日を生きるために大人を欺いたり、大立ち回りといろいろやったよ。

 仲間と徒党を組んでは計画して食料を盗みに行ったり、捕まった仲間を助けに行ったりってこともな」


「俺とは大違いだ。そんな大変な中を生きてきたんだな」


「まあ、大抵の奴らよりはまともな子供時代を過ごしちゃいないだろうな。それにせっかく明日生きるために食料を盗んできても、本当に明日生きれるかはわからない」


「......」


「不慮な事故で死んだり、病気にかかったり、魔物に襲われたり、大人に殺されたりと次々に仲間が死んでいった。

 最初に組んだ仲間の数は一人また一人とそれらが原因で数を減らし、他にも大人にこびへつらった奴らも奴隷として売り飛ばされたって聞いたな」


 ユウトはケイの顔を見た。すると、ケイは悲しそうな顔で下に顔を俯かせながら歩いている。

 その時、ユウトはなんとなくネオが言っていた言葉を理解した。


「スラムで女ってのは一番売られやすいんだ。とりあえず、売った先で良質な食事さえ与えておけば性奴隷として高値で売ることが出来る。そこに言語や知性は必要ない。いるのは女という肉壺。まるで家畜みたいなもんだ。

 だから、私はその当時見た目を男っぽい髪形にして、一人称を“オレ”にしたってわけよ。それが今も定着しちまってるだけだがな」


 ケイはまるで笑い話にするかのように努めて軽く笑いながらそう言った。

 しかし、その顔はやはり作り笑顔のように映り、ユウトには悟らせないように表情を作りながらも笑って済ませることが出来なかった。


 だから、あえてそのまま尋ねた。


「ケイは生きるために必死だったんだな。だからこそ、仲間の存在が心の支えに近かったはずだ」


「......! どうしてそう思う?」


「まあ、言うなれば表情かな。これまで変わらない表情で淡々と過去語りしていたのに、スラムで組んだ仲間の時は僅かに楽しそうな表情をしていた」


「オレの顔をジロジロ見てんじゃねぇ!」


 ケイは思わず顔を赤くしながら講義する。しかしすぐに、「いや、顔に出てたオレが悪いのか」と自省し始めた。

 そして、開き直ったかのように告げる。


「そうだそうだ。オレは仲間が大切なんだよ。だから......仕方ないことだと思っても、仲間が消えていくのは辛かった。自分が弱いから助けられないとずっと思ってた。だから強くなったのに......何も変わらなかった」


 ケイは拳を握るとその腕を僅かにプルプル震わせる。そして、自分に対する怒りが抑えきれなくなったのか「クソッ!」と叫びながら、壁に殴りかかった。


「それは違う」


 そう言って、ケイの行動を止めたユウトは振り返ってきたケイの目をしっかりと捉えて告げる。


「ケイはずっと守ってきたじゃないか、今の仲間を!」


「......っ!」


「知ったような口を聞くのは腹が立つだろうけど、それでも言わせてもらう。ケイはずっと守ってきたはずだ。そうでなければ、ネオやヤス、カイゼルはあんな風に楽しげじゃないはずだ」


 その言葉にケイは握った拳の力を抜き、だらんとさせた。それは僅かに思うところがあったからだ。


「ケイ達4人の旅は楽なものばかりじゃなかったはず。それでも今こうして生きている。それはケイのもう仲間を失いたくないって気持ちがあったからだ」


「......ああ、失いたくなかった」


「だったら、今すべき俺達の行動はなんだ? 失った仲間を取り戻しに行くことだ。今のケイには十分に助けられる力がある。だから、一緒に取り戻しに行こう」


 ユウトは掴んでいたケイの手首を放すと今度はバシッと手を握った。そして、力強い笑みを浮かべてケイを捉える。


 ケイはその瞳に吸い込まれるように見つめ返していた。そして、いつもとは違うおかしな心拍数の上がり方に混乱していた。


 ただ普通に目と目を話しているだけなのに、わずかながらに体温が上昇し始めて、顔に熱を感じてくる。


 ケイは僅かにボーっとしていた自分に気付くと咄嗟に目線とユウトの手を振り払ってズカズカと前に進んでいった。


 しかし、途中で立ち止まるとそのままの状態でユウトに告げた。


「ああ、やってやるよ! だから、少し近づくな!」


 そう言うケイの耳は真っ赤であった。そして、やや半ギレな返答でユウトは少しびっくりしながらも、無視するようにスーッとケイの横に並び立つ。


「だから、近づくなって言っただろうが!」


******


「うっ.....ここは?」


「気が付いたか」


 ネオが目を覚ますとすぐそばからルゼアの声が聞こえてくる。

 正直、ネオ自身まだ生きていることに不思議であったが、未だ回らない思考で周囲を見渡すとそこは――――


「ど、どこですか? ここ......」


「さあな。とはいえ、良くない場所といえよう」


 ほぼ全面真っ白い空間に覆われた広いところで、ネオ達の正面の上部の方に横に長いガラスが伸びていた。


 そして、そのガラスの中央に一人の老人が見下ろしていた。

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