第10話 天災的天才
突発的な『呪魔』による呪災は誰一人として怪我人を出すことなく鎮静化した。
事態を把握して駆けつけた教会内の呪術特科に所属する職員によって収束を宣言され、ショッピングモールには再び平和な時が流れている。
そして海涼と陽菜は現場に居合わせた呪術師として協会の方へ報告をしている。
俺は協会内の休憩室で二人を待っていた。
なるべく俺の事を知る人は少なく抑えるべきとの判断だ。
そんな俺へ一人の女性が近寄りながら思惑を醸すようなニヤケ顔で、
「おやおやおや? そこに居るのは自己犠牲精神丸出しでヒーロー気取って見るも無惨な美少女になっちゃった『千剣』の琥月遥斗くんじゃありませんかぁ?」
神経を逆撫でして揶揄うような、大袈裟な手振りまで混じえて舞台役者のように振舞う姿。
趣味の悪いビビットピンクを基調としたチャイナ服には腰のあたりまで大きなスリットが入っている。病的なまでに白い肌がモロに見えているが、本人に気にした様子は全くない。
ミルクティーを流し込んだような優しい色合いの髪は肩口までのセミロングが空調の風に
子供っぽさを残したあどけない顔立ちだが、端正で整っていると言っていい。
羽織ったアニメ柄の毛布を床でズルズルと引き摺りながら俺の隣へ腰を下ろす。
「……榊か」
「自称『天災的天才』の超絶美少女。みんなのアイドル榊天音ちゃんですよー」
「自分のこと超絶美少女って呼んでいいのかよ」
俺の言葉は完全に無視して、身を縮めてミノムシのようにくるりと毛布にくるまり、コロンと横長の椅子に寝転んだ。
奇人変人が多いとされる呪術師界隈の中でも、特に俺が性格破綻者だと感じる手合いの一人。
言動に目を瞑れば非常に優秀なだけに、問題行動ばかりの彼女は個人の部屋を与えられて野放しにされている。
さらに言えば、榊天音は俺専属の協会職員。
俺の事情を知っているのもそのためだろう。
「ボクはとてもとても忙しいんですけどね? 監視カメラをちょちょいと覗き見してたら寂しそうにしてるはるはるが見えたものですから揶揄いに来ましたっ」
「普通に犯罪だろお前。てか仕事に戻れよ」
「嫌ですよ。というかボクがバレるようなヘマをすると思います? バレたらバレたで面白そうですけど」
「……お前と話してると疲れるわ」
「ボクは観覧車で居眠りするくらい楽しいですけどね」
「それ楽しいのか?」
「全然? それと
「うぜぇ……果てしなくうぜぇ」
「これ以上ない褒め言葉ですねー。別に有難くないですけど」
言葉は通じるのに意味がまるで通じていないような不快感。
無邪気と狂気の狭間で呑気に
「巻き込まれたくなければ関わるな」が不文律になるほどの問題児だが、何故か懐かれている。
いや、少し違うか。
手頃な玩具程度の認識だろうか。
是非とも巫山戯た認識を改めて欲しいものだが、言うだけ無駄な上にエスカレートするのが目に見えている。
なるべく関わらないのが一番だが、そうともいかない事情がある訳で。
「それはそうとして最近どうです? 自分の身体だからってあんなことやこんなことしました? 具体的にはエッチなこととか――」
「してねぇよ!?」
「またまたー。……まあ、興味ないですけど興味本位で訊いただけなんで適当に気にしといてください」
「どっちなんだよマジで」
コイツと話してると疲れる……ってか精神が摩耗する。
言葉自体は丁寧なのに一々回りくどいんだよなぁ。
「あっ、今ボクのことを面倒くさい女だと思いましたね?」
「自覚してんなら直せ」
「無理です♪」
じゃあ言うなよ。
疲れ果てた身体が糖分を求め、開けていた甘ったるい缶コーヒーを飲む。
前より苦く感じるのは味覚が変わっているからだろうか。
他のにすれば良かったなと考えながら、そんな思考を悟られないように天音から顔を背けていると、
「ボクも喉乾いたので貰いますねー」
「へ?」
俺が置いたばかりの缶コーヒーを毛布の隙間から伸びる病的なまでに白い手が掴み、ぐびぐびと喉を鳴らして飲み干した。
「ぷはぁっ! 仕事終わりの一杯はこれに限りますねぇ!」
「仕事終わってないし俺の勝手に飲むな」
「……長い人生なんですから少しくらい休んでもいいじゃないですか」
感情の落差が酷い。
「急にスケールがデカくなったな。……って話をすり替えるなっ!」
「あはっ、バレました?」
「それでバレないと――ああ、いいや」
言い返すのも馬鹿らしくなって言葉を区切る。
意味不明で支離滅裂な言動は天音のニュートラルであり平常運転の証。
そんな変わり者と関われる俺にも十二分に変わり者の資質があるということか。
我ながら複雑な心境だが、悪くない。
「お前はそういう奴だからな、榊」
「理解した気になってくれてありがとうございますっ、遥斗。……ってな感じで恋人みたいに名前で呼んでくれても別に恥ずかしくないんだからねっ!」
「ツンデレなのかそうじゃないのかハッキリしてくれよ」
「百面相が癖になってんだ……」
「はいはいわかったわかった」
器用に声音を切り替えながら演者のように振舞い続ける天音の姿は、何故か親の目を引きたがる子供のように思えた。
態度だけデカい子供とか誰得だよ。
「んで、なんか用事でもあったのか? それとも冷やかしに来ただけか?」
「早い男は嫌われますよ? ……あっ、今はもう女の子――」
「少しは恥じらいを覚えろ」
天音の額に手刀が命中し、わざとらしく両手で押さえながらこれまた器用に椅子から落ちないようにのたうち回る。
「痛いですよー。もう、いきなりDVだなんてやめてくださいよ。やり返す気力もないんですから」
「……もう一発いくか?」
「や、遠慮しておきますね。ボクは被虐趣味でも加虐趣味でもないので。まあ真相はボクしか知らないのでこんな妄言虚言に意味はないんですけどね」
「おい」
「それでなんの目的があるのかって?」
「話を急に戻すな」
「戻らない方が良かったんですか? はるはるも中々に
無言で今度は拳を振り上げると狼狽えたように慌てて顔を守る演技をした。
一度本気で
「……で、何が目的だ」
「目的……うーん、そうですね。強いて言うなら――警告? 忠告? 言い方なんてお飾りなんでどーでもいいんですけど」
気だるげに寝返りを打ちながら、一言。
「――なーんか協会のことを嗅ぎ回ってる連中が居るみたいなんですよね」
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