第19話 冒険者ギルドの通過儀礼みたいなもの

 ユウトとルゼアはレースの屋敷で一晩を過ごすと翌日、とある場所に向かっていた。

 それは異世界といえばって場所である冒険者ギルドだ。

 レースから教えてもらったことなのだが、ダンジョンに入るには冒険者登録をしないといけないらしい。


 冒険者ギルドと街を収めているレース家であってもそれなりのわだかまりがあるらしく、特にダンジョンや討伐に関しては専門的に行ている冒険者ギルドに一任しているらしい。

 ということなので、ユウト達はレースに作ってもらった簡易地図を頼りに辺りを見回していく。


 実に平和そうな喧騒が周囲から耳に入っていく。香ばしいニオイもあちこちから漂っていき、ふと気をそらせばそのまま足先がニオイの方へと吸い寄せられてしまいそうだ。

 だが、ここはグッと我慢して先にやるべきことをやってしまおう。

 

 レースの反応と似たような視線が周囲から注がれながら、遠くの方に周囲と比べて一際大きいとんがり屋根の建物を見つけた。


 その建物の正面には「冒険者ギルド スラッドファミリー」と書かれた看板がかかれており、獅子の横顔のようなシンボルマークが描かれていた。


 すると、それを見て感慨深い面持ちでいるユウトにルゼアが話しかける。


「スラッドとは昔の英雄の名じゃ。かつてこの地に存在した忌まわしき竜を沈めたという人物でその人物が興したギルドであるからそのような名前がついておる」


「へぇ~なるほど......って、竜? それってまさか......」


「変な邪推はよせ。確かにわらわ達種族は竜に慣れるが、その形態的に違いがある。

 恐らくお主らが思い浮かべている竜は4つ足で首の長い竜と思って居るが、確かにそういう竜もいるが基本的にわらわ達は竜化した時には人型に近いフォルムをしておる。

 それに明確な違いとすれば、対話が出来るか否かだ。基本的に出会った瞬間に攻撃してきたらただの竜と思えばいいじゃろうな」


 ルゼアの返答を聞いて一先ず安心したユウトであったが、それと同時に別の疑問も思い浮かぶ。


「でも、同じ竜であるならば仲間意識とかはなかったりしないのか?」


「ないな。わらわ達と似たような恰好をして他の町を襲撃しに行くのじゃ。何も知らない者達はわらわ達のせいと思うじゃろう。

 そのような風評被害が数多くある。それこそ数えたらキリがない。あやつらは所詮わらわ達をまねたトカゲじゃ。

 矮小な爬虫類が憧れを長い年月をかけて叶えたのじゃろうが、ぶっちゃけ邪魔であるな。よく聞く名だとワイバーンとかじゃな」


「わ~そこら辺意外にしっかりと区分けされてるのな」


 ユウトが竜人族の悩みを聞いたところで、ちょうどギルドの目の前までやって来た。

 そこからは外にいるユウト達にも聞こえるほどのにぎやかさで、お酒と肉のにおいが周囲を包んでいる。

 思わずよだれをすすってしまうが、今回の目的はそれではない。

 思わず食らいつきたくなる欲に抗いながら、二人はギルドの扉を押し開けていく。


 入った先はある意味想像できていたような光景が広がっていた。

 ほぼ裸のような筋肉隆々の男性達が酒を突き合わせていたり、元世界ではモデルか女優をやっていそうな女性達が女子会らしきものをやっていたり。

 ほかにもパーティらしき男女が地図を広げて次の場所に移る計画を放していたり、小競り合いをしているパーティのリーダー同士らしき人物がいたり。


 ある意味、「ザ・異世界」という感じで実に雰囲気だけで気分が上がる。

 たださっき入る途中で見かけたギルド横にたくさんのバイクが置いてあったり、目視でわかるぐらいには魔法銃を携帯していたりしているが。


 絶妙に雰囲気にズレを感じながら、ユウト達は冒険者登録を済ませようと正面の窓口へ歩いていく。

 その時、やはりと言うべきか周囲の視線が集まってくる。

 それは自分よりも圧倒的な存在感を放つゴスロリっ娘竜人族ルゼアであるに決まっているであろう。


 そもそも竜人族が人前に出ること自体稀であるにもかかわらじ、ゴスロリを着ていて堂々とした立ち振る舞いをして闊歩しているのだ。

 そりゃあ見る。誰だって、それこそユウト自身であったって。

 その視線の集まりようはやがて周囲のバカ騒ぎしていたボリュームを下げていった。


 その状況がユウトにはとても居心地が悪かった。仕方ないことだと理解していても。

 その一方で、ゴスロリっ娘はというと......


「なんだか視線を集めておるようじゃの? ふむ、恐らくお主の無意識に放つオーラに気圧されておるのじゃな? ふふん、これはこれで鼻が高いの」


 と、ズレた発言をしている。

 明らかにこの状況を作り出しているのはルゼアにもかかわらず、そのことに本人は気付いていないようだ。


 マイペースというか自分のことに無頓着というか、こういう所も含めてある意味でルゼアらしさというものなのだろう。


 ユウトは「自分は空気に徹しろ」と念じながら、いざ窓口へと向かおうとしたところで一人の酔っぱらいが割り込んできた。


 その男は顔を真っ赤にして千鳥足とかなり飲んでいる様子で少し離れたところでも口臭に混じった酒の匂いが漂ってくる。


 そのニオイに嗅覚が敏感なルゼアは思わず顔を背けるが、そんな様子を気にも留めずユウトを華麗にスルーしながら話しかける。


「ん? どうした? 顔を背けちまって? ははん、俺がかっこよすぎて照れて顔を背けたってところだな?」


 酔っぱらいの男は勝手な都合のいい解釈で話を進めていく。

 正直なところ、お世辞でもかっこいいとはいえない。冒険者としての筋肉はありつつも、やや小太りの薄らハゲ。加えて、無精ひげときたものだ。


 そんな男を見ながらチラッとユウトが視線を後目に向けると恐らく同じパーティの男たちがあわあわとした様子でその光景を眺めていた。


 恐らく止めたいのはやまやまだが、相手が竜人族であると理解しているが故に止めに行ったら一緒にぶっ飛ばされかねないと思っているのかもしれない。


「なぁ? こんなボウズよりも俺達の......いや、俺のバディとして一緒に来るつもりはないか? こんな青臭い奴よりも十分にいろいろ教えてやるぜ。そう、な」


 酔っぱらいはにへらと笑う。その僅かに開けた口から酒臭いニオイがルゼアの顔面にしっとりと纏っていく。


 ルゼアはプルプルと震えだした。それに合わせて、酔っぱらいと同じパーティの男達がガクガクと震えだし、よく見ればすぐ目の前にいる受付嬢さんもアワアワとし始めた。


 「これ以上はさすがにまずいよな」と判断したユウトは努めて穏便にこの場を収めようと動き出す。


「まあまあ、少し落ち着いて下さい。ここは一杯水でも飲んだ方がいいんじゃないですか?」


「ボウズは黙ってろ!」


 すごい剣幕でそう言い返されるとすぐに固く握られた拳がユウトへ飛んでいく。

 しかし、ユウトはそれをサラリと躱すと酔っぱらいは振り抜いた勢いで床に倒れた。

 別にユウトが何をしたわけでもない。酔っぱらいの足がしっかりと動いていないだけだ。

 だが、酔っぱらい視点からでは違った。


「何すんだぁ!? てめぇ!」


 酔っぱらいは倒れた状態のままユウトを見ると懐から取り出した魔法銃をユウトに向ける。

 その行動に周囲は騒然とし始めた。パーティの男達はもはやうんざりとした顔をしていて、受付嬢は顔を手で覆いながらも指の隙間から覗いている。


 その行動にキレたのはルゼアであった。ルゼアは確かな殺意を持って動こうとする。

 しかし、その前にユウトによって頭を撫でられて止まった。そして、その怒りはユウトの撫での長さに比例して鎮静化していく。


 その一方で、ユウトは酔っぱらいに目を向けながら答える。


「それ以上は止めた方がいいよ。撃ったらもう戻れないところまで落ちるよ」


「うるせぇ! バカにしやがって! 見せびらかすのもいい加減にしろ!」


 酔っぱらいはそう叫びながら銃口を向ける手を下げようとしない。

 どうやらなにか訳ありらしい。といっても、そのわけを知らないし、ある程度想像出来たとしてもそうそう同情できる問題でもないだろう。


 ユウトはポケットから1枚のコインを取り出す。そして、そのコインを指で弾いた。

 コインはユウトの手を離れ、空中で高速回転しながら落下してくる。

 その軌道を意味深に思った酔っぱらいは思わず目線をそのコインに合わせた。

 その瞬間、銃声音が鳴り響く。


 撃ったのはユウトだ。そして、弾き飛ばしたのは酔っぱらいの魔法銃。

 ユウトが自身の魔法銃をホルスターに向けるとその男に優しく告げる。


「次、また来たら痛い目に合うよ。だから、気をつけてな」


 そう言って、ユウトはルゼアを促しながら、後ろを振り返り窓口の方へと歩いていく。

 しかし、その酔っぱらいは止まらなかった。恐らく、自分よりも年下にいいようにやられたのがプライドを傷つけたのだろう。


 酔っぱらいは立ち上がると拳を強く握りしめる。そして、開くとその手には指先に纏うように出来た風の爪があった。

 その爪を立てるようにして大きく振りかぶると背後からユウトに遅いかかる。


――――パシンッ


 しかし、その爪がユウトに届く前に何か太いものが酔っぱらいの顎を弾いた。

 それはルゼアの尻尾だ。竜人族が持つしなやかで強靭な太い尻尾によって脳を揺らされた酔っぱらいはそのまま倒れ込む。


「ほら、言わんこっちゃない」


「お主も悪よのぉ。わざとそう仕向けたくせに」


「そうか? まあ、そうでもしないと止まらないような感じはしたけどな」


 ルゼアは「ざまぁないの。バカにする相手を間違えたな」と呆れたため息を吐いた。

 その一方で、「異世界での冒険者ギルドこういうイベントは仕様だったのか」としょうもないことをユウトは考えていた。


 まあ、それはそれとして、ようやく冒険者登録に漕ぎつけた。受付嬢はすっかり怯えた様子だが、仕方ないことだろう。


「冒険者登録をしたいのですが」


「は、はい! 冒険者登録ですね! では、こちらの紙に名前と使える魔法を書いて下さい」


 少しアワアワしている受付嬢は二人に紙を渡すと二人はその紙に自身の情報を記入していく。

 といっても、書いてあることは簡易的なことだ。名前に魔法属性、使用可能な魔法、そして簡易的なアンケート。


 魔法属性に関しては紙を書いている最中に受付嬢が丸っこいフォルムをした銃口のない銃を当てて属性を答えた。

 その結果、ルゼアは無属性でユウトはそもそも魔法適正がなかった。


 とはいえ、この結果自体はここに来る前から予想できていたことだ。アーティファクトに全面的に頼っている時点で魔法は使えないと物語っている。


 むしろ、一番気にしたのは魔法を使えない人でも冒険者になっていいのかということ。

 冒険といえばもう魔法ありきみたいなところがあるが、そのことを質問してみたところ実に杞憂なことだと分かった。


 当然ながら、魔法を使えない人は低い確率でありながらもいる。

 しかし、そういう人たちは魔法を使えないなりにその他の武芸でのし上がっているらしいので、別に魔法が使えないからといって冒険者になれないことはないらしい。


 とはいえ、そういう人たちは大体魔法を弱点とする魔物を相手にすることはなく、肉弾戦メインの討伐クエストを選ぶ傾向があるらしい。


 それとこの世界での無属性は全くの能無しという感じではないらしい。むしろ、他のいろいろな魔法をまんべんなく使えるオールバランサー的なポジションらしい。


 とはいえ、一つの属性を特化して極めてしまうと属性に染まってしまうということがある。

 例えば、炎魔法をずっと使っていたら魔法属性の上達だけがよくなり、属性が無属性から炎属性に変化して、伸びしろが炎属性だけになってしまうとか。


 故に、無属性は全ての魔法をまんべんなく使えるオールバランサーでありながら、他の属性も平均的に上げないといけないため、一番上達の遅い属性とも呼ばれているらしい。


 もっともそれは人族を基準とした話で、竜人族でそうなるとまた勝手が違ってくるらしい。

 また、あまり人の住む場所に来ない竜人族の情報が少ないため、実際どうなのかはわからないとのこと。


 二人は受付嬢の話を聞きながら、特殊な素材で作られているという冒険者カードを受け取った。そして、その登録代を払う。


 それから、このギルドの設備に関しての簡易説明を受けた。

 といっても、大体が場所の案内という感じに近いが。1階には酒場と受付があって、2階にはギルド長がいるとかそんな感じである。


「それでは最後に修練場を案内します。そして、実は今日そこにビッグな方が来てるんですよ」


 そう言って、受付嬢は嬉しそうに告げる。とはいえ、ビッグな方も何も冒険者に対して事前知識が何もない二人はどう反応したらよいものか。

 とりあえず、好意的な反応を示しながら、ギルドの地下へと降りていった。

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