魔法適正ゼロの最強転移者~魔法を凌ぐアーティファクトで最悪の未来を穿て!~
夜月紅輝
第1章 魔王城脱出
第1話 邪悪なる者達
「ねぇねぇ、兄やんアイス買ってよ。久々にさ。っていうか、お金持ってきてない」
「お前なぁ......その手口で一体俺がどれだけ奢ってきたと思ってんだ? 今月のお小遣いの8割はお前のアイス代で消えたぞ」
「それは言い過ぎ。自分の分も買ってるから6割だよ」
「半分超えてんじゃねぇか。ったく......それでハー〇ンダッツだろどうせ」
「何だかんだで甘いよね~。もしかして、シスコン? 妹愛に目覚めちゃった? 愛さえあれば妹でも関係ない?」
「買わんぞ」
「うそうそ、やめて。冗談だからー。そんなちょっとマジトーンで言うのやめて」
【
それは短い髪をフワリと揺らし、いたずらっぽい笑みを浮かべる妹の【紗良】の昔っから変わらない調子のいい言葉だからだ。
昔は引っ込み思案で自分の後についてきて、少しでも離れると泣いてしまうような可愛げがあった妹が15年も経ったこんな小生意気になるとは......年を取るのは早いものだ。
といっても、自分もまだ17歳なので全くもって言えるセリフではないが。
ユウトは昔の妹と今の妹を比べ、鼠色のパーカーのポケットに手を突っ込んで再びため息。
その行動に淡い薄ベージュのフリルの服を着た体を大きく動かしながら、「またため息吐いたー!」とサラが慌ただしく告げる。
現在、二人はコンビニ向かうために夜の住宅街へと向かっている。
いつもと変わらない妹のおねだりだ。
もう十数回目となっているが、その度にいろいろ言っては結局買ってしまっている。
妹に言われた通り本当に甘いのかもしれない。
もっともわかっているなら自重して欲しいところだが。
いつもと変わらない日常の風景。
もう何度目か通った夜の道。
街灯も等間隔で照らして、その光に集まるように昆虫が飛び交う。
やや肌寒くも、スッと鼻から通っていく空気や吹くと寒い風も季節の変わり目を教えてくれる。
そんな唐突な日々が、突然失われた。
「うわぁ!? なに、なんか光った!?」
「うぉっ!? 足元が突然光り出した!?」
ユウトとサラは同時に二人を囲むようにして光り出した足に目を向ける。
その光は直径1メートルはありそうな円で、白く光っているため見ずらいが何かが書かれているような気がする。
ユウトはその日突然現れた光に身の毛もよだつ感覚を覚えた。
「走れ!」
「え、あ、うん!」
咄嗟にサラの手首を掴んで走り出す。
しかし、そのコンマ数秒の遅い動きがあまりにも酷い現実を突きつけることになった。
******
「――――――して、どうだ? その二人は?」
「女の方は適性があると思います。男の方は適正こそありますが―――――」
「そうか。なら、その女だけ連れてこい。男は魔物のエサにでもしておけ」
「御意」
渋い男の声と若い男の声が聞こえてくる。
どのような話かは分からないし、自分の状況すらわからない。
しかし、なんとなくはすぐに理解した。
自分は寝そべっていて、しばらくの間寝ていたような感覚が。
ユウトは「うぅ」と軽くうめき声を上げながら、ゆっくりと目を開けた。
頬が何かに触れている。痛くないし、何か柔らかい......これは床?
ユウトは床に両手を立て、ゆっくりと体を起き上がらせる。
そして、僅かに霞んだ視界で周囲を見渡した。
自分は赤いカーペットの上にいる。
そして、両端には天井を支える6本の支柱と槍を持った黒い鎧をまとった兵士が両端にカーペットと平行に十数人と並んでいる。
さらに、その兵士達の前に6人の角の生えた褐色の男女が並んでいる。
年齢も髪の色もバラバラだ。
人によっては「3」やら「5」やら首や頭、手の甲と数字がついている。
それが何をいみするかわからない。しかし、わかることもある。
ここは全く知らないどこかであると。
だが、それ以上に俺の思考を惑わせたのは全く知らない場所でも、知らない人達でもなく、正面に立つ大層な装飾品と反り返った角のついた肩当てのマントを着ている男。
俺の正面に座る、威厳のある男が小脇に抱えているのは――――――妹のサラであった。
「サラ!」
「ん? どうやら起きたようだな。哀れなエサが」
ユウトは思わず叫んだ。
すると、サラを抱えている男が嘲笑気味にそう告げる。
年齢は30代ぐらいで、顎髭を蓄えた渋い顔の男だ。そして、その男から何か言い得ぬ気迫を感じる。
その時、隣に立っていたタキシードに似た若い男が渋い男に進言する。
「魔王様、先ほどこの者を魔物のエサにするといっていましたが、そういえば魔道具部門が実験サンプルが足りないと申しておりました」
「魔王様、ワシからも一言よろしいかの?」
そう言って魔王様の正面に立ち、そのまま膝まづいたのは白髪頭の老人。
普通に立って話しかけている若い男は渋い男の側近らしい。
ということは、あの老人よりも立場が上ということか?
いや、それよりも気になる言葉が明らかにあった。
「魔王様」―――――まるでおとぎ話、それこそ最近ライトノベルで流行っている異世界での悪役の親玉みたいな言われ方をしている。
ライトノベル自体にはあまり興味なかったが、それがどういう存在かはそう言った話に関わらず知っている。
なんだ......ここは? どうしてこんな所に俺達がいるんだ!?
「ワシの実験サンプルは薬に耐えうる強力な容器が必要でございます。先ほど『適正はある』と言っていたので、容器として適していると思い是非欲しいと思っております」
「ふむ......まあ、俺にはどちらでもいいことだ。しかし、本当に器として利用できるか確認しないと意味がない。もちろん、この小娘もな」
「待て! 妹をどうする気だ!」
考えるよりも先に言葉が出た。
こんな状況になっていることも、どうして俺達がこんなめに合わないといけないのかも全く分からない。
ただ、あいつらが危ないことは確かだ。
だとしたら、サラを救出してここから逃げるしかない!
ユウトは混乱している頭を妹救出にシフトさせた。
そして、若干笑っている両膝を両手で押さえながら立ち上がる。
すると、魔王はサッと右手を振り上げて、老人を引かせた。
魔王はサラを抱えたまま立ち上がり、歩き出す。
その瞬間、側近含めて近くにいた6人の男たちが膝を床につける。
赤いカーペットを歩いて7人の従者の間を通っていくと少ししたところで止まった。
「取り返したければ来い。それがお前に出来ればな」
「くっ......うおおおおおぉぉぉぉ!」
挑発されている。舐めくさっている。
それでもユウトは動き出した。いや、それは舐めているからこそ。
魔王自らが相手に来た。その油断を突くことが出来れば取り戻せるかもしれない。
ユウトはもはやその一心も猛然と走り出した。
策はある。だが、当然無謀だ。
それでも、無茶でも妹を取り戻すためだ。やるしかない。
そして、早くこんな場所から逃げるんだ!
「ほう、向かってきたか。だが、それは勇者とは呼ばない―――――蛮勇と呼ぶんだ」
ユウトは咄嗟にポケットから取り出したスマホを魔王に向かって投げつけた。
それは真っ直ぐ魔王の首元に向かっていき、魔王がそれを腕で払う。
―――――チャンスだ
魔王はスマホを払うために片腕を使った。
そして、もう片方がサラを抱えている。
距離も十分近づいたところで投げた。
このまま飛び込んでいけばサラを取り戻せ――――――
「触れるな下賤が」
「ぐふっ!」
その瞬間、気が付けば魔王の腕は元の位置に戻っていて、尚且つ手のひらをユウトに向けていた。
そして、その手のひらから緑の魔法陣を浮かび上がらせ、何かがユウトの腹部を鋭く打ち付けた。
ユウトは突然の衝撃に息を漏らすとそのまま背後にあった5メートルもありそうな両開きの荘厳なドアに背中から打ち付けられる。
その衝撃でユウトは強制的に肺の空気を吐き出させられ、同時に口の中に血の味を感じた。
与えられたのはたった一撃。得体の知れない何か。
それ以前に自分のやった行動はまるで無意味であることを見せるつけるように魔王はやってみせた。
体の全身が痛い。少しでも動かせば激痛が走る。
上手く力が入らなくて、呼吸が浅くなる。
意識もなく体が小刻みに震えている。
僅かに視界も霞んでいる。
そんな満身創痍なユウトに魔王は飽きれて告げた。
「ダメだ。あれは恐らくお前の器に足りえん。エサとして処理する。異論はないな?」
「魔王様がそうおっしゃるのであれば。もっとも、せっかく適正個体と血縁者であるにも関わらず、あのような軟弱さは残念でありますが」
「ああ、俺も少しは骨のある奴を期待していたがな。そうなると、この小娘もあまり期待しない方が良いな」
「何を.......する、気だ? 紗良を.....返せよ......」
ユウトは背中の扉に寄り掛かりながら、歯を食いしばって痛みに耐えつつ立ち上がる。
血が流れたことで興奮して僅かにアドレナリンがでているせいか、意識さえ保てれば動ける。
そして、口から絞り出すように尋ねた。
それに対して、魔王ではなく側近の男が告げた。
「お前には知る必要のない事だ。どうせ死ぬのだからな」
「ああ、その通りだ。この小娘はありがたく使わせてもらうぞ」
「ま、待て......!」
ユウトは咄嗟に手を伸ばす。
しかし、まだダメージが大きいのか足が震えるだけで前に出ない。
その時、サラが「うぅ」と僅かなうめき声を上げて目を覚ました。
そして、自分の置かれている状況をすぐに理解すると遠くに見えるユウトに向かって「お兄ちゃん!」と叫ぶ。
サラが本気で困っている時や焦っている状況で出る言葉だ。
すると、魔王はサラを抱えた腕の近くに黒い渦を作り出した。
まるで異次元の入り口のようなそれにサラを投げ入れる。
その瞬間、サラが必死に届きもしない腕を伸ばして助けを求めようとしている姿が目に焼き付けられる。
「お兄ちゃん!」
「サラああああぁぁぁぁ!」
ユウトの叫びが広い室内にこだまする。
しかし、その声はただ虚しさを増長させるばかりで、聞こえ帰って来るのは魔王の嘲笑う声。
「お前のような人間の絶望に満ちた声というのは実に愉快なものだ。
もっともそれはお前の弱さ故に招いた悲劇だ。恨むなら自分を恨め」
魔王はケラケラと笑う。
ユウトは魔王を睨みつけるも何もすることが出来ない。
そんな自分にもイラつく。
すると、魔王は言葉を続ける。
「それはそうと、最近俺のペットが肥満気味でな。痩せさせようと食事を抜いていたら、すっかり飢えてしまったのだよ」
「......!」
そう言って魔王は足元のすぐ近くからオレンジ色の魔法陣を作り出し、その魔法陣から二体の魔物を召喚した。
その魔物は身長2メートルは優にありそうなドーベルマンにも似た犬の魔物。
牙を剥き出しにして、喉を唸らせ、先が三角になっている鞭のような尻尾をブンブンと振り回す。
その魔物の口元から涎がポタッポタッと流れ出ていて、カーペットを涎で濡らしていく。
もうユウトを食事と思っているのは一目瞭然だ。
それでもすぐに襲いにかからないのは魔王への忠誠心か。
「開けろ」
魔王はそう告げるとユウトの背後の巨大な扉がギギギッと音を立てて動き始めた。
その扉の先には廊下が続いていて、何個所かに曲がり角が見える。
ユウトはもう心が震えていた。
これから何が起こるかは考えなくてもわかった。
止まっているのに心臓が激しく脈打ち、それでいて血の気が引いていくを感じる。
「ウァウッ!」
「!」
一匹の魔物が吠えた。
その声にユウトは思わず少しだけ廊下に向けていた視線を元に戻す。
「待て。まだだ。『よし』と言っただ。どうやら血のニオイに興奮しているみたいだな。
こんなにも食事にありつきたくて仕方がない愛犬をそのままにしておくのは忍びないな。」
「......っ」
ユウトはゆっくりと後ずさりをしていく。
少しでも距離を取るために。
すぐに逃げ出さないのは動いた瞬間に魔王に何かされると思ったからだ。
「“よし”それじゃあ、そろそろ――――――」
「「ウォン!」」
魔王は言葉を告げようとした瞬間、「よし」という言葉に反応した魔物が走り出した。
ユウトはそのことに驚き、考えるよりも早く後ろを向いて走り出した。
その時、ユウトは確かに聞いた。
「すまんすまん、
「クソがアアアアァァァァ!」
顔は見えない。しかし、確実に「うっかり」ではない口調でそう告げた。
嵌められた。
こっちが相手の動きを警戒していることを読まれて、それでいて舐めくさった態度で始めやがった。
「さあ、いつまで生きていられるか面白い興の始まりだ。せいぜい俺の愛犬の運動不足解消に付き合ってくれよ?」
魔王は盛大に笑う。その笑い声につられるように7人の従者も笑い、周りの兵士も笑った。
ユウトは後ろを振り向く。
それは後ろから迫りくる2匹の魔物との距離を測るためでもあり、同時に
「必ず助ける」
そう誓いながらユウトはまずは生き延びるために重たい体を走らせた。
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