第18話 人食いダンジョンの噂

「どうぞごゆるりとお食べ下さい」


「「おお~~~~~」」


 ユウトとルゼアは思わず感動が口から洩れた。

 それは目の前のテーブルクロスがひかれた横長いテーブルに置かれている料理の数々。

 まるで一種の宝石箱のように色とりどりで尚且つ美味しそうなにおいが漂ってくる。

 二人とも食に飢えた獣のようにおなかを鳴らす。


 二人は手を合わせて「いただきます」と言うと各々目の前に置かれている料理に食らいつく。

 中に肉汁が広がったり、サラダのシャキシャキ感が良かったり、とにかく思うことは「美味い」の一言に限る。

 そんな二人の様子を見ながら、レースは微笑み、同じく食事にありつく。


 正直、ユウトにはテーブルマナーなど微塵もわからないが、それは別に気にしなくていいとのことだ。

 だったら、これまでの食を取り戻すかのように食らいつくまでのこと。

 しばらく食事に集中しているとレースが突然こんなことを聞いてきた。


「そういえば、『旅をしてる』ということでしたが、何か目的があったりするんですか?」


 その質問に口の中の咀嚼物をごくりと飲み込んだルゼアが答える。


「まあ、今は情報を集めているということかの。なんでもいい。ただ特に魔族関連のことと不可思議なことに関してはより集めようと思っておる」


「魔族に何かされたのですか?」


「何もされてない......と言えば嘘になるが、あくまでこっちの私用じゃ」


「そうですか。なら、不可思議なこととは?」


 その質問に対しては、ルゼアの返答の意図に気付いたユウトが答える。


「それは俺の興味本位っていうか、率直に言うとアーティファクトを探しているんだよ」


「アーティファクトっていうと魔道具や私達が使えるような魔法を超える力を持つと言われているあのですか?」


「そう、“あの”だよ。せっかくこっちに来たわけだし何か大きいことをしたいと思ったら、ルゼアがそんなのがあるっていうんだから目標にしようかなと思って」


「それは素晴らしい目標だと思いますよ。なるほど......それで不可思議なことですか。なら、この町にでも不可思議なことがありますよ」


「本当か!?」


 レースの聞き捨てならぬ返答にユウトは思わずテーブルに手を置いてガっと立ち上がる。

 しかしすぐに、自分の思わずがっついた姿勢に申し訳なさを感じると席に座り、正面に座るレースに質問した。


「それでその不可思議なことって?」


「この町の少し外れに洞窟があるんですが、そこは冒険者様がよく潜られるダンジョンでして、そこでおかしなことが起こるんです」


「それはどういう類のじゃ?」


 ルゼアが自身の皿に料理を取り分けながら質問する。

 それに対して、レースは率直に答える。


「そのダンジョンではよく地形が変わるんです」


「地形っていうと進むべき道が突然無くなったり、現れたりするって感じか?」


「そうでもあるんですが、それはそこまで珍しくありません。そういう変形型ダンジョンは一定の周期でパターンが決まっていて、それさえ頭に入っていればどうにでも対処できるんですが......私がいうダンジョンは持ち自体が歪んでいたり、ねじれていたりしていてとてもおかしいのです」


「そのどこがおかしいのじゃ? 変形型ダンジョンの亜種と考えればよかろう」


「ダンジョンは本来、ダンジョンに巣くう魔物と共存して成り立っています。なので、変形することがあっても、一定の周期があるのです。

 しかし、そのダンジョンは常に変化し続け、ある時には一切の下にもぐる道をふさぎ、ある時は真下に落ちる直線の落とし穴だけを作り出したり、ある時にはまるで人の手のような形で冒険者様を飲み込むというのです」


「確かに、魔物との共存がダンジョンであるならば、その動きは全く魔物を気にしてないように見えるの」


「はい。なので、そのダンジョンに出てくる魔物はせいぜいダンジョンが作り出したゴーレムぐらいと言われていますが、それぐらいしかそのダンジョンに関する情報がありません」


 レースは僅かに顔を暗くする。

 冒険者の冒険が自己責任とはいえ、自分の町で管轄しているダンジョンで大量の死者が出ることを放っておけるはずもない。

 しかし、冒険者でも行くのが困難とされているそこへ自分が行ってどうなるわけでもない。

 そんな自分の無力さに感情が重たくなっている。


 ユウトはうつむくレースの姿にどこかシンパシーを感じながら、水で口の中を流し込むと質問を続ける。


「それはいつ頃から?」


「正確な時期はわかりませんが、少なからず3か月ほど前からということになります」


「ほお、3か月前とな」


 その返答にルゼアが目を細めて、何かに納得するようにうなづく。

 ユウトはその姿を横目で見ながら、レースに質問した。


「それじゃあ、現状そのダンジョンはどうなってる?」


「今ではほぼ封鎖状態です。これ以上死者を出すわけにもいきませんし、加えて冒険者が冒険装備に使う道具の需要が追い付きませんし」


「賢明な判断じゃな。それらの防具や武器は冒険者が調達してきた魔物の素材によって作られる。

 冒険者は自身の肉体でもって魔物を狩り、そしてそれを冒険者ギルドに売り、冒険者ギルドから職人が素材を買って武器や防具を作り、それらを冒険者が買う。

 そうやって循環している機能がダンジョンという冒険者の素材稼ぎの場が失われてから滞る一方じゃからな」


 ルゼアは散々食べたであろうにもかかわらず、さらに自分の皿にてんこ盛りに料理をよそいながら答える。


「若い人族がむやみに命を危険にさらすようなことをするものではない。故に、ダンジョンを封鎖するというやり方は間違っていない。

 じゃから、それでこの町の経済が滞るのも仕方ない事じゃ。

 命は金に換えられんたった一つのもの。お主らの判断は正しい」


「ありがとうございます」


 偉大なる竜人族の言葉にレースは少しだけ表情を明るくさせた。しかし当然、完全に晴れることはない。

 結局、現状維持なのだ。何も進展しないまま景気が暗くなっていくのを待つだけ。

 なんとか盛り返そうとしても、肝心の冒険者が機能しないとどうにもならない。


「ちなみに、ダンジョンは封鎖してあるらしいけど、何もしてないわけじゃないんだよな?」


「はい、一応ハイランカーの冒険者にダンジョン調査を依頼していますが、あまり気乗りして下さる方がおらず。

 ですが、つい数日前にダンジョンに潜ってくださるハイランカーの方が見つかったんです!」


「それは良かったな」


 レースはパァっと表情を明るくさせた。いや、あえて明るい希望しか見ていないという感じか。

 その調査してくれるハイランカーの冒険者が今の負のスパイラルを断つことを望んでいる。

 自分がここで暗く考えれば、そっちが現実になってしまうから考えない。そんな感じだ。


 それはきっと自分の無力さを理解しているからのせめてもの行動という感じだろう。

 無力さはよくわかる。あれは一種の絶望と同じだ。

 あの時、力を持っていればと後悔する日々が常に襲う。

 しかし、もう過去は戻らない。戻れる力はどこかにあるのかもしれないけど、手元になければ意味がない。


 そんな無力さにただ祈ることでしか出来ないレースに手を差し伸べてあげたい。

 これは自分が強くなったエゴの一つしかもしれない。

 けど、過去の自分と重なって、その自分を見ているようでどこか心が苦しくなる。

 だから、今の自分なら出来ることをする。


「レース、そのダンジョンに俺達も潜ることって出来るか?」


「え? 出来るにはできますけど......」


 ユウトの質問にレースは表情を曇らせる。

 それは当然、レースにはこれ以上死人を出したくない気持ちがあるからだ。それが知り合いなら尚更。

 どこか「ユウト達なら大丈夫じゃないか?」という気持ちもないわけではない。

 しかし、いくらユウト達が行きたいといっても、そのリスクをわざわざ取らせるわけには―――


「レース、お願いします」


「こちらこそ、よろしく頼むのじゃ」


「......っ!」


 ユウト達は頭を下げる。その行為にレースは思わず息を飲んだ。

 そのインパクトの主な要因は竜人族であるルゼアが頭を下げていることであった。

 竜人族はその姿をめったに見ることのないレアな存在なのだ。それ故に、竜人族を幸運の象徴と思っている人もいる。

 その存在に頭を下げられたのだ。動揺しないはずがない。


 レースは逡巡する。当然すぐに決められることではない。

 ユウト達が行こうとしているダンジョンは過去に何人ものハイランカーを食らってきた魔のダンジョンなのだ。

 これまでほとんどの死者を出さなかったそれが死神となって牙をむく。

 その死神の鎌が知り合いに、それも幸運の象徴であるルゼアに刃をチラつかせているのだ。


 そんな場所にわざわざ向かわせるわけには当然いかない。

 しかし、「ダンジョンに潜りたい」という願いはその竜人族たっての願いでもある。

 普通なら断るべくもなく二つ返事でオーケーした所だろう。

 まさしく、今のような状況でなければ。


 答えが出ない。簡単に言えば信じるか信じないかだ。

 しかし、信じれるハイランカーに希望を見せて何度裏切られたことか。

 その経験がある以上、竜人族だからという楽観的な理由で許可は下せない。

 とはいえ、信じていないわけでもない。ここで幸運の象徴に出会えたことは何かの分岐点であるかもしれないからだ。


 レースは考えて考えて考えた挙句に告げた。


「少し......時間をください」


 やはり答えは出なかった。それだけ重いことだった。そして、頭の中でチラつくのはこの場にはいない2人のこと。


 レースは「先に失礼します」と言って食事をやめると背後にいたメイドに食事を片付けさせた。

 そして、重たい足取りでとぼとぼ歩いていくレースの後ろ姿をユウトとルゼアは眺めていた。


******


 場所は変わって大浴場。

 メイドさんからお風呂の準備が整ったとのことで、ユウトは一人汗を流しにやって来ていた。

 いや、本当のことを言えばリラックスした状態で先ほどの食事のことに関する話をまとめたかっただ。


 ユウトはもとの世界でも見たことのない中世ヨーロッパのような壁に設置されてるライオンに似た獣の口から流れるお湯という大浴場に感動しながら、ゆっくりと入浴する。


「ふぅ~」


 魔王城を出発してからの何日ぶりかのお風呂だ。ものすごく体がリラックスして、体全体が緩んでいくようだ。


 ユウトは首下まで浸かるように体をだらけさせると不意に背後からガラガラという音を聞いた。

 その時点でユウトは誰がやってきたのか察した。もはや魔力で誰かを探るまでもない。


「おや、お主が先にいるとは思わなかったぞ」


「嘘つけ。メイドから風呂の準備が整ったって言われたときに一緒に部屋でいたろ。そして、せっかくコソコソ一人でやってきたのに......」


 ユウトが背をつけるタイルの横には髪を団子ヘアーにまとめたルゼアが全っ裸まっぱで立っていた。

 そして、足の指先で音頭を確かめながら、ゆっくりと入浴していきユウトの隣に座る。


「いいではないか。裸の付き合いも大切じゃぞ? いや、“つきあい”違いか?」


「やめい。人の家でする気はないぞ」


「ククク、どうせそう抗えるのも今のうちじゃぞ。お主はそそのかせばチョロいからな」


「うっせ」


 相変わらずのルゼアの冗談に疲れたようなため息を吐くとルゼアはこてんとユウトの方に頭を預けながら告げる。


「どうせお主が一人でいたかったのは先ほどのことを考えるためじゃろう?」


「......そうだな」


 どうやらお見通しのようだ。全く増々勝てる要素がつぶされていく感覚だ。

 とはいえ、理解してくれていることにどこか安心感を感じるのもまた事実。

 すると、ルゼアは言葉を続ける。


「お主よ、こういってはなんだがあまり多方面に手を出すと厄介じゃぞ? お主はお主にしかできない目的がある。そのためには時には無理にでも押し通ることが大切じゃ」


「わかってるよ。俺があの時レースにそう言ったのは何も助けたいってだけじゃない。

 そのダンジョンの情報が正確なら、そのダンジョンにはアーティファクトがかかわってると思ったからだ。

 そういう打算的一面も含めたうえでのあの提案。もちろん、俺の目的を俺自身が忘れたわけじゃない」


「ならよい。わらわはお主の行く末を最後まで見届けたいと思ったからここにおる。好きなことをせい。その全てをわらわは受け止めようぞ」


「ありがとう。そう言ってくれるだけでも、俺はまだ希望が残っている気がするから」


 ユウトは隣で寄り掛かるルゼアの体温を感じながら、一先ずこれからの事を考える。

 それはそれとして、二人の時間もゆっくりと楽しんだ。

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