第30話 マンツーマンですよ
特訓のために訪れた呪術訓練室で俺と陽菜、海涼を待ち構えていたのは、ブルマ姿の天音と動きにくそうなジーンズと革ジャンの冷士さんだった。
「遥斗くん久しぶり。陽菜ちゃんも元気にしてた? 僕の最愛の妹は――ああっ、今日も美しいっ!」
「普通にキモイから頭の病院でも紹介してやろうか?」
「陽菜はこの通り元気です!」
「私帰っていいですか?」
三者三様の返事をしたものの、まともなのは陽菜だけだった。
来て早々に踵を返して訓練室を去ろうとした海涼の肩に手をやって、
「……そんなに嫌なの?」
「逆に聞きますけどアレと一緒に居られます?」
「まあ、近くに居たいとは思わないよな」
「二人とも僕にだけ辛辣すぎない……?」
「そりゃあド変態シスコン野郎ですし」
思わぬ所からのフレンドリーファイアに流石の冷士さんも苦笑い。
今日も今日とて劣勢である。
「いや、今日は一応陽菜ちゃんと最愛の妹の頼みを受けて来たのだけど」
「冷士さんが直接手解きするのか」
「ボクを崇め奉ってもいいんですよ? お社で食っちゃ寝生活も憧れていたので。やっぱり権力は使うに限りますねー」
「頼むから変なことに使わないでくれよ?」
「ボクの変と世間一般の変にはマリアナ海溝並の落差がありますし無理でしょうね。人生諦めが肝心とも言いますし」
「少しは粘れ」
天音の説得的な意味じゃ粘るの俺じゃん。
絶望的に勝機がないと悟ってしまい、つい天音の言葉を肯定してしまいそうになる。
とはいえ、だ。
今日の主目的は井戸端会議じゃない。
「それより、始めようか。時間が惜しいからね。陽菜ちゃんと僕の最愛の妹はこっちに。心配しなくてもいい。僕は――手は抜かないから」
「……っ、よろしくお願いしますっ!」
「……です、か。よろしくお願いします」
緊張と期待を胸にした陽菜と、一瞬で思考を回したらしい海涼が冷士さんへ向けて腰を折る。
俺も二人に続いて冷士さんの方へ行こうとした時、後ろから襟首を摘まれて耳元で悪魔が囁いた。
「あっ、はるはるはボクとマンツーマンですよ」
「……すまん、もう一回言ってくれ」
「耳が不調、と。膝枕で耳かきでもしてあげましょうか?」
「鼓膜刺されそうだから遠慮する」
「そんなことしませんってー。それよりボクがはるはるの担当ですよ。みっちりばっちり扱いてあげますから適当に身体の力抜いといてくださいね」
「聞き間違いじゃない……!?」
俺が驚いたのも束の間、腕を天音の手が掴み取り陽菜たち三人から離れるように引っ張る。
抵抗虚しくシューズの底が床を擦りながら引き摺られる途中、この状況を作り出した当事者へと問いを投げた。
「理由をきっちり俺にも理解出来るように説明しろ。なんで榊が俺の特訓相手になるんだよ」
「そんなの簡単な話ですよ? ボクとはるはるの体格が近いぶん、動き方を参考にしやすいってだけです」
事も無げに述べた理由は真っ当で否定のしようがないものだ。
いやでもそれ以前に問題が一つ。
「榊って戦えるのか?」
「一般人に何言ってるんですか全く。護身術やらなんやらの心得くらいありますよ常識でしょう?」
「お前の常識が歪んでるのがよくわかった」
第一こいつに世間一般の普通を求めたのが間違いだったのだ。
だが、しかし。
榊は戦えないとは言っていない。
つまりはそういうことなのだろう。
「ボクの生足に見蕩れているところ悪いんですけど、そろそろ始めません? はるはると話してるの飽きました」
「よーし喧嘩売ってんだよな買ってやるよ」
「最低でも月三十万からで」
「やけに生々しい金額提示しないでくれる?」
「生々しいだなんてヤラシイですねー。あ、ストレッチくらいはしましょうか。怪我は痛いのでしたくないですし」
準備運動を始めた天音に倣って俺も入念に身体を解していく。
まだ激しい動きに慣れてはいないので準備は過剰すぎるくらいが丁度いい。
よし、と準備を終えた榊と向き合い左脚を前に出し、半身になって構える。
一方で榊は自然体のまま正眼に俺を捉えた。
「さ、どこからでもかかってきてください。変なとこ触られても文句は言わないので」
「それはお前の妄想だ」
「……違うんですか!?」
「違ぇよアホ!」
かかってこいとばかりに手招く天音の懐へ、床を蹴って深く潜り込む。
後ろから前へと滑らかに重心を移動させて勢いのままに放つ掌底――
「――あはっ」
それは、下から聞こえた。
空を切る掌底、頭に浮かぶ疑問符を振り払って咄嗟に迎撃の算段をつける。
掌底の矛先を遠心力にするべく左方向へ逸らした。
同時に身体を床へ沈ませ回した左脚が芝を刈るように弧を描く。
この速度じゃ回避は不可能。
そう、思っていた。
「っ、曲芸師かよっ!?」
天音は前転の後にハンドスプリングで飛び上がり上へと逃げ延びていた。
突飛な動きに思わず悪態がついて出る。
それに、怠惰の二文字が似合う天音があんなに動けるとか誰が想像できるか。
警戒した俺は数歩分距離をとって、すとんと両足で着地した天音を見やる。
「おっとっと……久々にやりましたねこんなの。まあ、ボクって天才ですし? はるはるの動きくらいなら簡単に読めますし」
「好き勝手いいやがって」
「じゃあ、ほら。一発入れてみてくださいよ」
挑発的にへらりと笑う天音。
普段から見ているはずの表情に、今日は、どうしてか。
――無性に、腹が立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます