第11話 精神世界にて

 ユウトは銃口を向けたまま全身を炎に包まれた魔王の分身体だったものに目を向ける。

 それは原型にわからなくするほど全身を真っ黒にさせると重力のままに落ちていく。

 そして、落ちたそれはただの炭となった。


 ユウトはようやく銃口を降ろすとすぐに周囲を確認する。

 しかし、この場にはルゼア以外の気配を感じない。

 ということは、終わったのだ。自分はルゼアを助けられたのだ。

 その安堵感からか思わず大きく息を吐きながらルゼアに近づいていく。


「ルゼア、大丈夫か?」


「うむ、問題ない。助けに来てくれて嬉しかったのじゃ。とはいえ、お主変わり過ぎじゃぞ。何があった?」


「それはこの枷を外しながらでいいか? あと、少し熱いかもしれないが我慢してくれ」


「わかったのじゃ。それに竜人族は熱さに強いから気にせんで良い」


 ユウトはしゃがんでルゼアに視線を合わせるとルゼアの手錠に触れた。

 そして、川に流されてからの経緯を話すとともに手錠を炎で赤熱させて溶断していく。

 両手、両足、それから首の枷を外していく頃にはユウトは全てを話し終えていた。


「なるほどな、初代魔王の首飾り。それがお主を劇的に変化させたアーティファクトという事じゃな?」


「みたいだな。でも、まだ初代魔王という存在が測り知れてないから何とも言えないけど、悪い奴ではなかった気がする」


「わらわもそう思う。とはいえ、その者が持っていた負の念となれば相当のものじゃ。顔もやや青白い。休んだ方が良いと思うがの」


「大丈夫――――――へっ?」


 ユウトが立ち上がろうとすると不意に力が抜けて後ろに座り込んだ。

 体に痛みが起こったとかそういうのではないが、やや力が入りづらくなっている。

 そのユウトの症状をルゼアは冷静に分析した。


「恐らく魔力枯渇による虚脱感じゃろうな」


「え、でも、魔力タンクだって言ってなかったっけ?」


「言ったな。ついでに魔力も無限に生成することが出来ると。とはいえ、いくら魔力無限であろうとも使用すれば減ることには変わりない。それに、お主は初めて魔法を使ったばかりじゃ。

 体が魔力の最適化を成せていなかったり、体自身が劇的な急成長によって限界を優に超えていたりしてるじゃろうからな。

 これまでは興奮で気づいてなかったようじゃが、それが無くなった今その反動が来ておるのじゃ」


「けど、早くサラを助けに行かないと――――!?」


 思わず声を荒げるユウトにルゼアはそっと近づき、右手の人差し指をユウトの唇に当てた。

 そして、やや妖艶な笑みで告げる。


「少しは年長者の言う事を聞くもんじゃな。それとその口を再びわらわの口で塞がれたいか?」


「!?」


 ユウトは咄嗟に顔を赤くする。

 それはルゼアが牢獄から救出する時に奪われた唇のことを思い出したからだ。

 しかも、今のルゼアの表情もやるのはやぶさかではないといった感じだ。

 なんだろうか、この敗北感は。そう思わなくもないユウトであった。


 すると、ルゼアはその場で両足を伸ばして座るとユウトの頭を手繰り寄せた。

 そして、その頭を自身の太ももに乗せる。俗にいう膝枕である。

 それによって、覗き込む形で見てくるルゼアと妙に顔が近くなり、ユウトは思わず顔を逸らす。

 その反応を楽しそうにルゼアは告げる。


「ククク、愛いやつめ。そのような反応をされると増々色々とイタズラしたくなるではないか」


「やめてください」


「わかっておるは。やらん。それにしてもまあ、本当に無茶しおって。どうしてあのまま逃げなかったんじゃ?」


 ルゼアは思わずユウトに尋ねる。

 実のところ、ユウトが話した経緯は大分自分のことを省略して伝えたのだ。

 ただ断片的にその時起こった自分のことを伝えたり、ペンダントがしゃべったりとかを伝えただけ。

 それ以上は自分の気持ちの問題であったからだ。

 とはいえ、その気持ちがルゼアが気にならないかと言われるとそれはまた別の話だ。


 ユウトは「きっと隠し事とかは無理なんだろうな」と思いつつ、その時の自分の想いを告げた。


「俺は怖かったんだ。妹を攫われて、そしてこの城でルゼアと出会って一緒に脱出しようと約束したのに自分だけ助けられて、ルゼアは捕まって。

 ただでさえ大事な妹が攫われてるのに、俺を逃がしてくれた恩人まで失うのかって」


 ユウトはそっと目を瞑る。そして、その時の自分の言動を振り返る。


「その時の俺はだいぶ狂ってたのかもしれないな。けど、こうしていられるのはルゼアを助けたいという気持ちがあったからこそ。

 いや、もっと正確に言うのなら、ルゼアを助けられないでどうしてサラを助けられるんだとも思った。

 だから、初代魔王の負の念だとやらにも俺の信念が勝てたってわけ。ほんとギリギリだったけどね」


 ユウトはそっと目を開ける。そして、心の底から安心しきった声で伝えた。


「だからこそ、良かった。ルゼアが無事で。今この瞬間だけはそれで胸が一杯だ」


「お主よ......もう少し手加減というのを知らんか」


 やや震えた声で告げたルゼアの声にユウトは思わず目線を上に向ける。

 すると、口元を手の甲で隠したルゼアの姿があった。

 その腕や肩はやや微振動している。そして、よく見れば頬や耳が真っ赤だ。

 どうやら照れているらしい。

 珍しい......というより、ルゼアのその表情を見るのは初ではないか?


 少しして、ルゼアは何かに耐えきった表情をすると未だにほんのり赤く染めた顔で覗き込む。

 そして、口火を切る。


「お主よ、どうやら肉体的強さだけじゃなく、そういうことをサラッと言えるほどに精神的強いようじゃからあえて伝えておいてやろう。

 そういう言葉を言う時は相手を選べ。普段強気な奴、精神的に弱っている奴、そしてわらわのような一人でも大抵のことはやっていける竜人族にとってはその言葉はある種の猛毒じゃ」


「そ、そうなのか......?」


「そうなのじゃ。まあ、それ以外にも大抵は通用するじゃろうがの。ともかくじゃ、そういう奴には気をつけよ。いつ何をしてきてもおかしくはないぞ」


「それはルゼアも?」


「そうじゃな、わらわはとっくにお主の毒牙にかかっておる。しかも、こちらから放れさせなくするという特殊効果つきでな。

 今はまだわからんが、確実に長く持たないことは伝えておく」


「わ、わかった?」


 ユウトは途中からルゼアの言っている意味がわからなかった。

 一瞬「思春期故のあっちの意味か?」とも考えたが、さすがに1日も経っているかわからないほどの短さでそうとは考えづらい。

 なので、わからなかった。いや、もっと詳細に言うとすれば嫌な予感がしたのでわかりたくなかったということか。


 ルゼアが真剣な目つきでありながら、口角がピクピクしてることから目を逸らしつつ、ユウトはふと魔王城を眺める。


 ここから始まった全く分からない世界の人生。

 しかも、召喚された相手は悪役の王道である魔王で、その魔王は邪悪なるままに妹を連れ去った。

 そして、妹を助けるためにもまず自分が生き延びることを優先してこの場所から魔物に追われて逃げ出した。


 それが今やルゼアを助けるために一度脱出した魔王城にすぐに戻っていくことになるなんて思ってもいなかった。


 しかし、色々なものを一度は全て失いながらも、必死に食らいついて手を伸ばしてはまた大切なものを取り戻すことが出来た。


 一度失ったからこそわかる。もうこんな経験は二度としたくないと。そ

 して、全てを取り戻して、自分はもう一度妹と軽口を叩き合いたいって。

 今度は妹の好きなアイスをたらふく奢ってやるって言ってやるんだ。

 だからもう、負けない。今度は大切なものはそばで守っていけるように。


「俺、もっと強くなりたい。サラを助けるためにももっともっと強くなって、今度はもう失わせない」


「お主はもうそこらの種族よりも超常的存在になっておるがの......まあ、それがお主の気持ちというのなら、わらわはただ受け止めようではないか」


 ルゼアは我が子を撫でる母親のような手つきでユウトの頭を優しく撫でる。

 その伝わる安心感と先ほどから感じていた虚脱感によってユウトは強い睡魔に襲われた。

 そして、重たくなったまぶたに逆らえずついに目を閉じた。

 その寝顔を見てルゼアは微笑む。


「全く愛いやつめ......今はゆっくり眠るがよい」


*****


『うっ......ここは?』


 ユウトが目を覚ますと視界は白一色に包まれていた。

 重たいまぶたを擦りながら上体を起こすと自分の服を確認する。

 これまで着ていた服だ。しかし、その服に返り血の紅い染みはない。


 周囲を確認する。

 地面も遠くもどこまでも白一色に包まれた世界だ。

 しかし、ある一か所だけ違った。

 その一か所は芝生のような地面が広がっていて、その芝生に一本の巨大なしだれ桜が咲いていた。

 その周辺は桜吹雪が舞い、地面をピンク色の花びらのじゅうたんで敷き詰められている。


 そして、その桜の幹に寄り掛かる巨大な盃を持っている赤髪の男がいた。

 ユウトはその人物を見た瞬間、すぐに誰か理解した。そして、その男が魔王と比べて角がない事に疑問を感じる。


 少し警戒しながら近づくいていくと声をかけた。


『あなたが初代魔王さんですか?』


『さん付けはよせ。そのままの口調でいい。にしても、ようやくリンクが繋がったか。といっても、まだか細いけどな』


 初代魔王は盃を芝生の上に置くとユウトを手招きする。

 ユウトが桜の木の下に座ったのを確認すると反対側に置いてあったひょうたん型の水筒を取り出す。


『お前は酒飲める年齢か?』


『いや、未成年なんで......まだ17ですし』


『なら、大丈夫だ。この世界は成人は15歳からだしな。それにここは精神世界だ。酔っていると思わなければ飲んだところでただの水と変わらない』


 そう言って、結局巨大な盃にひょうたんの中にある液体を流し込んでいく。

 ある程度まで注ぎ終えると「ほれ、一杯付き合え」と催促してきた。

 ユウトは若干警戒しながらも、人の好意を無為にするわけにもいかず両手で盃をもって喉に流し込んだ。


『甘い』


『そりゃあ、俺が甘口になるよう意識してたからな。言っただろ? ここは精神世界だと。

 俺の意識の中でもあり、お前の意識でもある。もっとも俺は思念体だからお前の精神体にお邪魔させてもらっているだけだけどな』


 ユウトが盃を置くとそれに液体を注いで今度は初代魔王が口にする。

 その瞬間、ユウトの体が淡く輝きだした。

 嫌な感じではない。むしろ、体があったまってきて、力が漲るような。

 それを見て初代魔王が告げる。


『同調率30パーセントってところか』


『同調率? っていうか、今何をした?』


『盃を交わしただけさ。お前が親で俺が子のな。そして、それはお前が俺の力を完全に引き出せるようになるためのリンクを強めたという事だ。

 先ほどの戦闘でもお前は十分に無双状態だったが、さらに無双できるというわけだ。どうだいいだろ?』


「何がしたいんだ?」


 ユウトは単刀直入に聞いた。

 覚醒前の会話の時もそうだったが、初代魔王の行動理由が読めないのだ。

 あの時は力を貸すことに反対していたのに、今は積極的に力を貸す。

 その180度行動を変えた変化にユウトは疑問が隠せない。

 すると、その質問に初代魔王は液体を注いだ盃を飲みながら答える。


『俺はただ俺を救って欲しいだけなのかもしれない。死ぬことも叶わず、こうして意識だけが取り残されて燻っている自分を解放して欲しいのかもしれない。それにあわよくば魔族を救って欲しいとも思ってる』


『じゃあ、どうしてそれを最初に言わなかった』


『言っても無意味だっただろ。

 このペンダントを手にするのは大体邪心を抱えた奴ばかりだ。どいつもこいつも力を欲する。

 お前もその一人だった。だから、止めようとしたんだ。けど、結果は俺の思っていたこととはまるで違っていた』


 初代魔王は盃に口をつけて飲み、そのまま飲み干すと辺りを見回す。


『こんな穏やかな空間は初めてだ。居心地がいい。これまでが酷過ぎたから驚きが今でも残ってる。

 そんなお前なら俺の力も託せると思ったんだ。

 俺と同調できるやつはそうはいないし、お前が憎む魔王とて同調できなかった。

 だから、その魔王はペンダントを捨てた。だけど、本来ならそれで俺も終わるはずだったかもしれん―――――お前が来るまでな』


 初代魔王はユウトに目を向けると「時間だ」と告げる。

 すると、ユウトの体がだんだんと透け始め、体の端から光の粒子になって体が消えていく。


『お前が聞きたいことは山ほどあるだろうが、それはまたの機会だな』


『ちょ、待って―――――』


『じゃあな......っとそうそう、寝起きには気をつけろよ。まあ、いい経験になるだろうけどな』


 魔王はそう言って楽しそうに笑って見送った。

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