第23話 死ぬまで付き合ってやるよ



 陽菜を見つけられたのは正しく間一髪のタイミングだった。

 煮え滾るマグマのように膨れ上がる禍々しい呪力の近くに感じた太陽の残り香。

 空に打ち上がった紅炎は線香花火の最後のように儚く、弱々しい。

 それでも輝きを失わない炎が誰のものかなんて一目でわかった。


 身体の負担など無視しての強行軍で荒廃したテーマパークを駆け抜け――満身創痍の陽菜を見つけた。

 目を瞑って身体が傾き倒れる寸前の陽菜に迫る蒼い炎の球。

 気づけば、勝手に身体が動いていた。


 左手で陽菜を支え抱き寄せる。

 走る痛みの中で、太陽のような温かさと確かな重みを感じた。

 心臓の鼓動は、まだ止まってはいない。


「――ったく、無茶苦茶やりやがって。心配させんな」


 長々と説教でもしてやりたいが、それは後。

 右手だけで『祟水蒼牙』を構え、『呪魔』と思しき大男を睨めつける。

 迫る蒼炎の球へ呪術で操った『祟水蒼牙』を奔らせ――一閃。

 迸る蒼銀の剣閃の前に一刀両断された炎の球が爆発し、熱気と蒼炎の嵐が巻き起こる。

 荒れ狂う呪力の波を凌ぎ、晴れた視線の先では『呪魔』が俺を見ていた。


「――我が炎を斬るか、人間」


 独特な低さの声を背にして、陽菜の容体を窺う。

 ぐったりと倒れた陽菜の身体には火傷の痕が多く、張り裂けた皮膚の裂傷も痛々しい。

 息は辛うじてあるらしいが、早急な治療が必要だろう。

 そう判断して陽菜を抱きかかえ壁へと凭れさせる。

 着ていたジャケットを掛けてやると、ぴくりと閉じられていた瞼が動いた。


「……はる……ちゃん?」

「ああ。随分と無茶をしたらしいな」

「……ごめんなさい、陽菜、また……っ」


 溢れ出る大粒の涙が頬を伝って流れ落ちる。

 色々と思うところがあるのだろう。

 全て推し量ることは出来ないけれど、俺でも理解出来ることがある。


「泣くなって。陽菜が一人で持ち堪えてくれなかったら今頃酷い被害が出てた」

「……でも、結局はるちゃんが来ちゃった」

「当たり前だ。見捨てられるとでも思っていたのか? 有り得ねぇよ、バカ」


 陽菜の顔を胸に寄せて頭を撫でる。

 経験談として、これが安心するのは知っている。

 鼻をすする音、腰の後ろへ回された傷と煤だらけの両腕。

 恐怖、不安、後悔、そんな感情が入り混じった声が堰を切ったように流れ出る。

 出来ることなら最後まで慰めてやりたい。


 けれど、そう待っていてくれそうにもない。


「――陽菜、少し離してくれ。先にアイツを片づけてくる」


 聞こえるように耳元で静かに囁くと、ビクッと身体が震え、俺を抱く両腕の力が僅かに強まった。

 しかしそれも一瞬のことで、惜しむように陽菜は離れて涙を拭う。

 何か言いたそうに、けれど呑み込み堪えたような含みのある笑みを横目に振り返る。


「悠長に待ってていいのか? 俺を殺す絶好の機会だったろうに」

「…………」

「黙りかよ。何かしようとすれば串刺しにしていたところだが」


 陽菜と話しながらも感覚は常に『呪魔』から外していなかった。

 高度な知能も備えている上に、あちらも俺を警戒しているとなれば面倒だ。

 俺が出せる出力なんてたかが知れてる。

 不意討ちで仕留められれば最善だったものの、その機会は自分でドブに捨てた。

 陽菜を助けるのと『呪魔』を倒すこと、どちらが大切かなんて考えるまでもない。


「俺らの楽しい時間を奪った上に陽菜をこんなにしたんだ。――言い残すことはあるか?」


 貯めておいた呪力を練り、熾す。

 障害による痺れにも似た痛みが全身へ木の根のように広がった。

 行使した呪術は使い慣れた複製と念動。

 瞬間、右手に下げていた『祟水蒼牙』に歪みが生じ、全く同じものが生み出され悠然と浮遊する。

 ねずみ算式に増殖した『祟水蒼牙』、千を超える蒼銀の鋒が『呪魔』を射貫く。


「貴様、生きていたのか」

「……へぇ、俺を知ってるのか。口ぶりからして、あの時の『残呪』をやったのはお前らか」


 少なくともコイツは俺が死んでいると考えていたらしい。

 弱体化しているとはいえ、その誤認を確信に変えるわけにはいかない。

 故に、ここで仕留める。


「……退くべきか。頭領様に知らせねば――」

「――させねぇよ」


 呪いに溶けて逃げようとした『呪魔』へ『祟水蒼牙』を射出し、足の甲を穿き地に縫いつける。

 実体を取り戻した『呪魔』が忌々しげに『祟水蒼牙』を睨みつけた。

 呪力が混濁すれば、制御の難易度は格段に上昇する。

 それを利用した楔のようなもの。

『祟水蒼牙』による力技感が否めないが、気にしない。


「水蛇め」


 怒気を孕んだ底冷えするような声を合図に、脚全体が蒼い炎に包まれた。

 いや、身体を炎に置換している……?

 一歩引き『祟水蒼牙』をすり抜け、再び肉体へと戻した。

 長くは使えないか、はたまたフェイクか。

 十中八九前者だろう。

 あの炎なら大抵のものは意味をなさない、なら人型でいる理由がない。

 違かったらその時考える。


「時間がないな、手短にいくぞ」


 手を指揮棒のように操る。

 俺の意思を汲み取った蒼銀の剣が『呪魔』の四方八方を取り囲む。

 剣の檻、逃げ場など与える気はない。

 加えて弾は俺の呪力が続く限り――無限。


 陽菜をあれだけ痛めつけてくれたんだ。

 知性を持った人間のように振る舞う『呪魔』であろうとも、俺は祓う。


 いや……殺す。


「――死ぬまで付き合ってやるよ」


 瞬間、無数の剣閃が迸った。

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