第2話 激走と出会い
「はあはあ......クソッ!」
「「ウォンウォン!」」
一体どれぐらい走っただろうか。
体感的にはとんでもなく長い時間を走った気がする。
しかし、ふと背後を振り向けば小さくなった巨大な扉が見えるだけで、相対的に追いかけて来る2匹の犬の魔物の大きさが増していく。
死ぬわけにはいかない。
ユウトはただその一心で走った。
魔王に一発食らわされたダメージがかなり尾を引いているが、もはやそんな痛みを気にして体を動かしていればすぐに追いつかれてしまう。
あの魔物は自分よりも大きい。
それでいて、四足歩行の生き物は人間よりはるかに速く走れる。
もうすぐ後ろから魔物の荒っぽい息遣いが聞こえるような状況で、もがくように走り続ける。
どうしてこうなったのか。
何が起こったのか。
なぜ俺達なのか。
ここはどこなのか。
その疑問に答えは出ず、数ばかりが増えていく。
しかし、その疑問にまともに考える至高も与えられずに、今はもうとにかく生きたいだけだ。
ユウトが走っていく廊下の前方には十字路が見えてきた。
その十字路をとにかく走っていくと勢いをそのままに左に曲がって走り始めた。
もはや自分がどこにいるかなんてわかりもしない。
ただ魔物との距離を少しでも作りたかっただけだ。
呼吸も無我夢中だ。
長距離を走る時の呼吸法なんてわからない。
そもそも長距離を常に全力疾走している感じだ。持っていること自体が奇跡に等しい。
ただ口の中が乾く。正面から向かって来る空気をとにかく求めて呼吸しているので、喉もものすごく乾いている。
唾液が乾き、僅かに感じるのは血の味のみ。
ただ平凡な暮らしを退屈と思うこともあったが、ただ何事もなく暮らしていただけなのに。
今やその退屈な暮らしが一番の幸せだったと感じる。
「バウッバウッ!」
「......っ!」
距離が一向に空いている気がしない。
直線はダメだ。走力はあっちの方が上だ。確実に距離を詰められてお陀仏だ。
曲がり角をとにかく全力で走っていくんだ。
ユウトは途中壁際に飾られていた鎧の人形を倒しながら、角を曲がっていく。
もはやそれが意味を成しているとは思っていないが、やらないよりはマシという感じだ。
それで自分の生存確率が1パーセントでも上がるのなら、それに越したことはない。
「何の音だ.....!?」
「なっ!?」
その時、ユウトが曲がろうとした瞬間に角から槍を持った巡回中の兵士が現れた。
魔王と同じで褐色の肌をした悪魔のような角を生やした男だ。
その男にユウトは危うく衝突しかけたが、間一髪で躱すことが出来た。
そして、ユウトは思わずその兵士に伸ばしかけていた手を止めた。
それから、すぐにその手を引き戻し握り拳を作る。
わかっている。今、完全にこの男を囮に逃げようとしていたことに。
逃げることに必死過ぎて、助かるならと思って手を伸ばしていた。
その選択肢はあまりにも残虐だ。たとえ自分が生きるためであっても。
この連中らが自分達に何をしたかは知っている。
しかし、この男じゃない。
あくまで標的は顔を覚えた連中だけだ。
「早くその場から逃げろ!」
ユウトは半分かすれた声でそう告げた。
呼吸が乱れた。息が途端に苦しくなる。
咄嗟に告げたが、ユウトの声を聞いた男は怪訝な様子で見つめるばかりだ。
そのことにユウトは「急げ!」と走りながら遠ざかっていく男に告げるが――――
「ウァウ!」
「ああああああ!」
曲がり角から現れた2匹の魔物は勢を斜めにして曲がり角を速度を落とさずに攻略してくる。
そして、涎をまき散らし、飢えていたその2匹の魔物はその男に食らいついた。
ユウトは思わず目を背けた。助けることは出来なかった。
背後から聞こえてくる初めて聞く断末魔は耳に残りそうなほど嫌な声だった。
しかし、そのおかげか距離を作ることが出来た。
といっても、ほんのわずかな距離だが。
何が美味しそうなのか2匹の魔物はひたすらこちらを追いかけて来る。
口元にはびっしりと赤い血を口紅のように塗りたくって、牙には肉片のようなものが付いている。
「いい加減にしろよ!」
そう愚痴を吐こうとも当然聞いてくれる相手じゃない。
もっともそのような従順な生き物だったら、その飼い主ももっとまともだろう。
ペットが飼い主に似るのだとしたら、飼い主は最悪だ。
そして、その最悪な飼い主を自分は知っている。
あの憎たらしく嘲笑する顔がチラついて脳裏から離れようとしない。
妹をどういう目的で連れ去ったかは知らないが、自分を妹をこんな目にさせた報いは必ず受けてもらう。
そして、必ず妹を助け出す。
そのためにはあの魔物をどうにかしなければいけない。
ただ走っているだけじゃ、このまま追いつかれるのがオチだ。
どこかで何らかの方法で振り切らないといけない。
重たい足をこれまでにないほど動かしながら、とにかくスピードを落とさないことを意識する。
その時、やや薄暗い廊下に背後から仄かな光が刺し始めた。
それは希望の光なんかではなく、むしろその逆の命の灯火を表しているかのような―――――
「バウッ!」
「それはダメだろ!」
後ろから追いかける魔物の1匹が口から火の玉を作り出し、それをユウトに向かって射出した。
ユウトは咄嗟に横の壁を手で押して避ける。
すると、その壁とユウトの間から一瞬火傷しそうな痛みを感じさせながら、先ほどの火の玉が通り抜け正面の曲がり角の壁に着弾、発火した。
まるで爆発のような勢いで壊れた壁はその一部をユウトに飛ばす。
ユウトはそれを両腕のパーカーの裾を指先で掴んで、目以外を隠すように両腕で隠した。
その燃えている場所に突っ込むからだ。
その火を避けて通る時間など残されていない。
恐怖心を噛み殺しながら、曲がり角を曲がっていく。
しかし、曲がった直後に足元に転がっていた瓦礫に躓き、前方に大きく転がっていくように転倒した。
そのすぐ後ろから2匹の魔物が追ってきた。
曲がり角から顔を覗かせ、チャンスだとばかりに鋭い牙を突き立てようとする。
ユウトは起き上がって走り出すとそれを間一髪回避。
そして、わずかに開いている扉に咄嗟に入って、入り口のすぐ横にあった本がびっしり詰まった本棚を転倒させる。
「「ウォン! ウォンウォン! ウォン!」」
2匹の魔物がドンドンドンと扉に体当たりして突き破ろうとしてくる。
しかし、頑丈な扉と扉が開かないように本棚を倒したおかげかすぐには突破されなかった。
とはいえ、それも時間の問題。
ユウトは呼吸を整えると同時にすぐにその部屋の中を漁り始めた。
入ってた部屋は小さな書斎のような場所だ。
入って正面に大きめな机があり、その両端から壁に沿って本棚が並んでいる。
机には何か書き途中だったのか書きかけの文章と魔法陣が描かれていた。
そんなわけのわかならないものに割く思考も時間もない。
ユウトは何かこの現状を突破できる何かがないか引き出しを漁った。
すると、3つある引き出しの真ん中から白い宝石を2つ見つけた。
それを回収すると一番大きな3つ目の引き出しを開けようとする。
しかし、立て付けが悪いのか途中で止まって完全には開かない。
その時、隙間から何かアクセサリーのような何かを見つけた。
ユウトはそれを直感的にあった方が良いと感じ、自衛用で盾突けられていた槍の先を隙間に引っかけてテコの原理で開けようとする。
ドンドンドンと背後から大きな音が聞こえてくる。
何度もブルカられたのか扉が湾曲し始めていて、隙間から凶悪な魔物の顔がチラリと見える。
それは魔物側も同じでユウトの姿が見えるとより一層強く扉にぶつかり始めた。
ユウトはそのいつ扉が突破されてもおかしくない恐怖感に襲われながら、思いっきり槍をしならせる。
すると、ガコンッと下の引き出しが開いた。
そこに入っていたのは大事に布で包まれていたドラゴンが赤い宝石を咥えたようなデザインの指輪であった。
―――――ドガンッ!
その指輪を振るえる手で人差し指にハメた瞬間、扉が突き破られた。
そして、2匹の魔物がその扉を超えて来ようとする。
ユウトは咄嗟に回収した白い宝石の一つを魔物に向かって投げつける。
それは2匹の魔物の間を通り抜け、壁に当たると砕け散った。
その瞬間、宝石はギュイーンと激しい音と光を放った。
まるでスタングレネードのようなそれは宝石を思わず追った2匹の魔物の目と耳を一時的に潰した。
「クゥ―ン」と弱弱しくうずくまったその魔物を見て、ユウトはその魔物を超えて走り出す。
行先はどこでもいい。どうせわからない場所なのだから。
ただあの魔物からとにかく距離が離せればそれでよかった。
ユウトは途中で木の扉を見つけるとそこを通っていく。
螺旋階段のようでどこまでも下に続いていく。
まともに明りもないその階段はまるで闇の底へと続いていくように階段が続いていく。
足元はおろか、自分の手すら暗くて見えなくなっていく。
しかし、持ってきた白い宝石が僅かに光ってくれたのは幸いだったと言える。
結構下った。少なくともユウトは自分の現在地がわからなくなるほどには階段を下りた気がした。
しかし、階段はまだ続いていき、そう思ってしばらくして階段が無くなった。
突然無くなったので、少しコケ掛けたユウトであったが、何とかセーフ。
「ここどこだよ......」
そして、上を見ては真っ暗な闇を目の当たりにして、無我夢中に走ってきた自分を少し呪った。
それでも「あの魔物に襲われるよりはマシ」と切り替えると激しく鼓動する心臓を落ちつけながら、周囲を探索し始めた。
辺りには何もない。壁を触れるのもかなり嫌だが、見えないことには仕方がない。
そして、触れながら歩いていくとドアノブを見つけた。
そのドアノブに手をかけてゆっくり捻ると開いた。
そのことにかなり嫌な顔をするユウトであったが、慎重にドアを開けて進んでいく。
その場所は仄かに明るかった。洞窟のような地面を掘った穴だ。
遠くを見れば壁にランプのような照明器具がある。
その光に安心するが、同時に不安もよぎる。
明りがあるということは誰かがいるということ。
しかし、この場所から脱出するには進むしかない。
戻ればまた最悪の追いかけっこが始まってしまう。
ユウトは辺りを警戒しながら歩いていった。
そして、分かったことがここは牢獄であるということだ。
黒い鉄格子が隣同士に並んでいて、その鉄格子の壁には鎖と拘束具がある。
進んでいけば、その鉄格子の中に白骨化したものもあった。
こいつらに捕まったものは死ぬまで繋がれたままなのだろうか。
いや、もしかしたら散々死よりも辛い目にあってその上で放置されて死んだのかもしれない。
あの魔王のことだ。人をあんな狂暴なペットのエサにするぐらいだ。イカれてるに決まってる。
ユウトは途中兵士の声を聞いて、物陰に身を潜めながらあっているだろうと信じた道を進んでいく。
もう色々な衝撃を立て続けに食らってしまったせいか干からびた死体を見てもあまり驚かなくなった。
とはいえ、気持ち悪いことにはかわりないので、途中何度かえづいたが。
そして、進んでいくとふと不思議な音が聞こえてきた。
「~~~~♪」
鼻歌であった。しかも、若い感じの。
まるでここがお花畑であるかのようなそんな明るい音調。
その鼻歌に興味をもったユウトは周囲に警戒しつつ、その正体を確かめに行った。
すると、そこにいたのは―――――少女だった。
小学生とまではいかないが、中学2年生ぐらいの長い白銀髪が美しい小柄な少女。
土でだいぶ汚れた白いワンピースを着ていて裸足であった。
両手を壁にある拘束具の鎖で繋がれ、両足にも鎖に繋がった錘があった。
そして、何よりその少女には爬虫類のような黄色い目に赤い尻尾。
魔王とはまた違う上向きに凛々しい角が生えていた。
すると、ユウトの存在に気付いたのかその少女は話しかけてくる。
「ん? よもやこのような場所に珍しいお客さんじゃな。
いつもはしけた顔しかしていない兵士ばっかりじゃったというのに。
ほれ、少しこっちに来るのじゃ」
ユウトはその声に導かれるように移動していくと鉄格子を挟んで、その少女と向き合う。
するとまた、少女は告げた。
「どれ、わらわの話し相手になってくれぬか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます