第20話 ビッグなお方

 受付嬢に案内されて地下の修練場に向かっていくとキンキンッと金属がぶつかる音が聞こえてきた。

 その音がするということは、誰かが字面通りに修練しているのか、はたまた誰かが練習試合でもしているのか。


 どちらにせよ、異世界の冒険者ギルドにやって来たとなればユウトも自然と心が躍るというもの。

 ユウトがいくらあまりラノベとかを読んでいなくてもそれぐらいのちょっとした憧れの状況というものは存在する。


「こちらが修練場になります」


 地下への階段を下りきると受付嬢が壁に寄ってユウト達に紹介するようにそっと手を修練場の方へと向ける。

 すると、そこには多くの人達が壁際に並んでいて、中央で二人の戦士が戦っていた。


 一人が大人の男性で、もう一人が少女だ。一見男女というだけで比べるべくもなく勝敗は目に見えてそうだが、実際押しているのは女性の方であった。


 男性は黒髪でやや日焼けして黒光りしてるボディビルダーのような筋肉にもかかわらず、片目を隠した長い金髪を髪の中央で折り返して結んでいる少女に防戦一方といった感じだ。


 その少女は見る限り街中で見かけた華奢な少女と変わらない容姿でありながら、何倍もの屈強な男性を圧倒していて、その姿は可憐......というよりはやや獰猛さを感じさせる。


 鋭い目つきで相手を射抜くように見つめ、両手に持った身の丈ほどの体験を大振りで尚且つ高速で振り回しているのだ。

 そして、その獰猛さを特徴づけるのが気合の入った声だ。


「オラオラオラァ! どうしたぁ!? 男なのに対したことねぇな!」


 若干ヤンキー少女感を感じさせるその言葉遣いにユウトは聞いているだけなのにもかかわらず、思わず心がビクッと飛び跳ねる。


 そんなにイキった声色であるが、実際戦闘に置いて完全に主導権を握っているのはその少女である。


 その少女はあえて男性に受け止められるぐらいの速度で大剣を振り回しながら、ジリジリと壁際に追い込んでいる。


 しかし、男性も追い込まれるのはまずいと感じたのか負けじと反撃に出た。

 男性は少女の攻撃を受け止め、力強く一歩を踏み出したと同時に大きく弾き飛ばすと後ろ足を思いっきり前に持ってきて、そのまま蹴り込んだ。


 その攻撃は空中で死に体となっている少女にとって大きなダメージを伴う一撃になると思いきや、その瞬間に少女は一瞬ぶれると男性の蹴り込んだ前足にしゃがみ乗った。


 まるで体重を感じさせないように男性の足に乗る少女に周りの戦士達は皆一様に驚いた顔をする。

 その一部でやや誇らしい顔をする男女をユウトは見つけたがもしかしたらパーティーメンバーだったりするのだろう。


 そして、ユウトがすぐに視線を戻すと男性と少女の決着はついていた。

 少女が男性の足からバク宙する勢いで足で男性の顎を蹴り上げたのだ。

 それによって、男性は顎を揺らされグロッキーとなり、その場で膝から崩れ落ちる。

 その一方で、少女は汗一つかいた様子もなく、先ほどの誇らしげの男女のところへ戻っていく。

 その戦いを見ていた周囲の観客は大いに拍手を送った。


 すると、そんな戦いの一部始終を見ていたユウト達に受付嬢が解説をしてくれた。


「すごいですよね、あの方。名前は【ケイ=ウォーランド】と言って『雷剣の茨姫』なんで二つ名もあるんです。私よりも若くて、冒険者ランクはゴールドですよ」


 受付嬢は誇らしげにそう言う。その言葉を聞いてユウトは「なるほどねぇ~」と相槌を打ちながらその少女――――ケイを見た。


 20代前半に見える受付嬢よりも若いということは自分と同い年ぐらいということで、それで冒険者ランクがゴールドとはすごいことなのである。


 ユウト達はこの地下に向かう際中で説明されたが、冒険者にはランクがあり高い順で言えば金、銀、赤、青、緑、白と言った順で現在のユウト達は当然ながら初心者の白である。


 そして、この世界のゴールドというランクの冒険者は一人で街を脅かす竜を討伐できるレベルのことを指す。


 いわば冒険者としての頂に立っているようなものであり、その存在は歩く国宝級と言っても過言ではない。


 故に、そのゴールドランクの冒険者が格下相手に手を抜いて戦うのは当然であり、そのゴールドランクの戦いを見るために地下に大勢集まってくるのは当然なことなのだ。


「ってことは、あの女の子がビッグな方ってことですか?」


「そうなります。それに本来ここは出入り自由なのですが、今回はゴールドランクの模擬戦ということなので、実は今だけチケット制だったんですよ? 抽選に漏れた方はヤケでお酒を飲んでいますが、今回たまたまとはいえあなた方はとてもラッキーなのですよ」


「らしいぞ、ルゼア」


「みたいじゃな、お主よ」


 やや興奮気味に熱く語ってくる受付嬢にユウトは引き気味になりながらも、終始黙って戦いを眺めていたルゼアに話しかけてみた。


 そして、返答はやはり淡泊。こういう時のルゼアは決まって強い興味を示している時だ。

 ということは、逆に言えば竜人族のルゼアに興味を惹かれるということはあの少女の強さは本物であるという証明でもある。


 まあ、実際に見ている時点でもユウト達は戦っている男性と少女に明らかな力の差があることを感じていた。


 同じ強者であるからこそ感じ取れる戦闘力と言うべきか、強者と強者は惹かれ合うと言うべきか。

 どちらにせよ、このままではルゼアは止まらないということをユウトは知っていた。


「お主よ、わらわ戦ってみたいのじゃ!」


 ルゼアは瞳を輝かせて子供みたいにおねだりしてくる。今にも戦いたくて尻尾をフリフリさせている。

 実のところ、竜人族は根っからの戦闘種族なのだ。基本的に常に戦いに飢えている。


 それ故に、口実さえそろえばすぐに戦ってみたくなるのだ。その理由が竜人族が人族の町にやってこない理由であったりもする。


 であるからして、こう戦闘スイッチが入ってしまうと止めることは難しい。

 その戦いたい具合がどのくらいかわからないが、下手に我慢させると我慢した分だけ激しい戦闘ストレスはっさんをしなくてはいけなくなる。


 実はユウト達がレースに出会う前にルゼアの溜まりに溜まった戦闘欲求を解消するために戦ったことがあるのだが、一つ大きなクレーターを作ってしまったのは二人だけの内緒だったりする。


 ユウトは「これで(戦闘意欲)発散してくれるならありがたい」と思いつつ、念のために受付嬢に聞いてみた。


「あのー、すみません。うちのルゼアが戦ってみたいと言っているのですが......いいですか?」


「え? あ、はい。竜人族の方なら大丈夫と思いますが、それはあちらの方にも伺ってみなければわかりませんよ?」


「はい、わかっています。セッティング可能かどうかだけ聞いてきてもらえますか?」


「わかりました」


 そういって、受付嬢は足早にケイの元へ向かっていく。背中にこっそりと色紙を隠しているのは見逃してあげることにした。


 そして、ルゼアが堪えきれなくなってユウトの手にバシバシと拳をぶつけていると聞いてきたのか受付嬢は戻ってきた。


「大丈夫そうですよ。むしろ、あちら側も戦ってみたいとおっしゃっていました」


「おお、そうかそうか! これは久々に楽しめそうじゃの!」


 ルゼアはその言葉に両手でガッツポーズしながら、尻尾をブンブンと左右に揺らし始めた。

 それこそ、少し後ろにいるユウトの足にバシバシとぶつけているにもかかわらず気にかからない具合には興奮している様子だ。


 そんなルゼアの頭を撫でながら「良かったな」と声をかける一方で、チラッとケイの方を見てみた。

 鋭い目つきで睨まれている。

 元から目つきが悪いのか、それとも本当に睨んでいるのかそれは定かではないが、あまり好意的に見える感じではない様子だ。


 とはいえ、確かに見ず知らずの相手から戦いの申し出を受ければ若干そうなるのは無理がなかったりするのかも?


「まあ、楽しんで来い」


「そうするのじゃ」


「お二人の関係性がとても気になりますね......」


 ユウトがルゼアの背中を押してやると近くにいた受付嬢にそんなことを言われた。

 まあ、普通の人からすれば竜人族と一緒にいる時点でおかしいと思うのだろう。

 とはいえ、「一緒に魔王城を飛び出してきました!」と言っても信用されるかどうかは怪しいので、ユウトは一先ず苦笑いでお茶を濁す。


 すると、ルゼアが中央に堂々と立ち尽くした。その姿に先ほどケイの戦いを見て興奮していた観客がまた先ほどとは違った興奮を見せる。


 そして、腕を組んでまるで挑戦者を待ち望んでいたチャンピオンのように立つルゼアに体験を片手で肩に担いだケイが一定の距離を保って止まる。


 それから、最初に口火を切ったのはルゼアであった。


「お主はわらわを見て子供だと侮らぬのだな」


「竜人族に見た目は関係ねぇし、それにどんなに見た目が子供っぽくてもあたし達よりはるか前から生きてんだ。どう言葉を探しても子供とは言えねぇな」


「なるほどな。存外ただのバーサーカーというわけでもないみたいじゃの」


「バーサーカーなァ......まあ、あたしの戦い方はとある剣術を我流にアレンジしたものだし、戦い方に野蛮さを感じるのもあたし自身理解してる。

 けどな、結局戦いってのは勝った方が意味を持つんだろ?」


「その通りじゃ。どう取り繕っても弱きものにその言動に対した説得力は持たぬ。故に、強くなろうとする。特に人間とはそういう生き物じゃ。

 ならば見せてみよ! わらわにお主の強さを!」


「はっ、上等ォ!」


 そして、両者は同時に動き出した。そのやり取りに「どこの最終決戦だ」みたいなツッコミを送りたかったユウトであったが、ここはグッと我慢して戦闘を見る。


 最初の攻撃は互いに拮抗した。ルゼアの鋭く突いた拳もケイが振り下ろした大剣も互いが修練場の中心でぶつけ合い、僅かな衝撃が伝わってくる。


 どうやらルゼアもケイもそこそこ本気なようだ。ここで全力を出さないのはこの場を壊しかねない配慮だろう。

 しかし、それがいつまで持つのかと考えれば......「そう持たないな」とユウトは思った。


 次に動き出したのはルゼアであった。ルゼアは尻尾をケイの右手首に絡め、横に逸らしなら手前に引っ張ると同時に左足で蹴り込む。


 しかし、ケイは無理な体勢でありながらも、大剣の腹でその攻撃をしっかりがガードすると右手首を掴んでいるルゼアの尻尾を逆に掴んで背後へぶん回した。


 その勢いでルゼアは高速で壁際に飛ばされるが、空中で体勢を整えながら壁に着地する。

 そして、小さくクレーターを作り出しながら、その場から一気に飛び出した。


「お返しじゃ」


「くっ!」


 ルゼアは高速移動の勢いで飛び蹴りをするとケイはそれを大剣で防ぐ。

 しかし、勢いまでは殺せずに両足が空中に投げ出されると背中から壁に叩きつけられる。

 壁は軽くへこんで砂煙が舞い、その近くにいた観客が急いで非難する一方でも戦いは続く。


 ケイを蹴り飛ばしたルゼアはすぐさま追撃とばかりに大きく振りかぶった右拳をストレートに振り抜いた。


 ケイはそれを体にバヂッと紫電を纏わせると先ほどよりも速く動いてその場を回避。

 すると、その壁はルゼアのパンチでさらに大きくへこみ、ルゼアの右手は壁に埋まっている。


「そらァよ!」


「これがチャンスと思うのは大間違いじゃぞ?」


 ケイは両手に体験を持つと構わずに思いっきり振り下ろした。

 しかし、ルゼアは右腕が埋まっていて動けないので咄嗟にそばから動けない。

 されどその笑みを浮かべるのは動かないくてもいいということだからだ。


「ふんっ!」


「おいおい、マジかよ」


 ケイの大剣の一撃をルゼアは左手で一本で受け止めて見せた。

 それはルゼアの足元に大きなクレーターをつくるほどの威力であったにもかかわらず。

 そのことにケイは思わず苦笑いでたじろぐ。


 すると、ルゼアは「もういっちょじゃ」と言って右腕に血管が浮かび上がるほど右腕に力を込めると壁をそのまま抉っていくように動かしてケイに右フックをかました。


「なめんなっ!」


「ぬっ!?」


 ケイは紫電をより一層纏わせ、体を大きく高速で逸らせるとその状態のまま背後に大剣を刺して、体を横にねじる勢いでルゼアの腹部を蹴り飛ばす。


 それによって、ルゼアは軽く吹き飛ばされるがケロッとした様子で着地する。

 そんなルゼアにケイは興奮した様子でギロっと睨むと大剣を構え――――


「「しゅう~りょう~!」」


 試合終わりの声が響いた。その声を出したのはユウトとケイのパーティーの黒髪ツインテールの少女。


 そのことに二人は「消化不良なんだけど?」と言った顔をするが、ユウトとその少女が修練場を半壊ぐらいさせられてアワアワしている受付嬢を見せると二人は互いに顔を見合わせて......


「悪い、やりすぎた」


「すまぬ、やり過ぎたのじゃ」


 素直に受付嬢に謝った。

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