第17話 呪術師なんて暇な方がいい



 それは朝食後のこと。

 片付けを終えてリビングへ戻った俺に気づいた陽菜が声をかける。


「はるちゃん、今週の土曜日って暇?」

「なんだよ藪から棒に」

「その雰囲気だと暇みたいだね」


 何故わかったし。

 雰囲気が暇ってなんだよ俺は生まれながらにしての暇人なのか?

 いやまあ暇だけどさ。


「実はねー、昨日はるちゃんがいない時に天音さんが来てコレを貰ったんだー」


 陽菜がヒラヒラと見せてきたのは三枚の紙切れ。

 考えるに俺と陽菜、海涼の分だろう。

 手渡しされた一枚にはカラフルな観覧車と楽しげな家族のイラストが描かれている。


「新しく出来るテーマパークのチケットなんだって」

「テーマパーク? なんでそんなのを榊が持ってるんだよ」

「それは知らないけど代わりにお仕事を貰ったよ。最近は呪災が多いからもしもの時は対応して欲しいーって」

「理に適ってはいるが……アイツがそんなまともな事をするか?」


 精神破綻者の天音に限って有り得ない。

 今度は何を企んでいやがる……?

 無償の善意じゃないだけまだマシだが、対価としては少し弱い気がする。

 百歩譲って陽菜と海涼に仕事を振るのはいい。

 呪術師として自立している身なのだから俺が口を挟む必要はないだろう。


 それはそうとして悪意ある善意を振り撒かれるこっちの身にもなってくれ。

 俺たちがどう動くかを観察してケラケラ笑ってるんだろうな……許せん。

 疑わしさ全開の目を向けてしまうのは是非とも己の所業を身直して欲しいところである。


「……ん? 二人の理由はわかったが俺は?」

「『面白そうだからはるはるにも渡してください』って天音さんが言ってたよ」

「何が面白そうなんだよ……」


 俺が子供みたいにはしゃぐのを期待してるのか?

 いくら外見がコレとはいえ無理があるだろ。

 陽菜と一緒にいれば嫌でも振り回されることになりそうだけど。


「日付は今週の土曜日か」

「そうだね。それまでお仕事の予定は無いから暇になっちゃうけど」

「呪術師なんて暇な方が平和でいいよ」


 簡単な呪いを祓ったりするくらいなら可愛いもので、大抵は呪いと対峙して命のやり取りをする仕事。

 殉職率も高い過酷な現場。

 逆に言えば俺たちが動く時はどこかで危険な事態が発生していることになる。

 仕事がないのは喜ぶべきだというのが俺の自論。

 それでも呪いは無くならないのが人の世の宿命ではあるけれど。


「……そういえば、陽菜もはるちゃんも18歳じゃん? 本来なら学校に通っていてもおかしくない歳だよね」

「実際通ってはいたけども、アレは学校ってより軍隊とかって呼び方の方が正しいだろうな」

「ホントだね。アレはキツかったなぁ……」


 呪術師学校で過ごした日々を思い返して遠い目を浮かべる陽菜。

 学生程度の年齢で呪術師になる場合、呪術師学校という場所で教育を受けることになる。

 ここでは普通の勉強は勿論ながら、加えて呪術師としての技能や知識を叩き込まれる。

 在学中に呪術師免許を取得することも可能で、卒業は入学から数えて二年後。

 卒業する頃にはどっかしら頭のネジが外れた呪術師の出来上がりだ。


「普通の学校生活っていうのも過ごしてみたかったとは思うけれどね。制服デートとかもう夢の世界だよ?」

「今からでもやればいいだろ。……あっ、相手がいないか」

「むっ、そんなこと言っていいのかな? はるちゃんが意地悪するなら陽菜にも考えがあるからね」


 挑発的な笑み。

 頼むから面倒事だけはやめてくれ。

 あと俺も巻き込むなよ?




 ▪️




 ――当日。

 天気は快晴。

 雲一つない澄み切った青空が広がっている。

 テーマパークの入場門前に辿り着いた俺と陽菜、そして海涼の三人は列の最後尾へと並ぶ。


「とうちゃーくっ!」

「はいはい」

「……ねむい、です」


 元気が有り余っていると見える陽菜のテンションは高いものの、他の二人がついていけていない。

 ぞんざいな俺の対応に陽菜は口を尖らせるも無視。

 海涼に至っては朝に弱いのか眠たげな声音で呟き、手で隠しながら欠伸を一つ。

 なんとも纏まりのない一団である。


 まあでも、今論ずるべき議題はここではない。

 吹き抜ける風は涼しく肌寒い気がする。

 翻るプリーツスカートの裾を押さえながら、おもむろに問いを投げた。


「……なあ、陽菜」

「どうしたの?」

「話の流れ的に陽菜が制服なのは理解出来る」

「似合ってるでしょ」


 得意げに胸を張る姿に抵抗はなく熟れている。

 白いブラウスの上から黒色のジャケットを羽織り、寒そうな様子は一切ない。

 首元には赤と黒のチェック柄の細いリボンが結ばれていて、動く度にふわりと揺れる。

 膝上までのリボンと同じ柄のプリーツスカートからは健康的な生足が伸びていた。

 しかしそれは見慣れた服のひとつ。

 特筆すべき点などないのだ。


「はいはい似合ってますね」

「棒読みだし心が籠ってない!?」

「あのなぁ……俺の格好を見てもそんな戯言が言えるのか?」

「なんで? 似合ってるじゃん制服!」


 そう、制服。

 俺が着ているのは陽菜のソレより一回りは小さな女子用の制服。

 デザインも同様で、違うのはジャケットの下に着たベージュのカーディガンくらいか。

 因みにコレの出処は海涼である。

 ……なんで?


「私と今の先輩はサイズが殆ど同じですから」

「だから思考を読むな。一体全体どんな取引があったら俺が海涼の制服を着せられるんだよ」

「黙秘します」

「海涼が陽菜に買収されてる……っ!?」


 いつの間にやら四面楚歌だ。

 因みに海涼も同じく制服姿で、ジャケットの代わりにパーカーを羽織っている。

 珍しく文字Tシャツを来ていないと思ったら、背中に「引きこもり万歳」と書かれていた。

 なんで外に出るのにそんなの着てくるかね。


「……てか人に自分の制服を着られて嫌じゃないのかよ」

「別に先輩なら、まあ。しかも貸したのは予備の制服ですから私の匂いを嗅ごうとしても無駄ですよ」

「俺そんな変態チックな性癖はないつもりだが?」

「もしかしたら、という可能性もあるじゃないですか。先輩ですし」

「おい」


 14歳の制服の匂いを嗅ぐ性癖とか普通に救いようがないだろ。

 ……それを心配される時点で俺の扱いが酷すぎるのではなかろうか。

 揶揄われてるんだよな? そうだよな?

 本気で言われてたら割とガチで凹む。


「はるちゃんでも流石にそれはないよー。……ない、よね?」


 不安げな目で訴える言葉が心を抉る。

 俺の信用は知らぬ間に地の底へと落ちていたらしい。


「あるわけないだろ。それより列も進んでるしチケットの準備でもしておこう」


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