第8話 決意の覚醒
「うぅ......ここは?」
目を瞑っていたユウトはまぶたに刺してくる光を感じると気が付いた。
そして、ゆっくり目を開けると自分は川の近くで打ち上げられていたらしい。
服はやや濡れているが自分の体調に問題はない。
パーカーのチャックが壊れてしまって閉じられなくなっていたが。
しかし、自分の体から特に痛みを感じるようなことはない。
うつぶせ状態から地面に手を付けて体を起こす。
そして、体を反転して座ると周囲を確認した。
すぐ近くに川が流れている。
辺りは芝生に覆われていて、そして空はどこまでも曇天が続き、周囲はやや薄暗い。
感覚的に昼間であろう。まあ、そもそもどのくらいの時間にこの世界にやって来たかわからないが。
「そうだ、ルゼアは!?」
ユウトはこの世界で大切な恩人を思い出すとすぐさま探した。
しかし、あのロリ姿の竜人はどこにも見当たらない。
どこまでも余裕の笑みを浮かべて、自分をからかってくるあの表情はどこにもない。
そうだ、あの時......最後の最後で追手がやって来て、ルゼアは身を挺して自分を助けてくれた。
だが、そのせいでルゼアがいない。
予定通りなら一緒にこの場所に辿り着いてこの先の話を始めていただろうに。
あの牢獄からルゼアにこの世界のことを教えてもらって、助けてもらって一緒に脱出しようと約束したのに。
いや、あの時は自分の不注意が原因だった。
犬の魔物を倒した後に完全に安心しきっていた。
もうこれ以上、追手はこないとそう勝手に思い込んでいた。
そのせいでルゼアは一人犠牲になって俺を助けた。
またか、また俺は助かったのか。
妹を助けるためとはいえ、一人逃げて助かって、そして仲間のルゼアに助けて出されて。
またか、また自分は失ったのか。
大切な妹を、大切な恩人を。
嫌だ、そんなのは絶対に嫌だ。2度ももう俺のそばから大切な人が消えるなんて嫌だ。
じゃあ、そんな俺に何ができる?
俺は魔力があっても魔法が使えない無能だ。
魔法銃という武器があっても人を殺すことも出来なければ、ルゼアがいたから戦えたようなものだ。
兵士複数人に対して自分がしてきたことは何もない。
一人倒すのがやっとで、ルゼアのサポートするのがほとんどで自分では何も出来ていないじゃないか。
ああ、憎い。妹を攫った魔王も、ルゼアを捕まえた兵士も、そしてどこまでも弱さに縋っている自分が何よりも憎い。
――――――ユウトのペンダントが一段と赤黒く染まった。
どうして自分は無力なんだ。どうして魔法が使えないんだ。
嘆いたって仕方ないとわかってる。このままじゃダメだとわかってる。
でも、身体能力も魔法でも劣っている自分がどうやって戦えと言えばいいんだ。
無策に突っ込んだって待っているのは死のみ。
どう考えたって正攻法では無理だ。
今から仲間を探す? ダメだ。それじゃあ、時間がかかり過ぎる。
妹はどこにいるかわからない。でも、ルゼアはまだ魔王城にいるかもしれない。
だったら、早くもう一度魔王城に向かわないとダメだ。
ルゼアは早く助けに行かないと。
でも、どうやって!?
ユウトの考えは何度も結果がループする。
どんなに助け出そうと案を出そうと自分の弱さが一番に足を引っ張る。
今まで自分を悲観的に見ることはあっても、心底ダメとは思っていなかった。
しかし、今は心の底から自分の弱さが酷く嫌いだ。
何も出来ない、動くことすらできない自分が嫌いだ。
その時、ユウトの脳内に何者かが語りかけた。
『力が欲しいか』
「......!」
ユウトは咄嗟に立ち上がると警戒して周囲を見渡す。
しかし、誰もいない。だが、その言葉は語りかけてくる。
『お前は自分の体が壊れようとも力が欲しいか』
「ああ、欲しい」
ユウトはその言葉に返答した。
もし自分に妹を、ルゼアを助け出せる力があるのなら欲しい。
それは心から出た言葉だった。
しかし、その声の主は質問の内容とは反対にまるでやめるように説得の言葉をかける。
『やめた方が良い。復讐はダメだ。復讐は何も生まない。この力は使わない方が良い』
「なら、俺に二人を見捨てろと? できるわけないだろ!」
ユウトは思わず叫んだ。
二人を見殺しにして自分は生きると?
そんなの生きてたって死んでるのと変わらない。
この先どんな幸福が訪れようと自分は二人がいない未来を素直に喜べるはずがない。
その時、ユウトは首から下げていたペンダントが服越しに透けて光っているのに気付いた。
そのペンダントを右手に取り出してみると赤い輝きを放っている。
「もしかして......お前か?」
『ああ、そうだな。このペンダント――――<根源の魔の首飾り>には俺のどうしようもない負の念が込められている。
このペンダントを使って生きたものはいない。自我が俺の憎悪に乗っ取られてしまうからな。
これを使うと君は妹とルゼアを助けるという目的すら忘れてしまうかもしれない。だから、使うな』
「......さっき『復讐は何も生まない』って言ったよな?」
ユウトはそのペンダントに語りかけるように右手に持ったそれを強く握り締めると言葉を告げる。
「俺もさ、物語でそういうの読んでてさそういう事思ったことあるんだよ。どうして登場人物は復讐をするのかってな。
今まではわからなかった。でも、今はどうしようもなく理解できるんだ。
復讐で一番殺したい人物は自分自身なんだよ」
『......』
「大切な人を助けるため。村を滅ぼした奴に復讐するため。理由はたくさんある。
でも、その場面での憎悪にまみれた復讐ってさ、その時に何もできずにただその光景を見ていた自分自身の憎しみなんだよ。
自分が弱いばかりにそうなった。知らなかったから仕方ないじゃ済まない。
自分がその相手よりも救えればそんな辛い出来事にならなかったかもしれない」
ユウトの口調はだんだん強くなっていく。自分自身に八つ当たりするように。
「単純な力な強さばっかりじゃない。自分の無知や警戒心が薄いせいで惨めな目にあった時だってそうだ。
復讐相手はただの目標に過ぎない。自分の弱さを拭って、相手にあの時の自分と全く同じの無力感を味合わせるためのな。
復讐が復讐を呼ぶっていうのは全くその通りだと思うよ」
『そこまでわかっていて、君はそれでもなお復讐に力を欲するというのか?』
「そこまでわかっているからこそだ......俺は二人もの大切な人を失った。
一人は生まれた時からその存在を知っていて、血を分けた兄妹で、一緒に家族として時を過ごしてきた妹のサラ。
そして、もう一人は妙な縁から牢獄で出会って、サラよりも圧倒的に短い時間だけど、それでも一緒に色濃い時間を過ごして信頼出来て、いたずらっぽい笑みを浮かべても憎めもしない恩人のルゼア」
ユウトはこれまでの思い出を思い出していく。
この世界に来る前、そして魔王城での出来事。
「この二人は何もわかっていないこの世界で俺が唯一心から気の置ける二人だった。
でも、その二人さえも俺から奪っていくんだ。だったら、今度失うのは俺自身の番だ。
どうせ奴らに捕まって終わる人生なら、もしこの体を復讐の炎で燃やして二人を救えるのなら、そっちの方が何億倍も良いに決まってる!」
ユウトはペンダントを両手で握りしめる。
そして、それを覗き込むように見た。その表情はとても必死であった。
そして、ユウトは叫ぶ。
「お前が何者かは知らないが、その力を俺に寄越せ! 俺にはその力が必要だ! 俺の体がどうなろうと構いやしない! 俺の心はもう決まったんだ!」
『まだ......まだその決意が揺らぐというのなら、俺の話を聞いてくれないか?』
「うるせぇ! もう無力は嫌なんだ! 助けられるだけなのは嫌なんだ! 今度は俺が助ける番だ!」
『そうやって助けられた人の気持ちを考えたことがあるか?......と言ったところで無駄なのだろうな。
俺はまた
魔王は小さく言葉を呟く。そして、確かめるようにユウトに聞いた。
『もし......もし願えるなら、最後に俺と約束してくれ。
この力を使った瞬間、俺の憎悪が一気に流れ込む。
もしお前が大切な人を助けたいというのなら、その憎悪に飲まれてはダメだ。
お前の自我を保て。自分の意志を強く持て。お前の敵を見間違えるな。わかったな?』
「......ああ、わかった。俺が復讐する相手は顔を覚えた魔王とその幹部。後は俺達に害をなす敵だ。そこは必ず約束する。
だから......勝負といこうぜ。俺の意思が強いかお前の憎悪が強いかのな」
『検討を祈る』
その瞬間、ペンダントから溢れんばかりの黒いオーラが出てきた。
それはユウトの周囲を囲んでいくと一気にユウトの口もとへと流れ込んでくる。
しかし、すぐには何も起きなかった。
腕を動かしたり、手を握ったり開いたりしても変化がない。
「なんだ何も変わらな―――――いっ!?」
ユウトは気が付けば真っ白い空間に立っていた。
恐らくユウトの意識の中の光景だろう。
しかし、やけにリアルに自分の手足が動かせる。
そのことを不思議に思っていると後ろから声をかけられた。
『こっちだ。俺が憎悪の持ち主だ』
ユウトが振り向くとそこには黒いマントを来た赤い髪に赤い目の背の高い男が立っていた。
表情は温和そうで、イケメンである。
「お前があのペンダントの......?」
『まあ、そういうことだ。俺のことは初代魔王と覚えておけばいい』
「初代魔王? まさかまたあの魔王に嵌められて......いや、でもあの時はたまたま拾っただけで、そもそも魔王が俺が宝物庫に来るなんて思ってないはず――――」
『あー、その件は気にするな。全くそれとは関係ない。それと無駄にしゃべってくれやがった弱い心もな。
それじゃあ、挨拶もほどほどにして―――――もらうなその精神』
「え?」
その瞬間、ユウトの左胸は初代魔王の右手によって貫かれた。
「ごふぁ......」
意識が現実に引き戻される。
口からは大量の血を吐いて、その場に膝をつく。
左胸は貫かれていない。にもかかわらず、内臓から血が込み上げてくる。
すると、スーッと鼻からも血が流れ始めた。
そこだけにとどまらず、目からも血が溢れ、耳からも血が流れだした。
まるで穴という穴から血が流れだしていくように。
視界が血涙で見えづらくなり、鼻は鼻血でつまり、喉からは血が込み上げてくる。
呼吸が出来なくなり、むせるように吐き出しては周囲に血をばらまいていく。
ユウトは膝立ちすらも辛くなり、四つん這いになったが、それすらも辛くなってうつぶせになって倒れ込んだ。
周囲は基本赤一色で見えるようになり、耳もロクに聞こえず、舌先では血の味しか感じない。
力が入らない。何とか呼吸するが、血が気管に入りかけてはむせての繰り返し。
これが無力のものが力を得るときの代償というのか。
「んぬぬぬぬ!」
しかし、負けるわけにはいかない。
自分には大切な人を救うという使命があるのだから。
それにこれは覚悟して自分が望んだこと。
負けることは絶対にいかない。
ユウトは力が入らずとも無理やり両腕を突き立てて体を起こそうとする。
だが、それはまだ序の口に過ぎなかった。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」
ユウトの全身を激痛が襲った。
頭の天辺から足のつま先まで、まるぜドリルで削られているかのように痛みが襲う。
ユウトの首や手、額など見える肌の部分には露骨に血管が浮き出て、今にも千切れそうな勢いだ。
もともと辛かった呼吸が辛くなり、やがて喉が詰まって声も出せなくなる。
その痛みを必死に振り払おうと胸を引っ掻いたり、横に転がって暴れまわったり。
それでも負けるわけにはいかない。必ず助けに行くと決めたんだ。
――――それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
10分? 30分? それとも1時間以上?
わからない。しかし、どうでもよかった。
次第に痛みは引いていき、内側から暴れ出そうとしていた何かはなりを潜めた。
ユウトは仰向けの姿勢をうつ伏せに直して、口の中に溜まった血を吐く。
なんで生きているかわからないほどの出血量だ。ちょっとした水溜まりぐらいある。
そして、全身自分の血で汚れた体を近くの川で洗おうとまだ力が入らない体を這って進ませると川を覗き込んだ。
「これは......!?」
すると、水面に映ったユウトの黒髪の毛先の方が少し赤色になっていた。
まるで意識の中で見た赤髪の魔王のように。
しかし、自分の意識はしっかりしている。自分の目的はしっかりしている。
それに痛みが引いた後から理解したこともある。
魔力の使い方だったり、魔力回路の作り方だったり、他のアーティファクトの情報だったり、この世界の魔法に関してだったり。
自分が知らない情報がもうすでに知っていたかのように理解できる。
これはペンダントの恩恵の一つだったりするのか......いや、あんな苦痛を伴ってまで得たものを恩恵とは呼ばないか。
そう思いながら、ユウトは顔や体を簡単にキレイにすると立ち上がる。
案の定、服はほとんど血で汚れているがそれを気にしている暇はない。
「ルゼア、今助けに行く」
そう言って、ユウトは走り出した。
******
場所は変わってユウトの内なる精神世界。
白い世界ではなく、辺りに芝生が広がっていて一本の立派な桜がある。
周囲は桜吹雪が舞っており、その桜に寄り掛かりながらユウトが変わりゆく様をモニターのようなもので見ていた初代魔王は驚いた表情をしていた。
『まさか、俺の憎悪を己の決意だけで凌駕するとはな......それにこの穏やかな精神世界はあいつの精神状態を表しているんだが、復讐したがってたあいつの心がまさかこうなるとは。
こんなに穏やかな気分になったのは一体いつ頃だろうか』
初代魔王は自分がこれまで体験してきた殺伐とした空間ではなく、心地よい空気管に酔いしれた。
『まだ俺と完全にリンクしていないとはいえ、もうそこらの人間よりも強いだろうよ。
ユウト、お前の精神はもう大丈夫だ。
だから、安心して救いに行け』
そして、初代魔王は大きな盃に酒を注いだ。
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