第2章 人食いダンジョンの謎
第13話 初めての町
「さて、準備は終わったかの?」
「ああ、いつでもバッチリだ」
ユウトは隠し部屋で見つけた服を盗み......否、拝借しそれを着込んだ。
黒いパンクブーツに紺色のズボン、そして鼠色のパーカーの上に羽織ったコート。
ユウトがパーカーを着ているのは妹と過ごした日常を忘れないためだ。
パーカーを捨てることはもとの世界と決別することとユウトには等しかったのだ。
故に、捨てることは出来なかった。
そして、ルゼアの恰好は基本的に動きやすさを重視したスタイルとなっているが、着ている服は紺色のゴスロリである。
見つけた服には女性ものがなかったので適当に見繕った感じが大きく、ゴスロリはルゼアの好みだという。
それから、チャームポイントに天に伸びる角にリボンが結んである。
「どうじゃ? 伊達に長く生きているわけじゃないからの。手作りもプロ級じゃろ?」
「似合ってると思うよ」
ユウトがそう言うとルゼアは嬉しそうに笑い、尻尾を軽く揺らす。
どうもご機嫌らしい。その感情表現はどうにも犬に似ている気がするが本人には言わないでおこう。
そして、ユウトは右手の人差し指にある<炎竜神の指輪>以外にも中指、手首に指輪とバングルをつけている。
それはこの魔王城を散策した時に見つかったアーティファクトだ。
一つが<剛錬の指輪>。簡単に言えば防御力が魔力に比例して上がるというアーティファクトだ。
しかも、効果はそれだけではなく、火傷、凍傷、麻痺、毒、催淫、催眠、呪いとあらゆるデバフ効果に対して耐性を持つ。
それから、もう一つが<箱庭のバングル>だ。
それは魔力に応じて空間に独自の空間を作り出し、そこに物を入れたり出したりできる。
その空間に入れば時間は凍結され、取り出せば再び動き出す優れもの。
他にもあるのだが、今はこれでぐらい良いだろう。
ユウトは一先ず見つかったアーティファクトを装着すると歩き出したルゼアの後ろをついていく。
そして、秘密の抜け穴から外に出るとルゼアは思わず告げる。
「せっかくの旅路というのに、相変わらずの曇り空じゃの」
「まあ、ここはそういう場所だから。とにもかくにも、今この瞬間に俺の目的は決まった。妹を助けること。そして、道中で見つけたアーティファクトを回収すること」
「そうじゃな。とはいえ、どちらも情報が必要不可欠じゃ。今は魔王城の近くの町に向かおうぞ」
「そうだな」
ユウトとルゼアは二人並んで歩き出す。
そこで馬車とかがあれば楽だったのだが、あいにくそう言うものはない。
ないものは仕方ない。
なので、魔王城近くの城下町を目指していけば、情報とともに何か見つからないかと思いまずはそこに向かうことにした。
その道中で、ユウトはふと聞きたかったことを聞いた。
「そういえば、ルゼアは俺の目的に手伝ってくれるみたいだけど、ルゼアは何か目的がないのか?
確か、地下水道に向かう時に『ルゼアは邪竜復活のために必要』とか言ってたけど」
「あるぞ。そして、理由はまさしくその通りじゃ。わらわは各地にある竜神様の祠を尋ねて、その竜神様に信仰の儀式を行うとともに、力を授かりに行くのじゃ」
「それじゃあ、その力を集めたら邪竜を封印しに行くと?」
「何を甘いことを。封印なんぞ時間が経てば封印が弱まってまた最悪がこの地に降り注ぐかもしれん。そうなれば、世界は崩壊するぞ。
子孫に迷惑をかけぬためにもそのようなことが起こる要因を残してはおけん」
「なるほどね。そういえば、俺が最初に見つけたアーティファクトって名前が<炎竜神の指輪>だったけど、俺も会えれば強化してもらうことできるのか?」
「可能性はある。じゃが、相手は神に属するもの。それも竜じゃ。認めるためには力比べもあるやもしれぬな」
「ま、そん時はそん時だ。だけど、俺は妹を助けるまで歩みを止めるつもりはない。俺にできることだったらなんだってやってやる。アーティファクト集めもその一つだ」
「その息じゃ。わらわもお主のそばに立っていられるよう気張らないとな」
そうして、会話をしばらく続けていくこと数十分、ユウト達は崖下に広がる町を見つけた。
魔王城からそこそこ離れた位置だったので、ユウトが魔王城に乗り込むときに気付かなかったのは当然であった。
「マジか......」
ユウトはその町を見て思わず言葉を呟いた。
それは広大な大きさを誇る町......というよりは、いくつかの煙突から煙を上らせる工場らしき建物があったからだ。
ユウトがこれまで読んできたファンタジーを舞台にした世界とは一線を画すような建物が存在していた。
まるでその町を例えるのなら、産業革命が起こった時のヨーロッパのよう。
ユウトは実際にその時代のことを知るわけではないのでハッキリとしたことは言えないが、それでもその年代を舞台にした映画とかは見たことあるからわかる。
「ここはファンタジーなんだよな?」
「ファンタジー? お主が何を言いたいのかはわからんが、この世界ではこういうのが当たり前じゃ。いや、当たり前になったといった方がよいかの」
「あの工場では何が作られてるんだ?」
「主には魔法を付与した武器などの生産かの。防具なんかもそうじゃ。後は乗り物を作っておる。とはいえ、何十年も前の情報じゃから正確な情報じゃないがの」
「乗り物.....まさか車なんて言わないよな?」
ユウトはやや引きつった顔でその町の光景を見ながらルゼアに聞いた。
しかし、ルゼアはその単語にはキョトンとした顔をする。
「くるま? それは聞いたとことないの。ただその当時に認識であれば馬並みに早い乗り物と聞いたことがある。
といっても、さすがに空を飛んで移動するには負けるがの。ほれ、行くぞ」
ルゼアがユウトの手を引き歩き出す。その手に連れて行かれるままにユウトは歩き出す。
若干自分が思っていた異世界とは違っているものの、ほんとはこういう世界なのかもしれない。
ただそういう固定概念が定着してるだけで、違うのならすぐに意識を直した方が良い。
ユウトは自分の中の勝手な異世界イメージを壊すと同時にルゼアに尋ねた。
「この世界はどこもあんな工場があるのか?」
「どうじゃろうな。かれこれ、どれくらい経ったかもわからず檻の中にいたのじゃからな。
ただモノづくりが好きなドワーフがいる時点で、その当時よりもさらに性能の良い何かが生み出されていたりしてるかもな」
という事は、自分が思っているよりもこの世界は武器で溢れていると考えるべきか。
基準としては自分が持っている魔法銃。
魔王城を守る兵士が持っていたのだ。恐らく、この魔法銃ほどのスペックのものが大量に生産されていると思った方が良い。
ということは、最悪の話大砲やガトリングガンみたいなものも存在する可能性がある。
ルゼアが教えてくれた知識はあくまでルゼアが捕まる前までの話。
たった数十年で技術が進歩した世界に生きていた自分だ。
そうなっている可能性は少なくない。
魔法が基本的に使われるこの世界では、恐らくモノ作りも魔法をベースに考えて作られてるだろう。
となれば、魔法銃でいちいち物理の弾を作るよりも、自身魔力で撃てるという方がはるかに効率が良い。
それも弾は自身の魔力が尽きるまで。リロードもなし。
もしこの世界で魔力量の分だけ弾が撃てるガトリングガンなんて存在していたらやばいな。
だが、恐らく大砲は確実にあるといっていい。
とはいえだ、普通何もしなくても魔法を撃てるなら何も銃の形にしなくてもいい。
杖はあくまで魔法の威力や範囲を向上させるための役割が大きいという事を聞いた。
確かに、魔法は当てたもん勝ちみたいなところがあるが、なら魔法を早く撃てることを考えたとしてどうしてあの魔道具フォルムになったんだ?
まあ、考えられることは一つだろう。
自分よりも前に来た恐らく同郷の世界の人物がこの世界に銃を広めた。
それがこの世界。全くどこのF〇だよ。
まあ、そこまで科学技術が発達してる感じじゃないのが幸いか。
ユウトは思ったよりハードな旅になるような予感がした。
とはいえ、どれほどハードになろうとも自分がやるべきことは変わらない。
ユウトとルゼアは町に近づいていくと門から少し離れた場所で制止した。
すると、ルゼアがユウトに向かって声をかける。
「お主よ、フードを被って頭をかくせ。竜人族のわらわならまだしも、人族のお主がそのままの姿で行けば厄介なことになることは確実じゃ」
「わかった。それとあの門にいる兵士にはきっと通行許可証みたいなの必要そうだよな? 周りの塀を上った方が安全かもしれない」
「そうじゃの。速やかに行くぞ」
ユウトはルゼアの忠告通りにフードを被るとバレないように行動し始めた。
門番を警戒しながら、塀に近づくとユウトが壁に立つ。
そして、ユウトに向かってきたルゼアがユウトの構えた手に足を乗せるとユウトがルゼアを真上に投げ飛ばす。
それから、ユウトが少し助走を取りながら一気に走り出して壁を8割ほど駆け上ると天辺にいるルゼアに手を掴んでもらい、引っ張り上げてもらう。
「やっぱ壮観だな。こんなレトロな町で人が賑わってるなんて」
「どこもそこも似たようなものじゃ。すぐに慣れる」
そう告げたルゼアはサッと塀を下りていく。その後にユウトも続く。
着地した周囲は先ほどユウトが眺めていたレトロな町並みに比べてやや粗野な家が目立つ。
少し移動して人の様子を見てみれば、何ともガラが悪そうな人が多いこと多いこと。
恐らく、この町のスラム街的な場所だろう。
ユウトとルゼアは目をつけられる前に速やかに通り抜けていく。
しかし、とある店の前で突然ルゼアが止まった。
「どうした? この店に何かあるのか?」
「ある......と言えるほどの確証はないが、それでも情報を得る手段はある。それがこのスラムの酒場じゃ」
その店は「ライアーエンジェル」、直訳すれば「嘘つきの天使」という名の店であった。
なんともうさん臭いニオイしかしない場所であるが、そこで目的の情報を得られるのならそれに越したことはない。
「ルゼア、少し俺に任せてくれないか?」
「好きにせい」
ユウトはその言葉を聞くと<箱庭のバングル>から一つの金色のコインを取り出す。
それを指で弾いて、空中で回転させると左手の甲でキャッチする。
そして、そのコインに描かれているドクロマークを見るとユウトは「よし」と呟いた。
「何をしたんじゃ?」
「ただのおまじないさ。あの看板からもしかしたらと思ってな」
二人はつま先の向きをかけるとその店に向かっていく。
そして、開きっぱなしのドアを潜り抜けた瞬間、その場にいた客が入店音のベルに気付き二人を訝しげに見る。
ユウトはともかく、ルゼアはそのままの恰好であるからに周囲の目を引いたのだ。
そして、何よりもその場にいた全員が注目したのはルゼアの角と尻尾。
それはなにより竜人族を示す証拠以外の何物でもなかった。
二人は妙な空気感に包まれつつ目の前のカウンター席に移動していくとコップを拭いているバンダナを巻いた女性に話しかけた。
「少し聞きたいことがあるんだが、情報を持っている人を知ってるか?」
「知ってる。けど、あんたらみたいなうさん臭い連中に売る人はいないよ。その連れている竜人族が脅しただとしても私には通じないよ」
「別にそういうわけじゃない。なら、恩を売れば買ってくれるか?」
「は? 何を言って――――――」
「今から数分後にこの店は爆破される。床下に魔法で隠蔽されてるけど、爆破の魔法陣があった。
そのようなことをされる心当たりがあるんじゃないか?」
「......それを私が買うとでも? それが本当だとしたら、あなた達がここにいるはずないじゃない」
「俺達には守る術がある。それに別に自分の身を守ろうとしなくても、その襲撃を防げば俺達がここにいてもいい理由になる。違うか?」
バンダナの女はユウトを見る。その目に嘘つき独特の曇ったをしているか確かめるために。
その女はこの店で数々の嘘つきを見てきた。
いろんなところで集めた情報を生活資金のために嘘をでっちあげて情報を売る人を。
故に、わかるのだ。その人物が嘘をついているかどうか。
それはいわゆる職人の経験による勘に近いものだ。
伊達に看板名にあのような名前を付けていない。
ここは嘘つきが集まる場所。もちろん、自分も例外なくそういう場所だ。
しかし、ユウトの目には嘘つきの曇りがなかった。
そのような店の危機を訴えて店を買収しようとした人もいたが、その人とは明らかに目の曇りが違う。
「わかった。言うよ」
「ちなみに、情報屋は実は自分で『ちゃんと紹介はしたでしょ?』みたいなのはダメだからな」
「......はあ、その情報屋は私よ。それで店を守ってくれるってのはほんとでいいのよね?」
ユウトはその質問に答える前に「認証、確定っと」と呟くとサラッと告げる。
「いや、違うよ?」
「は? だって、今さっきそう言って―――――」
ユウトはポケットからドクロマークの描かれたコインを取り出し、バンダナの女に見せる。
「<偽認証のコイン>ってな、言った言葉を相手に本当のように思わせることが出来るんだ。
ちょっとずるいけど、それはあくまで思わせるだけで強い強制力はない。
ってことで、俺の嘘を勝手に信じたのはそっち。言質も取った。
ここは嘘をついてもいい店なんじゃないの? 看板の名前的にさ」
ユウトはそれはまるで天使のように笑った顔をした。
その表情にバンダナの女は「負けたよ」と諦めるようにため息を吐いた。
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