第21話 「雷剣の茨姫」の一団

 ルゼアとケイによるちょっとした模擬戦で半壊近くに壊れた修練場を後にして、ユウト達は1階のエントランスで席についていた。


 ユウトの隣にはルゼアが木製のコップに入った飲み物をグビグビと飲んでいて、正面には相変わらず鋭い眼光をしているケイ、その両端に黒髪のツインテールの少女と小太りの青年、そして一番年齢が高そうな目が細い長身の男性がいた。


 ユウトは正面から睨まれているような圧を感じながら、出来る限り目を背けていると木製のコップを机に置いたルゼアが口火を切った。


「とりあえず、ここで会ったのも何かの縁じゃ。誰が誰かもわからぬから、何を話すにしても自己紹介が先じゃと思うんじゃがどうじゃ?」


「そうですね。それじゃあ、ここは私が仕切らせてもらいます。私の名前は【ネオ=アルグラフィ】。気軽にネオで構いませんよ」


 そう言って軽く手を上げて自分を主張しながら告げたのは黒髪のツインテールの少女。

 やや童顔の顔つきに、それでいてキリッとした目つきはもとの世界であるならアイドルでセンターだろうなという感じだ。


 もっともそれはケイにも言えることだと思う。ケイの場合は可愛らしいよりもクール系に近い感じだが。

 とはいえ、そんなことを口に出して冗談で通用するタイプではなさそうなので、「ここは黙っておこう」とユウトは固く口を閉じる。


「それでですね、うちのパーティの団長の隣にいるのが、【ヤス=グローン】さん。通称やっさん」


「どうもっす」


 ネオに紹介された小太りのヤスは実に温和そうな顔つきで丁寧にお辞儀した。

 その顔つきは冒険者というよりはどこかの牧場を経営している方がよっぽどお似合いともいえる顔であった。


「それからそれから、私の隣にいる人が【カイゼル=モルファス】さん。通称カイさん」


「よろしくお願いします」


 カイゼルもヤスに倣って丁寧にお辞儀する。

 優し気な口調に常に笑っているかのような細い目は一目の印象でまず優しそうだなと連想させる。

 やや水色がかった長い髪をそのままに男性モデルのような顔の造形は最初にギルドに訪れた時に見た他の冒険者とは一線を画す。

 どちらかというと、神父と言われた方がしっくりくるほどだ。


「そして、私の隣にいるのが【ケイ=ウォーランド】。通称ケイちゃん。うちのパーティの団長兼最高主戦力で『雷剣の茨姫』って二つ名がつくほどの超すご人物なんです!」


「そんな興奮した様子でまくし立ててんじゃねぇ。それから、人前でケイち......はよせと言っただろうが」


「もう~そんな恥ずかしがらないでもいいのに~。あ、ちなみに『雷剣』っていうのは雷魔法を使った剣術スタイルをさしていて、『茨姫』ってのはこの取っつきにくい、取っついたら取っついたで茨のような刺々しい態度を取ってくることを指しています」


「余計なことを教えてんじゃねぇ!」


 ケイは少し圧のある言い方でネオの言葉にツッコんだ。

 その言い方は一見冗談で捉えていないガチの怒った様子かと思えば、ネオが明らかに睨んでいるケイの顔を見ては「うひゃひゃひゃ」とイタズラっぽい笑みを浮かべているし、他の男2人も依然として温和そうな顔をしている。


 そんな様子を見て「なんかあべこべなパーティだなぁ」とユウトは思った。

 それはそのはず、冗談が通じなさそうで基本ムスッとした表情をしているケイに快活で笑顔と元気を絶やさないネオ、そしてその二人をまるで親目線で眺めているかのようなヤスとカイゼル。


 基本かかわらなさそうなこの組み合わせで冒険者に名が知られている有名なパーティなのだから驚きである。

 すると、そんなユウトの疑問を正しく同じ感想を持っていたルゼアが躊躇いなく尋ねた。


「なんというか、お主達は不思議なパーティじゃの。普通はこの茨姫がここまでトゲトゲしくあるならば、関わらろうと思わんのに」


 思った以上にストレートだった。いやそれは......さすがに言い過ぎじゃない?

 しかし、その質問にネオが変わらぬ笑みで答えた。


「まあ、簡単に言えば私達がケイちゃんの優しさを理解してるから大丈夫なんですよ」


「気持ちわりぃこと言ってんじゃねぇ」


「と、言うときは大抵照れてます」


「ばっ、さけんな!」


「と、言うときは大抵図星で慌てています」


「だから、何勝ってなこと言ってんだてめぇ! シメるぞ!」


「と、言って何かやってきた試しは一度もありません」


「「激しく同意」」


「こんのってめぇら......! はあぁ......」


 ケイは諦めるようにため息を吐くと頬杖をついて不貞腐れたようにそっぽ向き始めた。

 その様子を見てネオが少しだけツヤツヤしたような表情になる。

 どうやらこれはユウトが思っていたケイが主導権を握っているパーティかと思えば、どちらかというとケイが振り回されているパーティに思えなくもなくなってきた。


 先ほどのやり取りで全てに噛みついて打ちのめされている。

 口下手であるが故に何も言い返さなかったのか、それともネオが言っていたことが本当に図星だったのか。

 それがどちらかはわからないが、少なくとも「このパーティの影の支配者はネオではないか?」とユウトが思うのは自然のことだった。


 ネオによって打ちのめされたケイがそっぽ向いて実質会話不参加っぽくなったので、少し話しやすい空気になったユウトはとりあえず無難な感想を述べる。


「仲が良いんだな」


「そうですね。まあ、どちらかというと私達が一方的に仲良くさせてもらっているという感じが近いですが」


「それはどういう?」


「簡単に言えば、私達は全員ケイちゃんに助け出された存在なんですよ。

 私達がこうして楽しくいられるのもケイちゃんが助けてくれたこそ。だから、常に楽しく人生を謳歌していなきゃおかしいんです。

 そして、私達は基本的に一人になろうとするケイちゃんの取り巻きみたいになって、ケイちゃんを一人にさせないようにしてるんですよ」


「余計なお世話だけどな」


 ネオの言葉にそっぽ向いたままのケイが言葉だけを告げる。

 その言葉にネオが初めて少し寂しそうに笑うとすぐに気を取り直して言葉を続ける。


「まあ、私達にはどうしてケイちゃんが一人でいようとするのかわからずじまいですが、それでも一人よりは二人、二人よりは複数と増えた方が楽しいと思うんですよ。

 私達は本来あの時尽きる命だったんです。ですが、ケイちゃんに余命を与えてもらったような感じなんです。

 だから、楽しく生きなきゃ損なんですよ」


 ネオは屈託のない笑顔でそう言ってのけた。

 その表情から伝わってくる「ここが自分達の居場所なのだと」本気でそう言っていることが。

 そしてまた、どこか必死感もあった。まるで自分達では本当の意味でまだケイを救えていないような感じで。


「私達は恩返しがしたい。ただそれだけなんです」


 その恩返しにどのような意味合いが含まれているかユウト達は知る由もない。

 しかし、“ケイを一人にしないこと”その一点だけを持っては真剣に言葉を告げているような気がした。

 ユウト達によっては何気なく聞いた質問だが、ネオ達からすれば重要なことみたいだ。

 とはいえ、どうしてそのようなことをまだあったばかりの自分達に言うのか。


「どうしてそのような話を?」


 ユウトは思い切って聞いてみた。

 これ以上は他人のプライバシーにかかわることなので、あまり土足で踏み入ってはいけない領域だ。

 しかし、その領域まであちら側が広げてくれているので、少しだけ興味を優先してみたのだ。

 その質問にネオがあっけらかんと答える。


「まあ、なんとなくですかね」


「なんとなく?」


「ネオの言葉は大体考えてないっす。だけど、その言葉を言う相手はほとんどが信用できる相手だったっす」


「まあ、危ういときもありますが、一言で言えば人を見る目があるのでしょうね。もっとも、調子に乗りやすく時折相手側の地雷を簡単に踏んでいくのが玉に瑕ですが」


「ちょっとちょっとー? それは褒めてるのかけなしているのかどっちなのー? もし後者だとすればとっちめてやるけどね!」


 温和そうで今まで一切の会話に入ってこなかったヤスとカイゼルが急にネオの話題に対してぶっこんできた。

 とはいえ、ネオは全く気にした様子はなくそのからかいもうまく流している。

 そして、同じく先ほどから全く会話に参加していないもう一人も。


「......ぷふっ、地雷女.....」


「ちょっとちょっと? ケイちゃん、聞こえてるからね? しかも、その言い方だと私がヤヴァイ女っぽく聞こえるじゃん。なんか美人局やってるような性悪女っぽくなってるじゃん」


「あながち間違ってねぇだろ」


「間違ってるよ! 私が一体いつどこでそれをしたのか言ってみてよ! ぜっっったいやってないから!」


 ネオに一泡吹かせられたことがよっぽど嬉しかったのかケイはけらけらと腹を抱えて笑う。

 その反応に対し、ケイも強い口調でツッコんでいるものの、そのやり取りにまんざらでもない様子だ。


 なるほど、人間性が真反対に見えてもしっかりパーティとして成立していて、しっかりと調和のとれた良いパーティのようだ。


 そんな4人の様子にユウトは「これが本来のパーティの姿なんだろうな」と感じた。

 簡単に言えば友達4人でネトゲをしたような感覚だ。

 内輪ネタでどこまでも楽しく笑ってやっていけ、そしてやる時には全員が協力してやる。

 そんな仲の良さがたった少しだけの会話でも十分に感じ取れるほどには良いパーティだと思った。


 すると、ひとしきり内輪ネタが終わったところで、ネオがあることに気付く。


「あ、そう言えば、これってまだ自己紹介の途中でしたよね? すみません、勝手に長々と話してしまって」


「別によい。そもそも脱線させた原因はわらわであるあし、それにお主達が互いを信頼し合っている良き存在であるということもな」


「竜人族の方にそう言ってもらえて光栄です」


 そして、ユウトとルゼアが簡単に自己紹介をした。といっても、ユウトの目的は告げずにほぼ名前だけの紹介になったが。

 すると、案の定というべき質問が返ってきた。


「それにしても、竜人族のルゼアさんが人族のユウトさんと一緒にいるなんて珍しいですね。竜人族は人族に利用されるの避けるためにあまり関わらないようにしているって聞いたこともありますが」


「それはだいぶ昔の考え方じゃな。昔はどの国も治安が悪く、それで力に秀でたわらわ達が戦争道具として利用されたが故にそういう話でかかわらんようにしていたが、今は別にどうこういう話ではない。

 それに竜人によっては自ら志願して利用されるぐらいの奴もおるからの。竜人国よりも明らかに発展して住みやすい環境になった人族に移住する竜人族も少なくはない」


「それじゃあ、ルゼアさんもそう言った理由でですか?」


「まあ、道中でいろいろあれど、最初にわらわが動き出した動機の中にはその理由も確かに含まれているじゃろうな。

 とはいえ、本来わらわは外出は許されぬ身なのじゃが、退屈すぎて飛び出してもうた」


「うわぁー、アグレッシブ」


 ルゼアは以外にも自分のことを赤裸々に話していく。ルゼアが山を下りた理由がそうであったなんてユウト自身も初めて聞く言葉だ。


「それじゃあ、いつユウトさんと出会ったんですか? というか、お二人はどういう関係で?」


「ちょっと、それはプライバシーじゃないっすか?」


「はあ、こういう男女の組み合わせがいると必ず聞きますよね」


「だって、気になるじゃないですか!」


 ネオは黒髪のツインテールをふりふり振り回すようにしてヤスとカイゼルの顔を交互に見る。

 しかし、本人は気付いていない。その意外に痛いそのペシンとする毛先がケイに当たっていることに。


「なんじゃ、お主? そんなにもわらわ達の関係性が気になるか?」


「はい、超気になります!」


 ネオの反応にルゼアがイタズラっぽい笑みを浮かべている。これは確実に何かを企んでいる時の顔だとユウトはすぐに察した。

 そして、心の中でネオに合唱を唱える。


「こう見えてわらわ達は恋人同士じゃ」


「なんと! いや、ここはやはりと言うべきですね。私のセンサーはばっちし捉えていました。それでそれで馴れ初めとかは?」


「馴れ初めとな.....」


 ルゼアはそう呟くと深刻そうな顔をする。まあ、端的に言えばそう演じているのだが。

 とはいえ、確かに馴れ初めは人が聞けば深刻そうにもなるような内容なのであながち間違ってはいない気がする。

 しかし、ルゼアの目的はあくまでからかうためであるが。


 急に空気が重くなった(させたに近い)ことにネオは思わず「え、まずったかな?」と目を泳がせ始めた。

 そして、その隣にいたケイとカイゼルがネオの肩にそれぞれ手を置くと告げる。


「「さすが地雷女(だな/ですね)」」


「ち、ちがうもんんん!」


 かわいそうな子を見るような目で見る2人、否、ヤスも含めて3人にネオは思わず抗議するが、空気がネオを負けに導いていく。

 しかし、ただ一人この状況に気付いていたユウトは「すまん、俺でも止められないんだ」と再び心の中で合唱した。

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