第15話 走る金属の塊

「ルゼア、立てるか?」


「問題ない。助かったのじゃ」


 ユウトはルゼアに手を差し伸べるとそのままルゼアを引っ張り起こす。

 それによって、立ち上がったルゼアは周りの様子を見ながら、思わず言葉をこぼす。


「にしても、こんな狭い場所でそれも同族を巻き込んで魔法を行使するとはの......お主は大丈夫だったか?」


「俺は問題ない。それよりも、早くここから離れた方がよさそうだ」


「そうじゃな」


 ユウトとルゼアは店内の客の安否を確認するとすぐに外へと飛び出した。

 すると、やはり外にも店内での乱闘騒ぎが響き渡っていたのかもうすぐそこまで兵士達がやって来ていた。

 兵士の一人が「そこの者、止まりなさい」と告げてくるが、ユウト達は止まらずに走り出した。

 その理由は単純だ。止まっても意味がないから。


 ユウトはこの世界での人種的区別をするのなら人族だ。

 そして、長いこと人族と魔族は交戦状態となっている。

 その状態でユウトの素性がバレればどうなるかはもはやわかりきったことだ。

 自分達が原因でこの世界の人族が魔族と突如戦争状態になる。

 今まで休戦状態だったのが、自分のせいで火種となって始まるのはあまりにも避けたいことだ。


 そう考えたユウトはすぐさま逃げ出すことを考えた。

 このままバレなければ、同族の一人が起こした暴走と処理される可能性が高いからだ。

 そして、ユウトは咄嗟に見つけた馬車に目をつける。


「ルゼア、今はとにかく逃げるぞ」


「わかっておる。今の状況もお主の次の行動もな」


 ルゼアは優しい笑みで返してくれた。

 自分の行動をそのまま全て受け入れてくれるようだ。

 その言葉にユウトは少しだけ口角を上げるとすぐにキリッとした目でホルスターから銃を引き抜く。

 そして、馬車に向けて火炎弾を放ち、荷車と馬を繋いでいる箇所を破壊した。


 その突然の爆破に馬は驚き、その場でいななくと走り出した。

 その馬に置いてかれないようにユウトはルゼアを小脇に抱えると<竜迅脚>で馬へと追い付き、その馬の背中に乗った。

 その馬にはくらあぶみがセットしてあり、安定して乗ることが出来た。


「お主、馬の扱いは知っておるのか?」


「昔に、牧場でサラブレッドの乗馬経験あるよ。といっても、それも十年ぐらい前の話だし、サラブレッドも暴れてなくて歩いていたから、全然違うけどな。

 だけど、やるしかない。それに思ったより行けそうな気がする」


 それは綱を握った感覚から。恐らく、体がというよりは、自分のもう一つの意識が馬の乗り方を知っている。

 そして、そのマニュアルをなぞっていくようにユウトは馬を操る。

 すると、馬は落ち着きを取り戻したのか安定して走り始めた。


 ユウトは馬を操り、その後ろでユウトにしがみつく形で乗っているルゼア。

 ルゼアは状況が緊急なのは百も承知だが、ちょっとくっつく形に得を感じていた。

 とはいえ、それだけで当然事は済まない。


「お主よ、あれはもしかしなくてもお主の敵であろう?」


「ああ、そうだ。妹が連れ去られたときに魔王のそばにいた女だ。他の連中と同じで体に数字が刻まれていた」


「あれは魔王直属のナンバーズと呼ばれる幹部達じゃよ。幹部達にはそれぞれ番号が割り振られている。

 最大でどれぐらいいたかは知らぬが、数字が若いほど厄介とされておる」


「それはわかりやすくて結構。それだとあの女は確か腰に『4』の数字があったな。一撃は凌げたが、アレは恐らく全力じゃないだろうな」


 ユウトはそう言葉にしながらふと先ほどの出来事を思い出す。

 クロン......確か「4」番の女の名前はそうであった。

 ものを自在に操る魔法を用いると同時に、強い攻撃魔法も兼ね備えていた。

 万全な状態で戦うには少し厄介な感じがする。


 とはいえ、あいつはどうして自分にどうどうと現れたのか。もしかして、俺が顔を覚えていないと思ったのか?

 それに、どうしてあんな場所でとどまっていたのか。


 ユウトはそう自分に疑問を投げかけるとすぐに答えが返ってきた。

 簡単なことだ。自分が生きているか死んでいるか確かめるためだろう。

 魔王は俺に魔物で襲わせていた時、俺が最後に見た魔王の目は一切の悦なんてなかった。

 まるで道端の石ころのような寛恕すら宿っていない目。全くもって興味ない様子であった。


 つまり、俺が生きていようと生きていなかろうと別にどっちでもよかった。

 しかし、俺の死亡報告がされなかったことやルゼアのことから生き延びたことを想定して監視の目を置いといたのだろう。


 それがクロン。魔法の知識が豊富そうなまさに西洋の魔女みたいな女だった。

 それにあいつは「水晶で魔力の波動を感じ取った」と言っていた。

 しかし、魔力を感じ取ったからといってそれが俺である可能性はまだわからない。

 それがわかるのはルゼアのように判別ができる力を持っている時だけだ。


 ということは、あいつが近づいてきたのはその魔力の正体が自分であるかどうか確かめるため。

 自分もある程度の距離なら気配以外にも魔力でなんとなく判別が出来る。

 自分にできることがナンバーズのあの女にできないと考えるのは安易だろう。

 それに、結局あいつに自分が生きていることが知られ、状況が状況とはいえそのまま逃がしてしまったことは痛かった。


 あの場で情報は得られずとも殺しておけば、いずれバレるとしても少しの猶予は作れたはず。

 ユウトはふとルゼアは見る。


「どうしたのじゃ?」


「いや、なんでもない」


 そして、ルゼアから正面に顔を戻すと「ま、ルゼアが無事だったからいいか」とため息を吐いた。

 確かに、あいつを逃したのは痛い。しかし、それでルゼアを失うよりは正当な判断だったと思う。

 あの時咄嗟に動いたのは「ルゼアなら大丈夫」と思っていても、心配が勝ったからだ。

 それによって、「ルゼアが無事」という得たものの方が大きい。


 とはいえ、これによって魔王に自分が生きている存在を知られてしまった。

 問題はこれによって妹の安否にどう影響するかという事だ。

 あいつらがどんなことに妹を使おうとしているかわからないが、少なくとも異世界から呼び寄せた貴重な“適正者”らしいので手荒なことはしないと思う。


 だが、あいつらの目的で妹が死ぬようなことは絶対に避けたい。

 情報も今だゼロに等しい。かなりの時間をかけてしまう気がする。

 それでも、必ず助けに行くからな。信じて待っていてくれ。


 ユウトは馬を出来る限り全力で走らせながら、遠くに見え始めた町から離れていく。

 その時、この世界では不自然な聞き慣れた音を聞いた。


――――――ブーン、ブンブン、ブーン、ブンブーン


 低く唸る重低音。それが後方から複数に渡って聞こえてくる。

 その音を聞きながら、ユウトは嫌そうな顔をしながら振り返る。

 そして、“それ”を見た瞬間、呟いた。


「誰だ? あんな技術をこっちで広めた奴は?」


 ユウトが振り向く後方から見慣れた金属の塊が高速で動いてくる。

 それにはハンドルがあり、二輪であり、馬以上の速さで距離を詰めていく。

 もう見慣れたってもんじゃない。あれは元の世界の高速二輪車―――――バイクだ。


 銀色一色の原付より大型のハーレーバイクに似たフォルムのそれに槍を持った魔族の兵士とその後ろに乗る銃や弓、杖を持った兵士がいる。


 そして、その先頭に一つだけ淡い緑色が混ざった銀色でいかついバイクに乗ったいかつい兵士が斧を肩に担ぎ、片手で運転していた。


 その恐らくリーダーだろう男からV字型になるように隊列を組みながら、ユウト達を追いかけていた。

 そして、リーダーは斧を掲げて告げる。


「いいか、お前ら! 最速部隊の俺達が馬に乗ってる族どもなんかに遅れを取るわけにはいかねぇ! 絶対に逃がすな! 生死は問わねぇ! やれ!」


「世界観ぶっこわれ過ぎだってんだ!」


「お主、避けろ!」


 後方から魔法銃、弓、杖からの魔弾と矢が高速で飛んでくる。

 ユウトは馬を操りながら射線上を離れ避けていく。

 避けたそれらは地面に直撃すると激しく爆発したり、凍らせたり、紫電を走らせたりしながら黒い煙をまき散らす。

 その煙を突破してユウト達を追いかける。


「囲め!」


 リーダーがそう言うとV字型の一番後ろにいた2台のバイクが速度を上げてユウトの馬に並列しようとする。



「そうはさせるかよ」


 ユウトは右手に魔力を込めると後ろに振り返って炎を横薙ぎに払った。

 火炎放射器のようなそれは近づいていたバイクに乗っていた兵士達を焼き殺していく。

 その兵士は勢いに流されるままに地面に落ちて転がっていき、バイクはまだ勢いがついていたのかひとりでに走っていた。


 するとその時、ユウトはある異変に気付き、不意にルゼアに声をかける。


「ルゼア、疲れない乗り物に乗るぞ」


「なるほど、了解した」


 ユウトはあぶみから足を話すと片足を鞍に乗せる。

 そして、未だ自走している兵士のバイクに飛び乗るとそれを運転していく。

 案の定、これも魔力で動く魔道具の一種のようだ。

 それから、馬に近づき、ルゼアを後ろに乗せるとそっと馬に手を触れる。


「急に無理に走らせて悪かったな。でも、ここまで運んでくれてありがとう。後は自由に生きろよ」


 そう言って、ユウトは馬からバイクを話していくと馬はゆっくりと横に逸れて速度を落としていく。

 単純な話だ。馬に限界が来ていただけだ。

 2台のバイクに距離を詰められていた時、同時に馬の速度も落ちていたのだ。

 それに気づいたユウトはいち早く馬も自分達も回避するためにバイクに乗り込んだのだ。

 案の定、兵士達の狙いは自分達だけのようだ。


「次、放て!」


 リーダーの声が聞こえる。それとほぼ同時に攻撃が放たれる。

 すると、ユウトはホルスターから魔法銃を取り出して、それをルゼアに渡した。


「ルゼア、出来る限り撃ち返してくれ。後は俺に任せろ」


「お主はどこまでも男らしく行こうとするの。全くこれ以上惚れさせても増えるのは愛ぐらいじゃぞ?」


「この状況で俺をからかいに来る時点で余裕なのはわかった。なら、頼むぜ。

 あと少し運転が荒っぽくなるが我慢してくれよ」


「密着すればいいだけのことじゃ」


 ユウトはアクセルを回すと広い平地から木々のある森の方へと走り始めた。

 その間に魔法が放たれてくるが、それらはルゼアがほとんどを撃ち落とし、その他をユウトが運転で避けていく。


 ユウトの進路変更に気付いたリーダーは思わず愚痴る。


「障害物が多いところを。だが、それは逆に利用できるということ」


「そんなことさせないから安心しろ」


 ユウトは少しだけ状況を楽しむかのように不敵な笑みを浮かべるとスピードを減速させずに森に突っ込む。

 そして、右手を放し炎を込めるとブレードのようにして一気に薙ぎ払った。

 その瞬間、炎によって溶断された木が道端に倒れ込んでいく。


 倒れる前に通り過ぎたユウトは咄嗟にルゼアに「撃て」と言いながら、自身も魔法を放つ。

 すると、その魔法によって倒れた木が爆散、細かい破片となって兵士達を襲う。

 それによって、3台のバイクが倒れた木に躓いたり、ユウトが壊した木の破片に直撃してバイクから落ちていった。


 残るは木の破片を耐えきったリーダーとその両脇にいる2台のバイクに乗っている杖持ち兵士。

 リーダーの男は忌々しそうに優斗を睨むと告げる。


「お前達、道を開け!」


 その瞬間、リーダーの両脇にいる2人の兵士が杖をユウト達にかざしながら、故の先から魔法陣を作り出す。

 音は聞こえない。ただチラッと見た兵士の口元は動いていた。恐らく、詠唱している。


「放て!」


「魔光砲」


「ルゼア、しっかり捕まってろ!」


「うむ、全力で抱きつくのじゃ!」


 二人の兵士から放たれた2本の砲撃。

 それは道を切り開くと同時にユウトの進路妨害をするように横薙ぎに振るっていく。

 ユウトはそれに襲われる前に魔力を思いっきり流し込んで速度を上げると真っ直ぐ立っている木に直進していく。


「血迷ったか!」


「まさか。その選択を誤るのはお前達だ」


 ユウトは体を若干逸らすとバイクの前輪を持ち上げる。

 そして、後輪のみで走り始めた。いわゆる、ウィリーだ。

 その状態で前輪を木の幹に触れさせると木を勢いよく昇り始めた。


「なっ!?」


 リーダーはそのあまりの突飛な行動に面を食らった。

 まるで自分の理解を超えている存在を見るような目で、衝撃を受けた顔が表情として如実に現れている。

 そして、リーダー達は自分達でなぎ倒した木々に躓いて、バイクから投げ出された。


 その一方で、ユウトは炎で木の枝を一瞬にして灰と変えながら、バイクの前輪を持ち上げる勢いで一回転する。

 その直後、ユウトの登っていた木も切断されていたのか横薙ぎに倒れていった。


 しかし、ユウト達はその倒れた木を避けて地面に着地すると少しだけ走らせて、途中で横向きにドリフトをかけて停止する。


「ほれ」


「ありがと」


 ルゼアはユウトに魔法銃を返すとユウトはその魔法銃をホルスターにしまった。

 そして、リーダーに告げる。


「ありがとな、バイク好きになりそうだ」

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