第15話 シスコン
「――
「ほっとけシスコン」
「これは手厳しいな、遥ちゃん」
病院での治療を終えた午後のこと。
近くにあるカフェの片隅。
クラシックのような落ち着いた音楽が流れる薄暗い店内に人は少ない。
円形のテーブルを挟んで向かい合うのは爽やかな笑みを浮かべる優男――氷上冷士さん。
服装は飽きるほど見た革ジャンとジーパン。
なまじ似合うのが腹立つのだ。
そんな感情を飲み干すようにほんのりと温かいカフェオレを一口。
砂糖とミルクの入れ過ぎですっかり色が変わったカフェオレの甘さが染み渡る。
「いつから甘党になったの?」
「人の好みにケチつけんな。海涼のことをとやかく言われたら冷士さんだってイラッとするだろ?」
「取り敢えず半殺しかな」
「いつか捕まるぞ」
「冗談冗談。海涼は宇宙一可憐で清楚で完全完璧な概念なんだから全人類が崇めるのは当然だろう?」
「いい頭の病院でも紹介してやろうか? 即入院だろうな」
勝手に宗教を作るんじゃない。
常日頃から考えている文句を言ってやるも、冷士さんは笑って対応するだけだ。
仮にも歳上なのだから敬いたいのは山々だが、これを何年も見せられるとその気も失せるというもの。
多分だけど海涼はこのバカがいなくなったって喜ぶと思う。
顔がいいだけで変態行為が許されると思ったら大間違いだぞ。
口を開かなければ冷士さんは文句無しのイケメンなのは認めるけど。
外見詐欺にも限度があると思うんだ。
ティーカップに注がれたブラックを優雅に楽しむ姿も様になっている。
「それで、僕に相談があるんだっけ」
「ああ。知っての通り、今の俺は使い物にならなくてな。陽菜と海涼に頼りっぱなしだ」
「そのようだね。海涼は遥ちゃんの世話をやけると喜んでいたよ。複雑な気分だけどね」
「俺もだよ……なんで人の妹と一緒に風呂に入らなきゃならんのだ……っ、いや、これはその――」
拙い、口が滑った。
自分の妹が男と風呂に入ったなんて冷士さんが聞いたら――
「――ああ、その事なら海涼から聞いているよ。『とても可愛い、色々』って」
嬉しそうに海涼の言葉を代弁する冷士さんに裏はなさそうだ。
おかしい、絶対におかしい。
海涼至上主義者の冷士さんが何も言わないなんて理由があるに違いない。
「……あれ? 「僕の最愛の妹の産まれたばかりの姿を目に焼きつけたに飽き足らず舐め回すように視姦して隅々まで触り尽くしただと? 万死に値するぞ、というか今すぐそっ首を撥ねてやる」……とか言われると思ったんだけど」
「……遥ちゃんの中で僕の扱いがどうなっているのかよくわかったよ。まあ見ず知らずの男ならノータイムだったけどね。女の子になっちゃった遥ちゃんならギリギリ許せる」
「中身男だけど?」
「今は女の子だし、戻れそうにもないんでしょ? それに、僕は遥ちゃんのことは相応に信頼しているつもりだよ。僕の後輩でもあるし、最愛の妹にとって初めての友達だからね」
俺を特級に推薦したのは他でもない冷士さんだ。
色々あって氷上家の方で稽古をつけてもらっていた時期がある。
海涼とは自然に顔を合わせることになり、4歳差とはいえ実力が近いということでよく手合わせをしていた。
近接戦では俺が下だったが今では同じくらい……かもしれない。
急に自信がなくなってきた。
まあ、そんな訳で少しずつ仲良くなったのだ。
血の繋がっていない妹みたいな認識だけどな。
「というか許さないと
必死の形相で訴える冷士さんの言葉が右から左へ抜けていく。
つまり俺が男のままだったら許さなかった可能性がある、と。
性別が変わったから命拾いとかそんなことある?
事前に釘をさしてくれた海涼に感謝するべきなのか……いや、そもそもの原因を作ったのは海涼だわ。
洒落にならねぇ……危険がデンジャラスでエマージェンシーだよ。
「間違いなく過去の積み重ねだろ。自業自得だ」
「遥ちゃんまで……今でも『住む場所は5キロは離れて』って言われてるのに! 好きな時に最愛の妹の顔を見れない僕は死人も同然だよ!?」
「それは……うん、海涼は正しかった訳だ」
これじゃ兄ってよりストーカーだろ。
親しい俺でも身の危険を感じて同じようなことを言うと思うぞ?
いやいやそうじゃなくて。
「……話を戻すぞ。裏の話はどこまで知ってる?」
「本部からの情報と、榊くんからもちょっとね」
「あのミノムシが協力してくれるって? 騙されてないか」
「彼女を信用してないのかい?」
「天音の能力は信頼できるけど、何をするかまでは信用できない。嬉々として悪戯を仕掛けては煙に巻く悪魔みたいなやつだからな」
「それでも彼女は味方だよ、今回に限ってはね」
「……なにか碌でもない理由があるならさっさと吐いたほうが身のためだぞ」
「大丈夫。僕は脅されても買収されてもいないよ。最愛の妹に誓ってもいい」
冷士さんがここまで断言するってことは本当に何もないらしい。
天音がどんな思惑を巡らせているかだが……これは読めないな。
腐っても天才、俺とは頭の出来が違う。
腕時計を確認した冷士さんが「もうこんな時間か」と席を立つ。
「すまない、どうやら仕事の時間らしい。お先に失礼するよ。お代は払っておくから安心してくれ」
「特級様は忙しいんだな」
「キミだって知っているだろうに。何かあったらまた連絡してくれ。可能な限り力になろう。それと――海涼が元気にやっている写真を送ってくれると助かる。もう寂しくて死んでしまいそうなんだ」
「相談くらいはしてやるが期待するなよ」
「じゅうぶんだ。では、また」
顔を見せずに手を振って、会計を済ませた冷士さんがカフェを後にした。
一人残されたテーブルでは半端に残ったカフェオレが冷めてしまっている。
残さず飲み干して席を立ち帰路につく。
ゴタゴタは当面冷士さんと天音に任せるとして、俺は俺がやるべきことをやろう。
「……夕飯はどうするかな」
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