第28話 邪悪なる作者

 ユウト達が研究所に侵入したところで先に研究所へと連れてこられていたルゼア達は大広間にて二階のガラス越しに見下ろす老人と睨みあっていた。


「誰なんでしょう? あの人」


「まあ、誰かと問われれば恐らく黒幕と言うべき存在じゃろうな。でなければ、こんなところにわらわ達を放置しておくわけがないからの」


「それじゃあ、あの人が魔族であの合成獣キメラを作り出したってことスか」


「とてもそうは見えない好々爺な感じですけど、なんでしょう......あまり変わりたくない感じはしますね」


 ネオ、ルゼア、ヤス、カイゼルはそれぞれ各々の感想を述べていく。

 そして、全員がルゼア以外の全員が恐怖と警戒心をむき出しにしたような態度で、その空間は張り詰めた緊張感で満たされていた。


 すると、ルゼアがその老人に対して言葉を投げかける。


「聞こえておるならば返事をせい。お主がドクターカルトロスでよいのじゃな?」


「ふむ。いかにもワシがカルトロスだ。そちらの質問に答えたのだからこちらにもこたえてもらおう。そこの幼子は竜人族でよろしいのだな?」


 カルトロスは蓄えた白いあごひげを手でさすりながら、穏やかな声で質問する。

 見た目で幼子と判断されたルゼアは少しだけカチンと来たが、その感情を顔に出さないように返答する。


「確かに、わらわは幼い見た目をして居るが、こう見えても立派に成人済みじゃ。加えて、竜人族は魔族であるお主より遥か長い時を生きている。少しはそこら辺も考慮した物言いをすべきと思うがの?」


「これは失礼。だが、世の中にあるもの全て目に見えるものが真実だ。誰かが罪を犯そうとそれを立証できる証拠がなければ成り立たない。故に、ワシは自分の見たことしか信じないようにしてるのだよ」


「その言葉はわらわの言葉が信用に値しないと言っているようなものじゃが?」


「そう言っている」


「ほう、そうかそうか」


 ルゼアが笑ってカルトロスの言葉に返答している。しかし、その笑顔は張り付けたような笑顔で、明るい印象より先に怒りが滲み出てしまっている。


 それによって、横に並んでいるネオ、ヤス、カイゼルは先ほどまで感じていた未知の場所に対する恐怖よりも、すぐ近くにいる竜人族に対する恐怖の方が上回ってしまったのか必死になだめようとしている。


 すると、カルトロスは何かを考え「ふむ、そうじゃな」と呟くと少し横に移動して横に伸びている装置に向かった。


「こういう時のためにワシはいろいろ揃えている。自分の目でしか信じないというワシの信条から、すぐに確かめられるように当然ながら竜人族にしかできないようなことも用意してある」


 カルトロスは装置の魔道具をいじり、ある基盤に手をかざして魔力を流し込むと突然ルゼア達のいた手前の床が動き始めた。


 円形状の溝に沿って床がらせんを描くように開いていく。そして、空いた穴から何かがせり上がってきた。


 そのフォルムは全体的に見ればエメラルドの色をしていて緑色の光沢を放ちながら、騎士のような甲冑姿で大きさは3メートル近くある。


 ルゼアの身長は小学生ほどなので、大きさの差を例に言えば大人と赤ん坊ほどもあるといったところか、もしくはそれ以上だ。


 そして、その緑金属の甲冑姿を見てネオは思わず言葉を漏らす。


「こ、これってミスリルじゃないですか......!?」


「ミスリルって確か、鋼鉄を上回る硬度を持つ希少金属で加工次第ではさらに強固になるっていう防具で使えば最強の防具っすよね!?」


「それだけではありませんよ。あの武器は魔法抵抗性が高いので基本的な魔法ではまず魔法が通らないことで有名で、戦う場合は物理でしかなく物理でも何人の攻撃も寄せ付けないことで有名です」


 ネオの言葉にヤス、カイゼルも続いて言葉を述べる。そう口走ってしまうほど、ミスリルという金属はとんでもなく、それを使った全身にまとった甲冑の存在は脅威であるということ。


 すると、3人の言葉が聞こえていたのかカルトロスが反応した。


「だが、その鍛え上げたミスリル防具でさえも竜人族の力をもってすれば破壊できるという話がある。

 ワシは実際に壊せた光景を見ていないが、今宵はそれを検証する絶好の機会といえよう。故に、この甲冑を破壊できたときその噂とそこの幼子が竜人族であることを認めようではないか」


「どこまでも癇に障る言い方をしおる奴じゃな」


「さあ、ワシに竜人族の力を見せてくれ! ゆけ、N-197!」


 カルトロスの言葉に甲冑は反応して一気に飛び出していく。それに対し、ルゼアはすぐに3人に「ここから離れておれ!」と伝えると迎え撃つように飛び出した。


 甲冑は右拳を固く握りしめると鋭く振りぬいた。しかし、ルゼアはそれを首を傾けて避けるとカウンター気味に右拳を顔面に直撃させる。


 その攻撃は甲冑の頭を弾き飛ばすものの、ヘルメットにわずかなへこみを入れただけで破壊とは程遠い。


 そして、甲冑は両足でその殴られた勢いを踏ん張るとすぐさまルゼアに接近し上段から振り下ろすように右足を蹴りつけた。


「......!」


 ルゼアはすぐに左腕でガードするが、まるで巨大な岩石が勢いよく落下してきたような衝撃で地面を滑るように吹き飛ばされる。


 その蹴りの瞬間、ルゼアは違和感を感じた。しかし、その違和感に対する答えの時間を作る暇もなく甲冑はルゼアに急接近。


 左腕で上段からの蹴り下ろしをガードしたことによって、頭が右側に傾いているルゼアに甲冑の狙いすましたような左拳のアッパーカットが迫りくる。


「あまり舐めるでない」


 ルゼアは先ほどよりも目をギラつかせるとそのアッパーカットを右手をかざして押さえつけた。

 そして、甲冑の右わき腹に鋭く重たい中段蹴りを決めた。


 その一撃は甲冑をくの字に曲げるように吹き飛ばし、さらにミスリルの鎧にも大きくへこみの跡を加えていく。


「なっ!」


 甲冑が吹き飛んだその瞬間、ヘルメットの奥から目の輝きが見えたかと思うと蹴りを入れたルゼアの足を掴み、踏み込んだ左足を支点にして蹴り飛ばしの勢いを投げの勢いへと変換させたのだ。


 ルゼアはものすごい速さで吹き飛ばされながらも、空中で体勢を変えると地面に着地して数メートル滑っていく。


 そして、何かの確証を持ったかのようにルゼアはカルトロスの方へと言葉を投げかけた。


「この甲冑、ただのゴーレムかと思っておったが、お主合成獣キメラに鎧を纏わせておるの?」


「よく気付いたものだ。そう、せっかく試すのならば、ついでに選別したワシの作品の強さを見てみようかと思ったのだよ。

 まあ、結果はまずまずといったところだな。お前が竜人族とまだ立証できてない以上、ただの冒険者にこうも苦戦しているのであれば、また考え直す必要がある」


「まずまず?......お主よ、もしかとは思うが、これはこのダンジョンに潜った冒険者ではあるまいな?」


「冒険者に決まっているではないか。そもそも人族をこのようなワシの至高なる作品の一つとして利用させてもらっているだけありがたいと思うべきだ」


「お主は......人族をなんじゃと思っている! 命を奪っておいてよくもそんなことがほざけるの!」


 ルゼアは思わず激高した。それはユウトの妹のことを知っているせいか、もしかしたらそのような扱いを受けている可能性を考えてしまったからだ。


 もしそうなっているのであれば、それはそれに対する怒りはルゼアとて決して止められるものではないだろう。

 そして、ユウトが怒ればなおのこと止めるのは難しくなる。


 故に、この怒りはユウトに憎しみを抱かせないための怒りでもあった。

 ユウトが自分たちを探してこの場所に向かって来ている以上、いずれはこの研究所の闇引いてはカルトロスの思想の闇が知れてしまう。


 それを知ってしまったら、ユウトは絶対に妹のことを関連付けて考えてしまう。それで暴走してしまえば止められるものはいなくなってしまう。


 それを防ぐためには、ユウトが来るよりもあの邪悪なる男を消した方が一番手っ取り早い。


 ルゼアは右拳を力強く握りしめる。そして、その拳に魔力を蓄えさらに握りつぶすかのように圧縮を加えていく。


 カルトロスを見て睨むルゼアの一方で、甲冑がルゼアに向かって突撃する。

 それれに対し、ただ眺めてるだけだったネオが思わずルゼアの名前を叫んだ。


「わかっておる――――穿竜滅」


 殴りかかってきた甲冑にカウンターを決めるように右拳を突きつけると拳が胴体に触れた瞬間、甲冑の胴体のど真ん中に風穴が開いた。


 拳の衝撃波によって、開いた風穴にあった肉片と甲冑の一部は背中から一気に飛び出していき、床にまき散らしていった。


 その一撃はまさに一撃必殺の威力を持っていたようでルゼアの拳の衝撃波で一緒に吹き飛んだ甲冑は床に背中から打ち付けられるとそのまま動かなくなった。


 ルゼアは突き出した拳をカルトロスに向けると力強く宣言する。


「次はお主の番じゃ」


 それに対し、カルトロスは言葉を失って体を小刻みに震えさせ、ゆっくりと一歩ずつ後ずさりする。

 しかし、ある程度するとその場で立ち止まり自分で自分を抱きしめるように腕を

クロスさせる。



 そして、その腕を大きく広げ――――笑った。


「フハハハハ! これは.....これはなんとすばらしい結果だ! まさかあの噂は本当であったとは! 欲しい! その力! 是非ともワシの実験サンプルとして欲しい! そうなれば今までにない最高傑作が出来上がるだろう!」


 カルロスはルゼアの言葉に対して恐怖したのではなかった。ただその先に見た自分の作品に対して歓喜に震えただけだったのだ。


 ルゼアの怒りも思いもなに一つがカルトロスに響いていない。ただ自分の研究さくひんのことしか興味がなく、それ以外のものは人であろうと全て道具としか思っていない。


 狂っている。まさにその言葉が正しいともいえるカルトロスの行動はこれまで恐怖していなかったルゼアに得体のしれない気持ち悪さという恐怖を植え付けた。


「ああ、まだこんなにも素晴らしい素体があったとは! あの竜人を殺すためには何がいい! 全てだ! 全てをかけてでもあの竜人は殺しておかなければならない !」


 カルトロスは再び機会を操作すると魔力を流し込んだ。すると今度は、広い空間の壁に等間隔に立て三つ並んだ穴から大量の合成獣キメラが排出されていった。


「ちょ、ちょっとこの数はまずいですよ!? 10や20じゃありませんよ!」


「ざっと50匹はいるっす。しかもどれもがかなり強そうっす」


「恐らくこのダンジョンに潜った冒険者をベースとして作られたのでしょうね。となれば、先ほどのルゼアさんが戦ったように人ならではの動きをするかもしれません。加えて、人以上の力をもってです」


「そんなのやばいですよ!」


「落ち着くのじゃ! 今はとにかく生き延びる術を考えるのじゃ!

 幸い、動きは知っていても知能というのはあまり見られない。冒険者であればまず使えるはずの魔法を使ってこなかったしの。

 ならば、囲まれる前にこちらから魔法を撃って距離を保つのじゃ!」


「さすがに全部は無理っすよ!?」


「安心せい。攻撃をすり抜けてきた合成獣キメラはわらわが倒す。お主らは迎撃にだけに集中するのじゃ!」


「わかりました。それでは皆さん死ぬ気で行きますよ!」


 そして、ネオ、ヤス、カイゼルの一斉攻撃が始まった。3人は背中合わせになるようにカバーしながら範囲魔法攻撃を行っていく。


 主に後方攻撃専門だったネオとカイゼルは魔法の砲撃を撃ち続け、それを横なぎに払っていく。


 そして、魔法があまり得意でないヤスは魔法銃でもって魔法攻撃から外れた敵や素早い敵に魔力弾をヒットさせていき、それを含めた残りをルゼアが攻撃を躱しながら合成獣キメラを殲滅していく。


 横なぎに払った魔法を少し食らっただけでは怯みもしない合成獣キメラに火力マシマシでとにかく薙ぎ払い続ける。


 とはいえ、やはりケイについていった冒険者だけのことはあり、若干魔力の使い過ぎで顔色を悪くしながらもルゼアの協力もあって数を減らしていく。


 その光景を安全圏から眺めて目を輝かせるカルトロスは装置をいじって何かのレバーを下げた。

 その瞬間、再び大広間で床に大きな穴が開いていく。

 ゴゴゴゴゴと装置が動く音を響かせながら現れたのは――――


「ウガアアアアアァァァァ!」


 先ほどルゼアが戦った甲冑よりもさらに大きい12メートルの人型合成獣キメラであった。

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