第42話 ぶち壊してやろうぜ

 


 相手は幽世――『呪界』で受肉まで果たした『呪魔』。

 本来『呪魔』の身体は無数の呪いが集合して構成されている。

 だが、受肉した場合……それは呪術師にほど近い存在と言えるだろう。


 言葉を介し知性を有する人の皮を被った『呪魔』ともなれば、危険度は格段に跳ね上がる。

 生かしておくには危険すぎる。


 けれど。


 薊の意識が『呪魔』に乗っ取られたとはいえ、俺に人間を殺せるか?


 答えは――否。


「……悪い癖だ」


 諦めてしまえば簡単に事が片付くのに。


 ちっぽけな見栄だ。


 姿かたちが変わろうと捨て去れない、俺という人間の残り香のようなもの。


「お前が受肉されたからって、それで殺したら俺の寝覚めが悪いんでね。折角目の前にいるんだ……俺の都合で助けてやるよ」


 気炎万丈、気力は大いに満ちている。

 問題は身体の方だが……もう三度も『閃剣』を使ってしまったが為に、動きにぎこちなさが露見し始めている。


 右腕は変わらず力が入らず感覚も曖昧。

 左腕は動くが呪力障害による痺れで、いつ『祟水蒼牙』を手放すかわからない。

 枯れた地面を踏む脚も疲労で鉛のように重く感じてしまう。

 早鐘を打つ心臓、酸素を求めて肺腑が最大限に活動を繰り返していた。


 活動停止の一歩手前。


 少しでも症状が落ち着けば良いと、残り二錠の安定剤を噛み砕き――呪力を全身へと巡らせる。


「来ぬならば……死ね」


 迸る生存本能を脅かす殺気。

 天へ掲げた右手を振り下ろし、遅れて何かが弾幕のように飛んでくる。


 こちらも『祟水蒼牙』を複製、都合百もの刃が天へ鋒を向けて放たれた。

 無数に響く風きり音、剣と弾幕が空中で衝突し蒼銀の燐光が夜を焼く。

 繁華街で煌めくネオンライトのように眩い光が満ちていても、依然として空では爆発が続く。


 次々に複製、射出を繰り返すも、ペースは互角……いや、この様子だとあちらには余力がありそうだ。

 証拠に薊だったものの顔色は何一つとして変わっていない。


「……あー、腹立つ」


 赤子の手をひねるように遊ばれている現状。

 頭に血が上り始めるものの、理性は楔で留めて手元に置いておく。


 数はまだ増やせる。

 でも、そうした先になにがある?

『閃剣』では決定打にならないのは、つい先程証明されたばかり。


 冷士さんを待つのも選択肢としてはアリだろう。

 俺がそれまで耐久出来ればの話だが。


 猫の手も借りたい気分だよ。


「って訳で、何か策はないか?」


 耳を劈く轟音が響く最中、呟く。


『――やっとですか。待ちくたびれましたよ』

「待ってないで自分から提案してくれ……」

『ボクに自主性なんて求めるものじゃありませんよ。とはいえ、事情は把握済みです。奴は誘導して仕留めましょう』


 左耳のイヤホンを通して聞こえたかと思えば、いつかの人形がひらひらと宙を踊りながら後方へ飛んでいく。

 ついてこい、という意味なのだろう。


 腹を括るしかない、か。


 天音には何かしらの策がある。

 それは俺がここで戦い続けるよりは勝率が高いものだろう。


「……聞き流してくれて構わない。あの『呪魔』を――薊を殺すのか?」

『それが一番手っ取り早いのはわかってるんじゃないですか?』


 ああ、そうだ。


 そう答えようとして。


『――どうせ助けたいとか言うんだろうとは思ってましたよ。安心してください。最後を決めるのははるはるですから』

「〜〜〜〜っ、それは」

『最後のチャンスですよ。カッコよく決めちゃってください』


 背中を押された気がした。


 途端、生死を懸けた戦いの最中だというのに笑みが溢れる。


 俺が出来ると信じて疑わない天音の声が、心の炉へと燃料を投下した。


「――任せろ」


 自信満々に返答をして、複製した剣を展開。


「俺を殺すんだろ? やってみろよ」

「……良かろう。乗るも一興だ」


 見え見えの安い挑発だったが、思いのほか受肉した『呪魔』は乗り気のようだ。

 人形が飛び去った方向へ距離を稼ぎながら、少しでもダメージを与えようと剣を飛ばす。

 しかし、『呪魔』の近くに到達するだけで刀身にヒビが入り、数秒と保たずに銀の粒子へ姿を変えた。

 呪術による複製品では相手の呪力に押し負けて碌な成果を挙げられていない。


 歯痒いが、今は我慢。

 広場を抜けて廃墟の隙間を縫い、脇道裏道を余すことなく活用しながら人形を追う。


「わっ」


 容赦なく風の刃が壁と地面をズタズタに抉り、危うく体勢を崩す寸前で踏み止まる。

 しかし、頭上へ落下してくる大きな瓦礫の影が身を覆う。

 直撃すればひとたまりもない、なのに脚は凍りついたかのように動かない。


 ならばと複製した剣で下から貫き細かく砕くことで難を逃れる。

 やけにレパートリーの多い攻撃の素になっているのは、薊が人や『呪魔』から奪ったものなのだろう。


 そして今や、その薊すらも『呪魔』に取り憑かれ自由を奪われている。

 自業自得、因果応報なんて言うのは簡単。


 そうだとしても。


 簡単には見捨てられない。


「場所は!」

『もう直ぐ、目印はシスコンです♪』


 そりゃ分かりやすい。

 冷士さんがいるってことは協会周辺のは片付いたのだろうか。

 何はともあれ、頼もしいことに変わりない。


「――遥斗くん!」

「はるちゃん!」

「先輩っ」


 重なる影と声。


 俺一人じゃ救えないかもしれない。


 だけど、皆とならば届くと信じている。


 ――反撃の時間だ。


 呪いの連鎖をぶち壊してやろうぜ。

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