第29話 貫け一閃
広々とした空間の床下から現れた異形の影。それは全体的なフォルムとしては人の形をしながらも、腕は4本あり、その腕はいくつもの何かの腕や足、胴体で作られている。
そして、胸の中心に核のような赤々とした球体が生みこまれていて、その異形の顔はまるで半分皮が溶けているみたいに気持ち悪い生々しさが残り、目も鼻もなくあるのは口のみ。
凶悪ともいえる爪や牙を見せつけるように動かして、床を傷つける姿は何人であろうと負けることのない傲慢の表れか。
「ハハハ! どうだ! これがワシの最高傑作の一つホムンクルスタイプγの『アクロダス』だ! 凶悪的なまでの力によって、こやつを抑え込むだけに大量のキメラを消費したほどじゃからの。
だが、ここで出したということは竜人族がこいつに勝てれば研究データを得られ、負ければその体を使ってさらに強いキメラを作れるということになる。どちらを取ろうともワシの利益しかない」
カルトロスは自慢げにそのように語った。しかし、それはルゼアにとっては火に油。思わず怒りの感情がこもった言葉が飛び出る。
「こんな
「人族限りではない。魔物であろうとエルフであろうと
もはやそのことに部外者である竜人に言われる筋合いはないな」
「人の道を踏み外しておいて、人の命の価値を見つめようともしないでよもやそこまで言い切るとはある意味大した奴じゃな」
「ふんっ、当たり前だ。研究者など道徳に沿って生きていたら、生み出そうとすることすらできなくなる。
研究者はエゴの塊だ。そして、そのエゴを貫くためには他者の犠牲を鑑みないことだ。他者に優しさなどかけていたらいつまで経っても進むことも進まん」
カルトロスは腕を組みながら見下すように見つめた。実際に立ち位置が1階と3階ぐらいの違いがあるので当然なのだが、それでもカルトロスの態度から明らか様な不遜を感じたのだ。
だからこそ、ルゼアの怒りは一周回って冷静になった。しかし、怒っていないわけではない。冷静に怒っているのだ。
これほどまでに怒ったのはいつぶりか。もはや遠く記憶の薄い過去のことだっただろう。
その時もこのような怒り方をしたのだろうか。わからない。どうでもいい。
驚くほどにクリアになった思考で胸の中に宿る熱量はもはや火傷を通り越して爛れそうな勢いだ。
その証拠に、ルゼアの瞳はかつてないほどに鋭くギラついている。
「わらわは初めてじゃ――――お主ほどの反吐が出る邪悪にあったのはの!」
「せいぜい楽しませてくれよ」
「――――ちょっと待ちな」
ルゼアがアクロダスに攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、突如として壁が思いっきり破壊された。
そして、その砂煙に覆われた向こう側から声が聞こえてくる。聞き覚えのある声だ。
砂煙を剣で切り払って現れたのはケイであった。
ケイは剣を肩に担ぐと2階部分にいたのか下に見えるルゼア達に声をかけた。
「よう、待たせたな。大丈夫だったかお前ら?」
「ケイちゃん.....!」
ケイの姿を見たネオは思わず声を震わせる。ずっと来てくれることは信じていたけど、それでも万が一の場合を想定して覚悟は決めていたのだ。
冒険者に絶対生き延びれるということはない。別れは突然現れる。それがいつかわからないからこそ、ずっと隣にいると確信している仲間であっても、死んで消える時の覚悟をもっていなければならない。
故に、ネオは思わず目元に涙を浮かべた。その時があの時であった可能性も否定できなかったから。
その再会に嬉しさが込み上げてこないはずがなかった。
ケイはルゼア達に向かうように2階を降りて進んでいくとそっとネオの頭に手を回し、頭を引き寄せては胸に当てた。
まるで好きだけ泣いて好きなだけ安心しろと言っているようなものだ。
その好意に甘えるようにネオはケイの背中に両腕を回し泣きじゃくる。
その一方で、ケイはヤスとカイゼルにニヤニヤした顔を浮かべる
「お前らも来てもいいんだぜ?」
「遠慮しとくっす。なんか今後その時のことをイジられそうなんで」
「それに今はネオさんが私達の分まで泣いてくれていますから。ともかく、無事で良かったです」
「おう」
ケイは景気よく返事する。すると、その近くにルゼアがやってきて思わず尋ねた。
「お主よ、ユウトとは一緒ではなかったのじゃな」
「いや、一緒だった。だが、途中で別行動してる。ほら、今頃あそこだ」
ケイが指をさした場所はカルトロスが腕組みしながら見下ろしていた窓ガラスの部分。そこには後ろ向きに震えた様子のカルトロスの姿があった。
「なるほど。わらわの怒りはユウトが代わりに果たしてくれるということじゃな」
ルゼアは思わず笑みを浮かべた。まるで自分の思いがシンクロしているように、今すぐにでも殴りに行きたかったカルトロスのもとへユウトがいるというのだから。
「それでは、先ほどからアクロダスと呼ばれる
「なんとなく話はわかってる。あの野郎、どういうわけか廊下側にも聞こえるように拡声器で話てやがったからな」
「それは恐らく
とはいえ、このまま
「そりゃあいい。あいつはただの的だ。これまでの冒険者の思いをもう存分仕返ししてやろうぜ」
そう言うと「いい加減落ち着け」としがみつくネオの頭を引き離す。
ネオはしっかり大号泣していたのか目元は赤く腫れていて、鼻も真っ赤である。
すると、ケイはネオの頭をポンポンと優しく触りながら「頑張れ」と声をかけた。
そのことにネオは涙を拭って「うん、頑張る」と返事をすると目の色を変えた。
その様子をケイは喜ぶように口角を軽くあげるとアクロダスに目線を移す。
「さて、開戦の狼煙を上げようぜ」
ケイ達はそれぞれ行動を開始する。
ケイは両手で剣を握ると頭上にかかげ軽く体を反らす。
ルゼアは右手を爪を立てるように手の形を変えるとそれを左手で覆い隠しながら、右腰付近に落として構える。
ネオは右手に持つステッキを横に向けながら魔力を高めていく。
ヤスは両手に持つ魔法銃のトリガーに指をひっかけるとその魔法銃の限界値まで魔力を流し込んでいく。
カイゼルは杖を縦に持つと小声で詠唱しながら杖に魔力を集めていく。
「準備はいいか?」
ケイは全員に目配せする。そして、全員がその言葉にうなづくとニヤッと笑い、気合の咆哮を上げた。
「いくぜ、てめぇら!――――雷轟斬」
「逆鱗の爪!」
「白蒼針!」
「炎豪フルバースト!」
「嵐塵」
「ガアアアアァァァァ!」
一斉に攻撃が放たれた。
ケイの思いっきり振り下ろした剣からは最速の斬撃がアクロダスに直撃し、ドゴンッと破裂音を鳴らした。
まるですぐ近くで雷が落ちたような衝撃と全身を駆け巡る高圧電流にアクロダスは体を痺れさせる
そして、次にやってきたのはルゼアの爪撃であった。
ルゼアの袈裟斬りのように振るった爪を立てた手は空間を切り裂く爪の五本線を作り出し、その五本線はまるで距離など感じさせないように数メートル離れているアクロダスを切り裂いた。
まるで物理的に切られたかのような五本線がアクロダスの胴体に斜めに入る。
ネオの攻撃は数を使った魔法攻撃であった。
魔力によって高圧がかけられた水滴は一つが細い針のようになり、その数は数百と空中に展開していた。
そして、その数百の水滴は一斉にアクロダスを襲っていき、全身を貫いていく。
最後に、ヤスとカイゼルの攻撃は合わせ技のようなものであった。
カイゼルがアクロダスの足元に風を発生させて、それは竜巻のような風であったが、その竜巻の中ではいくつもの風の惨劇に襲われていて、そこにヤスの炎の砲撃が加えられる。
その炎は風の渦に直撃するとそのまま渦の流れる方向に巻き込まれていき、やがてその炎は渦を一周して上へ上へと昇っていく。
そして、その炎の渦はユウトが天井の敵を倒したときに作り出した火炎旋風のようであった。
ネオのによって傷が増やされたそばから、その傷に炎による火傷が与えられていく。
その激しい痛みにアクロダスはもだえ苦しむように四本の腕で頭を抱えるが、少しすると全身火だるまの状態で突っ込んできた。
アクロダスは右の二本の腕を揃えて大きく振りかぶるとケイ達に振り下ろす。
ケイ達はとっさにその場から散らばっていくが、床を割る衝撃波に軽く吹き飛ばされていく。
「ウガアアアア!」
「まだ動けんのかよ――――がはっ!」
アクロダスは両腕を床に触れさせ、床を掴む用意爪を立てるとその腕の引きを利用して一気に加速した突進を繰り出した。
その突進の矛先にはケイがいて、ケイはすぐにガードの姿勢に入ったが、空中で捉えられたことで勢いは殺せずに壁に思いっきり叩きつけられる。
アクロダスはケイを吹き飛ばして止まるとすぐに背後へと左腕の一本を裏拳した。
すると、その拳を空中でルゼアが止める。
「凄まじい力じゃ――――ぐふっ!」
しかし、すぐにもう一つの腕がルゼアにアッパーカットを決めて吹き飛ばす。
アクロダスは後方から突然来た衝撃に思わず体をよろめかせた。すると、その後ろにいた恐怖に打ち勝つように口元をかみしめるネオがいた。
ネオはもう一度<白蒼針>を放とうと空中に展開してステッキをアクロダスに掲げ撃ち放った。
しかし、アクロダスはその場から大きく跳躍すると天井へと向かっていき、さらにその天井を腕を使って押し返すとネオに向かって落下した。
落下の衝撃で室内は大きく揺れて、すぐ近くにいたネオはその勢いで体が宙に浮いて吹き飛ばされる。
「ウガアアアア!」
「いぎっ!」
浮いたネオをアクロダスが右手を払って弾き飛ばした。その一撃でネオは防御魔法をかけていたにもかかわらず、左腕を折られ、さらにあばらも何本かひびが入る。
そして、まるで石の水切りのように床を跳ねて転がっていく。
アクロダスは急に壁に向かって飛び跳ねると爪を立てて壁にひっつく。その直後に、アクロダスがいた場所には炎と風の魔法が飛び出してきた。
ヤスとカイゼルの攻撃だ。しかし、先に探知されて不発に終わってしまった。
すると、アクロダスは両腕の一本ずつと足を使って壁にひっついたまま、もう一つずつある両腕を使ってヤスとカイゼルの前で手のひらを叩き合わせる。
まるで猫だましのようなものだが、そんなかわいいものではなく至近距離で思いっきり鳴らされた爆音によって二人は思わず平衡感覚が殺される。
そして、魔法が撃ちたくても上手く集中できない二人をアクロダスがそれぞれの手で掴むと壁を離れて走り出し、反対側の壁に向かってその二人を叩きつける。
「「がっ!」」
二人は逃げ場のない衝撃に襲われる。そして、ギリギリと体が押しつぶされていく。
このままでは死んでしまう。しかし、逃げ場はない。その時、アクロダスの背後に向かって飛んでくる一人の影。
「オレの仲間に何してくれてんだクソヤロー!」
「ガアアアア!」
大きく剣を振りかざしたケイは雷を纏った一撃でもってアクロダスを攻撃する。
それによって、アクロダスは大きく背中を反らして、思わずヤスとカイゼルを放す。
すると、壁から落ちてくる二人を走ってきたルゼアがキャッチしてそれぞれを肩にかかえる。
「さっきのお返しじゃ――――竜壊蹴」
ルゼアは跳躍して素早く壁を蹴って自身をアクロダスの眼前へと移動するとその顔に向かって魔力を込めた蹴りを放った。
「後は任せたぞ」
頭を弾かれ、もともと体を反らした状態のアクロダスは後方へと重心が移動していき、後ろ向きに体がれ倒れ始めた。
その姿を眺めていたルゼアはその視線をオオトリのケイへと移していく。
「ああ、任せろ」
そう言って、ケイは走り出すと壁を跳躍し、さらに天井へと向かっていく。
そして、その天井で床に向かうように体の向きを変えると両足で天井を蹴った。
「死ねこのクソヤロー――――貫け一閃! 雷速弾!」
ケイは両腕で引いた剣に雷を纏わせて、まるで自信を一つの弾丸のように見立てると高速でアクロダスに落下していく。
そして、アクロダスのがら空きになっている赤い核のような部分に向かって両腕を伸ばし、剣を突き立てた。
アクロダスは全ての腕を重ねてその攻撃を防ごうとしたが、圧倒的な貫通力によって貫かれそのまま赤い核へと剣が突き刺さった。
「ウガアアアアアアアアァァァァァァァァ!」
断末魔と呼べる強烈な叫び声をあげると赤い核は一気に弾け飛び、アクロダスの体はバラバラに砕けていった。
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