第12話 呪
――逢魔が時。
呪いの影響力が強まる時間帯。
夜の帳が落ちた街には街灯が灯り、可能な限り明るく照らされていた。
しかし、人工的な光が届かぬ場所もある。
路地裏、廃墟、下水道、森などなど、挙げれば枚挙にいとまがない。
それらの場所は呪いが発達し易く、故に呪術師が警戒する場でもあった。
現世にまで出てきて力を及ぼす『呪魔』は調伏して処理するものの、意図的に力を抑えたまま『呪界』で活動する『呪魔』に関しては見逃すことも少なくない。
単に優先順位の問題だ。
そうでもしなければ人の手が回らないのである。
「――全く、進歩のない人間には心底呆れるというもの」
「然り、然り。頭領様の仰る通りで」
「お前ら呪いの事情など知ったことか。必要なのは力だけだ」
飲食店の個室に、異様な風貌の三人はいた。
生気など感じられない風貌の老人は、しかし近寄り難い雰囲気を漂わせていた。
隣に座る壁のような大男は老人を頭領と呼び、唸るように頷いている。
大男の額には二本の角が生え人間ではないことが人目で理解出来た。
それもそのはず、二人は呪いの集合体――『呪魔』なのだから。
「
「『千剣』が怖くて今の今まで『呪界』で震えてたのにか? 都合のいい頭だな」
誰もが不審に思うような左半分だけのペストマスクに覆われた頭を指でさして、黒ずくめの男が煽る。
右頬には黒い
「契約を交わしていなければ首を撥ねていたものを。己の幸運を咽び泣くがいい」
「その時はお前も俺と一緒に死ぬだけだ。そういう契約だからな」
「……忌々しい」
殺し合いが始まってもおかしくない険悪な雰囲気の中、個室に控えめなノックが響き店員が中へ入る。
「
突然息苦しそうに喉を押え必死に口をパクパクと開け閉めした後に、白目を向きあぶくを吹いて床に倒れる。
三人が放つ穢れた呪力による汚染に耐えられなかったのだ。
「おいおい……面倒を増やすなよ」
「この程度の呪も享受出来ぬ脆弱な人間が悪い」
「然り、然り」
面倒くさそうにため息をつく黒ずくめの男に老人が嫌味を言って大男がそれに続く。
死人が出たというのに彼らは一瞥すらもくれない。
「――ああ、そうだ。呪術師の連中が俺たちの動きに勘づいているらしい。精々警戒するんだな」
「呪は順調に育ち刻を待っている。よもや臆したのではなかろうな?」
「冗談。お前が死ぬ姿をこの目に焼き付けるまで死ぬ気はないね」
「数十年生きている程度の人間風情の小童が生意気を言う。死に損ないの貴様を拾った恩、よもや忘れたとは言わせぬぞ?」
「お前らが俺に利用されてるだけだろうがクソジジイ。今俺が抜けていいのか? 計画は全て台無しになるぞ?」
男は計画の中核を担っていた。
彼の体質は計画を進める上で都合が良く、一応の共存関係を築くことが出来ている。
「――帰るぞ、獄鬼。興が削がれた」
「然り、然り」
老人と大男は席を立ち空間を引き裂いて赤褐色の空が広がる世界――『呪界』へと消えた。
一人残されたペストマスクの男も個室を出て店を去る。
――響く悲鳴に愉悦の声を漏らしながら。
▪️
「――二日ぶりね。調子はどう?」
「可もなく不可もなくですね」
翌日。
俺は呪力障害を改善するためのリハビリのため、件の病院を訪れていた。
目覚めてからの入院中にも治療は行っていたが、当然のように通うことが決定している。
担当医は変わらず由良さんだ。
俺の事情を知る人物だからと協会側から指定されたらしい。
口止めの契約とか色々とあったみたいだが、抜きにしても信用出来る人だと感じている。
「今日は一人?」
「二人で来る意味がないですし。陽菜は着いて来たがりましたけど」
「それはそうでしょうね。私でも今の可愛らしい女の子な遥斗くん……じゃなかった、遥ちゃんを一人で出歩かせるのは躊躇うわよ」
「過保護すぎません?」
「貴方くらいの女の子には危険がいっぱいなのよ。まだ知らないでしょうけど」
呆れたように由良は頭を抱えた。
危険があるのは認めるけど、呪術師として戦ってれば命の危険が毎回ある訳で。
別方面の危険なのは理解してるつもりだけどさ。
誘拐とか事故とか……考えたくないけど痴漢とか。
現実問題としては有り得る話だ。
だからといって頼りっぱなしも良くない。
それに陽菜には昨日頼んだ配達の受け取り係をして貰わないと困る。
狭いからベッドは別で寝たい。
「呪災に巻き込まれたんですって?」
「よく知ってますね」
「ニュースにもなってたから」
納得の理由だ。
「闘ってないでしょうね?」
「俺がそんなに馬鹿に見えます?」
「少なくとも賢そうには見えないわね。それより服を着替えたらベッドにうつ伏せになって」
施術の為に更衣室で薄いローブの施術服に着替え、部屋に併設されたパイプベッドへ身を預ける。
ギィと頼りなく軋む音。
耐久性が心配になってくるも代わりのベッドを探すのは時間も手間もかかる。
俺に出来るのは壊れないことを祈るだけだ。
「さて、はじめましょうか。力を抜いてリラックスね。痛いときは言ってね」
壊れ物に触れるような手つきで、由良の手のひらが俺の背に当てられた。
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