第3話 囚われの少女
「......君は誰だ?」
「それは結構こっちのセリフじゃと思うがの。普通ならお主のような人間はここにおらなんだ。
まあ、どうしておるのかは知らんが、ずっと退屈していたところなんじゃ。
話をせぬか? わらわと」
少女は自分が鎖で繋がれているにも関わらず、屈託のない笑みをそう告げる。
どうしてそんな様子で話せるのか気になったが、一先ず少女と話してみることにした。
「俺は番優斗。わけもわからずここにやって来た......なんといえばいいかな。別世界の人って感じだ」
「別世界? まあ、気になることはあるが、わらわも自己紹介しようかの。
わらわの名前は【ルゼア=ドラゴ=フォートリオン】というが、長いからルゼアでよい。その代わり、わらわもお主をユウトと呼ばせてもらう。
ところで、お主は先ほど『別世界からやってきた』と言っていたが、具体的にどういうことなのじゃ?」
「それは―――――」
ユウトは話すか迷った挙句に話すことにした。
これまでのほんの数十分前の悪夢のような惨劇を。
ただ平凡に暮らしていた日常を、当たり前が常態化していた幸せを、突然理不尽が全てを奪い去っていた。
詳細を話すユウトの顔には終始醜い面構えになっていた。
それは明確な殺意を持った表情。
実際に行動できるかは別だが、脳内であれば何度だって殺してる。
その表情と合わさって声もやや情が移ったように攻撃的な言葉が多かった。
それほどまでに自分達の全てが、そして大切な妹を攫われたことが悔しくて悔しくて悔しくてたまらなかった。
ユウトの発言で自身の手に力が入る。
強く握りしめ、爪が食い込みいつでも血が出てもおかしくないほどに。
そんなユウトの言葉をルゼアはただ黙って聞いていた。
表情は一変も変えずに目を閉じて、ユウトのありのままの言葉と感情を受け止めるように。
その表情は子供の言葉を聞く母親の表情にも似ていた。
そして、ユウトがこれまでの経緯を話し終えるとゆっくりと目を開けて返答する。
「辛かったじゃろうな。突然この世界に呼び出されたかと思いきや妹を攫われ、そしてお主は利用価値なしと判断されて魔物のエサか......やはりこの種族も随分と落ちぶれたものじゃ。その動機がなんであれ、そこまでするなんての。
もちろん、お主は妹を連れ戻したいのだろう?」
「当たり前だ。必ず妹は助け出す。だけど、今の俺じゃ何もできない。
だから、一先ず生きてこの建物から脱出する。それが今の目的だ」
「うむ、その切り替えに生きようとする意志。そして、自分が出来る目的を定めているのは実に見事じゃ。しっかりと前を向けておるな」
「向けていないさ。それに割り切れてなんかも全然ない。今でも自分の弱さを呪ってるところさ。
でも、妹を助けるには悲観的になってちゃ助けることは出来ない。
だから、無理やり前向きな姿勢でいるだけ」
「それでいいのじゃ。前なんて誰もが向いてるようで向いてない。常に足元を気にしておる。
ただ、見える世界が変わるというだけのことじゃ。
地面を見つめ続けるか、自分の周りの存在を見つめるか。その2つだったら後者の方がよいというだけのこと。
無理な前向きでも結構。それがお主の心の向きということじゃ」
「なんだかものすごく年上の人に諭されてる感じだな」
「当然じゃな。わらわはそんじょそこらの生き物より確実に生きている」
「え?」
その当たり前みたいな表情に思わず気が抜けた声を出すユウト。
いや、尻尾や角が生えてる時点で普通の人間とは違うんだろうし、異世界ネタの話ではそういう設定が多いと聞くが......本当に?
そう思いつつも、なんか後が怖そうなので年齢については尋ねないことにした。
それよりも今は脱出に専念しなければいけない。
ユウトは鉄格子に近づいて、ルゼアと目線を合わせると尋ねる。
「ルゼア、俺はここから抜け出したい。でも、俺だけじゃ不可能な気がする。
だから、一緒に脱出しよう。ルゼアもそのまま捕まっているのは嫌だろう?」
「まあな、かれこれ何十年と飯を食ってない。
低エネルギーモードであるからまだもうしばらく持つが、こんな機会を逃してまでここにいる理由はないからの。
それにわらわにはやるべきことがあるし......うむ、お主の提案に乗った。ここから脱出しようではないか」
ルゼアは見た目年齢相応らしくニコッと笑う。
その表情を見てユウトは頷き、告げた。
「ルゼア、ここら辺の近くに鍵を持った兵士を見たりしなかったか?」
「さあな。あんまし返答してくれないし、なんならいないことの方が多い。
気分を紛らわすために作った鼻歌の数も数千を超えるほどじゃしの。
そもそもそんなもの必要ない」
「必要ない? どういうことだ?」
「まあ、そう焦るな。こんな感じでも初めてに入るのかの? まあいい、お主よ怪我をしているだろう?」
「ああ、口内を切ったのかわからないけど、血を吐いた。初めての体験過ぎて今でも鮮明に味を思い出せるけど」
「なら、その味を塗り替えるほどの強烈を与えてやろう」
そういって、ルゼアは手をちょいちょいと動かして、ユウトを鉄格子に近づける。
「何言って――――――!?」
近づいたユウトが返答した瞬間、ルゼアは鉄格子の隙間から尻尾を出しそのままユウトの首を掴むとさらに引き寄せ、ルゼア自身も鎖を限界まで引き伸ばした状態で―――――ユウトの口を塞いだ。
「!?」
ユウトはルゼアの言った通り“強烈”なる衝撃で思考が停止した。
その間、ルゼアがユウトの口をこじ開け、舌でもってユウトの口内を舐っていく。
そして、十分に舐り終えるとそのまま銀糸を伸ばしながら、もとの位置に戻り舌なめずり。
ユウトは恥ずかしさも照れすらも感じることなく、ただ突然“襲われた”ことに未だにフリーズ。
しかし、辛うじて目と口は動いた。
「急に何を......!?」
「うむ、上質な血の味じゃ。少し興奮するの。それにお腹が減っていただけにちょびっと癖になりそうじゃ―――――ふんっ!」
軽口を叩きながら、ルゼアはその場に立つと限界まで張っていた鎖を力づくでぶち壊した。
ルゼアの手首と壁の拘束具を繋いでいた鎖はバヂンと激しい音を立てて千切れる。
そして、足元の錘と繋がっている鎖も手で引きちぎる。
そんな意味不明な光景が連続で続いていったことにユウトは一周回って冷静になった。
別の世界に来た時点でもとの世界の基準で推し量ってはいけないのかもしれない。
とはいえ、まだ完全になれていない今はただ無理やりありのままを飲み込んだ感じに等しいが。
そして、鉄格子も腕力だけでこじ開けるとスッとユウトの前に現れた。
「な、何ものなんだ.....?」
「ん? わらわは竜人族で巫女をしている。訳あってここに入っていたただの美少女じゃ」
ユウトの質問に対してあっけらかんとルゼアは答える。
うん、美少女なのは認めよう。しかし、それ以外がインフレし過ぎている気がするが。
と思っても、ユウトは口に出さない。
きっと常識がズレているのは自分の可能性の方が高いのだから。
そして、ルゼアが差し出した手を握ると引き上げてもらう。
まるで自分より大男に引き上げられた感じであった。なんとなく男としての悔しさが。
するとその時、ルゼアはユウトの右手の人差し指にハメられてる指輪に気付いた。
「お主、この指輪をどうしてつけておる!? というか、どこでそれを見つけたのじゃ!?」
先ほどの余裕のある態度とは違い慌てふためくような声。
その変化を不思議に思いながら、ユウトは指輪を見ながら答える。
「魔物に追いかけられてる時に無我夢中で入った部屋でたまたま。なんか直感的にあった方が良いと思ったから取った感じ」
「そうか。もしかしたら、炎竜神様のお導きかもしれんがな。それがこちらにあるということはまだ邪魔は出来そうじゃの」
「この指輪にはどんな効果があるんだ? そもそもこの世界のことを教えてくれ」
「それについては歩きながら話そうかの」
そう言うとルゼアは歩き出した。そして、その隣を歩くようにユウトも歩く。
それから、ルゼアは先ほどのユウトの質問に答えた。
「ここはエクスフィールという魔法がある世界じゃ。
その名前の由来は“始まりの大地”。遥か昔の言葉でそういうらしい」
「魔法......ということは、自在に炎が出せたり、風を操ったりとかできるのか?」
「うむ、その通り。とはいえ、相変わらず魔法がないのに魔法という概念が存在しているおかしな存在じゃなお主は」
「どうして俺の世界で魔法がない事を知ってるんだ?」
「それはお主が初めてじゃないからに決まっておろう。
わらわが世界を旅していたころには何人かお主と同じように別の世界から来た異世界人がおったわ。
その人物と話したことがあるからわかる。しかし、どうしてこうも別の世界のものがと思ったが.......まさか魔族も異世界召喚できたとはな」
ルゼアは予想外であったことに驚きながら、ため息を吐いた。
「ルゼアは竜人族で、あの魔王とか呼ばれてた男やその従者は魔族。他にもいるのか?」
「いるぞ。エルフ族、ドワーフ族、獣人族、魚人族、有翼族、ケットシー族、シルフィー族、人族といろいろとな。
それでいて、長年人族と魔族が交戦状態という感じじゃ。
大きな戦いというよりは小競り合いが続いているような感じじゃがの」
「なるほどな。そんなに多くの種族がいるのか......いや、俺の世界に比べれば圧倒的に少ないか。
それよりも、魔法があるってことは使えるってことだよな?」
「そうじゃの。魔力があれば使える。とはいえ、お主は魔法は使えなさそうじゃがの」
「え?」
ユウトは思わず歩みを止めた。そして、数歩前を歩くルゼアの後ろ姿を眺める。
すると、ルゼアは後ろ振りむき答えた。
「お主には魔力にその魔力回路があるものの、一番大事な魔力孔が開いていない。
それは本来外から魔力の元である魔素を吸収するために開かなければいけないが、それが開いていないのじゃ。
どうしてわかるのかというと、わらわには普通は見えない魔力が可視化できるからじゃ。
時折おるのじゃ、そういう者が。ただ異世界人であったのはお主が初めてじゃったけどな」
「ということは、俺には魔法が使えない.......」
ユウトは思わず表情を暗くさせる。
それは魔法という未知なるものが使えるという憧れもあったが、それ以上にこの世界で確実に大きな武器になるであろう魔法が使えないことに落ち込んだ。
魔王は不可視の攻撃をした。恐らく、あれが魔法による攻撃だろう。
きっと手加減されての攻撃で瀕死みたいな状態になった。
それを防げるのが魔法だとすれば、もはや魔王に勝つ手段が閉ざされたといっても過言ではない。
落ち込むユウトにルゼアはそっと近づくと片手でユウトの手を取った。
そして、もう片方でユウトの俯いた顔を上げる。
「安心なされ。お主は体内で魔力を生成できる特殊な体質のようじゃ。
ということは、逆に言えば無尽蔵に魔力をため込むことが出来るということ」
ルゼアはそっとユウトの右手を見る。
「それにお主の右手につけているその指輪。
これは魔力が使えない者だったり、魔法を強化したりする者が使う魔道具の上位互換。
はるか昔の超文明が作ったとされている伝説の魔道具であるアーティファクトなのじゃ。
それがあるならば、お主は魔法を使うことが出来る。妹を助け出すことも出来る。だから、安心なされ」
「これが......ありがとう。少し落ち着いた」
ユウトは少しだけ明るく笑ってみせるとお返しとばかりにルゼアも笑った。
そして、ルゼアは手を離すとそのまま振り返って歩き始める。
「それじゃあ、早くここから脱出しようかの―――――とその前に寄りたいところがある」
「どこだ?」
「なーに、脱出するにも武器がそれだけじゃ物足りん。じゃから、かっぱらいに行くのじゃよ」
ルゼアはイタズラっぽく笑った。
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