第30話 自害
ケイ達がアクロダスとの決着をつける十数分前、途中でケイと別行動を取ったユウトは直接カルトロスのところへやってきていた。
カルトロスのいる部屋の扉を突き破り、砂煙の奥から鋭い視線を向けてユウトが現れる。
その突然の強襲にカルトロスは思わず顔面を蒼白とさせる。
「お前か、これまでいろんな冒険者を殺してきたのは。数多くの
「だったら、なんだというのだ! ワシの研究施設をめちゃくちゃにしよって!」
「俺はお前の顔をハッキリと覚えているのに、お前は俺の顔を覚えていないのは悲しいな」
「.....何? ま、まさかお前.....!?」
「ああ、そうさ。勝手にこっちの世界に呼び出しておいて、大事な妹をさらっておいて、必要ないと殺されかけた異世界人だ!」
ユウトは怒号にも似た張り上げた声でカルトロスを圧迫していく。
すると、カルトロスは突然おかしくなったように笑い始めた。
「く、ククク、たかが妹ごときのために地獄から舞い戻ってきたというのか。なんという執念、なんという愚かさ」
「ごときだと? ふざけんな! 俺たちの日常を勝手に奪っておいてふざけたこと言ってんじゃねぇ!」
「ふざける? ワシは研究においてふざけたことは一切しない。邪魔であり、不必要であるからな。しかしそうか。生きて、それに明らかに前とは違う魔力を有して戻ってきたか。
ククク、ハハハハハ! これは、これは何という素晴らしい日だ! まさか竜人族と出会い、復讐者がやってくるとは!」
「イカれ野郎めっ」
明らかに危機的状況に限っても研究のことしか頭になく、自己中心的な思考しかしていない。
そして、明らかな不利な状況で平然と笑っている。まるで自分は殺されないかのように。
ユウトの怒りは溜まっていく一方。しかし、冷静さは忘れてはいけない。忘れれば相手の思う壺だ。
笑っていられるということは、対処できる何かがあるということ。
とはいえ、目の前で平然と笑っているのは腹立たしいことには変わりない。
ユウトはそっと手をかざすと魔力を高めていく。作り出すは一瞬で目の前の相手を灰へと変える激しい怒りの炎。
それに対し、カルトロスは思わず待ったをかけた。
「おっと、それはよした方がいい。ワシを殺そうとするのは」
「お前が平然としている時点で何かを持っていることはわかりきっている。それに
「そこまでわかっていてなおワシを攻撃するというのか?」
「お前が魔王の居場所を吐けるだけの命を残してな」
「無理だな。お前にはワシは殺せん。ワシが作り出した最強にてコントロールの利くたった二体がいる限りな」
その瞬間、カルトロスは大きく両腕を広げる。そして、叫んだ。
「さあ、来い! お前たちの主が死の淵に立たされているぞ!」
「......!」
直後、ユウトの後方から強い気配が向かってきた。その気配に思わず振り向くとユウトが明けた壁を突き破って二体の
どちらも成人男性ほどの大きさであるが、一体は両腕がブレードになっていて、もう一体は両手が大砲のように空洞であった。
全身が黒い骨格に覆われていて鎧武者のよう。一部が荒々しく尖っている。
ケイ達が戦っている
そのことをカルトロスはニヤッと笑いながら、再び叫ぶ。
「ブレイク、シュート! その敵を殺し、バラバラに切断しろ!」
それだけ叫ぶとカルトロスは別の入り口からこの部屋を出て逃走し始めた。
それを視界の端で捉えながらユウトは舌打ちすると目の前のブレイクとシュートに目を向ける。
恐らく名前からして、両腕ブレードがブレイク、もう一体がシュートという感じだろう。
近接攻撃特化と遠距離攻撃特化の二体とは実に組み合わせとしていやらしい。
しかし、目の前の
ユウトにまず近づいてきたのはブレイクであった。ブレイクは大きく片手をあげると一気に振り下ろす。
その攻撃をユウトは後ろに下がって避けるとシュパッと縦振りされたその手は床を豆腐のように切り裂いていく。
その次に攻撃を仕掛けたのはシュート。それは両腕をユウトに向けると二つの球体を撃ち出した。
そして、その球体はブレイクを挟むように通り抜けると一気に弾け、細かい球体が周囲に散らばる。
まるでショットガンのように拡散性のあるその球体はユウトの全身を覆っていく。
それをユウトは炎の壁を作り出すと同時に横へ飛んだ。
直撃せずに済んだが、避けた球体はかなりの速度と威力をもって壁や天井、ガラスへと小さな穴をあけていく。
「ここじゃさすがに狭いな」
ユウトは十分な空間を確保することを優先して、一旦この場から出ることにした。
高火力で一気に攻撃するのも考えたが、それで万が一生き残ったとして、ユウトの代わりにケイ達が標的になることを恐れたからだ。
加えて、カルトロスを絶対に逃がさないために逃げ逃さない程度には距離を詰めておきたい。
そして、ユウトは手を差し向けると「こっち来い」と叫びながら、風をブレイクとシュートの頭上から真下に吹かせて叩きつけた。
攻撃をあえて仕掛けたのは相手のターゲットを完全にこっちに向けるため。
相手が
ユウトはカルトロスが出た扉に向かって走り出し、廊下へ出る。すると、もう二体は勢いよく壁を突き破り追いかけてきた。
廊下のやや狭い道でユウトはカルトロスの気配を完全に見失わないようについていく。
その後ろをブレイク、シュートが重たい足取りながらも、普通の人より明らかに早いスピードで向かってくる。
そして、ブレイクは片足を一気に踏み込むとユウトに向かって急加速した。
右手を大きく引き付けながら接近してきて、ユウトが間合いに入ると顔面に向かって鋭い突き。
ユウトはその攻撃をとっさに体を翻して躱す。しかし、直撃していないのにわずかに頬を切った。
拳圧のような空気の斬撃が飛んだのだろう。となれば、普通の斬撃も放てる可能性がある。
ユウトは躱した勢いのまま右手でブレイクの顔面を殴り払うと左手でブレイクの顔面を掴み、直接風をぶち込んだ。
「吹き飛べ」
ドンッと大砲でも撃ち出したかのような勢いでブレイクの体は廊下を転がっていく。
しかし、本当は頭だけ吹き飛ばす予定だったが、相手の体の方が頑丈だったらしい。
すると今度は、後方からがシュートが両手の大砲を横並びにして魔力を高めている。
作り出したのは一つの大きな球体。それは人一人を殺すには明らかに過剰なエネルギーが詰め込まれていた。
そのエネルギー球をユウトが危険だと思うのは当然のことで、すぐに避けようと動き出した直後、その球体は砲撃となって撃ち出された。
廊下の幅以上の砲撃はユウトに地上での逃げるスペースを奪い、上へと追いやる。
ユウトは風のアーティファクトのおかげで空中を飛ぶことができ、直撃を避けることができたが、シュートはそのユウトを追いかけるように砲撃を放つ。
砲撃の角度が上に傾いていく。ユウトの動くスペースを奪っていくように。
このままでは砲撃が当たるのは時間の問題。ならば、こっちから相手に接近して躱そうではないか。
相手の砲撃の角度からして、ユウトが接近すればどうしても砲撃の角度を急にしなければいけない。
加えて、砲撃の威力を強化したことで反動による操作で砲撃が追ってくるのがあまり早くない。
ユウトは空の利を生かして一気に接近し、砲撃角度が甘いうちにその両手を蹴り落とす。
すると、砲撃は真下を向いてシュートの真下からエネルギーが溢れ出し、暴発。
ドゴオオオオンッ! と盛大な衝撃音を鳴らすと廊下の一部が爆発で飲み込まれていき、白い爆炎が広がっていく。
蹴ってからすぐに退避してきたユウトはその光景を後ろ向きに飛びながら距離を取り、魔力消費を抑えるために地上に降りた。
爆炎が消えると今度は周囲に黒い煙幕が広がっていく。一部の場所には火がついていて、廊下を焼き焦がしていく。
すると、その煙から二つの影が伸びてきた。それは当然ブレイクとシュートであり、全身を火だるまにしながらも、痛みを感じずユウトに向かって突き進む。
「今のでくたばってくれた方がありがたがったんだけどな」
ユウトは思わず愚痴をこぼした。すると、カルトロスの方でも動きがあったのか、追っていたカルトロスの気配が突然止まったのだ。
意味もなく止まるとは考えにくい。恐らくそこにあるのは隠し通路的な何かであろう。となれば、もうこれ以上遠くにいかれるわけにはいかない。
ユウトは一旦ブレイクとシュートを無視して走り出すととある部屋のドアを突き破った。
そして、中に入ると最初にカルトロスがいたような大広間がガラス越しに眼下に見える場所で、大広間にいるカルトロスは壁に向かって何かをしている。
「見つけた」
ユウトは眼を鋭くさせるとカルトロスを睨みつける。すると、カルトロスもその気配を感じ取ったのか、体をゾクッと震わせ左右を見回す。
そして、何もないことを確認して息を吐くと再び作業を始めた。
「終わらせよう――――まずはお前らをな」
ユウトはすっと横に顔を向けるとブレイクが横から飛び出してきていて、左手を縦に振り下ろす。
しかし、それはユウトが右手の甲でブレードの腹を叩いて軌道を逸らされ当たらない。
ブレイクはすぐに右手を横なぎに払おうとするが、その前にユウトに密着するほどの間合いで詰められる。
「引き裂けろ―――爪魔嵐」
ユウトはブレイクの胴体に指を立てて触れる。その瞬間、ユウトの指一つ一つに風が纏い、先が尖った刃物と変わり、ブレイクの胴体に五つの小さな穴を開けた。
そして、その手をひねると螺旋状に風が肥大化していき、刺さった五つの穴は巨大な風穴となって、ブレイクの肉体をバラバラにしていく。
するとその時、シュートがブレイクごと砲撃を放とうとしているのに気が付いた。
ユウトは足元に落ちたブレイクの肉片をシュートに向かって蹴り飛ばすとシュートは砲撃の標準がずらされないように横に移動して避ける。
しかし、その時にはユウトの姿はすでにシュートの目に前から消えていた。
シュートがユウトを探して辺りを見渡すと背後から「こっちだ」と声をかけられた。
すぐに後ろを振り向くシュートであったが、ユウトに顔面を鷲掴みにされるとそのまま全身を炎で包まれていく。
「今度こそ燃えて朽ち果てろ」
ユウトはシュートの顔面を捕まえたまま動き出し、押していく。
ガラスに勢いよく叩きつけ突き破るとその音に気付いたカルトロスが目を見開いてユウトを見た。
その視線に気づきながら一旦無視して、シュートをそのまま床に叩きつけた。
シュートの顔面は叩きつけられた衝撃と炎によって破壊され、シュートの周囲にはカルトロスを逃がさないように炎の壁が出来上がる。
ユウトは床に押し潰したシュートからゆっくり立ち上がるとカルトロスを見るとゆっくりと告げた。
「さて、あの魔王がどこにいるか吐いてもらおうか」
カルトロスは後ずさりしながら、背後にある壁に背中をつける。そして、震えた声で伝えた。
「教えるものか。お前はここで死ぬのだからな」
「殺せるのに教えないとはおかしな話だな。俺はわかっているぞ。お前に地面を操作するアーティファクトがあることを」
「......っ!」
「図星の反応だな。まあ、あったところでお前にまともに動かせるとは思えないがな。今まで動かしていたのは恐らく魔力を溜め込んだ媒体があってのことだろうしな」
「.....が」
「ん?」
「それがお前の奢りじゃ!」
カルトロスはそう告げると右手に魔力を高めた。その瞬間、カルトロスの背後の壁から先が尖った五つの土の柱が伸びていく。
咄嗟に動かしたのがたったその程度であるとは、背後から天井の敵のような巨大な相手が出てきたり、周囲の壁から一斉に手が出てくると思っていれば随分拍子抜けであった。
ならば、この行動に何がある? 最後のしっぺ返しのつもりか。だが、カルトロスが最強と謳っていた二体の
にもかからわず、もはや魔力の無駄撃ちとも思える攻撃の裏には一体......魔力の無駄撃ち?
「まさか!」
ユウトの目の前に土の針が迫ってくる。しかし、眼前で止まると途端にそのまま動かなくなった。
それは
ユウトの目の前には目がくぼみ、やせ細ったカルトロスの姿があった。
魔力の使い過ぎによる症状だ。ただ使っただけでは疲労感が出るだけだが、限界まで使うと生命に異常を来たすようになるのだ。
故に、カルトロスのとった行動は精一杯の虚勢からの自害だったというわけだ。
そして、カルトロスは「魔王様、万歳」と一言告げるとこと切れた。
その光景にユウトは拳を強く握りしめ、唇を噛み締めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます