第9話 覚醒後の変化
ユウトは流れてきた川に沿って走り始めるとすぐに体の変化を実感した。
まず体がとても軽い。まるで羽が生えたように。
漫画のように一歩でとんでもない距離まで進むことが出来る。
それでいて走っていても全く疲労感を感じない。
力が漲ってくるような感覚がして、少し強く地面を蹴れば凹む。
その反動でさらに前に進むことが出来、自分が思っている以上に早く魔王城に辿り着けるかもしれない。
そして、もう一つが魔力の使い方。
覚醒前はペンダントによって強制的に吸い出された魔力の流れの感覚を真似て操作していたが、今はしっかりと感じることできる。
自分の体内をありとあらゆる場所を巡っている不思議な感覚。
まるで血液が循環しているのを自分で確認できているよう。
それに加えて、恐らくペンダントから得ただろう知識。
その知識から得た<魔力操作>という項目によって自身の魔力をさらに微細に操ることが出来た。
その魔力が扱えるようになったことで、ユウトはもう一つ別のアーティファクトが使えるようになっていた。
ユウトは走りながら、おもむろに右手のひらを上に向けるとその手に炎を出した。
風になびいて火の粉をまき散らしながら、それでもメラメラと燃える炎。
その炎から熱さを感じる。しかし、それで自分の手が火傷することはない。
ユウトが使っているのは<炎竜神の指輪>というアーティファクトだ。
ルゼアがユウトに託した大切な伝説的な力を持つ魔道具の一つ。
この世界の神に属する幻聖生物とされていて、強力な炎の力を宿すその指輪には所有者に火耐性の加護を与える。
本来のその指輪は使えなかった。
というのも、ユウトが魔王城にいた時に魔力の操作がなんとなくわかった後、すぐに試したのだ。
しかし、ペンダントとは違って何か反応を示すことがなかったので、その存在を一旦排除していたのだ。
だが、今は違う。自分の内包する魔力、そしてその使い方がわかったおかげで炎を使えるようになった。
その炎が出せるようになってわかったのは、その指輪は結構な魔力を吸い取っていくのだ。
故に、魔力がロクに扱えなかったあの時は使えなくて当然だった。
もしあの時に使えるようになっていれば、そう思っても既に後の祭り。
今できるのは自分を助けたルゼアを助けること。
きっとルゼアは「どうして戻ってきたのか」と思うだろう。
それでも戻る理由があったのだ。
それは単純にルゼアがくれた恩を返したいというのと、ルゼアを救えなければ妹も救えないということ。
勝手に自分が決めた覚悟のようなものだ。
一人を救えなくて、もう一人を救えるはずがない。
相手はこの世界のことをよく知っている。
当然、自分がペンダントから得た知識以外のことも。
それでも、自分が助けに行くと動いたならば、自分に覚悟ぐらい決めなければ示しがつかない。
だから、そう思うことにした。自分は守れる約束をしたはずだから。
そして、ユウトが走っていると前の方から複数の気配を感じ取った。
集団で迫ってくる黒い点々。その正体はオオカミの群れであった。
まるで闇に紛れ込むかのような全身を真っ黒の毛で負った容姿。
この曇天のもとではさぞかし見づらい。
なら、明るくすればいいまでのこと。
ユウトは急ぎたかったが、あえて止まった。
そして、自分の周囲にいくつもの火の玉を作り出して明りを灯すように空中で漂わせる。
ユウトが止まったのは自身の魔法の性能を確かめたかったからだ。
確かに、自分は強くなった。そんな気もする。しかし、まだ実感が伴っていない。
自分の魔法がここで弱いと判断が付けば、別の作戦を考えなければならない。
とはいえ、どこか余裕で行けそうだなと気づいているが。
「焔矢」
ユウトは向かって来るオオカミに対して、右手を真っ直ぐ向ける。
その瞬間、周囲にあった数個の火の玉が矢の形に変わり、ユウトが手首を降ろすと同時に一斉発射された。
その炎の矢を避けようとオオカミは各々交わしていくが、躱した瞬間に矢が直角に曲がるようにホーミングした。
「「「キャウン!」」」
数匹のオオカミが全身を炎に包まれながら、のたうち回った挙句に焼死していく。
殺した感覚は特にない。それは地下の下水で魔物を殺した時よりも。
こういう殺意に対する罪悪感が湧かないのは初代魔王の憎悪の影響か。
どこか人間性を失った気もしなくもないが、今はとても都合が良かった。
「「「「ウォウ!」」」」
ユウトの魔法攻撃を危険と判断した残りのオオカミは素早さと数を活かして一斉にユウトに突っ込んだ。
それに対し、ユウトは魔法を使わず徒手空拳で迎え撃った。
それは魔力の使い方と同時に流れてきた戦い方を軽く慣らしたかったからだ。
あの初代魔法は存外魔法以外にも手を出していたようで、その一つにこんな技がある。
「破空拳」
ユウトは正面からオオカミが迫る少し前に空間を殴った。
その瞬間、ユウトの殴った位置から円状に空気の振動が伝わっていく。
いわゆる拳圧のようなものだ。それのさらに広範囲高火力バージョン。
その衝撃波によって二体のオオカミが空中で体が押し返され、そのままひしゃげて絶命した。
そして、横から来る一体のオオカミを躱すとそのまま裏拳で腹部を殴り飛ばす。
それからすぐに、ユウトはその場で逆立ちになるよると右足のかかとを思いっきり振り上げて、背後にいたオオカミの顎を打ち砕いた。
体の使い方がわかる。こんなエキセントリックな体の動かし方は初めてだが、出来るとわかる。
自分がどのような体勢になっているかもわかるため、平衡感覚も強化されたのだろうか。
ともかく、普通の魔物ならもはや赤子の手を捻るよう。
ユウトは両手で地面を思いっきり押すとそのまま前方に回転して着地する。
そして、素早く腰にある魔法銃を右手で引き抜き、左手に持ち替えた。
それから、背後から迫ってきた最後のオオカミに向かって引き金を引く。
放ったのは炎を宿した弾だ。
それは噛みつこうとしていたオオカミの口の中に入ると体内から弾け、周囲に飛び散った肉片は炎で焼けていた。
「アーティファクトでの魔法でも使えるんだな」
ユウトは撃った魔法銃を見つめてそう呟くとベルトにしまって走り出した。
今の戦闘で大体のことは知れた。
他に細かいことは今じゃなくてもいいだろう。
それにこれだけ知れれば、もう十分に戦えるはずだ。
ユウトは馴染んだ体でさらにスピードを上げて走り出す。
周囲の視界が車窓から見える風景のように高速で過ぎ去っていく。
しかし、その勢いで突っ走るユウトに魔物が行く手を阻む。
この曇天の地にはどうやら魔物が多いらしい。
とはいえ、当然全員を相手にも出来ないので、邪魔な魔物だけ殺していく。
最初に現れたのは鹿の魔物だ。鹿と言ってもトナカイに近い。
その鹿は枝分かれした巨大な角を押し当てるように全力で迫ってくる。
その距離感と速度を冷静に測ったユウトは地面を跳躍すると前回りして距離を稼ぎながら通り過ぎた。
すると、今度は虎のような黒いコウモリの羽を生やした魔物が背後から追いかけて来る。
ユウトの速度がまだ全力じゃないとはいえ、その速度について来れる健脚はさすがと言ったところか。
しかし、魔王のペットよりも恐怖などは微塵もない。ただのザコだ。
「とはいえ、もう追われるのはうんざりなんだ。悪いな」
ユウトは前に向かって少し高く跳躍すると体の捻りで後方へ回転する。
その時には右手に魔法銃がセットされていた。
そして、左手でブレを抑えながら、刹那のタイミングで火炎弾を2発放った。
その火炎弾はわずかな狂いもなく、2匹の魔物の眉間にヒットすると頭を爆発させ、その体を燃え上がらせる。
それから、その銃をベルトに引っかけてしまうと同時に体を捻ってそのまま走る。
その運動しながら、さらに別の運動をするという行動をしても汗一つかくことはなく、呼吸の乱れもほとんどなかった。
「ギャシィ!」
「今度はなんだ!?」
川の方からバシャンッという音に現れたのは魚の頭をして人のような手足を持つ魔物サハギンであった。
サハギンは片手に槍を持ちながら、ユウトに威嚇するように鳴いた。
そして、飛び出した時に纏った水を高速で飛ばしてきた。
それは魔法銃で放った弾よりも少し遅い速度で向かって来る。
ユウトは右手で魔法銃を引き抜きとその水滴を全て魔弾で撃ち返し、サハギンに向かって火炎弾を放った。
しかし、サハギンは川の中に潜ってそれを躱した。
そして、ユウトが「さすがに水に火は届かないよな」と渋っていると再びサハギンが襲いかかる。
とはいえ、サハギンも接近はまずいと学習しているのか水滴を放つとすぐに川に潜る。
そのヒットアンドアウェイにユウトは自身の力を思いっきり試してやろうと思った。
ユウトは銃をしまうと右掌にサッカーボールほどの球体を作り出した。
そして、その大きさのままどんどん火球の熱量を上げていった。
それから、ユウトはその火球を頭上にあげると自分に並行して川を泳ぐサハギンに向かって投げつけた。
――――――ドッボオオオオオン!.....ジュワアアアアア
火球が川に着弾した瞬間、大きな水柱が立った。
しかし、それは雨となって降り注ぐことはなく、気体となって空中を舞っていく。
川の水を一時的に全て蒸発させたのだ。
そして、着弾した個所には大きな円状の池が出来上がっている。
そこに川の水が流れて僅かな蒸発音を響かせながら、何事もなかったように流れていく。
その威力にユウトは内心驚いていた。
とはいえ、本来の魔法の威力の相場がわからないので、案外これぐらいは誰でもできるんじゃないかと思ったが。
しかし、これでようやく邪魔な魔物はいなくなった。
しばらく走っていたおかげか、魔王城の一番高い屋根の先が顔を覗かせている。
それほど遠くない位置で流れ着いたようだ。
「待ってろ、ルゼア。今行く」
ユウトはさらに一段階加速した。
*******
場所は変わって魔王城の一番高い場所にある魔王の間。
赤いカーペットの両脇には槍を持った兵士が立っていて、そのカーペットの先にある玉座には頬杖を突き、足を組んでいる魔王の姿があった。
「せっかくのチャンスを無駄にするとは......それほどあのエサに生かすほどの価値があったというのか?」
「そうじゃの。わらわにはあった。だから、助けたまでのことただそれだけじゃ」
圧倒的なアウェイな状況でも不敵な笑みを崩すことなく言ってのけたのはルゼアだった。
しかし、ルゼアの両手には文字が描かれた鎖の手錠で両手が固定されていて、足も同じようになっておりただ歩ける分だけの長さしか残っていない。
魔王は玉座からカーペットで足を伸ばして座っているルゼアを見下ろす。
それに対してルゼアはまるで希望が残っているような目で返す。
その態度に魔王は頬杖をやめると静かにため息を吐いた。
「あの異世界人はこの世界の人族よりもぜい弱だ。力もなければ、魔法も使えない。そして、心も弱い」
「あの男の心が弱い? お主は何を見てきたんじゃ?
確かに、あの男はこの世界で生きるには不自由なスペックじゃろうな。
しかし、一つだけあの男がこの世界で生きるために重要な技能を持っていた。
それがあやつの妹を助けたいという意志じゃ」
ルゼアは短くも濃いこれまでの出来事を思い出した。
そして、近くで見てきたからこそ、力強い瞳で言ってのける。
「その意志はどこまでも大きな炎を灯し、強く光り輝いておった。そして、その炎でわらわにも火をつけた。
たった人を助けたいという意志だけで、されど確かな思いでもって突き進んでいった。
それだけのことが本当に出来る男はそうはいんじゃろうな」
「それはお前が長く生きたからの博愛心というものじゃないか? 年を取ると物事に対して慈しみを持つようになると聞いたことがあるからな」
「わらわのことを好きにバカにしても結構じゃ。たとえ年の功であってもそう抱いた気持ちに変わりはせん。
それから、わらわのことを長命種故にそうバカにするのなら、
「何を言って―――――――」
――――――――ドゴオオオオォォォォン
「何事だ!?」
突如として鳴り響く爆音と魔王の間を大きく動かす揺れ。
そのことに驚いた魔王は思わず声を荒げる。
すると、その爆音にルゼアが笑った。
「何がおかしい?」
「おかしいに決まってるじゃろ。
あのまま素直に妹を助けに行くことを考えればいいのに、わらわのことを見捨てられずに助けに来るんじゃからな。
普通に考えれば大うつけ。しかし、わらわにとっては愛しの大うつけじゃ。
気を付けることじゃな。わらわの惚れた男は怒らすと怖いぞ?」
ルゼアはそう言って口角を大きく上げた。
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