呪われた『千剣』の呪術師は白髪の少女として目を覚ます
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第1話 呪われた『千剣』の呪術師は白髪の少女として目を覚ます
世界の裏側――『
蒼白い細身の西洋剣が飛翔する先には小さなビル程度の巨躯を誇る異形の化物――『
四方八方から迫る同じ形の剣を叩き落とそうと翼のように生えた十本の腕に力が込められる。
流星のように蒼き尾を引く剣の鋒と『呪魔』の拳が衝突。
力較べに負けた剣が粉砕され蒼銀の破片がキラキラと舞い散った。
しかし、まだ
「――いつまで持つかな」
少しばかり離れた場所から無数の剣を操りながら、俺は薄く笑って呟く。
自身の周囲をくるくると回り続ける蒼銀の剣を次々と呪魔へ向けて発射しながら、同じ剣を呪術で複製し弾を補充。
『千剣』なんて小っ恥ずかしい二つ名で呼ばれる俺の常套手段だ。
「ちょっとはるくんっ! 陽菜の出番まだー?」
「あのなぁ……少しは我慢ってのを覚えろよ、陽菜」
「だってぇ……」
「子供か」
遥斗だから「はる」と呼んだ茶髪のセーラー服に身を包んだ少女は俺の弟子的存在の
見るからに元気が有り余りうずうずと落ち着きがない陽菜が呪術師としてやっていけているのは半ば奇跡だろう。
……いや、あながちそうでもないか。
度胸はあるし、呪術に関しても人一倍の研鑽を積んでいることを知っている。
まだ粗削りではあるが、いずれは1級にだって昇級するだろう。
「少し待ってろ。出番は直ぐだぞ」
「りょーかいっ!」
小気味いい返事を背に、絶えず無数の剣を閃かせた。
圧倒的な数で攻め立てるうちに動きが
苦しげに
呪魔を貫通し向こう側まで見える風穴が空くのは、俺が操る剣の特性によるものだ。
――呪具『
鞘に余すことなく張られた呪符によって封印を施された蒼銀の刀身を持つ細身の西洋剣。
九本の首と不死の如き生命力、そして猛毒の力を持つ
生半可なレベルの呪力ではその干渉力を防ぐことは出来ず、瞬く間に猛毒が使用者を蝕み殺してしまう生粋の呪具である。
今となっては適合者を探しやすくするために鞘に封印の呪符が張られているが、そうでない人間が触れれば一瞬で手が爛れてしまう程度は覚悟しなければならない。
俺は運良く適合した為に自在に扱えているが、本来この『水祟蒼牙』は凶悪な呪力を秘めた危険物。
だからこそ呪いを核として生まれる呪魔を調伏することが出来るのだが。
「ォォォォォォォォオオオオオ……!」
地響きのように響く低い声が鼓膜を激しく揺らす。
もう呪魔も限界が近いと見える。
ここらで畳み掛けるとしよう。
「陽菜、いけるか!」
「当然っ!」
遂に出番が回ってきたと張り切った返事が返ってくる。
慣れ親しんだ呪力の高まりを肌で感じた。
空気を焦がすような
まるで太陽が隣に顕現したかのような圧迫感。
印を結んだ右手に収束する緋色の
危険だと本能的に察知した『呪魔』が防御をかなぐり捨てて、陽菜へ十本の腕を総動員し襲い来る。
そこへ気負うことなく、全幅の信頼を感じさせる
……ったく、やってくれるな。
「――露払いはしてやる、決めちまえっ!」
弟子にあんな目を向けられれば師匠としてはそれ以上で応えるほかない。
再び宙に浮く剣を操り、『呪魔』の妨害攻撃から陽菜を守りきる。
最優先で潰しにかかったのは奴の両眼。
高速で飛来した剣に反応することすら叶わずぶちゅりと目玉を穿ち、止めどなく赤黒く鉄臭い血が溢れ出した。
攻撃の手を止めて暴れのたうち回る『呪魔』が、地団駄のように無差別にひび割れたコンクリートの地面へ拳を叩きつける。
視覚を奪ったことで陽菜の姿は見えていないらしく、狙いは酷く
その中で時折陽菜に命中する可能性がある拳だけを貫き腕のラインをなぞって肉を断裂させて勢いを殺す。
そうすれば勝手に陽菜は避けてくれる。
陽菜の運動性能はそれこそ天賦の才と呼ぶべきもので、この程度は朝飯前だ。
地震にも等しい揺れの中で、陽菜はただ真っ直ぐに迷いなく『呪魔』へと肉薄。
グツグツと煮え滾る右拳をすっ、と引いて――
「――『
紅き閃光が狙いを定めた『呪魔』の心臓に当たる呪核へと
灰すら残さぬ文字通りの高火力。
辛うじて範囲を逃れた境目ですら黒々と炭化してしまい、突けばボロボロに崩れてしまうだろう。
陽菜は突き出していた拳を戻して振り返り、
「ぶいっ!」
右手をピースに変えてニッコリと笑って見せた。
褒めて欲しいと言いたげな表情に思わずため息をついて……首筋にチリチリとした嫌な気配を感じた。
呪術師として幾度となく死線を、修羅場を潜ってきた経験が気のせいではないと結論づける。
咄嗟に周囲の呪力を精査し直す。
一つ、俺自身の呪力。
もう一つ、陽菜の太陽のような呪力。
……そして、もう一つ。
「――ッ!? 陽菜ッ!」
ソレは陽菜の背後――あの『呪魔』の残された死骸から。
切羽詰まった俺の様子で異変を感じたのか、陽菜の顔から表情が抜け落ちた。
呆然としながら振り向いた陽菜は石像のように硬直し微動だにしない。
黒い
正体は呪術師ならば誰だって知っている現象――『
死した時に保有していた負の感情が呪いとして発現し、周囲に影響を及ぼす呪術現象。
効果は起こるまで分からず、発動するまでの時間はまちまち。
今回は……一刻の猶予もない。
刹那の間に回した思考で導き出した解答を
限りなく遠く感じる陽菜へ腕を伸ばし、自分が盾になるべく黒い球体と陽菜の間へ身体を挟み込む。
強ばった表情に後悔の色が滲む陽菜の頭を優しく撫でて――
――猛烈な呪力の嵐が吹き荒れた。
陽菜を守る為に自身の呪力で彼女をコーティングしたが、その分俺の抵抗力は落ちる。
濁りきった呪力が身体を侵し、ズタズタに
ものの一瞬で意識を持っていかれるようなソレに意図せず表情が歪む。
「――■■■■■■」
陽菜の口が動いているが、何を言っているのかもう分からない。
耳が遠い。
甘い匂いが鉄臭さに塗り潰される。
触覚が徐々に失われて自分がどうなっているのかも認識出来ない。
視界が黒く黒く染まっていく。
死を予感した俺が最後に見たのは、涙を湛えた
▪️
「…………っ」
頭に杭でも打たれているかのような酷い頭痛で目を覚ました俺の目に飛び込んだのは、天井で白い光を放つ蛍光灯。
僅かに目を細めて首だけを動かして横を見ると、細い管が透明な液体が入ったパックへと繋がれている。
見れば点滴をさされているらしく、そこでここが病院なのだと
白いシーツが敷かれたベッドから身体を起こそうとすると、普段と違う感覚を感じる。
身体が鈍ってしまったのだろうと考え、目を落とした先に見知らぬ子供のような手が映った。
少々骨張った、シミひとつない白く繊細な手。
「……なんだ、これ」
思わず呟くと部屋に反響したのは少女同然のハスキーボイス。
視界の端からさらりと流れたシーツと同じような純白の毛束。
「……は?」
またしても同じ声で俺が発した言葉が紡がれる。
恐る恐る手を動かすと、小さな手が自分に迫る。
もう何が何だか分からなくなりながらも喉元を触っていると、滑らかで凹凸のない質感が無情に告げられた。
つまり、信じたくはないがこの声は俺のものということだ。
心当たりは……ある。
「……『残呪』で身体が変質した?」
現状の証拠をかき集めればそれぐらいしか思い浮かばない。
『残呪』で何が起こるか分からない以上そういうこともあるかもしれないという可能性。
そんな風に考えていると不意に音を立てて扉が開き、来訪者と目が合う。
「……はる、くん」
「ああ、俺は確かに
死人でも見たかのような目で呟く陽菜に、いつものように返してやる。
すると感極まったのか涙を滲ませながら、
「いきてた……ううっ、うわぁぁぁあ」
「うぐぅっ、いたいっ、いたいっ!」
泣きながら陽菜に全力で抱きつかれ、振り解くことも出来ずに必死に言葉だけで抗議した。
通りが良くなったはずの声は陽菜に届くことなく、落ち着くまで柔らかい二つの膨らみと甘い香りに包まれるのだった。
「……ごめんね、もう落ち着いたから。ちょっとお医者さん呼んでくるね」
言い残して病室を陽菜が去ってから数分後、白衣を纏った金髪の女性を連れて陽菜が戻ってきた。
「初めまして。私は
「俺は琥月遥斗だ」
「……やっぱり、なのね。貴方のことは有名だから知っているわ」
「一応聞くけどどういう意味で?」
「『千剣』。カッコイイわよねぇ?」
ニヤリと口元に笑みを浮かべて由良が答えた。
確かにそれは俺のことだが、明らかに含みのある言い方は止めてくれと言いたい。
「それより、今の貴方についてね。貴方は『残呪』をほぼノーガードで喰らって意識を失った。覚えてる?」
「そりゃ、まぁ」
「無茶するわね。いくら大切な彼女を守るためとはいえ、命懸けもいい所よ」
「彼女っ……!?」
由良の隣で沸騰したように陽菜の顔が赤く染まる。
お前は給湯器かなんかか?
「それで、今の貴方に起こった影響についてだけど……簡潔に言うわね。心の準備はいい?」
「ああ」
短く答えると、由良は真剣な面持ちで告げた。
「――貴方は『残呪』の影響で少女になったのよ」
酷く簡潔で簡素で飾っ気のない宣告。
ソレを頭の中で咀嚼し、呑み込み、理解し――
「――は?」
人生で最も間抜けだと断言してもいい返事を、変わり果てたハスキーボイスで上げるのだった。
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