第21話 必ず、無事に帰ってきてください

 


「多すぎだろふざけやがってっ!」


 振るった蒼銀の刃が餓鬼の首を断ち切り、黒いモヤへと姿を変えた。

 俺が両手で握る『祟水蒼牙』は以前と変わらぬ斬れ味と重さで『呪魔』を喰らっている。

 久々に呼んだものの、ちゃんと応えてくれて嬉しい限りだ。

 ただ呪力による身体能力のアシストがない状態でコレを扱うのは難しい。


「次、来ます」

「わかってるっての!」


 背後からかかる冷静な声。

 遠心力を活かして非力さをカバーしつつ、再び迫っていた二体の餓鬼の腹を薙ぐ。

 浮いた肋骨を食い破ると裂けた腹から黒いモヤが漏れだした。

 勢い余って地面へ押し付けた二体が息を失い最後を迎える。


「……はぁっ」


 吐き出された息は浅く荒いものだ。

 短時間の戦闘とはいえ、肉体的疲労の蓄積は避けられない。

 経験と知識があるから戦えているだけで、本来なら俺は戦力外でもおかしくはないのだ。

 けれど雑魚相手ならこうして戦えている。


「――先輩!」


 海涼の声、遅れて気づく頭上の気配。

 咄嗟に右方向へステップを踏み、三日月のような軌跡を描いて『祟水蒼牙』を振り上げる。

 スパンッ、と頭蓋骨を真っ二つに両断し、そのまま剣を滑らせた。


「あっぶねぇ……あんな程度の気配も感じられないとか鈍ったか?」

「油断していたんじゃないですか?」

「……仰る通りで」


 ぐうの音も出ない言葉を受けて、今一度気を引き締める。

 慢心、ダメ、絶対。

 無意識とはいえ良くない兆候だな……鍛えなおさないと。


 この短い戦闘でよく分かった。

 思考に身体がついていかないのだ。

 剣を振って狙う場所も、筋肉やリーチの差異が狂わせる。

 だが、雑魚相手なら戦えないほどじゃない。


「海涼は大丈夫なのか?」

「この程度の手合いなら片手間でじゅうぶん……心配無用です」

「あのなぁ……」


 海涼は話は終わりとばかりに『天叢雲』を鞘へ納めて背を向けた。

 絶対にわかった上で話を逸らしているのだろう。

 しかし俺に海涼は止められない。


「限界が来る前に言えよ。流石に見誤らないとは思うけど、一応な」

「……先輩もですよ」

「そこは嘘でも「はい」って言ってくれよ」

「人のことより自分のことに専念してください」


 簡単に言質は取らせてくれないらしい。


「それより次だ。少しでも被害を減らすぞ」


 息絶えた死体を横目に、海涼と共にまだ生きている人を探して走り出した。

 呪災の現場に関わったことは何度もある。

 それでも、やはり胸が痛むのだ。


 偶然に居合わせただけの理由で『呪魔』に殺される人は後が絶たない。

 溢れた感情が呪いを顕現させて、呪災が悪化することもある。

 呪いは次なる呪いを生む。

 負の連鎖を完全に断ち切ることは出来ない。

 人間が、繋がりが、感情が存在する限り。


「……全部助けたいって思うのは傲慢なんだろうな、わかってる」


 それでも、頭の片隅で泡のように浮かんでくる。

 玉虫色に光るそれは針でつけば簡単に割れてしまう脆いもの。

 理想と現実の狭間で藻掻き、足掻いて手の届かない理想郷。

 致命的な破綻を招く要因になり得る感情なのだろう。

 だとしても容易に切り捨てられないのは、俺が俺自身に科した呪いだからか。


「助けられるに越したことはありませんよ。ですが、それは自分を犠牲にしてまでするべきことなのでしょうか」


 俺の呟きに海涼が疑問を呈する。


「さあ、な。結局、最後に決めるのは本人の自分勝手な都合だよ。何にせよ、俺は手を伸ばしたいと最後まで思うよ。誰であっても」

「甘いですね。蜂蜜漬けの林檎みたいに甘いです」

「美味しそうな喩えだな」

「少なくとも私は好きですよ」


 振り返って見せた笑顔に釣られて俺も口元が緩む。

 そうだ、最善を望んで何が悪い。

 俺が誰かの悲しむ姿を見たくない。

 理由なんてそれで事足りる。


 それから『呪魔』に襲われていた人を助けて次を探そうとした時。

 離れた空に紅と蒼の炎が高々と打ち上がった。

 陽菜のものと思われる紅炎と拮抗する蒼炎の使い手は、恐らく今回の呪災を引き起こした元凶のものだろう。

 離れていても届く呪力の余波から推察するに、陽菜では恐らく――。


「――海涼。ここは任せていいか」


 海涼も一緒に行くのがベストだろうけど、それでは巻き込まれた人を危険に晒すことになる。

 未発見の生存者を探すのは現状でも難しいとなれば、元凶を叩いた方が事態の解決は早いはずだ。

 一か八かの賭けにはなるが……攻勢に出るなら消耗の少ない今のうちだろう。

 増援の呪術師がいつ来るのか確定的ではないために人手も足りない。

 八方塞がりの現状を打破するなら一点突破が最適。


 ――そんな正論じみた御託はどうでもよくて。


 誰に似たのか一人で無鉄砲に飛び出したバカを連れ戻して叱りつけてやらないと気が済まない。

 あいつは来るなと言外に言っていたけれど、知ったことか。

 大切な人を失うのなんて二度と御免だ。

 最後の一滴まで振り絞って、呪いに抗ってやる。

 そう、決めたから。


「……私が止めると思っているなら、先輩は人生をやり直した方がいいです。貸し一つですからね。――必ず、無事に帰ってきてください」

「恩に着る!」


 海涼なりの激励を受けて、踵を返して蒼紅の炎が荒れ狂う場所へと向かう。

 貯めていた呪力を解放すれば、源泉のように湧き上がる力と痛み。

 身体を蝕む呪いの代償を意識から振り払って、弾丸のように飛び出した。

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