第三章④

 大獄骸が出現した場所から、近くにあった山道を走っていく、笛を持った女性。

「待ってください! あなたがあの獄骸を出現させたんですよね?」

 追いかける篤。なかなか距離が縮まらず、焦った篤は、

「コロネ、来てる?」

 篤の肩にコロネが乗り、いるわ、と言った。

「彩、拓海、愛……」

 コロネが掛け声を遮った。

「家族だけ愛してるっていうのもねえ……。いっそのこと全人類愛してみない?」

 一瞬躊躇した篤は、こう叫んだ。

「みんな、愛してる!」

 赤いカラス纏いの戦士になった篤は、くちばし銃を先に行く女性に構えた。

 ところが前を行く女性もくちばし銃を手にしており、それを見て止まりかける篤――。

 直後二人同時に発砲した。

 先に膝から崩れたのは篤だった。

「仕方ない、今日はこれまでにしよう……」

 女性の体には着弾はしなかったようだ。女性は笛に口をつけた。


 山の麓で、ホーとリツは大獄骸と応戦していた。

 人の身の丈の四倍はありそうだ。大獄骸の主な攻撃方法は、蹴りと拳固だった。大獄骸は素早くホーとリツを狙って、二体同時に石造りの足場を粉砕させた。

 欠片が勢いよく四散する。

 カラス纏いを行っても、この特殊な外装に傷をつけたくないのか、ホーは腕で顔を覆いながら飛び退いた。

 そこへ大きな足が、ホーとリツを狙って、二回程地面を踏みつけてきた。

 硬い地面が難なく凹んだ。

「安藤さん、どこ行ったんだろう」

 リツの声にホーは、

「知るか! 俺たちを置いて逃げやがったのか? あの野郎!」

 直後、山の方から三回ほど笛の音が聞こえ、最後の音色だけ延びがあった。

 その合図と共に、大獄骸二体はごみの山の影に消えていった。

「一体何だったんだ……」

 唖然とするホーとリツだった。


 篤はホーとリツが戦っている最中、どこへ行っていたのか説明をした。半分は弁解も入っていた。

「大獄骸が操られてるだと?」

 篤の追った女性が、笛の音で大獄骸を操っている可能性があることを伝えると、ホーが驚いたように言った。

 大獄骸二体とホーらが暴れた、公園のような土地には、屋根つきのベンチがあり、篤たち三人はそこで座って話した。

「僕の目にはそう映った。その女性もくちばし銃を持っていたから、カラス纏いである可能性はあるかな……」

「いや……」とホーが首を左右に振った。

「くちばし銃は、手にいれようと思えば、裏ルートから入手することもできる。そういうのを生業としているやつが、天獄にはいてな。特に獄側は治安がいい方じゃないから、護身用に買うやつもいるんだ」

 そっか……と口に手を当て、神妙な顔つきになる篤だった。その表情にホーは何も感じなかったのか、話の内容を前に戻した。

「俺が気になるのは、その笛の音だ。何かの合図か? もしそれで操ってるんだとしたらますます謎が深まる……」

「その笛の音もどことなくサッカーの試合開始と終了の合図に似ていたんだ」

「それが解決のヒントになるとは限らねえが……」

「大獄骸が出てきたのって、あのごみ山からだったよね? 何か煙突のようなものも見えるけど……」

 山積したごみの山のあちらこちらに、煙突のようなものがあり、ごみの山よりも高く伸びていた。煙突の先からは煙が出ている。

「あれはね」とリツが説明をし始めた。

「宿泊施設や、ごみを焼却する施設とかから伸びている煙突だよ。このゴミの山は、獄側と天側のゴミの最終到達地点で、天獄のごみが全てここに集まってる。あの煙突は獄側の下層を通ってあそこから出てきてるんだ。聖人様のお力かはわからないけど、天側からこの土地へと吹き込んでくる風のおかげで臭いとかもあまり気にはならないみたいなんだ」

「そうなんだ……」感心する篤だったが、個人的には少し臭いが漂っているような気もした。

「これは僕の憶測なんだけど……。大獄骸二体は、あの煙突の中に普段は隠れてるっていう可能性はあるかな?」

「なるほど」ホーが顔の下辺りに手を添え、

「煙突の中じゃ、煤とかが餌になるだろうからな」

「まさか、煙突の中を調べるとか?」

 露骨にリツが嫌な顔をした。

「それも考えたんだけど……。やっぱり抵抗あるかな……」

「それよりも操ってるっていう女の人探した方がいいんじゃない?」リツの提案に、篤は頷きつつも、

「でも全くヒントとなるものがないんだよね」

「その女の特徴とかは?」ホーが尋ねる。

 篤は美しく整った顔立ちに、服装としても現し世の衣服とそう遜色のない出で立ちで、特色あるものには映らなかったと説明した。ただ一つあるとするなら……。

「そうか、吹いてたっていう笛か」

「首から下げていたなら、聞き込みするときそれが判別の対象になると思う」

「安藤さんにもできる? 聞き込み」

 リツの言葉に否定するつもりもなく、

「やりなれてはいないけど、できると思う」

「じゃあ別行動で、町に繰り出して聞いてみるか」

 ホーが言うと、三人は一斉に立ち上がった。


「まさか、あのごみ溜めに行ったのかい?」

 篤が向かった先は、土産屋だった。こぢんまりとした店内。レジに立つ店員の中年女性が目を丸くしてそう言うと、

「カラスを連れてるところを見るに、あんたカラス纏いの人だね……。あんたみたいな人はあそこに行かん方がいいよ。今言った笛を吹く音が聞こえると大きめの害獣が出て、カラス纏いの人を襲っちまうっていうからねえ」

「まさか、好物なんですかね?」

「そりゃどうかは知らんけど、最近被害に遭うカラス纏いが多いって話さ」

 カラス纏いが被害に遭っている、という噂に篤は少し考えてみた。

 クミのように天獄の役所から害獣駆除を依頼された請負人が、クミ以外にも存在し、そういった者たちが大獄骸に襲われているということだろう。実際、ホーやリツが先ほどの戦いで、〝襲われた〟という見方をしても間違いではない。

「具体的にどのような被害に遭ってるんです?」

「さあ……。聞いた話だと、掴みかかってきたり、大きな拳骨で殴ろうとしたり……。ああ、特に死者とか怪我人は今のところ出てないって聞いたねえ」

「それはよかった……」

 正直な心境を呟いてみる。大獄骸がカラス纏いを襲う理由が、もし食欲を満たすためだというなら、操っている女性が笛の音を合図に、大獄骸を誘きだしているということも考えられる。しかし、食べられたりなどの被害が出ていないとなると、大獄骸を操る理由とはなんなのだろうか。

 篤と店員が話す横で、観光客が一人入ってきた。フードを目深に被った人物で、胸元の膨らみからして女性らしかった。しかし篤はその存在に気づきつつ、店員に赤いカラスなんて珍しいねえ、などと言われると、

「ちょっとした能力があるんですよ」

 肩に乗ったコロネは得意気に、

「獄骸を天獄に訪れさせる機会を与えることができるの……」

 興味ありげに頷く店員だった。

 土産屋から出、他の土産屋も当たろうかというとき、道端でホーとリツに遭遇した。

「ありゃ」間抜けな声を出すリツ。ホーがその声の理由を語るように、

「もう聞き込み終わりか?」

「いや、っていうか、聞き込みの範囲が狭いだけなんじゃ……」

 篤が言うとリツがこう催促した。

「一旦、みんなの集めた情報をまとめてみない?」

 こくりと、ホーと篤が頷くと、

「笛を首から下げた女性の目撃情報はけっこうあったみたいね。五人くらい聞いて、どの人も最近見かけるようになったって言ってた」

「五軒も回る余裕があったとは驚きだ。俺は一軒だけだが、確かな情報筋だ。旅館の受付で聞いたら、別の旅館で住み込みで働いているやつに、笛を下げているのがいたって話だ」

 篤も一軒だけだったが、耳にした情報を伝えた。カラス纏いが大獄骸に襲われているらしいが、たいした怪我などはないと。

「何でカラス纏いを襲うんだ?」

 ホーが軽く頭を傾げた。

「わからない。けど、二人の情報から察するに、その女性が働いているっていう旅館に行ってみる価値はありそうだね」

「温泉と美味しいご飯が食べられるっ!」リツがはしゃぐ。

「泊まるわけじゃねえからな」

 ホーが軽く、リツに手刀を食らわした。

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