第4話 あり得ない武器と生殺与奪
「そういえば、俺が今ハメてる指輪ってドラゴンの彫りがあるけど、これってルゼアに関係あるか?」
「あるかないかで言うなら、あるな」
「だったら、ルゼアが持っていた方が良いんじゃないか?
確かに、魔法が使えない俺が唯一使える武器なんだとしても、魔力を流すとかそんな未知の感覚わからないし、使える人が使った方が良いと思うんだが」
「確かに一理あるが、それはお主が持っておくべきものじゃ。
武器はいくつ持っていても損はない。それにまだ体内に巡る魔力がこの世界に適応していない可能性だってあるからな。わらわは素手でもやっていける」
「それはなんとなく理解してる」
ルゼアとユウトは暗がりの牢獄を警戒しながら足を進めていく。
途中いくつかの曲がり角をうねうねと進みながら、どこへ続いているかもわからない道をひたすらに歩く。
そんな先が見えない不安に駆られているユウトの一方で、ルゼアはまるで確信しているように歩いていた。
恐らく、ルゼアにはわかる何かがあるのだろう。
ユウトはそれをただ信じてついていく。
すると、ほのかに周囲を照し壁際についているランプのもとに人影を発見する。
その人影はまるで丸腰のように何も持っていない。
両手をぶらぶらとさせてこっちの方向へ向かってきている。
その様子を曲がり角の裏に隠れながらユウトとルゼアは観察していた。
「なあ、あいつを捕えてここの出口を吐かせよう」
「偉く強くな姿勢じゃな」
「相手が普通に俺を殺す気なら、こっちが捕まえるぐらいやっていいはずだ。
それにルゼアと二人なら俺が囮になってる間にルゼアが捕らえてくれそうだしな。
そして、こんな所からは早くおさらばして、妹を助け出す準備をしないと」
「なるほどな。いいじゃろ」
「決まりだな。なら、俺が飛び出すからすぐに来てくれ」
「待て、その判断はまだ早い!」
俺が角から飛び出して後ろを向いている兵士に向かおうとする。
すると、その気配を感じたのか魔族の兵士は驚いた様子で振り返った。
その時、兵士の右手が右太ももにスッと動く、そして何かを引き抜くとそれをこちらに向けた。
それは―――――銃口だった。
「避けろ!」
―――――パン
ルゼアの咄嗟に響き割った声で前のめりに地面へダイブして緊急回避。
そして、すぐに立ち上がって逃げ帰るようにルゼアのいる角裏に戻っていく。
その角には銃弾が見当たらず、ただ壁の一部を焦がしたような跡があった。
「どうしてこの世界に銃があるんだ!?」
ユウトは思わず小声でありながら、慌てふためいた様子でルゼアに聞いた。
ここは剣と魔法のファンタジーのはずだ。にもかかわらず、もとの世界でも最悪に物騒なものが存在してるじゃないか。
その質問にルゼアはあっけらかんとして答える。
「あるんじゃから仕方ないだろう」
「いや、ここは剣と魔法の世界じゃないのかってことだ」
「誰がそう決めたんじゃ? この世界には剣も魔法も銃もある。もっとも銃は最近の代物じゃがの」
「あんなのあったら魔法なんて必要ないだろ?」
「お主は魔法を勘違いしているようじゃが、魔力で使える物は何でも魔法じゃ。
そして、先ほどお主も見たろうにあれは魔法を射出する銃で安直に魔法銃というんじゃが、あれも魔力を媒介にして使うことが出来る魔道具の一つじゃ。まあ、杖には威力が劣るがの」
「杖に劣る? あれが?」
―――――パン
高速で火の玉が飛来し、角裏の少し手前で着弾する。
それは着弾した瞬間に一気に燃え上がるもすぐに鎮火した。
兵士はこちらに警戒した様子で銃口を向けたまま動こうとしない。
互いのにらみ合いだけが続いていく。
ルゼアは僅かに顔を出して様子を伺いながら、ユウトの質問に答える。
「銃は当然ながら遠距離魔導具に入る。
威力は中程度。まず一撃で死ぬことはないが、当たりどころが悪ければ当然死ぬ。
他の遠距離魔道具の杖や弓に比べると速度はダントツで速いのが特徴じゃ。
性能がいいものであれば連射が出来ると聞く。
しかしまあ、ある程度の熟練者だと普通に避けるしな」
「音速を避けるってすげぇな」
「音よりも速くは無かろうよ。
それで他の2つについても簡単に説明すると杖は高火力じゃが魔法による弾速は遅い。
しかし、範囲攻撃や同時攻撃という銃には出来ないことが出来る。他にもあるが、ともかくまともに当たれば即死確実じゃな。
そして、弓じゃが威力として一番弱い。なんせ物理攻撃じゃからな。
しかし、杖や銃に比べて射程距離がダントツで長い。杖は2番目かの。それから、厄介なのがほぼ無音じゃ―――――」
―――――ヒュン
「例えばこのようにな」
「なっ!?」
ルゼアは説明口調でありながら、サッと角裏に頭を引っ込めると突然飛来してきた矢を素手で捕らえた。
その素手で捕らえるという衝撃といつの間にか狙われていたという二重の驚きがユウトを襲う。
「どうやら先ほどの銃声音で仲間が駆け付けたようじゃな。
先ほど撃ったのはこちらへの威嚇でもあり、同時に仲間に空耳と勘違いさせないためじゃろう。
それにしても、なかなの射撃性じゃな。気づくのが遅ければ頭に矢が刺さっていたな」
ユウトは「それ以前に素手で捕まえてる時点で十分おかしい」という感想をグッと飲み込むとルゼアに聞いた。
「じゃあ、単純な火力で言えば杖>銃>弓で速度で言えば銃>弓>杖。それから、遠距離射撃性で言えば弓>杖>銃ってことなんだな?」
「まあ、そうでいいかの。それはそうと、これ以上仲間が集まってくるのは不味い。
かといって、突っ込んで頭でも当たればさすがのわらわも危ない可能性もあるからな。
お主よ、何かもっていないか?」
「何かって......あ!」
ユウトはその時、犬の魔物から逃げる時に使った白い宝石を思い出した。
それは使った瞬間にスタングレネードのように光と音で自分と同じぐらいの巨体の魔物の動きを封じた。
咄嗟にポケットを探ってみる。移動中も明りがわりに使ったし......あった。
「ルゼア、これを地面にぶつける。すると、光と音で相手の動きを封じるからその間にやってくれ」
「なるほど、光と音を食らうと人は動けなくなるというしの。うむ、任された」
「それじゃあ、いくぞ」
ユウトは右手に宝石を握りしめ、急に跳ね上がる心臓を深呼吸で落ち着かせる。
そして、意を決して角から飛び出すとその宝石を地面に向かって投げつけた。
銃を持った兵士とその後ろにいた弓をもった兵士がすぐさまユウトを標的に定める。
しかし、それらによってユウトが狙撃する前に地面に宝石がぶつかり、割れて、爆発した。
「「目があああああ!?」」
突然の光と音に二人の兵士はその場で動けなくなる。
その隙にルゼアは素早く走り出すと銃を持っていた兵士1人を腹パンで気絶させ、もう一人の両肩にチョップし脱臼させる。
その声に脱臼させられた兵士は痛みで叫び声を上げるが、すぐにルゼアに口を掴まれた。
そして、その兵士は未だに暗闇しか聞こえない視界に僅かしか聞こえない音の中で「静かにしろ」と冷たい声を確かに聞いた。
その指示に従うように兵士はゆっくりとうなづく。
「終わったのじゃ」
地面に伏せて耳も目も塞いでいたユウトはゆっくりと目を開けて、耳から両手を離すと立ち上がった。
「よし、それじゃあ、これから質問をするがいいかの?」
「わ、わかった」
ルゼアの言葉に兵士は震えた声で答える。
その様子を少し可哀そうに思ったユウトだったが、すぐにその気持ちを拭うように頭を振るう。
すると、ルゼアが質問を始めた。
「まずここの......この牢獄の出口を教えてくれんかの」
「こ、ここから真っ直ぐ言ったところに二手の分かれ道がある。
そこをみ、右手に曲がれば一本道があるからそこの突き当り――――――」
「砕かれたいか? この両腕を」
ルゼアは冷ややかな口調でそう告げた。
爬虫類のような黄色い縦に伸びた瞳孔はまるで標的に絡みついている蛇のよう。
いつでも殺せる。しかし、殺さないのはまだ利用価値があるからだ。
そんな生殺与奪の権をどちらが握っているのか一目でわかる状況に仲間であるはずのユウトも思わず背筋をゾワッとさせた。
普通に殺す気でいる。
あの魔王と同じように利用価値がなくなった瞬間にその兵士は殺される。
ユウトは直感的にそう思った。
兵士はカラカラな口を無理やり動かすように告げた。
「分かれ道を
そこを右手に曲がって歩いていれば出口が見えるはずだ」
「初めからそう言えばいいものの。まあ、お主にも魔王への忠誠心とかがあったんじゃろうな。
それで? どうしてそんな複雑な道をここはしておるんじゃ?」
「それはわからない。本当だ!」
「まあ、よいか。それじゃあ、もう一つの質問じゃ、宝物庫はどこにある?」
「そ、それを聞いてどうする―――――」
「質問はこちらがしておる。それにお主がその質問に質問に対する答え以外に答える必要はない。
もう一度聞くぞ? 宝物庫はどこにある?」
「二階の東側だ。牢獄を出てからすぐの階段を上ったところにある。俺はしゃべった。だから助けて―――――」
「ごくろう」
ルゼアは兵士の口元から手を離すと太く細長い尻尾で兵士の顎を弾いた。
その瞬間、脳が揺れた兵士はそのまま前のめりに倒れていく。
そして、「聞きたいことは聞けた」と満足げのルゼアはユウトに尋ねた。
「さて、これからどうする?」
「......あ、ああ、そうだな。取り合えずその聞き出した道から牢獄を出て宝物庫に―――――」
「違う。それもそうじゃが、こやつらをどうするかということじゃ」
「どうするって......」
質問の意図はハッキリと言われなくても理解している。
即ち殺すか殺さないか。
兵士は2人とも気絶している。幸いここに増援が来る様子はない。
殺してしまえば自分達の素性はバレない。
しかし、殺していいのかと思ってしまう。
「何を迷っておる。お主の妹はこの種族の王に攫われたのじゃろ?
これまでの経緯を話していたお主の顔はとても復讐したがっていた。
魔王とはいかないが、同じ種族であることには変わりない。
それにわらわ達が生きていることを知られれば今後とも狙われる危険性が高くなる。
むやみなリスクを背負う必要はないと思うが.....どうかの?」
「俺、は......」
ユウトは激しく逡巡する。
ルゼアの言っていることは最もだ。
こちらが生きていることがバレれば最悪妹にも被害が及んでしまうかもしれない。
それだけは絶対に避けなければいけないことだ。
しかし、倫理観が邪魔をする。
この世界では必要ならば殺すことも許容されるのだろう。
それはこの世界で生まれたなら決断できたかもしれない。
だが、ユウトは殺しは
その倫理に反する行動をとる行為がどうしてもできない。
仕方ないことだと踏ん切りをつけようとしてもどうしても頭に過ってくる。
答えがまとまらない。
殺すか殺さないか。
今後のリスクや動きやすさを考えれば圧倒的に前者なのは確かだ。
しかし、殺してしまったらただ享楽に自分を殺そうとした魔王と同じ土俵に立ってしまうような気がして嫌だった。
「俺は......」
ユウトは顔を俯かせ、拳を強く握る。
その様子をルゼアはただ黙って見つめるだけだった。
ユウトはその沈黙すら息苦しかった。
早く答えを出して楽になりたいとも思った。
嫌な話、殺すのは自分じゃなくてルゼアだとすら思った。
だが、自分の僅かに残る善良な部分がそれを全力で阻止する。
するとその時、沈黙を破ったのはルゼアだった。
「また顔が下を向いておるの。そんなに足元が怖いか?」
「......!」
ユウトは声に反応してゆっくりと顔を上げる。
すると、そこには先ほどの冷たい表情とは違う優し気に微笑むルゼアの姿があった。
「お主の心根を聞かせてくれないかの。わらわはありのままを受け止めようぞ」
その言葉にユウトは重たく閉ざした口を開いた。
「俺は......俺は殺したくない。たとえリスクを負おうとも。仕方なく殺してしまう場合だってあることはわかってる。だけど、むやみに殺したくはない」
「そっか.....その答えでわらわは安心したぞ。安直に『殺そう』とでも言えば幻滅しておった」
「た、試したのか!?」
ユウトは思わず声を荒げる。それに対して、ルゼアはサラっと答えた。
「別に試したわけではないが......まあ、捉え方によってはそうなるかの。
でも、わらわだって短い命をわざわざ散らしてしまうのは惜しいからそっちの回答の方が嬉しい。
というか、もっと単純に言えばわらわ好みじゃ。お主、着実にわらわのポイントを稼いでおるな~」
「からかうなって。行くぞ」
「|愛《う》いやつじゃの。頬を真っ赤に染めおって」
「うっさいって!」
ユウトは急に肩の力が抜けたと思ったら、今度は別の意味で意地を張った態度になっている。
そんな様子をイタズラっぽく笑いながら、ルゼアは魔力銃を回収してユウトに「一応持っておけ」と渡すと横を楽しそうに尻尾を振りながら歩いていった。
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