第7話 脱出と別れ

「着いた。ここが俺達の最後の場所だ。一蓮托生でいこう、ルゼア」


「当たり前じゃ。必ず二人で逃げ延びようぞ」


 ユウトは長い螺旋階段を下り終えるとドアノブに手をかけた。

 その場所が古びた地図に示されている魔王城の地下施設だ。

 とはいえ、もっぱらただの水道管理場所で恐らく川の一部を水魔法の魔道具によってダムのように溜めているのだ。

 もっと端的に言えば下水道と言うべきか。


 その場所の唯一の出入り口にやって来た二人はすぐに扉を開けて入らない。

 僅かに開けて、そこから中の様子を見る。

 もちろん、隠し扉が他の兵士にバレて増援を呼ばれるまでの時間との勝負だ。


 隙間から見える開けた空間に人の姿が見えない。

 ただ明るく灯されていて、中からは人の話し声が聞こえるばかり。少なからず最低2人以上は確定となった。

 ユウトは銃を両手で握り、緊張で激しく暴れ出そうとする心臓をどうにか鎮める。

 そして、僅かにルゼアに目配せして、頷きが返ってくると慎重に扉を開けた。


 二人の兵士はこちらの存在に気付くこともなく、歩きながらしゃべっている。

 それは丁度奥へと進んでいるようで無警戒にも程があった。

 しかし、当然だろう。魔王城で隠し扉まで使っている場所に侵入者が入るわけないし、そもそも地下空間の存在に気付くはずがない。


 だが、そんな最悪が現に二人の兵士に起こっていることをまだ二人は知らない。


「行くぞ」


「うむ」


 そろそろ最初に寝かした牢獄の兵士が起きているかもしれない。

 時間はきっと自分が思っているほど残ってはいないだろう。

 そう考えたユウトは手に持った銃を胸のすぐ近くに引き寄せて、扉をタックルしながら押し入った。

 すぐに周囲を確認する。他に人はいない。

 そして、すぐにその二人の兵士に迫ったユウトとルゼアは後ろから「動くな」と警告する。


 ユウトは銃を一人の兵士に突きつけ、ルゼアは尻尾を首に巻きつけている。

 その突然のことに兵士二人は固まり、二人の警告通りにその場に固まる。

 そして、「両手を頭に組んで膝を地面につけて」とユウトが指示するとそれ通りに兵士二人は動いた。


「俺達の質問だけに答えろ。それ以外で回答したり、動いたらすぐに撃つぞ」


 当然ただの脅しだ。ただし、余裕はあまりない。

 そのどこか切羽詰まったしゃべりが逆にリアリティがあったのか兵士二人は静かにうなづいた。

 そして、ルゼアが質問する。


「ここにある水道管理の魔道具はどこにある?」


「こ、ここから少し移動した場所の右手に橋がある。その橋を渡って正面の扉を行った先にある」


「よく嘘つかずに言ったのじゃ。特別に目覚める眠りで許してやろうぞ」


 そう言うとユウトは魔法銃のグリップで首の付け根を殴り、ルゼアはそのまま尻尾で首を絞めて気絶させた。


 そして、ユウト達は知り得た情報をもとに動き出す。

 その時、ユウトはふと呟いた。


「なんで、この世界は銃を実弾にしなかったんだろうな」


「ん? それがどうかしたかの?」


「いや、単純な疑問で」


「それは前に言ったと思うがの。『コスト削減』であると。

 この世界では金属というものは貴重じゃ。魔石に比べれば産出量は一段と劣る。

 故に、弾という形にして無駄にするよりも、城壁とか鎧とかもっと他に回せるものがあるじゃろということになったのじゃ。

 それに魔法には魔法特有の干渉力というものが存在しておる」


「干渉力?」


「いわば毒を持って毒を制すって感じに近いかの。

 魔法と物理ではどうしても魔法の方が防御面で有利に立つ。

 それは魔法に魔法のもとで空気中にも存在しておる魔素が互いの干渉力を弱めるからじゃ。

 しかし、物理攻撃に対しての魔法はそうはゆかん。

 この世界はほぼ99パーセントが魔力を持っていて98パーセントが魔法を使える。

 実弾銃と魔法銃のどちらの方がいいかはもはや言わぬでもわかるだろう」


「だけど、魔法を剣で斬るなんてこともあるんじゃないか?」


「ああ、あるの。それは大抵剣を作る工程で魔石を練り込んでいるからじゃ。

 魔石は魔素の結晶体。じゃから、切り裂くことが出来る。

 そう聞けばお主は『弾に魔石入りは出来ないのか?』と聞いてくるじゃろうから、先に言っておくと今の技術じゃ不可能じゃ。

 モノづくりの匠であるドワーフがお手上げじゃからな」


「エスパーかよ」


「なんだかお主のことなら読めてきた気がするのじゃ――――っと敵じゃ」


 ユウト達が橋の前に差し掛かると犬の魔物が現れた。

 魔王のペットよりも小ぶりで、普通の大型犬のようだ。

 数は5匹。そして、こちらに敵意剥き出して唸っている。

 すると、ユウトに向かってルゼアが言葉を投げかけた


「お主よ、魔物は下手に生かして置くと後が厄介じゃ。だから、ここで方をつけたい」


「けど、俺の銃は殺せないんじゃなかったのか?」


「ああ、言ったの。じゃが、それはお主が殺すことにためらいを持っていることを知っていたからじゃ。

 そう言えば、お主は無意識にセーブして、人に向かって撃ったとしても殺すことはない。

 それにわらわも相手が人だけと思っておったからそう言ったが......そうもいかん状況になった。

 じゃから、殺す気で撃て。生かすも殺すもお主の気持ち次第じゃ。とはいえ、魔物すら撃てないならこの先で生きるのは厳しいの」


「わかったよ。俺も妹を助けるためには生きなきゃなんねぇし、この環境に無理やり適応してやるさ!」


「その息じゃ。それ、来るぞ」


 そうして、ユウトとルゼアは動きだした。

 ユウトは出来るだけ相手から距離を取りつつ、ルゼアは逆に敵を引きつけるように突っ込んでいった。

 基本ルゼアの打撃が致命傷、または重傷を負わせていき、その生き残った魔物をユウトが狙いを定めて撃つ。


 自然とルゼアが前方から、ユウトが後方から攻撃して確実に魔物を倒すという連携が出来上がっていた。

 互いの動きを出来る限り邪魔しないように、それでいて敵には攻撃を当てる。


 その連携のおかげか戦闘はすぐに終了した。なんだか少し拍子抜けの気分でもある。

 しかし、急いだほうがいいかもしれない。

 今の銃声音で橋の反対側にいた兵士がこちらにやってくる可能性があるから。

 とはいえ、ここで問題が一つ発生した。


 橋が折れているのだ。正確に言えば繋がっていない。

 いわば船を通すことが出来る橋のように真ん中で二つに分かれているのだ。

 その橋の下には地下水が流れているが、ルゼア曰く「地下水は二手に分かれていて、この場所から流れていくと魔王城の正面近くに辿り着く」とのことだ。


 一刻も早く離れたいユウト達は多少リスクを冒してでも奥を選ぶことを選択した。

 せっかく逃げ出したのにまた魔王城近くにやってきて、兵士に追われるようじゃ息つく暇も出来ないから。


 ユウトとルゼアは周囲を観察する。

 すると、橋の両端から少し離れた所にクランクのくっついた二つの魔道具を見つけた。

 そのクランクにそれぞれ分かれて同時に回していく。

 その瞬間、ゴゴゴゴと鈍い音を鳴らしながら橋がゆっくり下がっていき、橋が架かった。


「やったのじゃ」


「そうだな」


 ルゼアがまるで幼い子供のようにハイタッチを求めてきたので、ユウトはそれに答える。

 そして、すぐに移動を開始していくと正面の扉を抜けて、狭い通路を抜けながらもう一つの地下水が流れる場所にやってきた。


「だ、誰だ!」


「お主よ、ゆくぞ」


「おう!」


 扉を勢いよく開けて飛び出してくるとそこにいた2人の兵士が反応した。

 人数の少なさはここに対する警戒度の低さとも言えよう。

 しかし、その状況はユウト達にはむしろ好都合と言える。

 なので、この好機に思う存分甘えさせてもらうことにしよう。


 ユウトは先制して魔弾を放った。しかし、射線が僅かにずれて兵士の一人を掠める。

 すると、今度はその兵士が腰から抜いた銃で攻撃してきた。

 その銃弾は白い煙を纏わせていて、ユウトがその場から横に転がって避けると着弾した瞬間に氷の結晶が出来上がった。


 それは小さ目であったが、相手の片足を固めるには十分であった。

 ということは、相手は氷魔法を媒介にして魔法を撃ってるということだ。

 1発目で狙いに行かず、確実に動きを止めたうえで2発目で確実に仕留める。

 自分よりも明らかに銃の扱い方を知っている人の戦い方だ。


 しかし、止まっているのを撃つのと動いているのを撃つのは相当に違うはず!


 ユウトは走りながら魔弾を連射していく。

 殺さない銃弾――――ゴム弾のようなそれは兵士の体をまんべんなく狙った。

 とはいえ、狙ったのは自分が最初に魔弾を撃った兵士ではなく、その隣にいるもうルゼアと戦っているもう一人の兵士。


 その兵士はその魔弾に気付くと横に転がって避けていく。

 しかし、その先には高い身体能力で攻撃を躱し続けたルゼアの姿がすぐ近くにあった。

 そして、ルゼアは足元近くにやってきた兵士の顎を蹴り上げる。

 すると、兵士は咄嗟に近くにやって来たルゼアに向かって銃口を向けた。


 その隙をユウトは逃さなかった。

 しゃがんだ状態でしっかりと標的を見据えながら魔弾を放つ。

 すると、その魔弾は真っ直ぐ高速で飛んでいきながら、兵士の太ももに着弾する。

 その突然の痛みに兵士の銃口がブレた。

 その刹那の間にルゼアが銃を右手で押さえると左手で完璧なボディブロー。


「やったな」


 ユウトは安堵の息を吐きながら、立ち上がるとルゼアに向かってゆっくりと動き出す。

 その瞬間、ルゼアは叫んだ。


「まだじゃ! その場からすぐに離れよ!」


「「ガウガウッ!」」


「......!」


 扉を勢いよく突き破ってきたのは二匹の巨大な犬の魔物。

 当然、最初にユウトを苦しめた魔王のペットである。

 どうやらニオイを追ってここまでやってきたらしい。何としつこい奴だ。


「この魔物......お主に相当ご執心のようじゃが何かしたか?」


「振り切る時に閃光をやった」


「恐らく、それが原因じゃな。怒り狂っておる」


「......なるほど、魔物を活かしておくと後で厄介という意味がようやく理解できた」


 ユウトはこのタイミングでこの魔物が現れたことに歯噛みした。

 あとちょっとで脱出というのになんともタイミングが悪い。

 あの時は逃げるのに精いっぱいだったとはいえ、今ならもっとどうにかする方法があったのではないかと思うばかりだ。


 するとここで、ルゼアがそっと言葉を告げた。


「お主よ、先に行っておれ。この相手はお主には分が悪い。ここはわらわが時間を稼ぐ。必ず追いつくから待っておれ」


 その言葉にユウトはハッキリとした言葉で告げた。


「断る! その言葉は古来より死亡フラグとして語り継がれてんだ。

 確かに俺には妹を助けるという目的がある。しかし、それは断じてルゼアを見捨てていい理由にはならない。

 それに俺は男だ。女の子に自分の身を任せて安全地に一人なんて逃げるなんてことは出来ない」


「わらわを女の子扱いとは......ククク、お主よ本気で我を惚れさせる気か?」


「なんとでも言え。逃げだすよりはそっちの方が良い」


「ククク、そうか。なら、わらわの好感度をこれ以上下げさせることのないようにな!」


「やってやらぁ!」


 ユウトは魔弾を一気に6発を一体の魔物に連射していく。

 しかし、その魔物はその場から素早く避けると高速でユウトに向かって飛びこんでくる。

 その軌道を予測しながら、ユウトは横に移動。

 しかし、もう一体の魔物がすぐ近くで牙を剥き出しにして迫っていた。


「わらわのに手を出すでないわ!」


 だが、その魔物の攻撃が届く前にルゼアが横っ腹を思いっきり殴った。

 それによって、攻撃がキャンセルされた隙にユウトは立ち上がるとすぐ近くの自分に飛びかかってきた魔物に銃口を定める。


――――――パパパパーン


 4発の連続発射。それは吸い込まれるように魔物の肉体に着弾し、赤い血を周囲に飛び散らせる。


「ガウ!」


「うぐっ―――――!」


「お主よ、大丈夫か!」


 だが、その魔物は捨て身でユウトに向かって頭突きをしてきた。

 咄嗟に避けようとしたユウトであったが、胴体にモロに直撃して吹き飛んでいく。

 ルゼアの叫び声が聞こえた。

 しかし、反応している余裕がない。


 そのまま地面を転がっていくユウトは転がった先で後頭部に水滴が落ちてきた。

 そして、痛みに堪えながら天井を見ると巨大な氷柱のような鍾乳洞があった。

 その瞬間、ユウトは一つの賭けに出る。

 寝そべった状態で魔弾を連射。鍾乳洞の付け根へと攻撃を加えてヒビを入れさせる。


「ガウ!」


「......っ!」


 魔物がこっちに向かって走ってくる。

 時間との勝負だ。間に合うように祈ってユウトは銃弾を撃ち続ける。


―――――バキッ


 鍾乳洞からの確かな音をユウトは聞いた。

 そして、体を起こし、もう眼前に迫っている魔物の噛みつき攻撃を全力で転がりながら避け、その位置から鍾乳洞の付け根に最後の攻撃を加えた。


「これで終わりだ」


「キャウゥーン!」


 その鍾乳洞は重力で落ちてくると真下にいた魔物を貫いた。

 そして、魔物は力なく倒れていく。


「大丈夫か!」


 ルゼアが心配した様子で抱えてくるとユウトを抱えた。

 ユウトはルゼアの後ろにあるモザイクが入りそうな凄惨な光景をチラッと見るとルゼアに顔を戻す。


「そっちの魔物ぼっこぼこじゃねぇか」


「ちょっと、お主が傷つけられてイラッとしてしまっただけじゃ。とはいえ、本当に男らしいところを見せてくれるではないか。

 竜人族というだけで女であろうとも他の種族から男と同じ扱いを受けるというのに」


「そういう常識しらないからさ、俺。これでいいのさ」


 ユウトは立ち上がると銃をしまい、すぐ近くの地下水を見る。

 やや高いこの位置では小さい頃に橋の上から川に飛び込んだ時のことが思い出される。

 とはいえ、もう散々恐怖は味わってきたのだこれぐらいではもうビビらない。


 そして、ユウトがルゼアに声をかけようとしたその瞬間――――ルゼアはユウトを押した。


 ユウトが突然のことに目を丸くしているとそのコンマ秒にルゼアの背中が爆発した。

 咄嗟に片手で崖を掴むユウトは何があったか叫んだ。


「ルゼア! 大丈夫か! 何があった!」


「大丈夫じゃ。このぐらいかすり傷にでもならんわ――――ぐっ!」


「ルゼア!」


 ユウトの近くでしゃがみ込んだルゼアの首や肩、腕に鎖が巻き付いた。

 恐らく追手がここまでやって来たのだろう。

 時間をかけ過ぎた。


 ルゼアの鎖が張られて、ルゼアは息苦しそうな表情をしながら立ち上がる。

 しかし、すぐに余裕そうな笑みを浮かべると謝罪の言葉を述べ始めた。


「安心せい。このぐらいなんてことない。ただ約束を守れなくてすまんのう。お主は一人で生きるのじゃ」


「ルゼア、待て!」


 その瞬間、ルゼアはユウトの崖にかけていた指を蹴った。

 ユウトはその時ルゼアの姿が妹のサラの姿と重なる。

 怒りと憎しみの炎が心の中でくすぶった。


「ルゼアあああああ!」


 そして、再び届くことのない手を伸ばしながら、ユウトは地下水に落ちた。

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