第14話 4番目の女
「それで何が聞きたいんだい?」
バンダナの女はコップを拭きながら、ユウトに尋ねる。
ユウトは質問したいことをする前に一つ尋ねた。
「その前に単純な質問なんだけど、普通に魔道具使っちゃったけどいいの?」
「なんだ? そんなことも知らないで騙しに来たのか?」
「まあ、なんとなく使ってもセーフだとは思ってたけど。『気づかなかった方が悪い』的な意味で」
「その通りだよ。ここは騙された方が悪い。そういう場所だ。だから、『
それは私がもと情報屋ってことだからって意味だからで......ってこの話は良いか」
バンダナの女はコップを拭き終わると次に濡れた皿を拭き始める。
「ともかく、相手を騙すのに別に言葉だけなんて通はないだろ?
相手の視線を誘導する。意識を誘導する。道具を使っていかさまをする。相手にいかさましているように振りを見せる。
どれも騙すための駆け引きだ。その結果で得するのは当然騙した側。今回の勝者はあんただったってわけだ」
「そっか。それなら、いいや」
ユウトは「面倒ごとにならなくて済んだ」と胸をなでおろすと改めて本題に入った。
「それじゃあ、まず聞きたいんだけど、1か月ほど前に魔王城で襲撃があったけど何か聞いてない?」
「あんたもあの廃れた城の財宝巡りかい? あんな爆発じゃあ何も残ってないと思うけど......まあいいか。
そうさね、正直な話本当に情報らしきものは入っていない。というのも、その爆破に逃れた生き残りが誰一人いなかったからさ。
ただまあ、魔道具やの婆さんがたまたま水晶を見ていた時に凄まじい魔力反応で水晶が割れたって言ってたから、もしかしたら化け物でも作ってたのかもね」
「魔王......様の部下に化け物を作れる人がいるのか?」
「いるよ。名前はドクター・カルトロス。人族との戦争で多くのあ人造魔物を率いて、多くの人族兵士を殺したといわれる英雄さ。
もっとも、人殺しが英雄と呼ばれるほど、今の世の中は殺伐となってしまったけどね」
「まあ、そのせいで情報が売れるから皮肉だよな」と呟いて、バンダナの女は嘆くようにため息を吐いた。
恐らく、同じ魔族と言えどやはり人族との抗争に反対的な人もいるのだろう。
魔王が何の目的で妹を攫ったのかはハッキリしていない。
しかし、それがもし人族との争いの兵器として利用するつもりならそれは絶対に阻止しなければいけないことだ。
「聞きたいことは終わりか?」
「ああ、ありがとう。それと財宝に興味ある?」
「財宝? そりゃああるけど......」
怪訝な様子を見せる女にユウトは<箱庭のバングル>から小さな小袋を取り出した。
そして、それをカウンターにおいた。
その小袋の中身を女は不安そうにのぞき込むとそこにあったのはまさにキラキラと輝く金銀財宝だった。
それをサッと渡すユウトに慄きながら、女は尋ねる。
「あんた、これは一体......もしかして、財宝巡りをしたのか? でも、爆破で何も見つからなかったって」
「してないよ。ともかく、それを無くした所で俺達にはさして影響はない」
ユウトが席を立ちあがるのに合わせて、ルゼアも席を立ちあがる。
そして、入り口に向かいつつ、最後に言葉を告げた。
「騙したお詫びだ。やっぱり俺は騙すのはあんまり好きじゃないみたいでな」
二人は扉を抜けて消えてしまった。
その後ろ姿を眺めていた女は「嘘ばっかし」としばらくの間、その扉を眺め続けた。
*****
「お主、やりおるの。わらわも華麗に騙してほしいところじゃ」
「このコインのおかげだよ。俺がついためっちゃ下手な嘘もコインがそう思わせてくれただけ」
「偽認証のコイン」―――――それは相手に逆の言葉に捉えさせるアーティファクトだ。
簡単に言えば嘘が本当になり、本当が嘘になる。
しかし、使用するためには一度コイントスをしなければならず、しかもその時の絵柄によって効果が変わる。
コインにはドクロマークと天使マークがあり、ドクロが表になると“嘘が真実”になり、天使が表に出ると“真実が嘘”となる。
それは自分が言った言葉に対して、相手の認識が勝手にそうなるという感じに近い。
なので、「嫌いだ」という嘘の言葉が相手には「好きだ」という逆の言葉に聞こえるわけではないので、そのまま聞き取った言葉を嘘か本当か選ぶ選択肢は相手にある。
ただ、嘘ならば本当っぽく、真実なら嘘っぽく聞こえるだけで。
ユウトはコインをバングルにしまうと街を散策し始めた。
スラム街から抜けたここは商店区域なのか人通りと活気が多い。
あっちこっちから良いニオイがしてきてお腹も空いてくる。
一応、食料もあるのだが、ほとんどが保存食のようなものばかりで、二人はここで買い物することに決めた。
二人はとりあえず食料調達のためにあっちこっちの出店を訪れた。
そこで適当に情報を仕入れつつ歩いていくとユウト達は次に替えの服を買いに向かった。
ショウウィンドウからマネキンが服を着てる姿は現代の世界の服屋を彷彿とさせる。
もうすでに世界観が崩壊しているユウトは少しだけ親近感が湧くとルゼアに引っ張られるままに入店。
「ほほう、今はこのような服が揃っておるのじゃな」
「なんかコスプレっぽく感じるな~」
そこにあったのは日常着から防具用に服に、男女の服はさることながら小さい年代からお年寄りまで幅広く取りそろえた店であった。
とはいえ、やはり現代っぽい服装ではないので、ユウトには思わずそう見えてしまう。
しかし、郷に入りては郷に従えだ。ここは順応していくしかない。
「お主お主! これはすごいのじゃ! 似合うかの?」
ルゼアは子供のように目を輝かせると近くにあったゴスロリの服を手に取り、さっと自分の体に合わせてユウトに見せる。
サイズは明らかに子供用だが、それがまたピッタシなのはルゼアがロリ竜人だからだろうか。
ますますルゼアの年齢に対してはてなマークが飛んでいくものの、一先ず「似合ってるよ」と返していく。
ルゼアは「そうじゃろそうじゃろ」と鼻を高くし、尻尾をフリフリさせると次なる
ユウトも近くにあった男性用の服を眺めていると後ろから声をかけられた。
「あなた、人族でしょ」
「......違うよ。それにあなたは?」
その声は妖艶で甘ったるい感じであった。
耳元に息がかかる近さで、フード越しなのに耳がややゾワッとする。
しかし、ユウトは努めて冷静に言葉を返した。
その言葉にユウトから離れたその声の主は返答する。
「そうねぇ。端的に言えば、この服のオーナー兼魔道具屋の店主クロンよ」
「魔道具屋? ああ、確かスラムの酒場の人が“婆さん”て言ってたけど......どう見てもそうは見えないな」
ユウトが振り返ってその声の主を見てみると大きなつばのハット帽をかぶり、藍色の長い髪をした胸元がザックリ開いたドレスを着ている女性であった。
見た目年齢で見れば明らかに10代後半か20代前半ぐらいだ。
要するにルゼアと同じ見た目詐欺ということらしい。
ユウトの言葉に「あの子はまだそんな言葉づかいをしてるみたいね」と呟きつつ、言葉を返す。
「ふふっ、ありがと。おばさんと言ってたら、商品の値段をあなた達だけ倍額にするところだったわ」
「それは地雷を踏まなくて良かった。それでクロンさんが俺に何か用ですか?」
「単純な興味よ。どうやら水晶の魔力の正体はあなただったみたいだし、どんな人物かと思ってね。
ただまあ、まだこれほどまでに若いとは思わなかったけど」
「なんか迷惑かけたみたいですね。水晶割れたんでしょう?」
「ええ、そうね。貴重なやつだったからそれなりに高かったのよ。でも別にいいわ。それ以上に興味ある存在が目の前にいるんですもの」
クロンはそう言うとユウトの顔にそっと手を伸ばし、頬に触れる。
そして、女性でも蕩けそうな甘いことまで囁く。
「『ねぇ、私と少しお茶しない? もちろん、お茶以外でもいいけど』」
「なあ、あんたがかけようとしている催眠と俺の引き金が引くスピードどっちが早いと思う?」
「......」
ユウトはホルスターから十を取り出し、クロンの横っ腹に押し付ける。
緊迫した空気が二人の間で流れる。
その空気は店内に伝わったのか客は何事かといった様子で、ルゼアはユウトの姿を見ながら何かを察したように鋭い目つきを向ける。
やや薄暗い店内が不自然な寒気を感じさせる。
外からは賑わう声が聞こえていたはずなのに、まるでこの場が切り取られたように周囲の音が聞こえない。
「どうして私があなたを誘導しようとしてるのがわかったの?」
「言っただろ? あんた.....いや、お前が俺に催眠をかけているからって。かからなかったとしても、どんなことをされてるのかはわかるはずだろ」
「いいえ、わからないわ。一般的な催眠魔法ならそうかもしれないけど、私が直々に改良した魔法だからね。
もしかして、その指につけているもののせいかしら?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
ユウトは目の前の目の前にあるクロンの瞳を射抜くように睨むとやや獰猛な笑みで告げた。
「まさかこんな所で会えるとはな。忘れたとは言わせねぇぞ?」
―――――バン
ユウトは引き金を引いた。
しかし、銃が撃ち出した火炎弾はクロンの体を通り抜け、横の壁に着弾する。
そして同時に、クロンの姿は蜃気楼のように消えていき、少し離れたところで揺らめきながら現れた。
「大事な服がちょっと焦げちゃったじゃない!」
クロンは眉間にしわを寄せながら激情する。
そして、焦げた個所を手で押さえながら、もう一つの手をユウトに差し向けた。
その瞬間、クロンの手のひらの前に魔法陣が浮かび上がる。
「駆逐しなさい! 木偶人形!」
クロンの叫びとともに店内に飾られていたマネキンがギギギッと一斉に動き出す。
そのマネキンは両腕を引く抜くとその腕から仕込み剣が現れた。
そして、両腕を後ろにまで回る可動域を活かしながら、全てを切り刻み暴れ始めた。
「ルゼア、他の人の擁護を頼む!」
「わかったのじゃ」
ユウトは一体に目掛けて火炎弾を放つと頭を弾き飛ばしていく。
そして、すぐさまもう一体に近づくと振り抜いてきた右腕をユウトが横薙ぎに振るった手刀で切断するとそれを手に取り頭にぶっ刺す。
しかし、頭にぶっさしてもマネキンの動きは止まらなかった。
なので、すばやく残りの四肢を銃で撃ち抜いて切断していく。
先ほど頭を撃ち抜いたマネキンも立ち上がって向かってきたので、同じように切断した。
「我らが主なる闇の神よ。この負の念を捧げ、主なる力のお導きを示したまえ―――――」
ふとクロンに目を向けると両手をユウト達に向けながら何かを詠唱している。
その服が破けた腰辺りの個所には数字の「4」のマークがあった。
やはり魔王の手下らしい。そして、あの詠唱が嫌な予感がするのは百も承知だ。
なので、その詠唱を中断もといクロノを倒すために素早く火炎弾を放つ。
だが、それはマネキンが横に入ったことで防がれた。
ユウトは素早く周囲を確認して、ルゼアが多くのマネキンに囲まれて少しやりずらそうにしてるのを確認すると「もう少し耐えてくれ」と思いつつ、クロンに突貫した。
「闇より出でたる暗黒の炎の息吹よ! 骨の髄まで黒く焼き尽くせ!―――――――闇滅火閃!」
クロンは周囲一帯を巻き込むような黒き炎の本流をユウトに向かって放った。
背後にはルゼアはもちろん、普通に暮らしている人達がいる。
その人たちに危害を加えさせるわけにはいかない。
「さあ、避けられるかしら! 避けてもいいならだけれどね!」
「お前には一つ知らないことがある」
ユウトはその場に止まると数メートルと放たれた自身を覆いつくす炎に右手を差し向けた。
そして、右手が炎に触れた瞬間、人差し指にある<炎竜神の指輪>の赤い宝石が輝く。
すると、クロンの放った炎はユウトを飲み込むことなく、その指輪に吸い込まれていった。
「なっ!」
クロンは思わず愕然とした表情をした。
それは当然、自分の魔法が全て吸収されたからだ。
それも自分の強力な一撃を。
「俺には炎は効かない」
ユウトは右手に炎を宿しながら、クロンにサラッと言ってのけた。
そして、持ち替えていた魔法銃を右手に移すとクロンに向ける。
「お前には聞きたいことがある。すぐに死ねると思うなよ」
「残念ながら、私はまだ生きたいのよ」
クロンは右腕をサッと動かすとユウトに向かって何かが飛んだ。
それを僅かに体を動かして避けるとその正体はマネキンの腕であった。
その瞬間、ユウトはクロンではなく、すぐに背後を見た。
そこには残り数体のマネキンを客を庇いながら破壊していくルゼアを取り巻く、いくつものマネキンの手足。
どうやら足にも仕込みがあったようだ。
「全員、伏せろ!」
ユウトは咄嗟に目に見える数だけの火球を空中から取り出すと一斉に放つ。
それは空中に浮かぶマネキンの手足に着弾し、燃やしていく。
これによって、ルゼア達の安全は保たれた。
しかし、背後にいた気配は消えていた。
ユウトは逃したことに若干のいら立ちがあったものの、胸に溜まった重たい息を吐くと告げた。
「無事で良かった」
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