第17話 シャラトワ領のご令嬢

「随分と騒がしいの......っと、襲われておるのか。お人好しは長生きせんと聞くが、お主は当然助けに行くな?」


「当たり前だな。だから、しっかり捕まってろよ」


 ユウトはエンジンをふかすとアクセルを思いっきり入れていく。

 ユウトの魔力とともにフルスロットルとなったバイクは勢いよく加速していき、少し高くなっている周囲の崖を駆け上がっていく。


 その音に盗賊たちが気づき、その音の方向を見ると拘束でバイクで接近してる二人組の男女が見える。

 そして、咄嗟に剣を構えようとするが――――その前にユウトの飛び込んだバイクがやってくる。


「どかないと死ぬぜ?」


「もっとも避けても痛い目にあってもらうがの」


 ユウトは飛び出した勢いで一人を吹き飛ばすと着地。それと同時に片足を地面に置いて、その点を支点にバイクを1回転させる。

 斜めのバイクの車体と激しく回転する後輪のタイヤに盗賊たちは足を払われる。

 それによって、着地した時似た周囲の盗賊は転倒。

 ユウトはバイクを止めるが、周囲にはまだ盗賊たちがいる。


「囲んで殺せ!」


「相手は丸腰だ! 剣を突き立てろ!」


「後ろに乗ってるガキは生かせ! 後で高く売れるはずだ!」


 すると、ユウトの奇襲を逃れていた周囲の盗賊たちが一斉に遅いかかる。

 逃げ場はない。状況的には絶対絶命だ。

 しかし、二人はまるで日常風景を過ごしてるかのように穏やかな表情であった。


「ルゼア......俺が相手しようか?」


「いいや、いい。あやつらには少々女の怖さを見せつけた方がいいな」


「可哀そうに、竜人族を知らないもんな。じゃあ、任せるよ」


「うむ」


 ユウトはバイクの座席に足をかけるとそのまま大きく跳躍する。

 そして、バイクにルゼア一人を残すとユウトは周囲を囲む盗賊たちの輪の外に出た。

 その行動に盗賊たちは一瞬驚きながらもすぐにほくそ笑む。

 それからすぐに、数人をルゼアに回し、残りの数人はユウトに向かって動き始めた。


「ははは! あの男、メスガキ一人バイクに残して逃げ出しやがったぜ!」


「ガキ残して自分可愛さに生き延びようってか!? 残念だったな、お前に残されてるの死だけだ!」


「おら、さっさと死にやがれ!」


 盗賊たちがいろいろなことをほざきながら、憎たらしく醜い笑みを浮かべる。

 その顔にはもうこれからの攫った女で自分達の酒池肉林の未来が見えてるとでもいうのだろうか。

 しかし、その盗賊達が持っている武器にはどれも殺意が宿っている。

 ユウトを殺すことは確定事項のようだ。


 そんな猛然と迫ってくる盗賊達に対し、ユウトは崖に寄り掛かりながら腕を組みすまし顔をしている。

 そして、真っ直ぐ目を向けると盗賊――――の後ろで倒れたバイクで勇ましく立ち尽くすルゼアを見た。


「―――――お主らの相手はわらわだと言うておろう?」


 そう告げるとルゼアの姿は消えた。そして、端にいた一人の盗賊が空中に突然飛びあがる。

 その次には反対側の端にいた盗賊が横に吹っ飛び、二人の盗賊が襟を掴まれまとめて天高く投げ飛ばされる。


 その光景を見ていた最後の一人の盗賊は思わず止まって周囲を見る。

 しかし、どこにも見当たらない。まさか空中かとも思ったが、そこにもいない。

 すると、すぐ近くから声がかけられる。


「おい、そんなにわらわは小さいか?」


「ま、前に――――ぐふぉ!」


 最後の盗賊が目の向けたのは自分のすぐ前であった。なんなら、ほんと近くにいた。

 そして、ルゼアの恨みがこもった強烈な尻尾の薙ぎ払いによって、その盗賊は反対側の崖に飛ばされ、叩きつけられた。


 一瞬にして、十数人といた盗賊が伸びている。しかし、ルゼアの怒りはまだ若干収まっていないようだ。

 それもユウトに「わらわは小さいか? そんなに小さいか? まあ、確かにいろいろと小さいが.....」と聞いてくるほど。


 怒ってると思いきや急にテンションが下がって落ち込んでるルゼアにユウトは「そんなことないぞ」と頭をなでる。

 ただユウトも魔王城でルゼアを「女の子」と言ったことがあるので、若干焦り気味でもある。


「む、何やらお主から邪な気配を感じたぞ?」


「気のせいじゃないかな?」


 ほんと急に勘が鋭くなるのはやめてほしいものだ。

 ユウトはため息を吐きつつ、もう一度ルゼアの頭をなでると馬車の方へと向かっていく。

 その馬車の近くには馬に寄り添う男性と馬車のドアを少し開けて、ちらりと覗くユウトと同年代ぐらいの少女の姿があった。


「大丈夫ですか?」


「は、はい、大丈夫です。お助けいただきありがとうございます!」


 その少女はユウトの言葉にビクッとしながらも、すぐにドアを開けて馬車から降りると丁寧にお辞儀した。

 金髪で髪に合わせた優美な色のドレスはどこかの姫だろうとすぐに思ってしまうほどだ。


「私は【レース・シャラトワ】と申します。この近くにあるシャラトワ領の娘です。実は帰る途中で盗賊にあってしまい、危うく奴隷や慰み者として扱われるところでした。

 それにしてもすごいですね! あんな多くの盗賊をたった二人でパパっと倒してしまわれるなんて!」


「まあ、奇襲だったしな」


「それにわらわ達の実力なら問題ないのじゃ」


 ルゼアは腕を組むとふふんと得意げな顔をする。そして、その尻尾は嬉しそうに振っている。まるで犬みたいだ。

 という感想を心にしまったユウトはレースに一つ提案する。


「実は俺達、近くの町を探してるんです。もし向かう先がそのシャラトワ領だとすれば、そこまで俺達が護衛していきましょうか?」


「ほんとですか!? こちらこそ、よろしくお願いします。良かったらご一緒しませんか?」


「ああ、よろしく頼むの」


 ユウトは馬車に乗り込む前に盗賊達のバイクをあらかた回収していくとレースの馬車に乗り込む。

 そして、馬に寄り添っていた男性が馬を操って馬車を動かしていく。

 正直、馬車での移動はバイクより遅いのだが、焦ってことを仕損じるよりはこの方が良いだろう。

 それに、この出会いのよって何か良いことがあるかもしれないし。


 馬車の移動はバイクで風を感じながら走るとはまた違った趣があった。

 やや道が悪いと揺れが酷いが、それでもゆっくりと流れていく青々しい木々の風景を見ていくのはなんだか心が落ち着いていくようだ。


「そういえば、お二人方は随分なところから来たと思われたのですが、先ほどの華麗な動きといい相当名を上げた冒険者様なのですね」


「いや、わらわ達は冒険者ではないぞ」


「というか、随分ってどういう感じ?」


「え?」


 ルゼアとユウトの言葉にレースは思わずきょとんとした顔をした。

 それは自分が間違っているのかと疑い、そしてユウト達のことを疑ったからだ。

 しかし、自分が間違っているとは考えにくい。それに先ほどの盗賊も名がある海賊であったし。


「お二人方は冒険者様ではないのですか? それとあなた様は竜人族なのですか?」


「竜人族じゃ。それでルゼアでよい。隣はユウトじゃ。そして、先ほども言ったが違うのじゃ。

 わらわはもう何十年と人族の町や国に訪れてないし、こやつもこの世界の常識について疎い場所に住んでいたからの」


 ルゼアはレースの質問を丁寧に返すとともに、ユウトの詳細を伏せて伝えた。

 それはユウトの情報を不用意に与えれば面倒なことになる可能性も危惧したからだ。

 それに言うなら言うでしっかりとユウトに許可を取らねばならない。

 そのちょっとした心遣いにユウトは笑みを浮かべる。


 その一方で、レースは何かを確かめるようにうなづいた。それは先ほどの疑問点についてだ。

 二人が冒険者でないということは、竜人族のルゼアから納得できた。

 竜人族は普段人里降りてやってこない。そして、時間にとてもルーズだ。

 人族にとって1時間が竜人族にとって1年なんてことはざらにある。

 

 そのことから竜人族のルゼアが冒険者でないことに納得した。

 そして同時に、ユウトが山育ちの可能性についても。

 というのも、竜人族は嘘をつくことを嫌い、仁義に熱いからだ。

 そう聞かされたからという判断でもあるが、それを信じるならばユウトが冒険者でないことも納得いく。


「それじゃあ、重ねて質問させてもらいますが、お二人方はどうしてあの方面から?

 あちらの方向は魔国大陸と呼ばれていて非常に凶悪な魔物や血に飢えた魔族たちが跋扈ばっこしてると言われてるのですが......確かあちらの方には町はなくて、ここが魔国大陸の一番近い町となっているはずですが」


「あー、それは俺の住んでた集落が近くにあってそれで。といっても、別に俺は魔族じゃないよ?」


「それは存じております。魔族は褐色の肌が特徴的ですからね」


「それだけでは魔族とは限らぬのではないか? 確か変装魔法とかあったはずじゃ」


「ありますけど、それは魔力消費が著しく大きく、長時間では無理ですよ。少なくとも、馬車に乗って使ったとしてももう既に解けてると思いますし。

 加えて、その魔法自体扱えるものが少ないからでしょうか。

 それよりも、私でお試しになるのはおやめください! ただでさえ、一生会えるかどうかと言われてる竜人族の方に会えて緊張しているというのに.....」


 そう言ってレースは重たいため息を吐く。そのことにルゼアは笑いながら「悪かった。もうせんよ」と告げた。


 実のところ、竜人族の姿を見るのは一種の幸福が訪れる前兆みたいな形で広まっている。

 その理由は圧倒的な寿命の違いからだ。

 人の命が100歳までとして、その命が100年経ったとしても、竜人族にとっては「仮眠もできない時間」と思うのがほとんど。


 故に、竜人族を竜の姿ではなく、人型の姿で見ることは神社で白い蛇を見かけるようなことなのだ。

 とある場所では、竜人族は幸運の象徴となっていたりする場所もある。

 そういうわけで、レースがルゼアに対して緊張するのは当然なのだ。たとえ見た目がロリだとしても。


「まあ、こやつの言った通りじゃ。たまたま出会ったこやつと意気投合して今や旅をしておる」


「竜人族様と仲良くなれるなんてすごいですね!」


「ああ、ルゼアのおかげで何度も助かった場面があるからな。ずっと感謝しかないと思ってるよ」


「よせ。お主に見返りを求めてやってるわけではないし、それにそんな真っ直ぐ言われたら照れるじゃろうて」


 ルゼアは必死に表情を固めようとしているが、口元がひくついている。

 そして、尻尾の先は僅かにひょいひょいっと揺れている。

 必死に我慢していても、体のどこかに嬉しさが現れてしまっている。

 そんなルゼアを見ては、ユウトはそっとルゼアの頭を撫でる。

 イチャついてる。二人に意識はなくとも、レースにはそうにしか見えない。


 思わず二人の関係について本当はどうなんだと聞きたくなる気持ちを抑えながら、ここぞとばかりにルゼアに話しかけていくと馬車は門についた。


 門の前には門番がいて、レースが馬車の窓から顔を出すと顔パスで通してもらう。

 そしてそのまま、レースの家の場所までユウト達は向かっていった。

 家に着くとさっそくレースが提案してきた。


「この町に来るのは初めてでしょうから、私の家を自由にお使いください。もう空が茜色に染まり始めたので、ここから探すというのは手間がかかると思われますからね」


「ありがとうございます」


「助かるのじゃ」


 レースのご厚意でユウト達は一先ず今晩の寝床を確保した。

 そして、なんの気遣いかユウトとルゼアは相部屋であった。

 正直、下手に二人っきりにさせられるとユウト的に困るのだが、せっかくの善意を無下にするわけにもいかず言い出せない。

 その一方で、ルゼアがひどく目を輝かせてるから困りものである。


「ほうほう、このベッドの触り心地は魔王城の隠し部屋よりもいい場所かもしれぬな。寝心地もやさそうであるし、何より腰に負担がかからなそうじゃ」


「なんで腰をピンポイントで指摘したのかな?」


「普通のことじゃ。寝る時にベッドが硬かったら一番に体重の負担がかかるのは腰じゃろて。お主は何か、もしかしてわらわのせいで腰を痛めさせられると思ったわけではあるまいな?」


 そう言ってルゼアはニヤニヤした顔を浮かべる。

 このロリ竜人、わかってやがる。自分がてっきりそっちだと思って指摘したことを完全に理解して、そのうえでからかって来てやがる。


 今のは発言的にこっちがしなければこうはならなかったのだろうが、あのルゼアが「竜人族は性欲高めなのじゃ。諦めい」と言ってるルゼアがこういう場面でわざわざあんな発言する方がおかしいのだ。


 「腰に負担がかかる」という言い分も間違ってはいないのだろう。その意味も納得できる。

 しかし、あの発言はこっちに勘違いさせるように指摘したようにしか思えないほどのイタズラっぽい笑みを浮かべている。


「お主も意外に高いのよな、ククク」


「こんの......!」


 ユウトは言い返そうと思ったがやめた。なぜかルゼアに言葉で勝てるビジョンが思い浮かばない。

 そして、そのままからかわれるユウトを救ったのはレースの家のメイドの「食事の準備が整いました」という言葉であった。

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