第28話 年下に母性感じるって相当アレじゃない?
――翌日。
自然に目が覚めた時刻は10時過ぎ。
身体の方には負担を強いていたらしく、まだ頭がぼーっとする。
霞むクリーム色の天井を眺めている最中、頬に何かが触れる感触。
「おはようございます、先輩」
「……ほえ?」
鈴のように爽やかな、それでいて少女らしい柔らかさを備えたモーニングコール。
思わず間の抜けた声が漏れだし、視界に見慣れた黒髪ツインテールの少女――海涼の
そして再度、頬をつつく感触。
「……おはよ」
なんで居るのかとか、どうして頬をつついているのかと聞きたい気持ちもあったが、挨拶が先だと何となく感じての一言。
満足そうに笑いかける青藍色の瞳が、彼女自身が無事であると告げていた。
「先輩って寝顔も可愛いんですね。つい小一時間ほど眺めてしまいました」
「……そんなに見られてたの?」
年下の女の子にじっくり寝顔を観察されるって……なんか恥ずかしいよね。
昔は何度かあったのだろうけれど、今は別。
でも、気持ちはわかるかもしれない。
身体を起こしてぐーっと背を伸ばせばパキパキと小気味いい音が身体から響く。
窓から射し込む日光を浴びながら陽菜の様子を見れば、まだ目覚めておらず静かに眠っていた。
「まだ陽菜さんは起きていないみたいです」
「そう、だな。昨日あれだけ頑張ったんだ。無理もない」
昨日の陽菜は明らかに限界を超えていた。
俺でも切り札を使わされた『呪魔』相手に、力の差がありながらあれだけの時間を凌ぎきったのだ。
精神的にも、肉体的にも疲労は計り知れない。
「先輩。起きがけですけど少しいいですか」
「昨日のことか?」
こくり、小さく頷く。
海涼の言葉を待っていると不意に、くぅと腹の虫が空腹を訴えた。
昨日の夜は何も食べないで寝ちゃったんだっけか。
思い出したかのように空腹感を感じてしまい、僅かな緊張感も霧散してしまった。
「ああ、えっと、これはその」
「わかっていますよ。そんなことだと思って軽いものを買ってきています」
海涼がため息と共に差し出したコンビニ袋の中には玉子サンドと野菜ジュース、それと海涼が好きな飲むヨーグルト。
「いいのか?」
「そのために買ってきているので。年下の女の子に奢らせるなんて、先輩は酷い人です」
「埋め合わせくらいはちゃんとするよ。ありがとう」
「どういたしまして」
お礼をしてから玉子サンドを手に取って包装を破り、サンドを手に取り三角の端をパクリと一口。
絶妙な甘さと塩気のバランス、フワフワのパンが優しい舌触りを与えてくれる。
安定の美味しさに頬が緩む。
ストローで野菜ジュースを飲み、交互に食べ進める。
「見てても楽しいものじゃないだろ」
「そうですか? ハムスターみたいで可愛いです」
「まさかの小動物枠」
そんなに口に詰めて食べてはいないのだが……基準は謎のままだ。
「食べながらでいいので、昨日の顛末について少しお話しましょう」
「ん、頼む」
「先輩と別れた後、暫くして応援の呪術師が到着しました。取り残された人の捜索などを行っている最中に侵食した『呪界』が自然消滅しています。その後はいつも通りの事後処理でした。こっちでは特に変わった点はなかったです」
「……そうか。ありがとな」
面倒なことは全部終わらせてくれたらしい。
本当に頭が上がらないな。
「先輩の方は……何かあったんですよね」
「まあ、そうだな。やたらと強い『呪魔』がいてな、陽菜がそいつを足止めしてくれてなかったら被害はこんなものじゃ済まなかった」
「それは先輩基準での『強い』ですか」
「ああ。やむを得ず俺本来の呪術を使っちゃったけど……この通り異常なしだ」
ひらひらと手を振って見せる。
実際、俺が被った被害といえば多少の火傷くらいなものだ。
本来の呪術を使った代償による精神汚染も許容範囲内だろう。
他人へマイナスに働くものじゃないからあまり気にしてはいないけど。
「――そんな訳、ないじゃないですか」
ただ、それを知っている人は俺がアレを使うと一様にして怒ったり悲しそうにする。
海涼もまた、知る人の一人。
「そうやって自分ばかりを犠牲にして、本当に周りが喜ぶと思っているんですか」
「……俺は自分勝手なんだよ。俺が身を粉にして誰かが助かるなら、それを望んでしまう。助けたいという願いが歪んで生まれた呪術だから」
無力な俺では手が届かないと悟ってしまった。
強引に届かせればいいと過程が歪んだ呪術が生まれた。
代償として自己犠牲の精神が使う度に蓄積される。
呪いを憎み、呪いに頼り、呪いに溺れて。
それでも、俺はこの力に感謝している。
自分の力で誰かを助けられるから。
「馬鹿です、大馬鹿です。いつか死にますよ」
「そうだろうな。今生きてるだけでも奇跡的だと俺も思うよ」
「だったら……っ! ……そんなに誰かを大切に思えるなら、先輩を大切に思っている人のことも考えてください。私は先輩が居なくなるなんて嫌です」
ふるふると首を振って海涼は言う。
熱を帯びた言葉が、瞳が胸を貫く。
膝の上で握った手は小刻みに震えていた。
怯える子猫のようなのに、ハッキリとした意思を宿している。
――でも。
「俺だって陽菜や海涼みたいな大切な人が居なくなるのが嫌……ううん、怖いんだ」
「自分が死ぬよりも、ですか?」
「また昔に戻るんじゃないかって、心のどこかで怯えてる。海涼が思ってるほど強い人間じゃない」
呪術師としてならともかく、人間としての俺なんて碌でなしだ。
臆病で、傲慢で、無力で、それなのに英雄願望持ち? 馬鹿じゃないのか、と。
俺一人じゃ踏み出せない。
何かのっぴきならない理由がいる。
誰かを救うことが俺にとっての免罪符だというのなら、これ以上ない呪いだろう。
そして、俺は甘んじて受け入れよう。
俺が俺であり続ける唯一の道だから。
「……はあ。わかってはいました。私が何を言っても先輩が変わることは無いって」
「頑固で悪かったな。心配ばかりかけて悪い。陽菜も海涼も支えてくれるから、つい甘えてしまう。悪い癖だな」
「そんな癖は直してください。それと――」
すっ、と小柄な身体が自然体のままに近づく。
海涼の細い両腕が背へ回され、身体が優しく引きつけられた。
突然の行為に一瞬思考が止まる。
微かな甘さを鼻で感じ、すとんと顔が海涼の胸に落ちた。
耳を澄ませば心臓の鼓動まで聞こえてくるような距離感。
「落ち着いたら言ってください。今の先輩の顔は、私には見ていられませんから」
頭の上からかけられた声は慈愛と表すべきか。
「……どこで覚えたんだよ、こんなこと」
「由良さんからお話を聞いていましたから。母性的なものでも感じているのですかね」
……年下に母性を感じるって相当アレじゃない?
いつまで海涼の胸を借りていたのだろうか。
混沌としていた心模様が晴れて、急に顔を出した羞恥心。
「……そろそろ離していただいても?」
「先輩は私のことが嫌いですかそうですか」
「そうは言ってないって」
「知ってます。意地悪しました」
ふふっ、と笑う声。
小悪魔的な印象と打って変わって、海涼は俺を解放した。
「顔赤いですよ」
「一々言うな」
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