第5話 ステルス作戦

 ユウトとルゼアは兵士から得た情報をもとに道を進んでいくと牢獄の入り口近くへやって来た。

 幸い、その牢獄の近くには誰もいなかった。

 というよりも、ここまでくる道中で他の受刑者を見ることがなかった。


 牢獄に存在していたのは全てただの屍。


 骨からは傷跡のようなものは見られず、ルゼア曰く「わらわと同じで飯を抜きにされてたのだろう。それで餓死したのじゃな」とのことだ。


 劣悪以前に牢獄に入った時点で一種の処刑となっている状況にはユウトも若干の吐き気を催した。

 骨になった人物は何らかの形で国に反抗したのだろう。

 しかし、捕らえられ死ぬまで牢獄で放置された。

 いや、死んだ後も放置されているので、もはや存在ごとこの世から抹消されてるに等しい。


 だから、牢獄には人が少ない。それは単純に逆らえばどうなるかわかっているから。


 この惨状を他の一般市民が知っているかわからないが、ほとんど見ないということは何らかの形で見せしめがあったと思うのが普通か。


 故に、ほとんどいない牢獄に警備を回す者は少ないということなのだろう。


 ユウトが別の入り口からこの牢獄に入れたのも、ルゼアが脱獄して銃声まで鳴らしたのに兵士が一人だけしか増援に来なかったのはそう思えば筋道が通る。


 とはいえ、その状況は二人にとっては絶好の脱獄タイミングに他ならない。

 後はバレないように進むだけ。


「ルゼア、ステルスだぞ」


「わかっとる。心配せんでもわらわはに任せておけ」


 ユウトが念のために行っておくとルゼアは自信満々に返答した。

 しかし、ユウトにはその態度が妙に不安を煽る。フラグというかなんというか。


 周囲を確認して見えているドアに近づく。

 しかし、そのドアはドアノブがついているのにまるで動こうとしない。

 となれば、その扉を開ける鍵が必要なのだろう。そして、その鍵らしきものがすぐそばにある。


 それは長方形の台座に乗った水晶であった。

 恐らく、その水晶をどうにかしないと開けられないのだろう。


「ルゼア、壊すなよ」


「......そんなことするわけなかろう」


「なんだ今の間は?」


 ユウトにジト目を向けられるルゼアは一度咳払いをするとしゃべり始める。


「一先ず、この鍵をどうにかしないといけないわけじゃが、少なからずこのザル警備からしてセキュリティもそこまで高くはないじゃろうな」


「考えられるとしたら、そこに手を触れながら何かを唱えるとかだろうな」


「ふむ、その線が一番妥当かもな」


 ルゼアはその水晶に手を触れると魔力を流し込んだ。

 その瞬間、水晶は光輝き、途端に正面の扉がガチャンと音を立てて開いた。


「開いたの」


「ザル過ぎるだろう」


 ユウトは思わず先程までとのあまりの緊張感の違いにため息を吐いた。

 こちらにとっては好都合なのだが、「これでいいのか」と少しだけ思ってしまう。


 しかしそう思ったのもつかの間、ユウトがドアノブを捻りドアを開けた瞬間――――――目の前に兵士が立っていた。


「「!?」」


 ユウトと兵士は同時に驚く。

 どうやら、先ほどの扉を開けたのはルゼアというよりも、その兵士が開けたものらしい。

 その瞬間、ユウトの心臓は飛び跳ねる。


 咄嗟に出そうになった声を押し殺し、ベルトに引っかけていた魔法銃を手にかけ、後ろに下がりながら銃口を向ける。


 だが、それは兵士も同じで手に持っていた槍をユウトへと向けていた。

 ユウトは全てがまるでスローになったかのように周囲が動いているのを感じた。

 咄嗟ながらも構えた銃口は兵士の頭を捉えている。

 兵士はまだ僅かに振り下ろしている最中だ。


 ここで撃てば全てが決まる。

 そもそも魔法銃自体が撃てる可能性もわからないが、もし撃てたとすれば弾速的にユウトの攻撃が先に当たるのは確定だ。


 ユウトは魔法銃の引き金に指を引っかけるところまで来ていた。

 しかし、そこからが引けなかった。

 魔法銃が使えるのかという不安もさることながら、目の前の男を殺すのかと。

 迷っている暇はない。躊躇すれば殺されるのは自分だ。


 その時、ユウトに向かって声が投げかけられる。


「安心せい。お主が人を殺す必要はない。もっとも魔物ぐらいは殺せないとこの世界で生きるのはちと厳しいじゃろうがの」


「ぐふ―――――っ!」


 ユウトの視界の中で誰よりも素早く動き出したルゼアはそのその兵士の腹部に向かって右ストレートを決める。


 その瞬間、男はうめき声とともにその場に倒れた。

 ユウトはすぐに兵士に銃口を向けながらも、動かないことを確認しながら大きく深呼吸した。

 そして、自分自身の不甲斐なさを感じつつ、銃口を地面に向けた。


「そう気負う必要はない。お主はどうやら人を殺すということに酷く抵抗があるらしいの。

 それは生まれつきか、はたまた生まれた環境かどちらかはわからないが実に幸せな世界で暮らしていたと見える」


「まあ、な。誰かが誰かを殺したなんて情報はよく聞いたりしてたけど、こんなに身近に感じることはなかったかもな。

 だから、咄嗟だったのに指が動けなかった。

 殺されそうだったってのに、本当に俺は何やってんだろうな。

 ありがとう、助けてくれて」


「礼には及ばん。わらわは既に牢獄から出してもらうという大きな恩があるからの。

 じゃから、お主は無理に戦おうとせんでもよい。

 お主の目的は生きて妹を助けることなんじゃからな」


「ああ、そうだな。だけど、自分だけ囮になって俺を生かそうとするのはやめてくれよ?それじゃあ、生きても生きた心地しないからな」


「ふむ、承知したのじゃ」


 ルゼアはニコッと笑みを浮かべると軽く尻尾を振って見せる。

 これが恐らく百歳は超えているだろう人物とは思えない。恐るべきロリ竜人。


 二人は牢獄の扉を進んでいくと階段を上がった。

 そして、上がった先見えたのは鉄格子の扉であった。

 その扉の隙間からは廊下の様子が見え、右手側には3人の兵士がいて、左手側には2階に続く横幅の広い階段がある。


 しかし、その3人の兵士は何やら集まって話している様子で一向にその場から動こうとしない。

 鉄格子は最悪ルゼアにこじ開けてもらうにしても、階段を上る際に気付かれる可能性が高い。


 すると、ルゼアはユウトに「ここで待っておれ」と告げた瞬間、鉄格子を強引に押し開けて飛び出した。


「ちょいと眠っててもらおうかの」


 ルゼアはアグレッシブに3人に兵士に突っ込んでいくと一人に飛び蹴り、一人に尻尾の顎打ち、一人にアッパーカットを決めて即沈めた。


 ユウトは周囲を確認しながら鉄格子の隙間から出ると思わずルゼアに告げる。


「ルゼア、ステルスって言っただろ!?」


「じゃが、ああにも固まっていては動くに動けないではないか。それに全員落としてしまえばステルスじゃ」


 ルゼアはドヤ顔でそう告げる。

 そのことにユウトは思わずため息を吐きながらも、「確かに助かった」と告げるとすぐに移動を開始した。


 階段に近づくと2階に歩いていく兵士が見える。

 その兵士に気付かれないように下も警戒しつつ、しゃがみ姿勢でコソコソ上っていく。

 兵士が上がりきるのを確認すると再び階段を上っていき、角から目だけ出して周囲を確認する。

 やはり宝物庫の前は兵士が多い。


 宝物庫の前には二人の銃を持った兵士。

 その廊下を歩いている槍を持った兵士に、宝物庫がある方とは逆方向に立ち止まっている槍の兵士。

 すると、それを見た瞬間にルゼアが瞳を輝かせた。


 その目線が意味することはわかる。「全員倒してステルス作戦」だ。


 とはいえ、その作戦をするにも兵士の位置が悪い。

 兵士が4人近くに固まっていればルゼアによって速攻で落ちるのだが、宝物庫の方をルゼアがやるとしても、一人は兵士が余る。


 つまり「全員倒してステルス作戦」を完遂するためにはその一人をユウトが無力化する必要があるのだ。


 こればっかりはユウトもやらざるを得ない。

 存在がバレれば兵士がたくさん集まってきて、挙句の果てにあの犬の魔物までくるかもしれない。

 それを避けるためには覚悟を決めるしかない。


 その時、膝に手を付けていたユウトに手が重なった。当然、ルゼアだ。

 ルゼアはその表情に不安など一切見せずに告げる。


「お主ならやれる。そっちは任せたのじゃ」


「......ああ、任せろ」


 二人の間には妙な連帯感が生まれていた。

 きっと似たような状況下で、同じこの城から脱出するという目的があるからだろう。

 吊り橋効果とまではいかないが、そんな本来味わうことのない状況が二人の絆を作り上げる。


 ユウトは右手に持っている銃を見ると静かに深呼吸した。

 そして、ルゼアに「行くぞ」と告げ、コクリと頷き返されると阿吽の呼吸で同時に動き出した。


「何者だ!」


 ユウトの後方からそんな声が聞こえてくる。

 しかし、そっちにはルゼアがいる。心配することは何もないだろう。

 なら、自分にできることをするまで。


 ユウトの向かった兵士は階段の柵に寄り掛かり、のんきにあくびしている状態だった。

 だが、仲間の声に驚いて声がした方向に目を向けるとユウトが右手に銃を持って突っ込んでくる。


 兵士は素早く槍を構えるとユウトの右手に持つ銃を警戒した。

 そのせいかやや視線がそちらに集中する。

 それをユウトは利用して右手を思いっきり上げる。

 その動きに兵士は釣られて視線を銃に負わせた。


「おらああああ!」


 その瞬間、ユウトは銃を兵士の顔面に向かって投げた。

 兵士は突然の軌道に驚いたのか咄嗟に槍でガードする。

 その一瞬の隙にユウトは兵士を回り込むと片腕を兵士の首に回し、思いっきり締め上げた。


「ぐぬぬぬぬ!」


「あ、がっ、あがっ!」


 兵士は槍から手を離すとユウトの腕を掴む。

 そして、ユウトよりはるかに強い握力でユウトの手首を掴むと引き離そうと力を込めた。

 しかし、ユウトは意地で締めあげ、兵士が振り回す体から離れないように両足を胴体に巻きつけた。


 苦しさがピークに達してきたのか兵士は肘でユウトの脇腹を殴る。

 殴られるたびに鈍い痛みが脇腹に走るが、それに堪えながらさらに強く締め上げた。

 その瞬間、兵士は急に頭や腕をだらりとさせる。

 思わず殺してしまったかと思ったユウトであったが、首からは脈を感じるので気絶したらしい。


 それがわかるとユウトはどっと息を吐いた。

 まさか人生でステルスゲームのようなことを実体験でやる羽目になるとは思わなかった。

 上手くいくかは賭けだったが、なんとか賭けには勝ったようだ。


「お疲れ様じゃ、痛みはあるか?」


 声をかけてきたルゼアはサムズアップしながら、そう聞いてきた。


「ああ、疲れた。痛みは......大丈夫」


 ユウトも同じくサムズアップで返すと立ち上がり、宝物庫の方を見た。

 3人の兵士がキレイに伸びている。締め上げることに必死過ぎてわからなかったが、恐らく銃声はしてないのではないか?


 だとすると、兵士が銃を撃つよりも早くにルゼアは動いたことになる。2人もいたというのにもかかわらずだ。

 どうやら思っている以上に身体能力がおかしい存在はいるらしい。


 ユウトはそのカルチャーショックならぬワールドショックを感じながら、ルゼアお求めの宝物庫に向かった。


「すげー宝の山だ。まさにRPGの財宝」


 宝物庫の豪華な扉を開けると目の前には眩いほどの金属器が。

 まさに宝の山とも言うべき黄金の山が目の前に広がっていた。

 宝箱から溢れ出た金のネックレスや冠。宝石が埋め込まれた儀式用の剣に猫の像。

 まさしくいろいろなものがそこにはあった。


「とはいえ、恐らくこれはほんの一部じゃろうな。こんなあからさまな場所に置いておくということは魔王にとってあまり価値がないのじゃろう」


「なんて贅沢な野郎だ」


 ルゼアの返答にユウトの皮肉が漏れる。それだけのものに価値がないとはまるで思えない。

 その一方で、ルゼアはあまり満足げの様子ではなかった。

 というのも―――――


「てっきり炎竜神の指輪があったから他にもあったかと思ったがの......わらわの魔力に反応するものがないの」


「それが宝物庫に来たかった本当の理由か?」


「黙っていてすまなかったのじゃ。とはいえ、空振りとなるとここまで危険を冒した意味がないの。仕方ない、城から出た後の資金源でも調達するかの」


「それと脱出するようの武器な......主に俺のだけど」


 二人は急いで各々宝物庫を漁っていく。

 途中、ルゼアが緊張感もなく「わらわの黄金コーデはどうじゃ?」と意見を求める一幕もありつつ、漁っているとユウトは何かを見つけた。


 それはルビーのような赤い大きめな宝石が着いたペンダントだった。

 そのペンダントが妙に気になり、ユウトが触れた瞬間―――――光輝きだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る