第12話 最終調整
ユウトの意識が覚醒すると柔らかいものに全身を包まれていた。
後頭部から背中、腰にかけてフワフワな何かがある。
それは何かわからないが、とても安心するものだ。
ともあれ、起きなければなるまい。
正直、あの初代魔王との会話があったせいでまるで寝ていた気がしないが。
ユウトは目を開けた。しかし、視界は明るくならなかった。
依然として真っ暗なままで何も見えない。
いや、思考が正常に回り出してわかったが、これは目の上に何か乗っている感触だ。
やわらかく、人肌の暖かさがあって、それでいて小さい何か。
わかっている。もうこんなことをするのはあのイタズラ竜人しかいるまい。
ユウトは目を覆ている小さな手をどかすと目を開ける。
すぐに視界に入ってきたのは近い天井だ。
いや、これはお姫様とかが使うタイプの屋根付きベッドだ。
周囲を見ると広めの部屋に高そうな骨董品が置いてある。
――――――ここはどこだ?
「なんじゃ、もう目覚めてしもうたのか。もう少し寝ていればいいものの」
「なんか目が醒めちゃって。とりあえず、おはよ......」
ルゼアの声に何気なく返答したユウトであったが、すぐにその思考は固まった。
それは仰向けに寝ているユウトの上にルゼアが乗っかっていたからだ。
そして、掛布団から僅かに顔だけをだして、優しく微笑む。
寝ている人の布団に潜り込むとか昔サラが良くやっていた気がするが......ルゼアって恐らくそんな無邪気な年齢じゃないよな?
「とりあえず......何してるの?」
「お主の顔を見ておった。童のようで可愛らしかったぞ......いや、わらわから見たら人族は皆童なのじゃがな」
「......いつから?」
「どのくらいじゃったかの? お主が眠った後、少し周囲を探索したのじゃ。そしたら、隠し扉でここを見つけてお主を運んできた。
それから、わらわも一緒に寝て、目を覚ました時にはお主はまだ眠っていたから、ずっと眺めていただけじゃ
それはそうと、お主よ! なんとお風呂も見つけたぞ! これでようやく体をキレイにできる!」
ルゼアはキラキラとした瞳をユウトに見せる。
その表情が見た目と相まってやはり子供に見えてしまう。
何度も違うと思いながらも、思考がそっちよりに行ってしまう。
まあ、これに限っては慣れなのだろう。さすがにもう少ししたら慣れると思う。
そう思いながらユウトは一先ず告げた。
「とりあえず、どいてくれない?」
「なぜじゃ?」
ユウトは現状やばかった。それは男の生理現象的な意味で。
ルゼアが長く生きているとなれば知らないはずもないだろうから、そう告げたにもかかわらずルゼアはなぜかキョトンとした顔をする。
ユウトは「まさか、いや......」と思いながらも、出来る限りお茶を濁しながら告げる。
「いや~、そのね? ちょっと俺のあれがあれしてるから、どいてくれると非常に助かるというか」
「なんじゃ、そんなことか。わらわは別に構わん。どうせすぐに必要になるしの」
「???」
ユウトは困惑した。それはどういう意味なのかと。
「構わん」とは? 知っている様子だったしどうみても性別的に男と女であるわけだし、構わんはずもないだろう。
それに「必要」とは? 必要なのは自分ぐらいで、ルゼアにはいりもしないはず。
そんなユウトの表情を見ていたルゼアは急に反応を楽しむようにニヤッとした笑みを浮かべる。
「相変わらず、わらわ好みの愛い反応をするではないか。その戸惑っている姿も実によい」
「この! またからかいやがったな!......はあ、負けだよ。俺の負け。だから、早くどいてくれ」
「それはまだ出来ぬな」
「は?――――――え?」
ルゼアは掛布団を体ではねのけながら、ユウトの上で馬乗りになる。
その時のルゼアのユウトの困惑は加速し、咄嗟に目を逸らした。
それはルゼアが真っ裸であったからだ。
長い銀髪で胸の大事な部分は隠れているが、それでもロリっこ容姿のルゼアがユウトに馬乗りの時点で、ユウトにとっては事案ものであった。
しかし、この場には二人しかいない。止めるのも自分しかいな。
ユウトは恥じらいを隠すためとルゼアにその場から離れてもらうようにちょっと怒った風に聞いた。
「な、なんの真似だ!?」
「なんのとはお主も人並みの性知識を持っているのなら知っているはずじゃろう。それにわらわにこうさせるのはお主のせいじゃ」
「俺の?」
「竜人族は偉大なる竜の血を受け継ぐ一族。そのためか他の種族に比べて筋力も身体能力も魔法も強いのじゃ。
それが意味することは、たとえ女あれ竜人族であるならば、他の種族の男と混じって行動しなければいけないという事じゃ。
それも戦いとなれば一番槍。もはや他の種族でわらわ達竜人族の女をまともに女扱いするものはめったにおらなんだ」
「じゃが.....」と言いながら、ルゼアはユウトの顔に手を触れさせる。
そして、そのまま顔をグイっと近づけた。
「お主は違う。たとえこの世界の常識が違うとしても、お主はわらわを
お主はわらわの一線を踏み越えたのじゃ。何度も『惚れさせる気か?』と忠告しておったのに」
「それはただからかってるだけだと思って......」
「確かにそういう意味合いもあった。じゃが、それは半分冗談で半分本気というやつじゃ。
お主はわらわとの別れ際に『男だから女を守るのは当たり前だ』と言ってくれて、それでいてわらわが捕まればこうして助けに来てくれた。
これだけのことをしてくれたお主に惚れない女がどこにいる?」
ユウトはチェスで言えばチェックメイトの状態であった。
もはや逃げ場などどこにもない。
ルゼアの縦に伸びた瞳孔に見つめられていたら、いつの間にか尻尾で両足を拘束された。
咄嗟に動かそうとした両腕もルゼアの両手に押さえつけられる。
「竜人族は基本的に肉食じゃ。広義的な意味でな。
お主がまだ完全に力を引き出していない状態で助かったのじゃ。
どうせ後で体をキレイにするのじゃ。今はただわらわに食われることよな」
「ちょ、まっ―――――――」
そして、ユウトは骨すら残さずに食われた。それはもちろん、性的な意味合いでだ。
*****
――――――それから、1か月の時が過ぎた。
「それじゃあ、基礎的な体術の修練の総まとめといこうではないか。1か月も経ったんじゃ、もう体は馴染んでおるだろう?」
「ああ、早く急ぎたい気持ちはあったけど、正直ルゼアの言葉を受け入れてよかったと思ってる」
「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう」
ユウトとルゼアは魔王城近くの平地にて互いに向かい合っていた。
この1か月の間何をやっていたのかというと簡単に言えば修行だ。
それはユウトの激変した体を馴染ませるためとユウト自身が知識としてだけしか知りえていない体術の動きを知ることだ。
本当はユウトは目覚めたその日から妹を探すために出かけるはずだった。
しかし、ルゼアにそれは止められ、「先に体を万全にする方が先ではないか?」とアドバイスを受けたのだ。
ユウトはその言葉に従って、ルゼアが知っている竜人族の格闘術を学びつつ、同時に魔王城で見つけたいくつかのアーティファクトの操作をの練習をしていたのだ。
そして、1か月が過ぎた今日はルゼア曰く総仕上げの日らしい。
故に、ユウトとルゼアは向かい合っている。
「お主の魔法はちと威力が高すぎる故に遠慮してもらおうかの。たとえ手加減されたとしても耐えきれる気がせんからの」
「つまり体術だけでってことだろ? だけど、俺が使うのは竜人流格闘術だけじゃないけどいいか?」
「よい。あくまでこれはお主のリハビリの総仕上げのつもりじゃからの。そうしてもらわんといかん。ただし、わらわも今出せる本気で行かせてもらうぞ」
「わかった」
そう言って二人は軽く身構える。
「そうそう、お主が無事に勝てれば好きなものをくれてやろう。無論、わらわ自身でもよいぞ?」
「それむしろ自分の願いだったりしないよな?」
「さて、どうかの。ただまあ、わらわの熱を冷まさせないには勝つしかないの。
それに、女に守られるというのは男として好かんじゃろ?」
「実質選択肢は勝ち一つじゃないか」
「そういう事じゃ。なら、漢気を見せてみよ。いくぞ!」
ルゼアはその場から消えた。いや、視覚的にそう見えるほどの高速移動で視界から外れたのだ。
しかし、ユウトは焦らず冷静に魔力で位置を判断する。
そして、右斜め後ろからやって来たルゼアの右ストレートをユウトの右手で掴む。
―――――――ドン
まるで地面に大木が倒れたような衝撃音がルゼアの拳とユウトの右手が触れあった瞬間に鳴った。
普通の人間なら右腕が原型をとどめずひしゃげるような衝撃でも、ユウトの右腕はそうならない。
そして、ユウトがルゼアの右手を掴みながら自身の腕を手前に引くと同時に、左手の掌底を当てていく。
しかし、その左手はルゼアの尻尾で捕らえられ、絞めつけ押さえつけられる。
それから、すぐにルゼアは両足を揃えてドロップキックをかました。
「ほう、やるの」
「伊達に先生の教えがいいんでね」
ユウトは咄嗟にルゼアの右拳から手を放すと右腕でその蹴りをガードした。
勢いのないほぼノーモーションの蹴りだったにもかかわらず、ユウトの体が後方に引きづられて行く。
しかし、その勢いが止まるとユウトはすぐさま動き出した。
ルゼアの足が地面につく前にルゼアに肉薄する。
しかし、ルゼアはそれを見越していたように尻尾で自身の体を一瞬支えて、後ろへ飛ぶように跳ねさせた。
「竜迅脚」
「ぬおっ!?」
だが、ルゼアはすぐに距離を詰められた。
それはユウトに教えた竜人流格闘術の高速移動術によって。
その一瞬の判断からの追撃にルゼアは思わず声を漏らす。
そして、「若干やりすぎたかも」と思う節もあった。
ルゼアは両足を地面につけて、さらに両手も使って無理やりブレーキをかけて止まるとユウトを迎え討つ構えをした。
「竜拳」
ルゼアは右拳を腰深くに構えると正面のユウトに向かって鋭く突いた。
その瞬間、圧縮された空気によって作り出された砲撃のような空気砲が大地を抉りながらユウトをに迫る。
しかし、ユウトは避けることをせず、直撃した瞬間には霞のように消えた。
「なっ!?」
「魔影ってね。いわゆる幻影だよ」
ユウトがルゼアの背後からスッと現れる。
そして、ルゼアの体を羽交い絞めにしながら、指鉄砲をルゼアのこめかみに当てる。
ユウトの行動は銃口をルゼアのこめかみに当てているのに等しい。
勝負は終わった。
「クク、わらわの完敗じゃ。あれだけの動きを見せれればこれ以上続ける必要もあるまい」
「なら、無事に合格ってことだな」
ユウトは指鉄砲を解除し、ルゼアから放れようとする。
その時、ユウトから見えない位置でルゼアはニヤッっと笑った。
「じゃが、お主はまだまだツメが甘いの」
「何が―――――ん!?」
ルゼアが突然振り返ったと思うとユウトの胸ぐらを掴み、唇を奪った。
そして、ルゼアに満足するまで貪りつくされるとユウトはその場にへたり込む。
「お主は無意識にわらわが女であるためにセーブしておる。
それは相手が女であった場合、致命的な隙を生みかねん。特にこのようなとんでも行動をされた時のな」
「そ、そうなのか、教えてくれてありがとう。でも、わざわざそうして教える必要あったか?」
「ないな。単にわらわがお主に変わらぬ愛情表現を示しただけじゃ」
そういってルゼアがニヤニヤとした顔を浮かべる。
その度にユウトはなぜか負けた気がして諦めたようにため息を吐いた。
ルゼアにお食事されたあの日以降度々こういうことがある。
そして、ユウトが「恥ずかしいからやめてくれ」というと、「愛情表現の有無は夫婦円満にかかわるから無理」と一蹴されるのだ。
そうあの日以降に二人は恋人になっていたのだ。
といっても、なし崩し的にとはいえ、やってしまったユウトが責任を取った形であるが。
とはいえ、変わったことと言えば、ルゼアのイタズラがやや過激になったぐらいだが。
ルゼアはユウトに近づくとそっと手を伸ばす。
「さて、そろそろお主の妹を助けに行こうではないか。ちゃんと、挨拶せねばならんしの」
「.....そうだな。俺はサラに『助けに来ないで何やってんの』って怒られに行かないとな」
ユウトはルゼアの手を掴むと引っ張り起こしてもらう。
その時、二人に眩しい光が刺した。
それは常に曇天で覆われていた空にできた僅かな隙間から刺す光。
その光がまるで希望の光のように手を繋いだままの二人を輝かしく照らした。
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